兄嫁探し、絶賛混迷中
「ルキ兄さま大丈夫?」
「あっ、姉さまやっと来た!」
執務室に入った途端、ネビロスにつかまった。
なになに?
「お願い、ルキ兄さん止めて!」
「どしたのネビロス。何が……うっわ」
思わずうめいた。
何がって。鬼気迫る勢いで仕事してる長兄がいたんだよ。
倍速ボタン押した? 机上の書類がすごい勢いで消えてってるわ。
済んだのキャッチするのと運ぶのと指示書きとめるので侍従と秘書官がフル出動してる。それでも足りず、アガ兄さまとレティ兄さままで手伝ってた。
……真面目な長兄は混乱しても仕事してました。
どんだけ真面目なのよ。涙出てくるわ。
「ワーカホリックはパニクると余計仕事で現実逃避するんですね」
「のんびり感想述べてる場合じゃないよルシファー。僕らじゃいくら言っても聞いてくれないんだ」
「うーん、とりま次兄のオレが行ってくるわ」
ナキア兄さまが歩み寄り、
「兄貴―、ストップ。今日のノルマは終わったろ? そこまでにしとけや」
「この件はこっちの人員を回せ。これは正式な企画書にして議会に出せ。それから……」
全然聞いてない。
次兄はアッサリ撤退した。
「ゴメン、無理☆」
「あきらめるの早っ」
瞬殺じゃん。
「ナキア兄さん、情けないよ」
ナキア兄さまは頭をがしがしかいて、
「だってよー。じゃあネビロスは兄貴に勝てんのか?」
「不可能だね」
あたしも同意した。
父親代わりまでやってくれてる長兄には誰も頭が上がらないんだよねー。
ルシファーが肩をすくめる。
「しかし、ただでさえオーバーワーク気味なのに、これは本当に倒れますよ」
「…………」
それまで端っこで黙って立ってたルガ兄さまが、スッと前に行った。おもむろに口を開く。
「……ルキ兄さん、医者としてドクターストップをかける。やめないと体を壊す。強制入院させるよ。一日中点滴で仕事のこと考えるのも一切禁止、安静にしてるよう診断書書く」
ザワッ!
場が騒然となった。
今何が起きた?!
幻聴か?と全員視線をさ迷わせる。その様子で現実だとお互い悟った。
なんということでしょう。
あたしたちはすさまじく危機感を抱いた。
「る、ルガ兄さまがめっちゃしゃべってる!」
「こ、これはマジだってことだな!」
「本当に休んでくれ!」
「そ、そうそう、明日にしようぜ、な!」
「どうする? 羽交い絞めにしてでも止める?」
「大人しく羽交い絞めにされる方ではありませんよ。ガチバトル始める気ですか。部屋が壊れます」
危機感抱く基準がおかしい気もするけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。弟妹+義弟総がかりでどうにか長兄を仕事から引きはがした。
ぶっちゃけ、あたしがしがみついて『お願い』したとゆーか。皆に頼まれたの。
物理的に引き離したほうがいいってルガ兄さまの意見で、サンルームまで連れて行った。ここなら仕事に関するものは一切ない。元はアホ親父の趣味で食人植物や毒の植物があふれかえってた部屋は、今じゃマトモで綺麗な花が飾られた休憩室である。
ルキ兄さまを椅子に座らせ、無理やりお茶とか押しつけて、あたしたちは額を寄せあった。
「……で、聞いていいか? 輝夜姫ってマジでルキ兄貴が好きなの?」
おそるおそるといった調子でレティ兄さまがナキア兄さまに確認する。
「マジ。確認した。何でもあのファッションショーの時に一目ぼれしたらしーぜ」
「ああ、各国に中継されてたもんな」
「『一目で心を奪われました。あんな素敵な王子様がいるなんて……!』だって」
声真似すごい上手い。そういや、やろうと思えば女声も声帯模写できるんだったっけ。無駄な特技。
まぁ、輝夜姫がルキ兄さまに惚れた理由は理解できたよ。誰にきいても「いい人」「真面目」って評されるルキ兄さまは『善』キャラの鑑。最たる『善』キャラの『ヒロインの母』が交換を抱くのも当然って理屈なのね。
しかもそんなイケメンが絵にかいたような真面目そのもののストイックな服着てればねー。
「王子? ……あー、確かにな。親父に認知はされてなかったけど、王の子だもんな。あーそーか、ルキ兄貴って王子だったんだ」
