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ルール違反と夫婦の誓い

「はてさて、むむむ……」

 みんなのドレスを選んで届けるよう手配した夜、あたしは考えこんでいた。自室のソファーでうなる。

 目の前には兄嫁候補リスト。

「……ほんっと、どうしたもんかなー……」

 男サイドはナキア兄さまとネビロスが動ける。女サイドもスミレちゃんに頼んだ。

 とはいえ、それで上手くいくだろうか。

 輝夜姫を思い浮かべる。

 破滅ルートを回避しようとしたことがすでにこれだけ思わぬ事態を生んでる。あたしだけじゃそのうち手に負えなくなってくるだろう。

 男女両サイドでそれぞれ協力者を手配したように、こっちの目的でも誰かに手伝ってもらうべきじゃないか?

 さすがに、そろそろたった一人でやるのはキツくなってきた。あまりに『予想外』がありすぎる。

 あたしは一体どうしたらいいんだろう。

 何が正解なんだろう……?

「はあぁ……」

 何度目になるか分からないため息をつく。

 よく異世界転生ものってあるけどさぁ、あの主人公ってよく独りでがんばれるよね。自分がその状況になってつくづく分かった。

「無理だっつーの」

 天井に向かって述べる。

 たった一人で世界を変える。

 良く言えば才能がある、悪く言えばとっても傲慢。

 ……残念ながら、あたしにはどっちの素養もない。頭が良くない自覚はあるし、深く考えることも苦手だ。

「それでいうと、よくここまでやってこれたもんだよねー」

 そうだよなぁ。普通の人間が、いくら別世界に行ったからって革命レベルの能力を発揮できるかっていうと、どうだろう。

 未来も常識も価値観も変える変革。

 そんなの、誰でもできるわけじゃない。

「音をあげるあたり、やっぱあたしは凡人だってこと」

 ま、その通りなわけで悲しくはない。

 肩をすくめた。

「異世界に行って行け行けドンドンなんて、現実には無理。『このお話はフィクションです』だよねー。実際にやってみたらこうなるってことか。うん、勉強になった」

 小説や漫画の主人公はガンガンいける。でもリアルじゃそうはいかない。

 あたしも甘かったなぁ。

 ボスキャラの母親ってチートキャラだったから、うぬぼれが過ぎた。

「反省」

 一昔前のギャグをやってみた。

 ここ、失笑するとこよ。

 あ、真面目に反省してるよ? 

「これは夢でも妄想でもない、現実。自分の力で世界を救えるなんて、うぬぼれた考えは捨てなきゃ」

 フィクションのキャラたちは絶対考えないこと。

 だけどあたしは彼らみたいな創作物じゃなく、生きてる人間だ。

「……独りじゃ無理。あたしにはそんな才能も能力もない。だから―――この世界の誰かに全部しゃべって協力頼むのは……?」

 そこまで考えて、言葉を切った。

 ―――そうしたい。

 それが素直な思いだ。

 もはやあたしの手に余る。なら、もっとできる人に助けてほしいと思うのはいけないだろうか?

 だけど、それはアリなの?

「この世界はフィクションで、作られたもの。あなたも作られた登場人物」

 これをバラすのはルール違反だ。

 あたしでも分かる。

 異世界ものでこれを犯したのはあまり見ない。そりゃそうだ。

「……言ってしまいたい。これを説明しなきゃ何も始まらないもん。けど―――」

 あたしは頭を抱えた。

 どうすればいい?

 なぜあたしがこの世界に来たのか。

 何を求められてるのか。

 これはきっとそれに関わる重大なことだ。

「どうすれば―――」

《―――バラしても大丈夫だよ》

 聞こえるはずのない声が聞こえた。

「えっ?!」

 急いで辺りを見回す。

 今の声、ベルゼビュート王子?!

 気配を探る。

 いない。

「いない……? 空耳?」

 でもはっきり聞こえた。バラしても大丈夫、って。

 どういうこと?

