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四男フルーレティの決着

「マジでよかった……っ! これで弟をストーカー行為で逮捕しなくて済んだ」

 オレ、フルーレティは感涙にむせびながら祝杯あおった。

 いやもうホント、感謝しかないって。一番高い酒あけるっつーの。

 ルシファーも同感と言いたげに飲んだ。お互いアルコールなんぞ効かないが、気分的なもんだ。

 なお、今いるとこはルシファーの仕事部屋。つまりスパイ組織の本部である。

「いくらオレでも、実弟を牢にブチこみたくはなかった」

 実の父親をブチこんでなかったっけ?ってツッコミはナシの方向で。

 親子として暮らしたことねーし、あれを父親と思ったことはない。公爵*ルシファーの父のほう、がよっぽど親代わりしてくれてたぜ。

「そうですね。僕も最終手段とらずに済みました。弟君が自殺同然のことをすれば、リリス様が悲しまれます。いくらネビロス様本人の希望とはいえ」

「ん? 何のことだ?」

 ルシファーはまったく調子を変えずに答えた。

「先日言った、ネビロス様の建てた屋敷ですが。あれ、万一の時にネビロス様ご自身を閉じ込めるための牢獄だったんですよ」

「はぁっ?!」

 バキンとグラスが割れた。

 あ、純粋に握力で割っちった。

「おまっ……なんだそれ!」

「ネビロス様は自分が暴走したら危険だと知ってました。もしリリーさんにフラれた場合、何をしでかすか分からないから閉じ込めてくれと頼まれてたんですよ。屋敷全体にこれでもかというほど『閉じ込める』ことに特化した魔法がつぎ込まれ、鎖までありました。自覚症状があれば自ら入るけれど、自覚がなければ容赦なく叩き込んでほしいと」

「あのバカ!」

 オレは拳を机にたたきつけた。まっぷたつになる。

「あーあ。やめてくれませんか」

「悪い。修理しとく。てか、あいつは何を一人で悲壮な決意固めてたんだ!」

 そんなことしなくてもオレらが話聞いてやるし、泣きたきゃ肩貸してやるのに。

「ネビロス様は幼いんですよ。年齢でなく中身が」

「…………」

 オレは後ろにもたれかかってため息ついた。

「オレら兄姉にはできなくても、お前ならできるって白羽の矢立てたか。……いざって時はやる気だったのか?」

 ルシファーは微笑んだまま答えなかった。

 やる気だったな。

 リリスに被害が及ぶ可能性があれば、簡単にやる。それがこいつだ。リリス以外どうでもいいと思ってる。

 弟よ、はっきり言ってお前よりこいつのほうがよっぽど危ねーぞ。

 この危険極まりない性悪男は、リリスっていう妻のおかげで封じられてると言ってもいい。

「リリーちゃんにはネビロスのリードがっちり引き締めて、しつけてほしいな。真面目な話、お礼としていくら包みゃいいと思う?」

「いらないって言ってましたよ」

「迷惑料?報奨金?払わないわけにいかなくね?」

「そうですね……通勤手段についてもめてましたから、見た目無難で護衛にもなる魔物か何かを運転手兼ボディガードとして雇い、あげたらどうですか? リリス様が前王のコレクションにペガサスがいたと言ってました。ご兄弟皆さんからの結婚祝いということにすれば」

「それだ!」

 パチンと指を鳴らす。

「ナイス、ルシファー。ありがとな」

「いえ。とにかくこれで今後ネビロス様対策せずに済みますし、一つ仕事が減りました。というわけでフルーレティ様もそろそろ腹くくったらどうです」

 しれっとぶっこみやがった。

「何でオレにふる!」

「ヘタレっぷりがいいかげん鼻についてきまして」

「包み隠さず言いすぎだっ」

 ほらみろ、こいつのがよっぽど悪人じゃねーか。

「どんな敵にもひるまず立ち向かう常勝将軍が、どうして好きな子相手だと負け戦どころか逃げてばっかなんですか。あ、答えなくていいです。いつもの返事でしょうからね」

「だったら聞くんじゃねーよ」

「リリーさんだって腹くくったんですよ。男らしくフルーレティ様も告白してきたらどうですか。でないと、リリス様がこの勢いで他の兄弟も固めようと、何か目論みますよ」

「……………。それはまずい」

 あの爆弾娘は何するか分かったもんじゃない。

 ひやりとしたものが背筋を流れた。

「悪いことに、リリス様はフルーレティ様がスミレさんを好きだと知りません。リリス様には言っておいたほうがいいんじゃないですか?」

「やめろ……。強くて頼れる兄ちゃんのイメージ壊す気か……」

 妹に幻滅されたら死ぬ。

「まぁ確かに、実はただの奥手でピュアっピュアな純情男だと知られたら幻滅されそうですね」

 傷口えぐるんじゃねぇ。

「ですが、もしこのままずっとスミレさんに対して『保護者』を演じ続けたら、リリス様は見込みなしと判断して次の嫁候補連れてきますよ」

「他の女に興味ねーよ。オレにはスミレだけだ」

「それを本人の前で言ってきてください」

 オレは露骨に視線そらした。

「そういうとこがヘタレだと言ってるんです」

「うるせー」

「本当に分かってますか? リリス様はスミレさんにもお見合い斡旋するだろうってことですよ。次を探そうとするのは両方共です」

「―――」

 ザッと一瞬で血の気が引いた。

「り……リリスがスミレの結婚相手探す……」

 結婚式の光景が見えた←妄想。スミレが真っ白なウエディングドレス着て、いつもかぶってるフード外し、はにかみながら見上げるのは……オレじゃなくてどっかの誰か。

 オレは割れた机に突っ伏した。

「……想像しただけで死ねる……」

 HP限りなくゼロ。

 抜群な効果。

「ネビロスみたいに身を引くとか、できっこねー。オレ、絶対そいつ斬る」

「たとえ相手の男を斬っても、スミレさんは手に入りませんよ」

「知ってるよ。それでもあいつは渡したくねーんだよ。……あー、まずいな。オレのほうがネビロスよりやべぇじゃん」

 うーわー、自覚なかった。兄弟だな。

 どうしよ。オレこそ牢屋作っといたほうがいいかな? いっそ、ネビロスの譲ってもらって改良するか。手先器用だし。

「ご心配なく。フルーレティ様も危険の度合いが一定値超したら、僕が適切に処理します」

「ありがとうよ」

 そりゃ安心だ。

「では、ストレス発散も兼ねて出張お願いします。ヒュドラ退治です。詳細はこちらの報告書をどうぞ」

「ああ、今年も出たか」

 平均一年に一回現れ、大量の人を食うと消える怪物だ。どうやら世界中移動してるらしく、行動パターンが読めないから誰も退治できなかった。

 データも少なく、分かってるのは形が八つの首を持つ大蛇なこと。火を吐き、血が猛毒で、いくら首を斬っても再生すること。

「直近の出没地点は国内で、『正義の王』の国との国境付近です。直前にはあちらにいたようで、被害が出てるようですね」

「ゲッ。面倒なとこに出たもんだな」

「魔物には国境など関係ありませんから」

「まぁな。あっちに逃げ込まないよう注意して倒して、終わったら速攻帰らないと。オレじゃあ侵攻準備してるとか言いがかりつけられそうだ」

 なるべく言いがかりつけられないよう自衛しないと。

「今の『正義の王』じゃ、ヒュドラの出現もオレらのせいだとか曲解されかねねぇ。すぐ片付けてくる」

 報告書の内容を頭に叩き込み、書類は返して部屋を出た。

 職場に行く……前にリリスの部屋に寄る。

 用があるのは妹じゃない。リリスは今頃デザインルームで服作り中だ。いるのは留守番してるスミレ。

 ノックの仕方でオレと分かったようで、隠れてなかった。フードを取り、笑顔向けてくる。

「レティ様」

 てこてこ近づいてきてオレを見上げる。

 警戒心の強い小動物が、自分にだけは懐いて近くに来てくれる感じ。くー、かわいい。

 優越感にうち震える。

 他にスミレが自分から近づくのは、自分の親とリリスだけだもんな。親はまぁ当然として。リリスに懐いてるのは別に。ライバルじゃねーし。

 むしろスミレに似合う服着せまくってる妹はグッジョブ。眼福。

 この制服もいいよなぁ。メイド服にフード付きパーカーってアンバランスさが逆によし。

 あ、丈はロング一択で。この点でもリリスよくやった。

「……あの、すみません、ちょっといいですか?」

 おもむろにスミレがオレの服に触れた。

「…………っ」

 つい動こうとする腕を鋼の意思で止めた。

 ああああ、手ちっさ、ほっそ! 触ったら折りそうだ、オレはバカ力なんだから駄目だっつの。

 本音ぶっちゃけると抱きしめたいです。リリスがいつも「スミレちゃんかわいーっ!」って抱きしめてるの超うらやましい。オレにもやらせろ。いやいかん、オレは握力ヤバいんだって。ただでさえスミレは体弱いんだ。簡単に骨が折れる。

 でもチャンスタイム逃すのはどうなんだ? 兵法上、隙をつくのは当然な選択で。

 脳みそフル回転させてる間に、スミレはテキパキとオレの服を整えた。

「……これで大丈夫です。あの、ちょっと曲がってるとこや、シワになってるとこがあったので……」

「えっ? あ、ああ、ありがとな」

 結局何もできずに突っ立ったままじゃん!