あたしも言われてやっとそれ思い出したよ。
「それを言うならフルーレティ様もですよ。ご兄弟全員そうじゃないですか」
「一度も思ったことねーよ。クーデター後も王族になんかなりたくないって権利放棄したしなぁ」
うんうんと同意する一同。
ルキ兄さまだけはあらぬ方見てぼんやりしてる。うん、しばらくそうしてて。
しかしそうか。うちの兄弟ってリアル王子だったんだなぁ。
今さらそんなことに気付いた『唯一の王女』だった。
ブラコンなアガ兄さまがうめく。
「ルキ兄さんのすばらしさを理解するのは当然だが、あの姫は立場分かってるのか」
「ロミオとジュリエット的シチュで、むしろツボなんじゃないの」
「訳が分からん」
芸術家のパトロンやってるのにそういうのは理解しないよね、アガ兄さまって。
経験値と分析で『売れるもの』判断してるんであって、情緒とかの理解は皆無。
「とにかく本気なのは確かよ。提案としては、今の状況で帰国させるのも危険だと思うし、本人も帰りたがってないんでしばらく滞在させるってのどう?」
「『正義の王』のあの剣幕では、娘といえど投獄くらいしそうですね。こちらとしても後味が悪い。そもそもこうなったのもベルゼビュート王子のせいですからすぐに引き取れと連絡したんですが、『やだ』と言って逃げられました」
「あのハエめ」
ナキア兄さま以下ハモリ。
「あはは……」
苦笑してると、ふいにルキ兄さまの魂が帰ってきたらしく、やおらルシファーに向き直ってきいた。
「どうすればいいと思う?」
開口一番それかい。
「僕にききますか」
まったくだ。
「だってお前は経験者だろう」
「それはそうですが……かつて実行したのはご自身の妹ですよ」
…………。
あー、耳が痛―い。
なんていうかアレだよね。人が同じことやってるとものすごく心がこうね。
「分かってる。その上できいてるんだ。経験者として知恵を貸せ」
「僕の場合とはまったく条件が違うので参考にならないのでは? 僕はリリス様が好きですから受けましたが、ルキフグス様も輝夜姫がお好きで、了承するんですか」
「しない」
きっぱり断言。
ふむ。ルキ兄さまは別に輝夜姫に好意を抱いてるわけじゃないのよね。
嫌いでもないけど。
「では嫌いだと」
「あのな、好きも嫌いもあるか。初対面だぞ?」
各国の要人のデータとして知ってはいても、直接会ったことがあるわけじゃない。
ルキ兄さまの性格からいっても、誰かに一目惚れすることってなさそう。
「ただ初めて会った他人に過ぎない。それだけで返事なんてできるか」
「それなんだけどさー」
ナキア兄さまがのんびり口をはさむ。
「兄貴、返事ってのもおかしいんだよ。だって輝夜姫は自分の気持ちが人にバレてないと思ってるとんだぜ」
「はあああ?!」
ルシファーと兄たちそろって仰天した。
「え、あれでですか?!」
「おうよ。あんだけバレバレだっつーに、本人は隠せてると思ってる。気づいたのは直接話題にして話したオレとリリスだけだと思ってんだ」
「僕とルキフグス様はあの場にいたのに、しかも脱兎のごとく逃げ出したのに気づいてないと?」
「しょせん箱入り世間知らずな姫様だっつーことさ。妙なとこで感覚ズレてんだろ」
「本当ですか……」
だとしてもすさまじいよね。あたしは一応自分の行動がだいぶおかしいって自覚あったよ?
「え、じゃあ本人には告白した自覚もないんですか」
「ないな。つーか、確かに言ってはいねーよ。態度に出てただけだ」
「それはそうですがあれは同じことでしょう」
「とあたしも思うけどね」
あたしは腕を組んだ。
「真剣に考えてみよう。もしもシリーズ。もし、ルキ兄さまと輝夜姫の結婚が現実のものになったら?」
即座にルキ兄さまのツッコミが入った。
「リリス。しないって言ってるだろうが」
「念のため考えておこうってだけだって。可能性の一つとしてね。何かあったらって対策立てとくのは必要でしょ」
『魔王の伯父』と『ヒロインの母』がくっついちゃったらどうなるか。考えとく必要はあるでしょ?
まず少なくともヒロインは生まれなくなる。
本来絶対いなければならないキャラが存在しないことになったらどうなんの?