「待てよ……」

 顎に手をあてて考え込む。

 ベルゼビュート王子の声だけど、何か違った。そう、まるで『正義の王』の口を借りて修正プログラムがしゃべったような。

 ただしこれは修正プログラムじゃない。攻撃的じゃなく、むしろあたしに味方するような感覚がした。

 修正プログラムがあるなら、改変を維持しようとする、いわば保存機能もあるはず。それか?

 ベルゼビュート王子っていう『新しいヒーロー』を借りて、あたしに何か伝えたかった?

 バラしても大丈夫。

 究極のルール違反をしても平気ってこと?

 ちょっと勇気がわいてきた。

 確証はない。全部あたしの推測だ。

 だけど聞こえた声は幻聴じゃないし、『誰か』あるいは『何か』があたしを援護してくれてるのは間違いない。

 それなら、いっそ賭けてみよう。 

 どうせすでに大幅に改変やった身だ。もう一つやらかすくらい大した違いはない!

「うん、よし」

 勢い込んでドアのほうに視線を向ける。よく知る足音が近づいてきた。 

「お疲れさまです、リリス様」

 仕事しに行ってたルシファーが帰って来た。

 毎日夜は組織の部下から色々報告があるの。あたしは聞かないほうがいいだろうと思うんで、席外してる。

 有能執事のごとくティーセットを持ってきたルシファーは慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。ハーブのいい香りが広がる。

 香りを楽しんで飲んだ。

「あろがと。んー、おいし」

 あたしもルシファーも毒が効かない。つまりハーブも効かないんだけど、気分的な問題だ。香りは心地いいと感じるからね。

「ルシファーのお茶飲むと安心する」

「それはよかったです。リリス様に喜んでいただけるよう、何度も練習しましたのでね。ところでこれはご兄弟の嫁候補リストですか?」

 あたしがテーブルに置いたリストを取り上げる。

『ルキ兄さま……輝夜姫or考古学者ローレルさん

 アガ兄さま……“盲目のピアニスト”アイリスさん

 レティ兄さま……予知能力者スミレちゃん

 ルガ兄さま……魔物研究所ジャスミンさん

 ネビロス……魔法機械研究所リリーちゃん』

「こうしてみると、そうそうたるメンバーですね」

「ねー。ルキ兄さま以外は一人ずつで、そんなトラブルも起きないと思うけど」

 ルシファーはリストの最後を指した。

「どうでしょう。約一名、大変なことになりそうですが」

「……だよねぇ」

 ルシファーもそう思うかぁ。

 ネビロスのあの様子見て、ちょっと、っていうかかなり不安になった。あたしの兄弟は元来悪役って設定だって、今さらながら思い知らされたというか。

 敵キャラが生まれなくなるなら、別のところに敵キャラが出現する可能性がある。今までそれは『正義の王』だと思ってたけど、違うんじゃないか?

 『正義の王』は良いキャラのはず。いくらプログラムに改変されてても、ダークサイド堕ちできないんじゃないかと。

悪役になりきれないんじゃないかって思った。

 それよりは、元々悪寄りなあたしの兄弟が敵キャラになるってほうが納得できる。可能性だって高い。

「そりゃあ『ヒロインの祖父』よりは『魔王の叔父』のほうが悪役になりやすいよね……」

「リリス様?」

 あたしが何を言ってるのか分からず、ルシファーが前に跪いて顔を覗き込んできた。

「…………」

 いつもなら途端にハートマークばらまくとこだけど、悩んでる今、そんな余裕はなかった。

 兄弟が悪役になったら、あたしは止められるだろうか?

 ……心情的に戦えない、かもしれない。

 ラスボス『魔王』はあたしより強い設定のはずだ。ボスキャラなんだから。あたしの子が悪役にならない代わりに兄弟がなったら、その設定が適応されるかもしれない。そしたら力の上でも止められなくなる。

 どうすれば阻止できる?