 これだからピュアすぎヘタレ野郎って言われるんだろうな……。

 心の中でもう一人のオレがガックリした。

 戦場の鬼神も形無し。兄弟や部下に憐みの視線向けられそ。

「レティ様? あの、何か……?」

「なんでもない」

 ちょっと自己嫌悪に陥ってただけだ。

「えと……リリス様にご用ですか? たぶん仕事部屋かと」

「いや、スミレに用があったんだ。これから出張でさ」

 スミレは心配そうに見上げてきた。

「け、ケガなさらないでくださいね……?」

 うん、今のでめっちゃやる気出た。大丈夫、一撃も食らわない自信ある。

「安心しろ、無傷で帰ってくる。ていうか、瞬殺してくる」

 さりげに強い男アピール。

 かっこつけと言われようがなんだろうが知ったことかっ。

 オレには戦闘能力しかねーんだよ。

 ルキ兄貴みたいな頭の良さも、ナキア兄貴みたいな女性の扱いの上手さも、アガ兄貴みたいな金儲けの才能も、ルガみたいな人の命を救う術も、ネビロスみたいなしたたかさもない。単に戦って敵を倒すことしかできない能無し野郎だ。

 戦場では役に立っても、平和な日常じゃ何の役にも立たない。

「それでさ、こんどの敵はヒュドラらしいんだ。いきなり現れて人食って消える怪物」

「……あ、聞いたことあります」

「そ。だから、次に現れる地点を予知できないかと思ってさ」

 持ってきた地図をテーブルに広げる。

「わ、分かりました」

 スミレはポケットからダウジングで使う道具を取り出した。先のとがった黒水晶をヒモで結んだだけの簡単なものだ。

 それを地図の上に垂らし、集中する。

 黙ってると水晶がゆっくり動き始め、ある地点で止まった。

 すかさずペンで×印をつける。

 よかった、国内だ。

「助かった、ありがとな」

「えと、待ってください。もう一つやってみます」

 スミレはいつもの水晶玉を取り出し、目を閉じた。

「んっと……ヒュドラが現れるのはこの辺りの地中からです。地面の上に立ってると、巻き込まれるかも……。……その時、土だけじゃなく大量の水も出てくるイメージが……?」

「水?」

 パチンと指を鳴らした。

「そうか、地下水脈だ!」

 分かった。

「ヒュドラの住処は水中なんだ。地下水脈をつたって移動してる。火を吐く怪物だからマグマに住んでるんじゃなかってのは言われてたんだよな。でも、火山とかマグマだまりとか調べても痕跡がなかった。どうりで」

 調べる場所がそもそも違ってたんだ。

「火系のくせに水系の住処とはなー。先入観てのはダメだな。オレもヤキが回ったもんだ」

「いえ、その……レティ様はいつもすごいです……っ」

「そうか? ありがとな」

 なでなで。

「っ……あ、あの、巣の場所も占ってみました。えと、この辺りかと……」

 おずおずと示したのは深い海の底。

 どの国にも属さない、公海上にある海溝だ。世界一深いと言われてる。

 あまりに深すぎて人が足を踏み入れたこともなく、海の怪物だらけだってことだ。

「あー、ここか。クラーケンとかリヴァイアサンとかゴロゴロいるらしいな。オレだって行きたくねーや」

「それからその……倒す方法がです、ね。あの、ヒュドラって首切ってもすぐ再生するんですよね?」

「らしいな」

「んっと、切ったら切り口をすぐ火で焼いてください。そうすれば再生しないと思います……」

 オレは目をまたたかせた。

「なるほど。確かに。さすがスミレ、サンキュ。じゃあちょっくら行ってくるけど、大人しくしてろよ。無理はするな。ちょっとでも具合悪い時はすぐリリスに言うんだぞ。いいな?」

 よく言い聞かせ、優しく頭なでた。

 ……これが限界。

 妹と同じようにすれば、許される範囲内だ。これ以上踏みこんだら対人恐怖症が出ておびえられる。

 なことになったらオレ、マジで泣く。

 あと、単純に恥ずかしいんだよっ。好きな子に触れるなんてうれしいけど恥ずかしいだろーがっ。

 真っ赤になって汗かいたりしないうちに、急いで逃げ出した。

 どんな敵にも背を見せたことないのに、この体たらく。弱すぎだろオレのメンタル。

「あーくそっ」

 自己嫌悪とストレスをぶつけるべく、部隊を引き連れて予知地点に向かった。


   ☆


 予知地点には小さな集落があった。

 ていうか、ここの村人を食いに来るんだろうな。

 民間人を安全な場所に避難させ、代わりに武装したオレたちがバラけて待機。

 殺気や闘気は消し、一般人のフリ。フル装備だし見れば一発で分かるけど、地下から探知するんじゃそこまでは分からない。

 あ、この村にアタリをつけたのはオレの勘だってことにしてある。スミレの能力知られるわけにいいかないんでな。

 部下の何人かはスミレのこと知ってるよ。なにしろあいつを助けた時、その場にいたメンバーなんでな。

「……そろそろ来るぞ」

 ずっと下のほうから気配が急上昇してきた。

 あっという間に地面が振動し、体でも分かるようになる。すばやく全員魔法でわずかに浮いた。

「全員そこ動くな!」

 オレは駆け出し、一瞬で前方の土が盛り上がってきたポイントに迫った。

 ヒュドラが出てくるその瞬間、火系魔法かけた剣を横向きに薙ぎ払う。

 六つ首がふっ飛んだ。

 ヒュドラの首は情報によると八つ。

「チッ、二つ逃したか」

 でも火で傷口を焼いたおかげで、新しい首は生えてこない。

「よしっ」

 ヒュドラが絶叫し、飛び出した。オレを見下ろす。

「その容姿、化け物じみた戦闘センス……きさま、さては『死神』か」

「あー、二つ名なんざ山ほどもってるよ。そういやそんなのもあったな。陳腐だけど」

 傭兵時代の悪い意味でのあだ名はありすぎて覚えてない。

 他に何あったっけ。鬼神、バーサーカー、赤い災禍とか……。

 ある程度の魔物ならオレだと分かると戦意失うんだけど、大蛇はそうじゃなかった。逆にやる気出すパターンだ。

「王家の魔力を食えば、より強い力が得られる。ちょうどよい、腹が減っていたのだ」

「食われてやる気はねーよ」

 言い終わるや否や、ドサッと蛇の頭が一つ落ちた。

 残った一つの頭は、さっきまで首があったはずの場所をぽかんと見てる。

「おいおい、そんな驚くことかー?」

 普通に斬撃くり出しただけだろ。

 あんま活躍シーンなかったからってナメんなよ。オレは強いっつったろ。

「再生能力が封じられたら、あっさりおしまいか。あっけねーな」

「こ……っのぉ!」

 怒り狂ったヒュドラが火を吐いた。

 オレは難なくそれを避けると、いとも簡単に最後の頭を斬り落とした。

「ほい、終了~」

 パチンと指を鳴らすと、ヒュドラの残骸が火に包まれる。

 こうすれば毒の血を無効化できるだろ。ちゃんと処理しとかなきゃ危ないからなー。

「さー、掃除掃除」

 剣をホウキに持ち替え、灰を集めて部下たちに言った。

「おーい、もう出てきていいぞ。被害状況の確認しとけ」

 わっと屈強な男たち←出番ナシ、が現れた。

「隊長、やっぱすげぇ! 楽勝じゃないすか!」

「ほ、ホウキを持って掃除など……おいたわしい!」

「何言ってんだ。倒したらそれで終わりじゃねーだろ。後片付けまでが仕事だ。毒の血が一滴でも残ってたら、村人が困るだろ。ほら、お前たちも手伝え」

「ラジャー」

 力自慢の野郎どもによって、片付けや陥没した道路の補修は迅速に完了した。

 大きな石や岩はどかし、倒れた木は起こして植え直す。道路も穴埋めて、きれいにならしてっと。

 村人たちにきく。

「ついでに柵が壊れてるとか、屋根が雨漏りしてるとかないか? あったら直すから言ってくれ」

「へ?」

 冗談かと思ったらしい。

 本気だぞ。

「オレは出張するといつもやってんだ。これは個人的にやってることで、金はいらねーよ。ああ、材料とかもオレが出すから心配しなくていい。……まぁそのなんだ、親だと思ったことねーけど、あのクソ親父のせいでみんな苦しい生活してただろ?」