……正直、まったく予想がつかない。
どれほどの影響が出るか計り知れない。シナリオに影響が出ない相手役ってなら、ローレルさんのほうが……。
そこで思い出した。
あ、やば。彼女忘れてた。後で何かお詫びせにゃ。
「オレは別に構わないと思うぜ?」
ナキア兄さまがあっさり肩をすくめた。
「は?!」
あたし・アガ兄さまが驚く。
ルガ兄さますら「え」って言ってた。
「もちろん兄貴にその気があるならの話だけどな。身分は釣り合ってるだろ。権利放棄したとはいえ権威はある元王族、しかも前王の長子だ。現宰相でもある」
「うちの国を敵視してる『正義の王』の娘との婚姻は和解の象徴か。政略結婚は戦争回避と和平の基本だからな」
レティ兄さまが解説する。
「あ、そっか」
「ルキ兄貴が政略結婚なんかする必要はない。そもそもそんなことしなくても他に方法があるだろう」
「やれとは言ってねーよ。兄貴の気持ちが伴えばっつったろ。まったくこのブラコンが。兄貴が輝夜姫好きで嫁にしたいってんなら、反対はしない、協力するっつってんだよ」
弟妹代表として、最も年長のナキア兄さまが言った。
……そうだね。
もし兄弟の誰かが本気で友好的でないとこの女性を好きになったら。どんな手段使ってでも手伝って叶えるよ。
これまで苦労してきた分、幸せになってほしいから。
「…………」
ルキ兄さまは嘆息した。
「心配ありがとう。だが無用だ。俺は当面結婚するつもりはない。仕事のほうが優先。俺のことよりお前たちの嫁探しのほうが先だしな」
「わお、とばっちりキタ」
ナキア兄さまはおどけてみせた。
ルシファーが考えながら、
「真面目な話、輝夜姫とルキフグス様が結婚された場合、あちらの王位はどうなるのでしょう。『正義の王』に息子はおらず、今のところ輝夜姫が婿をとって女王となる線が有力視されてました。そのため婿入りしても問題ない無難な婚約者がいたわけですが。ああ、元婚約者が婚約破棄に賛同してるのは事実でした。それどころかさっさと恋人と結婚してしてましたよ」
「えええ。早いよ」
マジかいな。
もう完璧にヒロインの父母くっつかないじゃん!
「『正義の王』が婚約解消を認めないだろうと予想がついていた輝夜姫は、密かに婚約破棄を書面にして署名捺印すると、すぐ元婚約者を恋人と結婚させたようです。相手が既婚者となってしまえば、絶対に婚約を元通りにはできませんから」
「マジすぎる……」
そこまでルキ兄さまのこと本気なんだなぁ。
そこまで想われる兄を誇りにすればいいのか、それとも姫の思い切りの良さにげんなりすればいいのか。
「へぇ~。じゃ、兄貴は向こうの次期女王王配になんのか」
ナキア兄さまの茶化しにルキ兄さまがうめいた。
「冗談じゃない! 俺は王族になんかなりたくないんだっ。権力もいらん。早く引退して田舎でのんびり暮らしたい」
「だよなー。んじゃ、輝夜姫が嫁に来んの? あっちの王位は他の王族が継ぐとか」
「他にも継承権保持者はいますから、そうなるでしょう。ただ輝夜姫が嫁にくる場合、こちらも同程度の人間を送らねばならないでしょうね。いわば人質交換です」
それは分かる。政略結婚って人質交換と同義だ。
ナキア兄さまは弟たちを眺めた。
「オレら兄弟から出すのが妥当だろーな。まずネビロスは除外」
「うん。僕にはリリーがいるからね。他の子押しつけられたら暴れちゃうよ」
かわいく言うネビロスだが、内容はちっともかわいくない。暴れるじゃ済まないレベルじゃないか。
「ルガもないな」
「ああ。お前はジャスミンさんとこ婿に行け」
レティ兄さまがポンと肩をたたく。目を瞬かせるルガ兄さま。
「……え」
「あそこなら大事にしてもらえるだろ。つーか、魔物たちが大喜びで涙流すぞ」
「うん、ルガ兄さまが国外行っちゃったら、魔物たちが追っかけてくだろうね」
魔物の侵攻ととられるな。ヤバいヤバい。そんなつもりはないよ。
そうでなくとも魔獣医はイメージ悪いし、絶対悪くとられる。
「レティだと、武力で乗っ取る気かって誤解されそうだしなー」
「だな。めんどくせぇ。誰がンなことするかよ。好きで傭兵やってたんじゃねーし」
生きるため仕方なくなんだよね。好んでやってたわけじゃない。
「アガは論外。お前じゃケンカ売ってるとしか思えない」
「何だと。失礼極まりないな」
「事実だろ。……ってわけで、消去法でオレかな?」