 もう考えすぎて分からない。大体、あたしは頭良くないんだ。いい案なんて思いつかない。

 一人で考えて動くのは限界だ。

 誰かの、助けがなきゃ―――。

「…………」

 あたしはじっとルシファーを見返した。

「リリス様?」

 いつも基本ハイテンションなあたしが大人しくて、ルシファーが心配したようにきいてくる。

「どこか具合が悪いのですか?」

「ううん。元気だよ。そうじゃなくてね」

 思い切ってたずねてみた。

「ねえ、ルシファー。あたし、これからとっぴなこと言うけど、驚かないで聞いてくれる? 」

 ルシファーは平然と、

「リリス様がとっぴな言動とるのはいつものことですので、今さらたいして驚きませんよ」

「……あ、うん、ソウネ」

 そこ納得されるのは微妙なんですけど。

「じゃなくて、嘘だと思うかもしれないけど、信じてくれる?」

「はい」

「そっか」

 ―――……。

 これはルール違反かもしれない。

 こうすることこそ、予想外の事態を起こすのかもしれない。それでも。

 手遅れになるよりは。誰かが犠牲になる前に、死者が出る前に、誰かに助けを求めよう。

 あたしは大きく息を吸い、ついに言った。

「あたしは生まれる前、いわゆる前世、この外の世界にいたの。ここはあたしが本来生きていた世界のさらに中にある、ゲームの中の作られた世界なのよ」

 時が止まったかのようだった。

 ルシファーは黙って瞬きもせずにいた。

「…………」

 しばし沈黙が流れる。

 ……そう……かな。

 さすがにこれ言ったらどうなるか、予想なんてつかない。

 不安げにルシファーを見てると、考えこんでた彼はやおらうなずいた。

「そうでしたか。分かりました」

 あっさり。

「えええええええええ?!」

 めちゃくちゃあっさり納得された!

 さらっと言われたよ!

 冗談じゃなく本気なのは見れば分かる。ものすごく真面目に考えて理解されて納得された。こんな短時間で。

 けっこう勇気いった発言だったのに、なんか軽っ!

「ちょ、え、ほんとに分かったの?!」

「はい」

「いやあの、けっこうしれっとうなずいたよね!」

「いけませんでしたか?」

「いけないとかそうじゃなくて、絶対信じてもらえないと思った!」

「愛する妻の言葉を信じないわけがないじゃないですか」

「あたしもルシファー大好きっ! って、普通は嘘だぁって笑い飛ばすもんじゃない?!」

「リリス様は僕に嘘などつかないでしょう」

 真顔で言われた。

 その通りだし、うれしいけども今はそこじゃない。

「えーと……あんま驚いてないわね?」

「想定外はリリス様と一緒にいるとよくありますから。だいぶ慣れました。驚いてはいますが、すぐ冷静になれるといいますか」

 苦笑するルシファー。

 それはゴメン。

「とはいえ、この世界の外のことなど考えもしませんでした。いえ、作られた存在であるなら当然のことなのですが」

 そうね。『この世界』は限られてる。地球でいうならヨーロッパの真ん中を基点として東はトルコ辺りまで、西はイギリスや大西洋の一部まで、南はエジプト付近まで、北はロシア南部までってとこだ。