 罪滅ぼしみたいなもんだ、って言えばみんな納得してくれた。

 『正義の王』にいちゃもんつけられたくないんで早く帰るべきだが、これはやっとかねーと。困ってる村人たちの家屋や牧場の修理なら悪く言えねーだろうし。

 ボロボロの屋根や水漏れしてる蛇口、牧場の柵、果ては新しいい橋まで作った。

 オレが勝手にやってることなのに、部下たちも「おれらも手伝いたいと思うから勝手に手伝ってるだけなんで」って協力してくれる。

「いやー、すっかり大工仕事が板につきやしたね!」

「ああ。引退したらこれで食ってこうかな」

 口にくわえた釘を取り、板に打ちつける。トンテンカン。

 サーカス時代、何でも作れるサーカス専属大工に習ってたかいがあったよ。

 傭兵時代もなんもないとこに野営したり、砦作ったりしてた。だもんで、当時の仲間はたいてい器用なんだよ。

「ううっ、貴方様が大工など、とんでもありません!」

 副官の一人が涙ぐんでる。

 細身で、傭兵っていうより貴公子って言ったほうが正しい男だ。容姿もいい。

 こいつ、エリゴルはけっこういいとこのボンボンだった。ここだけの話、実は某国の王族。直系じゃなく傍系だけどな。

 王位争いのゴタゴタでオレらと関わることがあって、エリゴルもけっこう強いと自負してただけにボロ負けしたのがショックだったらしい。で、なぜかオレに惚れ込み、国を捨ててついてきやがった。

 自他ともに認めるオレのファンだそうだ。

 正直、重い。

「フルーレティ様は高貴で最強のお方なのですよ! 剣を握っているお姿がいいのです、トンカチではなく!」

「口より手動かせ。あ、そこの板取って」

「フルーレティ様ああああ! オーラだけで他を圧倒する、強くて素敵な貴方様はどこに行ってしまわれたのです!?」

「あー、うるせぇ」

 嘆くうるさい副官をシカトして修理続行した。


   ☆


 感謝する村人たちに見舞いの食糧も配り、さらに感激され、「お礼を」と引き留められるのを辞退して帰った。

「やれやれ。なんとか夕飯までに帰ってこれたな」

 部下たちは直帰させ、ルキ兄貴んとこ報告に。

 それからスミレに礼言おうと行ったら、リリスんとこいなかった。代わりにスミレの母親である女官長がいて、

「あら、娘でしたらさっき地下倉庫へ行きましたわ」

「サンキュ」

 お礼の花束片手に地下へ向かった。

 出張のたびにスミレの助言をもらうんで、前に何か贈ろうとナキア兄貴に相談した結果、無難に花と菓子を交互にあげることにしたんだ。

「えーと、どこだ?」

 倉庫っつっても広い。以前はアホ親父のコレクションが詰め込まれてたのを改装したものだ。

 ドア開けて中のぞきこみ……。

 オレはとっさにドアの影に隠れた。

 制服からして、城で働く事務員か。ああ顔見えた、間違いないな。

 防犯上、城で働く人間のプロフィールは全員分覚えてる。オレだけじゃなく、ルキ兄貴とルシファーも記憶してるぞ。

 えーと確か、あいつら総務部の部長のコネで入ったやつだな。勤務態度がいい加減で、あきらかに女目当てだっつーんで、そろそろクビになる予定のはず。

 アホ親父の時代、城で働いてるのはほぼ女性だった。しかも、美人ばっか。半数程度が辞めたけど、今もそのまま働いてるのがそれなりにいるもんで、全体的に美人の割合は高い。それ目当てで就職しようとするアホが後絶たないんだよなー。

 ふるい落としちゃいるが、人手不足なもんでさぁ。たまに混じるんだよ。

 つーか、実のとこはルシファーがわざとやってんじゃないかってオレは思ってる。そうやって泳がせといてネタつかんで、なーに企んでんだろ。知りたくねーや。

 っと、そんなことよりあいつらだ。

「ねえ。君さぁ、長官のお気にいりなんだって?」

「……っ!」

 背後の二人に気付いたスミレが持ってた箱を落とし、フードを押さえて後ずさった。

 おびえ、ガタガタ震えてる。

 スミレは特に大人の男が恐い。捕まってた時、ひどい目に遭わされたからだ。何の害意もない善良な人であっても、大人の男性ってだけで恐怖の対象。

 こンの、オレの女に何する気だ!

 すかさず剣の柄を握って……眉をひそめた。

 待てよ。こいつら何つった?

 目立たずひっそり暮らしてるスミレの存在を知ってるのはごくわずかだ。両親はそれぞれ役職について働いてるが、スミレ自身はまったく表に出てない。

 勤務場所もリリスのとこで、同僚たちもワケありだらけ。過去リリスに助けてもらったケースがほとんどだ。同じように偽の戸籍をもらい、ひっそり暮らしたい者も多い。お互い協力して静かに暮らしてんだ。

 つまり何が言いたいかっつーと、他部署で働いてるやつがスミレの存在を知ってるなんておかしい。

 どこから、誰から聞いた?

「あんな戦闘狂の恐~い男より、おれたちみたいに優しい平和主義者と付き合わない?」

「ほらほら、隠してないで顔見せろってー」

 フードを取られそうになったスミレが必死に押さえた。

「……っ、……!」

「あれ。この子、しゃべれないの?」

「あ、もしかしてのど潰されてんじゃね? 前の王様ん時、拷問受けてたとか」

「なーるほど。好都合じゃん。声も出さない、うるさくないからつまみ食いにはもってこいだ。長官もなかなか最低野郎だな」

 ざっけんじゃねェぞコラぁ!

 ブチギレようとしたとこで、スミレが()()()

「レティ様はそんな人じゃありません!」

 ―――。

 え?

 目パチパチ。

 スミレが叫んだ?

 見ず知らずの相手に、言葉発した? しかも一番怖い大人の男だぞ?

 恐怖と戦いながら、ぼろぼろ涙をこぼしても顔を上げてた。

「あの人は、優しくて強い人ですっ! 好きで戦ってたんじゃないし、あなたたちなんかよりずっとずっとカッコイイんだから!」

 今、カッコイイって言った?!

 そこにめっちゃ喜ぶオレ。

 じーんと感激して拳握った。

 完全におびえ、自由にできると思ってた少女が大声を発し抵抗したのにあっけにとられてた男たちだが、すぐ我に返った。

「なーんだ。しゃべれるんじゃん。しかもけっこうかわいい声してる」

「おれたちに口答えするとか、生意気なんだよ! そのフード取ってツラ見せろや!」

「ひ……っ」

 今度こそオレはためらわずに乱入した。飛び蹴りくらわせる。

「オレの女に何しやがる!」

 二個の物体が棚を突き破り、その先の壁にめりこんだ。ドサドサとその上にガレキやら、棚の上に積んであった物やらが積み重なる。

「邪魔だ」

 一蹴りでどける。そうなったの自分がキックかましたからじゃね?ってツッコミは無視。

 さらに何発か蹴りと拳叩き込んでから、ドスの効いた声ですごんだ。

「おい。黙って聞いてりゃ、ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ。人の女に近付くバカは問答無用で死刑って決まってんだ」

 アホ親父が実際気分次第で処刑しまくってたのを思い出したのか、二人とも蒼白になった。

 余計ムカつく。

「チッ。あのクズ野郎と一緒にすんじゃねェ」

「は、はひ……っ」

「これでもかなり手加減してやったんだ。しゃべれてるだろ? 本気でやったら、一蹴りで腹に風穴あいてんぞ。で、テメェら誰にスミレのこと聞いた。吐け」

 にらみつけたら、白状する前に気絶した。

「―――ケッ、役に立たねぇ」

 そこらにあった布を口に突っ込み、適当なヒモで縛り上げる。さらに目隠しもしといた。その汚ねぇ目でスミレを見るんじゃねーよ。

 どうせ騒ぎ聞きつけてルシファーあたりが部下よこすだろうから、任せてと。

「スミレ、大丈夫か?」

 振り返ると、彼女は真っ青でへたりこんでた。

 目の焦点が合ってない。呼吸も変だ、過呼吸みたいになってる。

 過去にフラッシュバック起こしてパニクッてたのと同じだ。

「おい、しっかりし―――」

「いやあああ!」

 スミレは絶叫し、伸ばしたオレの手を振り払った。

「―――っ」

 真っ青になったのはオレのほうだ。

 スミレがオレを拒絶した。

 オレを恐がったんだ。

 過去発作起こした時ですら、恐がらなかったのに。

 後になって冷静に考えてみれば当然のことだった。暴力ふるわれたのが原因で対人恐怖症になったのに、目の前で暴力的な行動をとったんだから。

 でもこの時のオレはそこまで頭が回らず、愕然と彼女を見つめるしかなかった。

 よっぽどマヌケ面してたらしい。

 呆けて止まってるアホ野郎に、スミレが正気に返った。

「……えっ? あ……レティ様……?」

 いぶかるような表情をし、かと思うと突然泣きそうに歪んだ。

 泣きてぇのはこっちだよ。

「ち、ちが……レティ様、あの……」

「ごめんな。スミレの前でやるべきじゃなかった。恐かったよな」

 なけなしの精神力かき集めて微笑もうとする。

 上手くいってたかどうか分からない。

 スミレにとってオレはもう、恐怖の対象だ。自分を殴った連中と同列。

 オレは……。

 スミレは必死に呼吸を落ち着けようとしながら、

「ちが、ちがうんです、あの……っ」

「レティ兄さま、何の騒ぎ?!」

 言い終わるより早く、リリスが飛び込んできた。

 あれ。

「どうしたリリス」

「どうした、じゃないっての! ものすごい殺気、つーかそれ超越したヤバイもん爆発寸前だったから飛んできたんじゃない!」

 え、マジで? 殺気なんか出してた?