ナキア兄様は軽い口調で言って足を組んだ。
「オレなら敵意ものらりくらりとかわせるよ~」
「サタナキア様もなしです」
ルシファーが冷静に答えた。
「『ただの料理人でプレイボーイ』のサタナキア様では同価値の人質にはなりえません」
「わー、ストレートに言いやがるな」
傷ついたふうでもなく笑い飛ばしてる。
「けど、他に元王族で直系に近い人間なんていないぜ? アホ親父が殺しまくったもんよ。事実上オレら兄弟しかいねーだろ。それとも他に親父の子いるのか?」
「いませんね。その点は過去かなり調べました」
次期王として担ぎ出せる人材探すためにね。
「となると、交換に出すのはいないけど嫁にくれって言うしかないかー。『正義の王』が納得するかな」
「さあ。それは分かんないけど……とりあえず輝夜姫にはしばらく滞在してもらおうよ」
「ちょっと待ちなさい。俺は聞いてない」
真顔で反対する長兄。
「今言ったじゃん。なにしろ本人がいたいって言ってるのよ。ルキ兄さまも、どうするか決めるのは輝夜姫をよく知ってからのほうがいいでしょ? 知りもしないのに断るのはフェアじゃないよ」
「それはそうだが」
「それに輝夜姫のネームバリューは使えるのよ。うちの国のこともその目で見てもらって発信してもらえば、『正義の王の娘』の言葉は強力な援護射撃になる。マイナスイメージ払しょくにこれほど強い味方もいないでしょ」
ピンチを逆にチャンスにしちゃえばいい。
「……確かに有効な手段ではあるな」
「ね? さ、まずはコラボブランド立ち上げてイメージアップ作戦第二段階やるぞーっ!」
あたしは空に向かって拳を突き上げた。
これで心置きなく新しいジャンルのコス衣装作りまくれるってものよ!
え? やだなぁ、こっちが本音じゃナイヨ?
☆
「……とはいうものの、本当に輝夜姫どうなさるんです?」
廊下をほてほて歩いてるとルシファーがたずねてきた。
「うーん……ほんとは困ってるってのが正直な感想。だけど姫は本気っぽいし、色々状況考えても一応ルキ兄さまと接する機会くらい作ってあげたほうが無難かなって」
このまま帰して、姫まで汚染されるのは避けたい。
「ルキ兄さまも、告白されたら……されてないけど、事実上されたも同然じゃん? 『はい』か『いいえ』かきちんと返事はすべきだと思うのよ。それが筋でしょ」
「まぁそうですね。経験者としてもそう思います」
「ああうん、ゴメン」
「いえ。ごまかして逃げるのはよくないですしね。しかしルキフグス様はおそらく今まで他者に恋愛感情抱いたことは一度もありませんよ。出生が原因でしょうが」
だよねぇ……。
「会ってから一回も女の人と付き合ってるの見たことないわ。過去も?」
「ないですね。国王の第一子でありながら庶子認定すらされず放置されてたルキフグス様と恋仲になっても、デメリットしかないと敬遠されたわけです。ご本人も大切な存在ができたとしても父親に殺されるかもしれないと、意図的にそういった感情を封殺したんでしょう。初恋もまだなんじゃないですかね」
「えー……あの年で初恋もまだって……」
あ、あの年でって言っちゃった。
「自制心の強い方ですからねぇ。抑圧してるといいますか」
感情を殺さねば生きられなかった。それはあたしも分かる。
恋愛感情持ってないっての、兄弟に共通してるよね。持ってるのはネビロスだけかぁ。
……あれもあれでおかしいと思う。生まれと環境のせいか、みんな歪んでるわ。
「てことは、まずそういう感情を誕生させるとこからやらなきゃならないの」
「リリス様やご兄弟に対して家族愛を持ってるところからみて、愛情が皆無なわけではありません。きっかけがあれば大丈夫だと思いますよ。まぁ、そのあたりは得意なサタナキア様とネビロス様にお任せしましょう」
「そうね。輝夜姫以外にも女性と関わらせたほうがいいかも。比較対象っていうか、姫が無理でも他の人を好きになれるかもしれないもん」
顎に手をあてて思案しながら歩く。
「同時並行で兄さまたちそれぞれの嫁探しもしなきゃなんないし……手が回らないな。正直人手が欲しい。それも、人間観察に長けてて心を読むのが上手い人が、女性サイドで」
男性サイドは二人いるけど、こっちにはいない。
あたしじゃ上手く恋のキューピット役なんてできないよ。アホだって自覚はある。