 その先は作られてない。つまり、存在しない。

 ルシファーは立ち上がるとあたしの隣に座った。

「ゲームの中に作られたとおっしゃいましたね。チェス盤のようなものですか?」

「ううん。なんで?」

「『人をのみ込む』呪いのチェス盤というものがあるじゃないですか。前王のコレクションでありましたよ」

「あ、そういやそんなんあったっけ……」

 遊ぼうとして駒に触ると、精神が取り込まれるやつ。

「呪いの本もありましたね。ああいうのは細部まで制作者の意図通りに動くものと、登場人物に自我があって勝手に動くものがあります。後者というわけですか」

 あ、なるほど。

 納得した。そういうのが存在するから、『何かの物の中に作られた世界』なんて信じられない話も比較的すんなり理解したのか。

「この場合、媒体は機械だけど……物であることに変わりはないよね」

「機械ですか。リリーさんが使っているようなパソコンですか?」

「んーと、あれよりもっと小さい。あ、ほら、今度スマホでゲームできるようなシステム開発できない?ってリリーちゃんとこに頼んだじゃない? あんな感じ」

 この世界に携帯ゲーム機はないんで、似たようなもので分かりやすいのを例に挙げる。

「よく分かりました。それから、『人をのみ込む』アイテムはのみ込まれた人が出られるものと出られないものがありますよね。一番目はあらかじめ決められてる何らかの条件をクリアすればOKだったり、内部からアイテムそのものを破壊すれば解放されるパターンです。二番目は消化して栄養にするため、取り込んだ獲物は逃がさない食虫植物のような魔物ですが。どちらですか」

「二番目じゃないね。そこは断言できる」

なぜなら地球に魔物の類は存在しないから。

「呪物じゃなく、あくまで人が楽しむゲームだもん。純粋に楽しく遊ぶものなの」

「では、製作者が設定してある『何か』を満たせばリリス様は外に出られるということですか?」

「……それもどうかな」

 首をひねった。

「普通ならそうかもしれないけどね。前世ってさっき言ったでしょ? つまりあたしは一回死んでるのよ」

「え」

 ルシファーが絶句した。

 あれ、この点は気づいてなかったのね。

 一応驚いてはいるってのほんとだったんだ。

「戻る肉体もないし、特に出る気はないかなぁ。出ようと思ったこともない」

「それはよかったです」

 ルシファーはにっこり微笑んだ。

 ん?

 妙に黒い笑みに、嫌な予感がした。

 あたしは忘れちゃいない。ルシファーは見かけこそ大人しくて弱そうだけど、中身はかなり腹黒いってこと。

「僕はリリス様と永遠に共にいられるわけですから。もしも出ようとなさってるなら、どんな手段を使ってでも妨害するとこでした」

「…………」

 Oh……。

 なぜか英語。

 黒い黒―い……。

 しかも妨害ができそうなとこがリアルに恐い。

「僕はリリス様の夫です。妻がいなくなるとなれば怒るのが当然でしょう?」

「うん、いや、そうなんだけど……うれしいけどちょっと待ってね?」

 具体的にどういう妨害やろうと考えてるかは言わなくていい。聞きたくないです。

「リリス様本人にそのつもりがないとはいえ、条件をクリアすれば自動的に魂が解放される恐れがあります。これはやはり発動すら不可能なようにしておくべきでは? クリアできなくするだけでは足りません。根本的に潰さねば」

 何を潰すの。

 ルシファーの周りのオーラが毒々しくなってきてる。

 『魔王の父』の面目躍如。

 ひえええええ。

 冷や汗が流れるあたしに気付かず、ルシファーはどんどん恐ろしい方向に突っ走り始めた。

「発動に関わる事柄を消し、人も排除しておけばいいんですよね。分かりました。ただちに組織の総力を挙げ、配下を総動員して―――」

「ほんとに待ってえええええええ?!」

 しがみついて叫んだ。

 物理的に動きを止めないとダメだっ!