 うーわー、自覚なかったわー。

「レティ兄さまの仕業だってのはすぐ分かったし。うわああ、すごいことになってる」

「おやおや。フルーレティ様、ここの修理代も引いといていいですよね」

 頭抱えるリリスの後ろでルシファーがのんびり言った。

 うん、わりィ、引いといて。

「何があったの、もー。状況から判断して……そこのって人間だよね? ボッコボコ&ぐるぐる巻きで原型とどめてないけど。そいつらがスミレちゃんに何かしようとして、レティ兄さまキレたってとこ?」

「理解が早くて助かるぜ。リリス、スミレを頼む。お前なら安心するだろ」

「え? レティ兄さまついてればいいじゃん」

「いや……オレじゃもう無理なんだ。悪いけどよろしくな。オレは、そうだ、こいつら取り調べないと」

 急ぎ捕まえたやつらを引きずって場を離れた。

 ……はあぁ。

 なんだかなー。

 ネビロスの絶望ぶり思い出す。

 あいつもこんな感じだったのかなぁ。

 ただオレの場合、一回人がなったの見てるんで、これからどうするか考える余力はある。幸いなことに。

 野郎どもが段差とかにぶつかってガンゴンしてるのほっといて考えを続行。

 まず、辞職届出すだろ。オレがいなくたって、どうとでもなる。にらみをきかせる役目はリリスがやりゃいい。つか、あいつのほうが強い。

 事務仕事は元々できる部下に丸投げしてたし、問題ない。

 で、どうすっかなー。少なくとも城から出てこう。オレが近くにいたら、スミレがおびえるもんな。

 ああ、ネビロスが作っといた檻でもとりあえずもらって、そこいるかぁ。中でゆっくり考えよ。

「……レティ様……!」

 ……後ろのほうからスミレが呼ぶ声聞こえるけど、幻聴だな。

 うーん、ついにそこまでヤバくなったか。医者かかろう。

 ルガも精神科は専門外だし、色んな意味であいつに診てもらうのはやめとくべきだな。知り合いの精神科医でも紹介してもらって……。

「……っきゃああ!」

 悲鳴と共にドバーッと水の流れる音がして次に陶器か何かの割れる音がした。

「?!」

 条件反射でUターンし駆けつける。簀巻き野郎どもがまたぶつかりまくってたのは無視。

 廊下が水浸しで、水が入ってたと思われる大きな花瓶が粉々になっていた。そのすぐ傍にずぶ濡れになったスミレが棒立ちになっている。

「ケガは?!」

 急いで怪我がないのを確認し、水たまりから救出した。弱い火系魔法で服乾かして、さらにオレの上着かぶせる。

 何度も言うように、スミレは体が弱い。真夏ならともかく、水で濡れたままだと風邪ひくんだ。

 すぐ乾かしたから大丈夫だとは思うが、あっためとくにこしたことはねぇ。

「くるまってろ」

 しゃがんで床の水に指つっこんでみた。

 ……おかしい。

 けっこう冷たい。氷水だ。

 魔法の痕跡がないことからして、物理的に氷ぶっこんで冷やしたんだな。

 ちょうど現場は階段の下だった。落ちてきたと思われる上階を見上げる。

 地下倉庫の辺りは元々あんまり人通りは多くなく、人影も気配もない。もちろん、落としたやつの姿も。

 ここらへんに花なんか飾るわけはねぇ。花瓶持って移動中にうっかり落としたにしても、こんなとこ通るか。

 どう考えても意図的なもんだ。

 それに何より、『悪意』の残り香がする。

 オレら兄弟は人の悪意や敵意に敏感だ。生まれつきそういうレーダー搭載してるっぽい。

「……くそっ」

「今度はどしたの?!」

 リリスとルシファーが追いついてきた。

 瞬時に悪意のにおいをかぎとって顔をしかめるリリス。

「レティ兄さま、これ」

「ああ。それより先にスミレを風呂入れてやってくれ。すぐ乾かしたけど、体冷えてると思う」

「分かった。スミレちゃん、来て」

 スミレを担ぎ上げ、ルシファーを現場保存のために残し走った。

 途中、知らせを受けて駆けつけてきた衛兵と会ったんで、容疑者二名を任せた。ケガの度合いで、最初被害者と勘違いしたらしい。分からんでもない。

「いや、こいつら犯人だから。牢屋ブチこんどけ。()()()な」

 厳重に、ってとこ強調しといた。なんでかガクブルされた。

 リリスの部屋に飛び込むと、女官長が驚いて、

「い、一体どうなさいました?!」

「女官長、スミレちゃんが冷たい水かぶっちゃったの。風邪ひいちゃう! あたしがお風呂いれとくから、レティ兄さま説明よろしく!」

 説明してる間に、後を衛兵に任せたルシファーが来た。

「ルキフグス様には知らせておきました。サルガタナス様もすぐ来て下さるかと」

「サンキュ。あ、そうだ、女官長。着替え持って来てやってくれ」

「ああ、そうでした! はい、ただちに!」

 女官長が出て行った後でリリスが一度部屋を横切った。

「リリス。着替えなら今、女官長が取りに行ってるぞ」

「大丈夫。服ならサンプルいっぱいあるの。新品のが」

「あ、そっか」

 妹は包みを抱えて帰った。

 ルシファーとあちこち連絡したり打ち合わせしてると、そのうち二人とも戻ってきた。

「終わったよー」

「おう。スミレ、具合どう―――」

 言いかけて固まった。

 だうえあおおおおう?!←謎の奇声

 ちょっとどころかめちゃくちゃ待て!

 なんだそのカッコは!

 思わず鼻押さえる。

 よかった、鼻血出てない。

「り……リリス、その服……」

 いかん、声震えてる。

「あ、これ? かわいいでしょー。ちょうど作ってたんだよね。もこもこルームウェア第二弾! 今度はひつじさんだよ~♪」

 妹が持ってった包みの中身はなんとまぁ、白くてふわっふわ、ぬいぐるみみたいなルームウェアだった。

 ご丁寧に羊の耳とツノつきフードあり。今はフードかぶってないけど。

 ふわもこパジャマ女子。男の夢の一つである。断言。

「はいはい、スミレちゃんはソファー座っててー。第一弾うさぎさんバージョン発売してみたらバカ売れでさ。第二弾これどうかなって。どう? かわいくない?」

 激しくうなずく。

 よくやった、妹よ。持つべきは理解ある妹である。

「まぁ、気持ちはものすごくよく分かります。リリス様のルームウェアもこれでしてね」

「待てコラァ! ルシファーてめぇ、うちの妹に何着せてんだ!」

 がばっと振り返った。

 聞き捨てならないことが聞こえたぞ!

「リリス様がご自身で作り、使用感を確かめるために着て試してるんですよ。機能や品質を確かめず商品化するわけにいかないでしょう? 純粋に商品開発ですよ。ああ、うさぎバージョンはスミレさん他女官たちにも渡して、モニターになってもらってました」

 ……てことは、スミレも持ってんのか。

 ヤバイ、見たい。

 それどころじゃないっつーのに、思考が完全に持ってかれた。アホ。

 ルシファーがさらに小声でささやいた。

「資料としてリリス様が写真撮ってましたよ。身長何センチの人が着るとこれくらいの丈になる、という着用サイズのデータとして。頼めばもらえるんじゃないですか?」

 ぐああああ、悪魔のささやきが!

 とんでもない誘惑ぶっこんできやがる。

 この性悪め、効果分かってて言いやがって!

 本気で魂売ろうか迷った。

「レティ兄さま、スミレちゃんお願い。あたしとルシファーはあったかいお茶とか毛布用意してくるね」

「へ? そんなのオレが行くよ」

「いーからレティ兄さまはここにいるの!」

「リリス」

 オレは鋭く制止の声を発した。

 ―――ダメだ。

 オレは、駄目なんだ。

 リリスの考えは分かってる。この際オレたちをくっつけちまおうってとこだろう。

 でもな。この手はとうに血で濡れてるんだよ。

 いくら悪王を倒そうと、人々のために魔物を倒そうと、過去は消せない。自分が生き延びるため、数えきれないほど剣を振り下ろしてきた。

 ポケットには確かにいつも指輪が入ってる。スミレの色と同じ紫色の宝石がはまったのが。けど、これを使うつもりはない。

 逆で、使わないようにするために、戒めとして持ち歩いてるんだ。

 絶対使わない指輪。渡さないと決め、あえて買った。

 戦闘能力と傭兵だった経歴から、オレが一番危険視されてることは分かってる。オレに嫁げば大変な目に遭うかもしれない。素性を隠し、ひっそり暮らしたいスミレは真っ当で普通の男に嫁ぐべきだ。

 だからどんなにヘタレとあきれられようが、好きだと言わなかった。

 ……オレは幸せになっちゃいけないから。

「レティ兄さま」

 突如ビシッとものすごい音がした。

 不意打ちに悶絶して額押さえるオレ。

「い……ってえええええええ!」

 上半身思いっきり反り返って絶叫した。腹筋鍛えててよかった。

「れ、レティ様、リリス様?!」

 頭蓋骨割れる!

 脳みそ出るっつの!

 小さい頃から命狙われてたおかげで、オレはどんな時でもとっさによけるか防御できる。……はずだった。

 今も察知したぞ? 条件反射でバリア張ったけど、デコピンがそれ余裕でブチ破ってきたんだよ!

 涙目になりそう。

 デコ押さえて起き上がると、我が妹がそりゃーもうイイ笑顔してた。

 …………こっわ!

 目が笑ってねぇ。背筋さみぃ。

 ルシファーすら一歩下がってんぞオイ。

 脳天に拳骨くらったクソ親父の気持ちがちょっと分かった。同情はしねーけど。

 リリスはゆっくり口を開いた。

「レティ兄さま」

「ははははいいっ!?」

 つい敬語。

 いやいや、そーゆー迫力があるっつーの!

「ちょっとは頭冷えた?」

「冷えたっつーか、マジに大量出血して死ぬかと思った」

「あのねぇ、あたしが気づいてないと思わないでね? レティ兄さまがなんで女っ気ないか、ほんとのとこくらい察しがついてんのよ。『自分には幸せになる資格なんかない』、おおかたそんなとこでしょ」

「―――」

 気づいてたのか……。

「原因は経歴と出生の両方」

 ……そうだよ。

 だって、そうだろ?

 無言で返せば、妹は肩をすくめた。

「バッカみたい」

「……はい?」

 あっさりぶった切られたか今?

「だーかーら、分かってるんだってば。レティ兄さまは傭兵時代でさえ、悪人しか手に欠けなかったじゃない。いくら仕事でも、善良な人をターゲットにしたものは断ってたでしょ」

「…………」

 それも知ってたのか。

 リリスが指を上げた。

 サッとデコかばうオレ。

 妹は単に人差し指上げただけで左右に振り、

「兄弟みんなに幸せになってほしいって言ったでしょ。それにはもちろんレティ兄さまも入ってんのよ。それにさ、それこそどっかのアホ親父への最高の復讐だと思わない?」

「……リリス」

「確かに過去は消せないよ。だけど、それに囚われすぎて大事なこと忘れないで」

 大事なこと?

 妹はすれ違いざま、オレの肩をたたいた。

「スミレちゃんの幸せをも捨てさせる気なら、そんな男に大事なあたしの親友はあげらんない。他の男と結婚させるよ」

 ―――っ!

 最後通牒つきつけられ、頭の中が真っ白になった。

 やる、リリスならやる。

 本気だ。

 リリスとルシファーはいなくなり、オレとスミレだけが残された。

 ……リリスも伊達に女王やってんじゃねぇ。いざとなれば、周囲が泡食うとんでもない行動力を発揮する。

 スミレをオレから完全に引き離し、二度と会わせないくらいやりかねない。

 蒼白になってスミレを見れば、彼女も負けず劣らず真っ青で震えてた。

 原因はリリスのデコピン見たショックかな。うん、グーパン一つでパワーアップ親父撃沈させた伝説の持ち主だもんな。

「あ、ええと、リリスが怒ってんのはオレに対してだぞ。スミレは関係ないから大丈夫だ。つーか、妹同然にかわいがってるお前にあいつが危害加えるわけねーだろ」

 実兄にはくらわせたけどな。

 いつものように頭なでようとしかけ、ハッとしてやめた。

「悪い」

 何やってんだ。恐がられてんじゃねーか。

 ずぶ濡れになったの運んだ時は非常事態だから仕方なかっただけで、もう触れるべきじゃない。

 ていうか、これどういう拷問?

 さっきフラれたばっかの兄に、彼女を落ち着かせろって……ムチャ言うな。

 やだーもー。兄ちゃん泣きたいよー。

「えーと、だな」

 さりげなく後ずさりして距離を取る。

「安心しろ、近寄らねーよ。恐いだろ、な。すぐ出てくから」

「……っ」

 スミレはぶんぶん首を横に振った。

 あ、一人になるのも恐いか。

「でも、オレがいたら嫌だろ? ここは一番安全な場所じゃないか、大丈夫だって。女官長もすぐ戻ってくるだろうし」

 執事かってツッコミたくなるくらい気の利くルシファーが持って来てくれた替えの上着をはおり、そのまま後退しようとした。

「ま、待って!」

 スミレがぐいっと裾ひっぱった。

「…………」

 すいません、きついんですけど。

 おびえた小動物がすがりついてるみてぇ。ウルウルさせて上目遣いとか。

 末の弟がこういうのはよくやってて、「嘘くせぇ」としか思わねーけど、これは本物である。

 自分で傷口えぐること言うけどさぁ、オレさっきフラれてんのよ? 瀕死なのをなけなしのプライドでごまかしてんですよ。勘弁してください。←なぜか敬語その2

「……そのー、離したほうがいんじゃね?」

「いや、です」

 スミレはきっぱり言った。

「離したら、レティ様行っちゃうじゃないですか」

「いやその、同僚の女官ならそこらへんでつかまるんじゃないかなーと。女官長戻ってくるまでいてもらったらどうだ? 彼女たちなら平気だろ。警備も強化しとくし」

 スーッとフェイドアウトしようとしたら、ぽたっと床に液体が落ちたのが見えた。

 ん?

 それはぽたぽた、じゃなく、ぼたぼたと続く。

 スミレが声を殺して泣いてた。

「うわっ、ちょ、どうし、あわわわわ」

 もののみごとにパニクッた。

 そりゃ、気の弱いスミレが泣くのはこれが初めてじゃない。熱出て心細いとよく泣いてた。

そんな時は背中さすってやるとか、女官長やリリスが抱きしめて思う存分泣かせてやってたけど、二人ともいねーし。

 今のオレじゃ何もできず、前にしゃがんで声かけるくらいしか方法が。

「わ、分かった分かった。ちょっとの間でも一人にされんの恐いんだな。んじゃ、電話して誰か呼ぶわ」

 ダメ元でリリスと女官長とルガにかけた。最後の手段でルシファーにも。

 全員シカトしやがった。

 妙な気遣うなぁぁぁ!

 リリス専属侍女にも順繰りにかけたけど、同じく留守電。

 あーいーつーらー、結託しやがったなぁあ?!

「……悪い、みんな忙しいみてーだ。やっぱ直接行って呼んでくる」

「やだ! ここに、いてくださ……っ」

「でもな、恐いオレといるよりは」

「恐くなんてないです……! ちがくて……っ」

 もっと泣く。

 あわわわわ。

 ガラスのハート←失笑ものだけどナキア兄貴に断言された、もうボロボロなんすけど。無理。泣きたいのはこっちだって。

 何なんだよ、何がしたいんだよ。

 オレはさぁ、ナキア兄貴やネビロスみたく気の利いたセリフ言えねーのよ。戦うしか能のないアホなんだっつーの。

 相手が男ならケンカっつーか、全力でぶつかり合えば「フッ、お前できるな」「そっちこそ」的な感じでダチになれるけど。

 何言えば……。

「好きだ」

 完全にテンパったオレの口からぽんっと言葉が出た。


  ☆


 ―――あれっ?

 目が点状態になったのはどっちもだ。

 あまりのびっくり具合に、スミレの涙止まってるし。

 ああよかった、泣き止んだ。

 目的達成。不幸中の幸い。

 ……じゃねーよ!

 盛大にセルフツッコミ。脳内で自分を張り倒す。

 バカだオレ―!

 ここで言うかぁ?! あんだけ言わないって決めてたくせに、何でこのタイミングで出てくんだよ!