 本気でグーパンたたっこめば止められるんだろうけど、気持ち的にできるかっ。いくらなんでもルシファーを殴れない。

 攻撃じゃなく、制止で思いとどまらせようとがんばる。

「なぜですか。断っておきますが、僕はたとえ全世界を敵に回してもリリス様と離婚しませんよ。ああ、世界の外をも敵に回しても、と言うところですか」

「細かいことはどうでもいいっ。待って、落ち着いて! あたしだって、ルシファーと離れたくないんだってば! だからどうにかしたいの!」

 キッと強い意思をこめて見つめれば、ルシファーは大人しくなった。浮かせてた腰を下ろす。

 よ、よかった。どうやら噴火は抑えられたらしい。

「シナリオ通りにいけば、あたしだけじゃなくルシファーも兄弟もみんな終わる。だってあたしたちのキャラ設定は悪役なんだもん」

「何ですって?」

 ルシファーは眉をひそめながらあたしを抱きしめ返してきた。

「どういう意味ですか? 悪役ということは、プレーヤーの敵ということですよね」

「そう。シナリオでは、プレーヤー=主人公は輝夜姫と元婚約者との間に生まれる娘なの。ほんとなら『のみ込まれた』あたしはそのキャラになるはずなんだ。でもそうじゃなくて、敵サイドのキャラになっちゃった」

「輝夜姫? 婚約者とはもう別れてしまったし、あちらは別の女性と結婚してしまったじゃないですか。それでは主人公は生まれませんよ」

 うなずく。

「主人公が誕生しなくなってるし、しかもストーリーが始まるはるか前の時間軸なのよ。おかしいでしょ。本来とは違う時間軸に別のキャラになっちゃってる。何らかのエラーが起きてるんじゃないかと思う

「リリーさんが言ってましたね。プログラムはまれにバグがあると。上手く作動しないこともある。そういった状態なんでしょうか?」

「人間のやることだからねぇ。中には不具合起こすのもあるんじゃない」

 完璧なんて無理無理。

 あたしが買ったゲームは、気づかなかっただけで不良品だったのかも。

「ともかく、『リリス』と『ルシファー』は敵キャラ。それも立ち位置すごいよ。なにしろラスボスの親だもんね」

「親ですか」

 ルシファーがびっくりしたように言って、視線をそらした。

 んん?

 あれ、なんだか耳が赤いよ?

「どしたの」

「いえ……何でもありません。リリス様は無自覚で小悪魔だなぁと思っただけです」

「? ああ、悪役だからね。でさ、もう察しがついてるだろうけど、当然ながらやられ役。主人公は敵国であるうちの国と戦争して、勝ってハッピーエンド。あたしたちは戦争の最後のほうで倒されちゃうのよ」

 お陀仏。昇天。

合掌。

「そんなん嫌じゃん。殺されたくないっつーの!」

 声を大にして言う。

「そりゃそうですよ。僕だって嫌です」

「だよね? 大体、シナリオみたく世界征服とかしてみたくもないし、バカ親父みたいな超迷惑でろくでもないヤツにはなりたくないっ。自分がやられたことあるから、人にはやりたくないわ。反面教師よ。だからストーリーが始まってない現状を利用して、条件が発動する前に穏便に丸くまとめようと思ったの」

「腑に落ちました」

 ルシファーは納得して深くうなずいた。

「確かに、それが一番平和的ですね」

「でしょ」

「そういうことなら喜んで協力しますよ。もとより僕がリリス様に手を貸さないなんてことはありえませんが。僕の望みはリリス様と共にいること。『正義の王』や輝夜姫と戦争などして夫婦の時間を削りたくありません。むしろ関わりたくない」

 理由がすごい。

 ……まぁ、うれしいけど。

「ルシファー、大好き」

 ぎゅっとさらに腕に力を込めた。

「あのね、外の世界にいた頃からルシファーはあたしの押しだったの」

「押し?」

「好きなキャラってこと。ラスボスの親で悪役、出番もほとんどないし、プロフィールもろくに決められてなかったけど好きだったんだ」

「おやおや。僕はモブキャラですか」

「ていうか、ラスボスのキャラを立たせるためなのか、悪役側はそんな出張ってこないのよ。他がキャラ濃かったら、ボスがかすんじゃうじゃん」

 て理屈だと思う。

 プレーヤーの攻略対象はみんな『善』側だしね。そっちに全振りしたんじゃない?