 もうやだ泣きてぇマジで。

 ただの一度も泣いたことなんかねーけど。今こそその時かも。

「いやっ、その、あのだな」

「今のほんとですかっ?!」

 がしっと両手で腕つかまれた。

 あ、逃げらんね。

 たら~りと頬を汗が流れた。

「そのー、ほんとっつーか、言うつもりなかったっつーか」

「い、いつからなんですか……っ?」

「へ? えーと、いつからだろ。初めて会った時から守ってあげなきゃなぁとは思ってた」

 珍しく鬼気迫ったスミレの迫力にのまれ、正直に答える。

「あの、それは保護対象としてですよね?」

「うーん。後から考えれば、たぶん一目惚れだな。あン時からだと思うぞ。でなきゃ、公爵と取引してまで一家そろって面倒みようなんてしねーだろ」

「わ……私はずっと自分は妹みたいなもんだと……」

「本物の妹ならいるぞ。あ、めっちゃ強いから、モロに『妹』っぽいお前のほうが妹的存在だったって? ないなー。妹はリリス一人で十分だ」

 妹はかわいいリリスで満足。

 つーか、反動みたくペラペラよく動くなオレの舌は。

 半ば他人事。

 ヤケになってんのか?

「まぁともかくさ、オレは前からスミレが好きだったわけ。ただ自分が兄代わり兼保護者程度にしか思われてないのは知ってたし、どんな言い訳したって過去の経歴がある。だから一生言うつもりなかった」

 罪は消せない。

「罪は背負い、償い続けなきゃならないから―――」

「わっ、私も好きですレティ様!」

 かぶせるようなスミレの叫びが聞こえた。

 ……ん?

「…………」

 ゆっくり首を右にかしげ考え込み、しばらくして逆側に倒して繰り返した。

「うわ、また幻聴聞こえたよ。やっべ。まだ自覚あるうちに医者かかろ」

 ルガに精神科医紹介してもらおうと電話しようとしたら、その手つかまれた。

「か、勝手に幻聴にしないでください……っ。も、バカぁっ!」

 妹にだけじゃなく、好きな子にまでバカ呼ばわりされた。

 否定できねぇ。

「え、現実? ンなアホな。スミレが人悪く言うなんて」

「私だって、言いたくなる時くらいありますよ……っ」

「うわあああ、何でまた泣きそうになってんだよ!?」

 あわあわ。

「レティ様の、せいです……っ。ばかぁ……」

 何か訴えるように見上げてくる。

「…………」

 不思議と意味は分かった。

「……触れて、いいのか?」

 スミレはコクンとうなずいた。

 …………っ。

 オレは彼女の背に腕を回し、そっと抱きしめた。

 小さくて細い。簡単に折れてしまいそうだ。

 彼女も抱きしめ返してくれる。たまらなくうれしかった。

「……なんで、レティ様が幸せになっちゃいけないんですか。戦わなきゃならなかったのは、レティ様のせいじゃないのに」

「…………。でも、クソ親父の刺客を返り討ちにしてきたのは事実だし、傭兵として生きることを決めたのもオレ自身だ」

「刺客を倒さなきゃならなかったのは、仕方ないです。でなきゃ殺されてたでしょう? そもそも悪いのは刺客送った前の王様です。……それに、仕事でもレティ様がやっつけてたのはみんな悪人じゃないですか」

「……そりゃそうだよ。仕事っつったって、自分のために人殺しまくってたら、あのクソ親父と同じになっちまう。ああはなりたくなかった」

 世界で最も嫌悪する男と同じにだけは。

「……もう、自分を許してあげてください。重すぎて潰れそうなら、私も一緒に背負います」

「…………」

 はぁー。

 長く息を吐き、本音を漏らした。

「オレだって、本当はお前と一緒に幸せになりたいと思ってた。でもオレはあのアホの息子の中じゃ一番戦闘能力高くて、父親みたいになるんじゃないかって今も言われるくらい危険視されてる。同じようにならないため、お前を不幸にしないためにも一人で生きてくほうがいいんだ。だから、さっき言ったことは忘れてくれ」

「嫌です、忘れません!」

 スミレががばっとオレを振り仰いだ。

「ほんとの理由は違うんでしょう? ほんとは……私が体弱いから。迷惑かけてばっかだからですよね? しょっちゅう病気してばっかりで、長いこと治療費も全部負担してもらってて。それに、子供産めないかもしれないし……っ」

「そんなことねーよ!」

 即座に否定した。

 ンなこと考えたこともない。

「体が弱いのはスミレのせいじゃない。今は普通に生活できるレベルまで回復してるし、そんな卑下することねーだろ」

「……ほんとですか? 私の体のせいじゃないんですか?」

「ほんとだって。必ずしも子供がいれば幸せとは限らねーし。いなくても幸せな家庭はいっぱいあるだろ。逆に、いたがゆえに不幸になったケースもあるじゃんか。ぶっちゃけオレの母親とか」

 考えてみれば、兄弟全員そうじゃん。リリスも含まれるな。

「子供といえばそうだな。オレの遺伝子は残さないほうがいいってのも、一生一人でいる理由だ。子供までオレみたく危険視される」

「リリス様は?」

「え?」

「リリス様やご兄弟はどうなんですか? 特にリリス様は一番強いです」

「…………」

 確かに。

「でもリリスの子が生まれたとして、危ないとは思わねーな。地位も権力もブン投げて捨てるあいつの子が危険人物に育つわけがないだろ」

「でしょう? 潜在能力あったとしても、悪い方に使わなければいいだけです」

「まぁな」

「それに、ご兄弟にも言いますか? 危険性あるから一生一人で過ごせとか、子孫は残すなって」

「いいや。みんな不幸な幼少時代忘れるくらい幸せな家庭築いてほしいよ」

「じゃあ、どうしてレティ様だけがだめなんですか」

「―――」

 兄弟みんなが幸せになってほしい。

 さっきのリリスの言葉を思い出した。

 ……オレもいいのか?

 許されるんだろうか。

 彼女はまっすぐオレの目を見て言った。

「好きです、レティ様。私も初めて会った時から好きでした。あなたに助けてもらったあの時からずっと」

「……スミレ」

 引っ込み思案な彼女がここまで言ったんだ。応えなきゃ男じゃない。

 スッと背負ってた重荷が消えた気がした。

 ああ、オレは自分を許してやっていいんだ。

 ポケットから一生使うつもりのなかった小箱を取り出す。

 開けて中の物を見せた。

「オレも好きだよ。結婚してくれるか?」

 幸せそうな笑みが返ってきた。

「……はい。私でよければ」


   ☆


 さて、問題。予想外に婚約者のできたオレが最初にしたことは何でしょーか?

 答え、彼女をとりあえず膝の上に乗っけてみた。

 とたんに子羊は真っ赤になった。

「な、なな、何ですかっ?」

「え? この際だから他の夢も叶えてみようかなーと」

 しれっとな。

「どんな夢ですかっ?!」

「そりゃまぁ色々と……。これ幻じゃないよなって確かめるためにもさ」

「……まだ信じてくれてないんですか?」

「いや、オレの実態、兄貴たちいわく情けないチキン野郎だから。好きな子の前だとさらにダメダメなだけだ」

「……っ」

 スミレはさらに赤くなった。

 純真でかわいいなぁ。

 我慢できず、言ってみた。

「なぁ、キスしていい?」

 だってもう我慢する必要ないじゃん? 婚約者だしー。

「はえっ?!」

 すっとんきょうな声出たな。

「あ、あのその、い、いきなりですか……っ?!」

 臆病な子羊はプルプルして見上げてきた。

 うーん、それ逆効果って知ってるか?

「あえて勢いに任せようかと。でなきゃオレの場合、まーたあれこれ並べ立ててウジウジしそう」

 いけいけってけしかける兄妹たちの念を感じるのは気のせいか。

「嫌か?」

 小首をかしげてきいてみたら、スミレは両手握りしめつつぼそぼそつぶやいた。

「いやじゃ……ないですけど……」

「そっか、じゃあ遠慮なく」

 言質とってにっこり笑った。後で聞いたところ、めちゃくちゃ悪者の顔してたらしい。

 五分後、婚約者は気絶しそうになってた。

「は、恥ずかしいですぅっ……! も、もう無理……」

 うーん。ものすごく残念だけど仕方ない。

 体弱いのに無理させるわけにはいかねーもんなぁ。

「そういや、ちゃんとあったまったか? 冷えたままだと風邪ひくぞ。一応ちゃんとルガに診察してもら……」

 そこまで言って気づいた。

 オイ。

 ドアの方を睨み、思いっきり苦虫かみつぶしてすりおろす。

 気のせいじゃなかった!

「ここ座ってろ」

 スミレをソファーに下ろし、ツカツカと近づいて勢いよくドア開けた。

「おめでと――!」

 パンパーン!と派手にクラッカーが鳴った。

 頭から紙吹雪かぶる。

「…………」

 オレはリリスとルキ兄貴とルガとルシファーとスミレの両親をにらみつけた。

「お前らなぁ! 立ち聞きしてんじゃねー!」

「えー? だって心配だったんだもーん。てゆーかレティ兄さま、ついさっきまでマジで気付いてなかったの? 別にあたしステルス使ってないのに」

 気づいてなかったよ! いっぱいいっぱいでな!

「スミレちゃんっ、よかったー! これでほんとの姉妹だねっ!」

 妹は兄の苦情をスルーし、赤くなったり青くなったり忙しいスミレをハグした。

 言いたいこと色々ありすぎてツッコミおいつかねぇよ!

「はいはい。リリス、ちょっと離してあげなさい。ルガが診察するから。レティはこっち来い」

 ルキ兄貴に首根っこひっつかまれて隅へ引っ張られた。

 いてて、なんだよ。

 一番上の兄はがしがしとオレの頭を撫でまわし、

「よくやった。お前さっさと籍入れろ」

「はぁ?! たった今婚約したばっかだけど!?」

 何を言い出すこの兄は。

 さすがリリスの兄と言うべきか。発想が。

「付き合うをすっ飛ばして婚約してる奴が言うか」

「……言われてみれば」

 おう、オレも間違いなく兄貴だった。

「別にいいさ。ヘタレなお前にしてはがんばったなというか、それくらいピッチ上げてくれないと困る。でなきゃ、婚約まで何年かかるか」

「ありそうすぎて悲しいぜ」

 兄の分析が的確すぎる。

 長兄はドスっと人差し指突きつけてきた。

 グフゥ。

 みぞおちなんで地味に痛い。

「てわけで、またウジウジする前に、勢いに任せて結婚しとけ」

「待ってくれよ。こっちはよくても、スミレの両親の許可とか」

「あのな、ネビロスが結婚式やりたいって暴走しかけてリリーちゃんがキレてただろ」

 ん? いきなり話飛んだ。

「ああうん、それが?」

「彼女も式自体はやりたいようだが地味なの希望で、ネビロスの妄そ……願望とかけ離れてる。そこでお前とスミレちゃんに合同で式やってほしいんだよ」

「…………」

 理解した。

 つか、妄想って言いかけたな。

「スミレの出生隠蔽のため、オレらはどうしても関係者のみのひっそりしたもんになる。それと合わせると、ネビロスのほうも地味婚にせざるをえない。こっち口実にしてあいつセーブするってことだな?」

「そういうことだ。愚弟が早々に三行半つきつけられるのだけは避けたい。ハッキリ言って、ネビロスの希望なぞガン無視するぞ。リリーちゃんの希望のみ聞くんでいいと思ってる」

「同感」

 拝み倒して引き取ってもらったのに、もう返品されたんじゃたまんねー。

 ほれ、と一枚の紙出すルキ兄貴。

「婚姻届け? ってオイ、副署人とこばっちり埋まってんじゃんか」

 夫側はルキ兄貴とルガ。枠埋まってるのに、余白にリリスとルシファーの署名まで。

 妻側はスミレの両親の名前。

「許可取ったのかよ?!」

「何を今さら。あちらはとうにお前に娘娶ってもらえるつもりでいたぞ。むしろいつになったら嫁にもらってもらえるのかとヤキモキしてた」

「聞いてねーよ!」

 つっこめば、ルキ兄貴は残念なものを見る目向けてきた。

「お前がヘタレすぎて逃げて聞いてなかったんだよ」

 ……返す言葉もございません。

「あ、無駄に律儀なお前が結納だのなんだの言って時間稼ぎしないよう、さっき結納済ませといたぞ」

「有能すぎるよルキ兄貴! オレの性格よく分かってんな!」

 スミレの両親のほう見れば、感涙にむせんでた。

「ありがとうございますっ。大恩ある貴方様なら安心して娘を任せられます!」

 うわーあ、逃げ道バッチリ塞がれてる~。

 いやその、ここまできたら逃げる気はねぇよ?

「てわけで今すぐ書け。俺が受け取れば公的に受理したことになる。ほら、ペン」

「嫌じゃないし、書くけどさぁ。なんでスラッとこういう書類出てくんだよ」

「俺の執務室には仕事柄、あらゆる書類の予備があるだろ」

 そうでした、宰相閣下。

 署名してスミレに回した。

「スミレ、もうこの際籍も入れちまおう。サインして」

「はいぃっ!? 今ですか?!」

「ほらほら、サインするだけだから~。たいしたことじゃないよ。そんな違わないじゃん。ね?」

 後ろからグイグイ押して援護射撃するリリス。お前、詐欺師の才能あんの? 口うめーな。

 ずっと端で沈黙してたルガもうなずく。例によってセリフ一つもねぇ。

 なんだかんだで従順なスミレは言われた通りにサインした。

 ルキ兄貴とリリスがグッと親指立てて健闘讃え合ってたのが、なんか微妙に泣けてきた。


   ☆


 その日の夜半。

 城内某所、秘密の地下牢にて。オレは牢の中の男を睨みつけていた。

 あ、婦女暴行罪の二人じゃねーぞ。そいつらは別にシメた。

 鉄格子の向こうで床につっぷしてるのは、さっき軍の制服を取り上げられた男だ。

 オレは凍るような声で言った。

「おい、エリゴル。意識あんだろ。気絶したフリしてんじゃねーよ」

 ひょろっとした、貴公子のようなシルエット―――副官エリゴルがむっくり起き上がった。

 そのまま優雅に跪く。容赦なく殴りつけたから顔面はみるも無残な有様だ。

 え? だって、手加減してやる理由ないだろ。オレの嫁に危害加えたんだぞ。

「さすが我が敬愛する主」

 常人なら激痛でのたうち回ってるダメージだってのに、奴は恍惚とした表情浮かべて言った。

「キモっ!」

 こいつ、どMかよ。

 普通にドン引きした。

 が、エリゴルはうれしそうだ。

「ああ……その殺気、冷酷さ、それでこそフルーレティ様。ようやく戻られたのですね……!」

「あ?」

「このたびのことは全て、貴方様のためです。戦場の鬼神と呼ばれた貴方様本来のお姿に戻っていただくため。あれこそ真の貴方様なのですから」

 …………。

 理解不能、と軽く首を振って尋問する。

「自分がやったと認めるんだな」

「もちろんですとも」

 エリゴルはあっさり首を縦にした。

「あの娘は邪魔な存在です。貴方様を弱くするという最大の罪を犯しました。あんな娘はいなくなったほうがよいのです。高貴な貴方様にふさわしいのは、他国の姫君や高位貴族など身分が高く見た目もよい女性。あのように美しくもなく虚弱な体では、大事な跡継ぎをもうけることもできないでしょう」

「別に子供ができなくても構わねーよ。オレにとってはスミレのほうが大事だ」

「いけません! 貴方様こそ王となるべきお方。子孫代々、尊い血脈は続いていくべきです」

 エリゴルは真剣に言い切った。

 ……オレの実の父はアレだけどそこはいいのか?

「まず、ふぬけた女王を始末し、ご兄弟も全員抹殺します。貴方様が唯一の王となるのです。そうですね、一人目の妃は輝夜姫はどうでしょう。地位もあり見た目もまぁいいです。なにより、彼女を使えば隣国の王位を要求できる。二人目の妃は私の妹か姪では? これで三国が手に入ります」

「…………」

 得意げに語るエリゴルをオレは冷めた目で見た。

「穴だらけの計画だな。いや、妄想か」

「さようですか。どこに欠陥があるでしょう。貴方様の軍略はいつもすばらしいです、謹んで拝聴させていただきますとも!」

 だからキモイっつってんだよ。

 はぁ、とため息つき、指折って教えてやった。

「第一に、オレは王になんかなりたくねェ。最初っからつまづいてんだよ、テメェの願望は。第二に、大事な妹はもとより、兄弟もそれなりに気に入ってんだよ。なんで殺さなきゃならねーんだ? 第三に、他の国を欲しいとも思わないし、輝夜姫もテメェの親戚も断る」

 オレの好みは守ってあげたい系なんだよ。

 そもそもルキ兄貴が輝夜姫好きだったら、略奪になるじゃねーか。恐ェ。ゲンコツくらいじゃすまねーぞ。

 妹の殺人的デコピンも恐いが、長兄の説教も恐い。想像するだけでゾッとした。

 四本目の指を折り、

「第四、これが一番大きい。自覚がないようだが、テメェの行動は『オレのため』なんかじゃねー。自分自身のためだ。かつて自分を負かし、玉座に着いた一派を見返したいんだろ?」

 エリゴルの表情が初めて崩れた。ぽかんと口開けてる。

 すげぇマヌケ面。マジで自覚なかったんだな。

 昔、こいつの国であった王位争い。当時の王はこいつの父親で、生まれつき病弱だった。本来なら王になることなく、ただの第二王子で終わるはずだったが、兄の第一王子が急死。第三王子は健康で優秀だったがまだ幼かったため、やむなくこいつが成人するまで中継ぎとして即位した。

 これが失敗のもとだった。

「父上が王になったのだから、次の王はぼくのほうだ!」

 エリゴルの兄にあたる長男がそう主張した。よくあるやつな。

 つーか第二王子さんよ、病弱な割には息子二人に娘四人って多くね?