「ルシファーのことよく分からなかったぶん、こんなキャラじゃないかなって色々想像してたんだ。そしたら実際会って全然違ってびっくりした」

 ルシファーは苦笑した。

「初対面でずいぶん悪態つきましたね。幻滅なさったんじゃないですか?」

「ううん」

 きっぱり否定した。

「むしろツボだった」

「……そうですか」

 お礼を言うべきかどうか迷ってるっぽい。

「外見は王子様系だけど腹黒っていいじゃない」

「……僕には正直よく分かりません」

「そう? とにかく、あの時初めて気づかされたって感じかなぁ」

「何にですか?」

「あなたは作られた登場人物じゃなくて、一人の生きた人間なんだってこと」

 自然と口角が上がった。

 ルシファーは虚を突かれたように黙り込み、まばたきした。

「バカだよねー。それまで気づかなかったのよ。ここがゲームの中の世界だろうと何だろうと、ここにいる人たちは紛れもなく生きてる。あたしが勝手に作り上げた妄想や、ただのプログラムじゃない」

 微笑んで彼を見あげた。

「『リリス』が『ルシファー』と結婚すれば、いずれボスキャラが生まれてしまう。それでもなお、あたしはあなたといたかった」

「リリス様」

「あの時決めたんだ。あなたを選び、なおかつ絶対決められた未来を変えてやる。息子が生まれたとしても、悪役なんかにさせない。絶対、ぜーったいあなたと幸せになってやるって」

 誰も死なずに済む、本当の意味でのハッピーエンドを。

 ぐっと拳を握りしめた。

「…………」

 黙ってあたしを見つめてたルシファーは、やおらふきだした。

「え?」

 わ、笑われた?

 意外な反応2。

「ふふっ、さすがリリス様。強いですね。かっこよさに惚れなおしました」

 ああ、そう、それはどうも。あたしもルシファー大好きよ。

「いや別にあたし強くなんかないよ? ほんとに強かったら、とっくに独力で破滅回避成功してるって。できなくて、予想外のこと起きすぎてキャパオーバーになって、ルシファーにすがっちゃったじゃん」

 けっこうなルール違反を犯した。

 ルシファーはあっさりと、

「いいじゃないですか。一人でできることなど限界がありますよ。それに僕はリリス様の夫です。夫婦は助け合うものでしょう。僕もあなただからこそ、あの時人質になるのを覚悟で逆プロポーズを受けたんです」

 にっこり笑って抱きしめてくれる。

「一緒に幸せになりましょう」

「うん」

 そうだよ。

 みんなで、幸せになろう。

 あたしも微笑んで抱きしめ返した。


   ☆


「ところで」

 ルシファーが今さらですが、と言い出した。

「リリス様―――リリス様と言っていいんでしょうか? つまりですね、登場人物の名前じゃないですか。元のお名前があるのでは?」

「ああ。別にいいよ」

 さらっと言ってのけた。

 ていうか、そこ気にしたことなかったわ。

「キャラ名とはいえ、あたしは『リリス』になったんだし。この名前で十年以上生きてるもんねぇ。今さらかなぁ」

「そうですか。でも、前の名前はなんと?」

「菊花」

「はい?」

「キッカ。菊の花って書いて」

 ただしゴージャスな大輪のほうじゃなく、小菊イメージだ。ほら、よくお盆にお供えとして使われるほう。

「豪華で高貴な大輪の菊じゃなく、野に咲く素朴な小菊からとったんだって。平凡で十分、健康でたくましく長生きしてくれればそれでいい―――そう願って付けたそうだよ。まぁ、期待裏切ってアッサリ死んじゃったけどね!」

 あっはっはー。

 笑い飛ばしてみせる。

「ええと……」

「自分のことなんだから笑い飛ばしていいんだって。あ、それなりにこの名前は気に入ってたよ。確かにあたしは容姿人並み、特にとりえもない平々凡々な人間だもん。ゴージャスなのじゃなくてちびっこい素朴なほうで結構。身の程はわきまえてるんでね」