 当時の王としては予定通り、息子より甥に継がせるつもりだった。そこで親子ゲンカが勃発。

 すったもんだの末、エリゴルの兄は戦死。エリゴルは争いに関与してなかったが、そのままいれば火種になると考え、ちょうどオレと会ったこともあり国を出た。そして王も予定より早く甥に王座を譲ったという。

 エリゴル自身は今も母国で惜しまれていて、帰ってきてほしいと望む声も大きい。

 オレは奴を見下ろし、真相を告げた。

「テメェは確かに祖国での内乱時、何もしなかったさ。が、裏じゃ暗躍してたよな。むしろ争いを起こした張本人と言ってもいい。兄をそそのかして叔父を殺し王位を奪わせ、頃合いを見て『簒奪者から玉座を取り戻した英雄』として自分が王になるつもりだった」

 そうだろ?

 エリゴルは無言で驚いたままだ。

「どっちに転んでもテメェには有利なようになってたんだよ。成功すればそうするだけ、失敗してもダメージはない。なにしろテメェは『何もしてない、関与してない』んだからな。国を出たのも計算の内だ。犠牲者に見せかけ同情を引き、いずれ叔父が呼び戻してくれるのを待ってたんだろ」

 実際、叔父から帰国して力を貸してほしいと手紙が来てる。

「そっちの国がどうなろうが、オレの知ったことじゃない。お家騒動やりたきゃ勝手にやってろ。ただオレを巻き込むな。テメェ一人でクーデター起こして、王になりたきゃなりやがれ」

 エリゴルは急いで言った。

「とんでもない! 貴方様を王にし、使えることこそ我が使命なのです!」

 傭兵なんてやってた奴は、みんなどっか普通とは違う。人を斬り、破壊活動が日常だったん。、マトモな神経なはずがない。

 オレだってそうだ。

 コイツも例にもれず、異常なんだよ。

「もういい。聞いてるのもアホらしくなってきた」

「貴方様こそ悔しくないのですか? 王の子でありながら、才能があるがゆえに逆に認められず、あんな馬鹿な小娘に玉座を奪われて。しかも、あの馬鹿はそれを捨てたんですよ!」

「…………」

 オレは目をすがめた。

 オレとコイツは同じだ。もしスミレという守りたい存在に出会わず、リリスという人生の転機がなければ、オレもこうなってたのかもしれない。

 でもオレはならなかった。

 今後も決してならない。

 大きく息を吐いた。

「逆だ。リリスはオレなんかよりよっぽど王にふさわしいぜ。だからこそアッサリ王制を廃止した。地位や自分の欲望より、民のことを考えられる。それが王だ」

 民がいるからこその王だ、っていうだろ。

「それより大事な妹をバカにした罪を加算しとかねーとなァ」

 剣の柄に手をかける。

 普通なら相手はこれで死ぬほどおびえる。が、エリゴルは怯えるどころか大喜びした。

「我が主御自ら剣をふるっていただけるとは! 至上の喜びです!」

 うっげ。マジかよ。そこまでいく?

 鳥肌立った。

 剣を離した。

「残念だったな。オレはテメェを殺さない。アホ親父と違うんだ、むやみやたらと処刑なんかしねーんだよ。テメェは生かしておいて役立ってもらう。……いっそ殺してくれって叫ぶことになるかもなァ?」

 穏やかに言って口角をあげた。

 ……そこでようやくエリゴルも青ざめた。

 このオレが間違いなく怒ってるのに殺気を放つわけでもなく、戦場でやったように斬りかかるわけでもなく、真逆の表情で笑ってる。その意味にやっと気づいたらしい。

 過去のオレを知るだけに恐怖も倍増だったようだ。慌てて土下座する。

「申し訳ありません! ど、どうかお許しを!」

 オレは鼻で笑い、呪文を唱えた。

 黒い鎖がどこからともなく現れ、絡みついていく。

「魔力を吸い取る鎖だ。生きてる限りずっとテメェの魔力を吸い続ける。有益に使わせてもらうぜ。色々とな」

 防音の魔法かけた牢の外にはもう何も聞こえない。

 鎖の繭だけがそこには残った。

「―――終わりましたか」

 背後からいけすかない声がした。

 …………。

 ったくよぉ。どいつもこいつも。

 振り向きつつ言う。

「ルシファー、何でここにいる」

 ルシファーはのんびり肩をすくめた。

 腹立つな、この余裕っぷり。

「リリス様に頼まれたんですよ。フルーレティ様が犯人を殺さぬようにと。まぁこうなるだろうと思ってましたので、黙って見てました」

「おい」

「で、吸い取った魔力はどうするんです?」

「他の重犯罪者を閉じ込めておく仕掛けとかに使うさ。あいつはけっこう魔力量が多い。有効利用しないとな」

 収監した犯罪者にはどいつもこのテのアイテムつけさせてる。魔力奪って脱獄できないようにするのと、どうせなら封じるより有効活用するためだ。

 吸い取った魔力で閉じ込めるための牢屋強化してるわけ。だから余計脱獄できねーんだよ。

 ああ、アホ親父にも同じことやってるぞ。

「エリゴル副官、先ほど懲戒解雇されたので元副官ですね。彼が手を組んでいたというか利用しようとしていた他国のスパイに名を捕らえました。彼らはフルーレティ様に取り入って蜂起させ、リリス様との共倒れを狙ってたようです」

「仕事が早いな。お前、とっくに知ってただろ」

 問いかけにルシファーはニコニコしたまま答えなかった。

「でなきゃ、事が起こる前に、スミレに好意持ってる男()()がいるなんて言わねぇ」

 複数形だっただろ。

「そもそも産業スパイ同様、軍部にスパイが入り込むのお前んとこが見落とすとは思えねぇ。分かってて泳がせてたな? 今回はどこの国だ?」

「『正義の王』の差し金だったらよかったんですけどねぇ。残念ながら別口でした」

 ある国名をあげる。

 ベルゼビュート王子の国でもないか。あんま好意的じゃないとこだな。

「ですがまぁ、この件は使えます。有効活用しますよ」

「任せるぜ。……ったく、オレは王になりたくねーし、なる気もねぇって明言してんのに。勝手に祭り上げようとしやがって。迷惑だ。エリゴルも……長く一緒に戦ってきたってのに、こんなことしでかすとはなー……」

 語尾が何となく力がなくなった。

 正直ちょっとショックだった。

 傭兵時代から一緒な連中は仲間だと思ってた。極限状態を共に生き抜き、家族同然だった。

 よく知ってたつもりだし、信頼もしてた。中でもあいつは副官を任せるくらい信用してた。

 ……なのに裏切られた。

 愛が重いとは感じてたけど、あんな狂信的なレベルまでいっちゃってるような奴じゃなかった。そう、まるで『正義の王』みたいな異常な行動……。

 一体どういうことなんだ?

 さすがのルシファーも慰めるように言った。

「フルーレティ様のせいではありませんよ。人は誰しも堕ちてはいけない領域に踏み込んでしまう危険性を持っています。ですが実際そうなるかは自分次第です」

「まぁな」

 オレはスミレの、ルシファーはリリスの、ネビロスはリリーちゃんのおかげで堕ちずに済んでる。

 エリゴルにもそんな相手がいれば違ったんだろうか。

「ところでスミレさんの具合はどうですか? リリス様が心配しておられます」

「ルガにもらった薬飲んで寝かせたよ。明日には元気になってるだろ」

「なら安心ですね」

「でも心配だから戻る。犯人たちの後始末は任せた」

 オレはある意味一番信用できる男に任せ、自室に帰った。

 スミレはベッドでぐっすり眠っていた。テキパキと額に手あてて熱ないかチェック、呼吸も正常か確認。慣れたもんだ。

 え? 今日の今日で嫁がオレの部屋に移ってきてるのおかしくないかって?

 だよなぁ。オレもそう思う。早くね?

 これはルキ兄貴が強硬に主張したからだ。でなきゃ、弟がまーた恥ずかしがってどうしようもなくなるとよく分かってる。さすが賢い兄上。

 スミレの両親も「大恩あるフルーレティ様なら安心して娘を任せられます!……ていうか、やっとですか。長かった」とかさりげなくグサッとくる一言付け加えて、速攻まとめた荷物と共に娘を差し出してきた。

 どうぞどうぞって。スミレ、文字通りプルプル震える子羊状態だったぞ。

「色々言いたいことはあるけど、まぁいっか」

 穏やかに寝息を立てる彼女の頬に触れる。

 柔らかくて温かい。

 スミレはもにゅもにゅと身動きし、手を握ってきた。薬指にはあげたばかりの指輪が光っている。

 ……使うはずのなかった指輪。戒めとしての役目しか考えてなかった。

 だけど。

 ―――ようやく手に入れた。

 オレは満足げに一人微笑んだ。




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