 英雄だったら短い一生、平凡だったら長い一生。ギリシャ神話で英雄アキレスが選ぶことなった運命の話だ。あたしならためらうことなく後者を選ぶ。

 それでいい。

「キッカ、ですか」

「うん」

「いい名前ですね。時々その名前で呼んでもいいですか?」

「いいよ。リリスで慣れちゃってるんで、うっかり返事しないかもだけど」

 前の両親はいい人たちだった。彼らが残してくれた大事なもの。

 忘れちゃいけない宝物だ。

「……さて、話戻すよ。あたしは殺されたくない、そのためにこの国を良くしたい。それであれこれイメージアップ図って、武装解除もしたわけ」

「他国を侵略して金を得るのでなく、産業によって貿易で稼ごうということですね」

「そ。幸い軌道に乗って、余裕ができた。おかげで兄嫁探しができるってもんよ」

「結果、このリストにつながったと」

 ルシファーはメモをひらひらさせた。

「ですがこれ、一つ忘れてませんか」

「何が?」

「サタナキア様のお名前がありませんが」

「…………」

 あたしは顎に手をやった。

「忘れてないよ。けどさぁ、ナキア兄さまの嫁探しってあたしがやらなくても、ぶっちゃけ周りにいっぱい女の人いるんだからよくない? その中から自分で選ぶでしょー」

 探さなくても候補いっぱいいるじゃん。

「いいえ。城に来るまではともかく、以降サタナキア様が付き合ったとされてる女性はいずれもアガリアレプト様がらみですよ。アガリアレプト様にひどいフラれ方して傷ついた女性がキレて襲ってこないよう円満に納めさせていたのであって、本当に交際していたわけではありません」

「けどさ、女性って親身になってくれる優しい男には惚れるもんだよ。何人かいたでしょ」

「それがいないんですよ。見事というほかありません。単に『いい人』で終わるよう調整してるんです。あの人心操作技術はすごいと思います」

 人心操作って。

「サタナキア様は自分と交際するとなればアガリアレプト様と会う機会があることを分かっています。お互い複雑でしょう」

「アガ兄さまは何とも思わなそう」

「……ええ、まぁ。なのでサタナキア様自身は無関係な女性がいいと思ってるみたいですね。今のところは後始末が忙しくてそれどころではないのでしょう。なにしろフラれた女性たちに合った男性を紹介し、お見合いおばさん状態ですから」

「そこまでやったげてんの?! ナキア兄さまかわいそっ」

 気遣いの人だな。

「何組も結婚に至っていて、式のスピーチ何度かやってますよ」

「うわあああかわいそう。ダメだ、泣けてくる。お嫁さん見つけてあげなきゃ!」

「ですよね」

 いい人すぎるわ。ナキア兄さまこそ胃痛でルガ兄さまに胃薬処方してもらってんじゃない!? 薬効かないけどっ。

「よし、ナキア兄さまのことは心にとめとくよ。ひとまず候補者いるみんなを下からいこう。ネビロスとリリーちゃん。ほら、明日、女子会でしょ。その間に男性陣も集まって内輪の話してもらいつつあれこれ下準備しといてほしいの」

「ネビロス様が一番危ないですからね。分かりました。手を打っておきましょう」

「でしょ? どう思う?」

「そうですね……リリーさんがネビロス様をフるなら、周りに迷惑がかからないようにか、暴れる気力もわかないほど完膚なきまでにフッてほしいですね」

 腹黒な面出た。

「姉として言っちゃ悪いんだろうけど、分かるわ……」

 眉間を押さえた。

 ヤケクソで暴れ出されたら困る。

「たださぁ、リリーちゃんも心の底からネビロス嫌ってるようには思えないんだ。だって、もしそうなら会いもしないでしょ? しつこさに負けてとはいえ、ちゃんと会ってはくれるわけじゃん」

「希望がゼロとは言えないでしょうね」

「そこしっかり確認してみるわ。次、ルガ兄さまとジャスミンさん。これは研究所の魔物たちに協力してもらって、外堀埋めるしかないな」

「サルガタナス様の女性不信も、弱者……守ってあげたい系なジャスミン嬢には働かないようですしね」

 弱者っつった。

「レティ兄さまとスミレちゃん。これはどっちも動かなさそうだわー。スミレちゃんは命の恩人を困らせられないって、告白できないし」

「フルーレティ様をつつくしかないですね」

「妹代わりとか保護者認識だよ?」

「スミレさんに思いを寄せる男がいるとでもねつ造すればいいんじゃないでしょうか。簡単にできますよ」

 できちゃうのね。うん、組織の力をそういうことに使っていいんかな。

「変装の上手い部下にやらせましょうか」

「レティ兄さまがキレて殴りそうだよ。誰かを実際にやらせるのはやめといたら。噂流すくらいならともかく」

 レティ兄さまも暴れたら、都市丸ごとふっ飛ぶぞ。

「アガリアレプト様とアイリスさんは、コンサートやイベントの打ち合わせと称して二人きりで話をさせたら、意外とすんなりいきそうです」

「アガ兄さまだよ? いくかなぁ」

 なにしろ傲岸不遜が歩いてるみたいなもんよ。

「アガリアレプト様はああ見えて有能な人間には一目置くんです。最たるものがルキフグス様ですよ。自分より優秀で敵わないと素直に言うこときいてるじゃないですか」

「言われてみれば、優秀な技術者のリリーちゃんや魔物使いのジャスミンさんも能力は認めてるね」

 態度はつっけんどんで不愛想だけど。

「じゃ、二人きりで放り込んでみよ。ナキア兄さまは良い人いないか探すとして、最大の難関は……」

「ルキフグス様ですね」

 二人してはーっとため息つく。

「どうします? この世界のことと設定されてる未来を教えれば、確実に選びますよ。輝夜姫を」

「それはだめ」

 急いで止めた。

「輝夜姫が悪いっていうんじゃない。最終的に選ぶのが姫でも構わないよ。だけど理由がそれじゃ絶対いけない。いい? あたしがバラした『真実』は、誰にも言わないで」

「リリス様のお願いならききますが、なぜです?」

「ほんとはルシファーにも言っちゃいけないことだからよ。『中』の人に自らが作られた存在だって告げるのは最大のルール違反。これは暗黙の了解でしょ」

 本人に告げたら存在意義を失い、下手したらキャラクターそのものが崩壊してしまう。

 破滅ルート回避なんて、これに比べれば生易しいもんだ。

 あたしだって、この最大のタブーを犯せばどうなるか分からなかった。

 弾き出されるか、とんでもないペナルティを課されるか。

 それともすでにかなり改変してしまっているから、いまさらとスルーされるか。

 ―――あたしはベルゼビュート王子っていう形で現れた保存機能に賭けた。

 わざわざアクセスまでしてきて、これでヤバイ事態起きたら恨むぞベルゼビュート王子。

「みんなに知らせるにしても、全員嫁探し終わってからにして」

「承知しました。そういうことでしたら。僕とリリス様二人だけの秘密ですね」

 あれ? なんかルシファーうれしそうだね。

 どしたんだろ。

「では、明日リリス様が女性陣の聞き込みしている間、僕はご兄弟の本音を探ってみますね」

「うん、お願い」

「ああそうそう、ところで僕たちの子として生まれるというのがどんなキャラなのか知りたいです。絵でも描いてもらませんか?」

「いいよー」

 それくらい簡単だ。

 ササッと描いてあげたら、ニコニコしてしまいこんでた。

「???」


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