特に恋愛関係って自分の気持ちを隠し通す人もいるし、それ見抜けて対処できる人材がいればなぁ
……。
「…………」
…………。
―――思い当たるのが一家族。
ルシファーがあっさり言った。
「いるじゃないですか。適任が」
「だよね。あたしも同じこと考えてた。表に出るのは苦手、言い換えれば気付かれずひっそり的確にできる一家がいる」
にやりと笑う。
「無理って青くなるだろうけど、投入してみよっか?」
言いつつ、あたしの居住区へ続くドアをくぐった。
「お帰りなさいませ、リリス様、ルシファー様」
侍女が腰を曲げてお辞儀する。
正統派英国風メイド、もちろんロング丈。ごく普通の侍女……と違うのは、赤いフードを目深にかぶってることだ。
「たっだいまー、スミレちゃん! もー、あたしたちしかいないんだから、フードなんか取って取って!」
強引にフードを取っ払う。ラベンダー色のロングヘアをゆるく結んだが現れた。
彼女は制服の上にパーカーを羽織ってるんだ。引っ込み思案な性格で対人恐怖症が完治してないことから、専用に作ってあげたの。
同い年だけど小柄であたしより少し背が低く、オドオドしてるもんで年下に間違われることが多い。
「敬語もいいって言ってるのにー。スミレちゃんのことは姉妹みたいに思ってるんだからねっ。あたしに兄弟はいっぱいいても、姉妹いないんだもん」
彼女とは長い付き合いだ。軽い調子で言う。
「えと、でも……そういうわけには……」
ごにょごにょと尻切れトンボになる。
もー、真面目なんだから。
「そいえばさ、輝夜姫のこと聞いた?」
「はい。正式に、国賓としてしばらく滞在なさるとのことで……女官長がスタッフを厳選してつけました。今朝タロットが不穏な結果を出してたのはこのことだったんですね」
「ああ、そういえば言ってたね」
スミレちゃんの特技は占いだ。彼女は元々他国の人間で、その一族は占いに長け、『魔女』と呼ばれることもあったらしい。
その正体は予知能力だ。
といっても不安定で、はっきりくっきり見えるもんじゃないとか。未来が全部見えたら世話ないやね。
でもこの能力を狙われ、利用しようと大がかりな生け捕り作戦が始まった。一族は散り散りに逃げ、スミレちゃん一家はとある国に流れ着き、ひっそり暮らしてたという。
が、何かのきっかけでバレ、領主に捕まった。そいつは予知能力を利用して反乱を成功させようとしたのね。その時国王側が雇ったのが、当時傭兵団を率いてたレティ兄さまで……。
「あー、ほんと休む暇もねー」
「レティ兄さま」
そのご当人が入ってきた。ソファーにぐったり沈み込む。
「あ……レティ様! お帰りなさいませっ」
スミレちゃんがぴょんと飛び上がって駆け寄った。すぐに薬草茶を用意する。
「おー、ありがと。スミレ、今日は顔色よさそうだな。熱は?」
「あ、ありません。……その、サルガタナス様の治療のおかげでもう普通の生活できますから」
生まれつき病弱だったスミレちゃんは、悪徳領主に捕まってた間にさらに体を悪くした。レティ兄さまが救出した時、瀕死の状態だったそうだ。
そこでレティ兄さまは当時声をかけてきた公爵(ルシファーの父)に交換条件を持ち掛けた。
異母妹に会いに行ってもいい、ただしその代りこの子を助けろ―――って。
自分のことよりも、助けた目の前の瀕死の少女を優先させたのがレティ兄さまらしいよ。
公爵は受け入れた。すでに優秀な医者だと分かってたルガ兄さまに治療を頼んだんだ。
ルガ兄さまによって、スミレちゃんは回復。その後も治療は続けてて、今じゃ普通の人と同じくらいの健康体になった。時々風邪ひいたりするけど、そんなひどくはない。
公爵はスミレちゃん一家を死んだと偽装し、そのままあたしのお付きにした。一番安全で、目の届くところにいればレティ兄さまも安心するもんね。
かくしてスミレちゃんはあたし専属の侍女として、無理ない範囲での仕事を……実際は話し相手か着せ替え人形かな。
まぁそんなわけで、スミレちゃんにとってレティ兄さまは命の恩人なのよ。
「そうか。よかった」
「レティ兄さま、疲れてるね」
「そりゃそーだ、輝夜姫がいるとなりゃ警備体制やら何やら変えなきゃなんないだろ。『正義の王』も何して来るか分かんねーし。ルシファー、お前んとこの組織も総動員でやってくれ」
「すでに取りかかってます。各地の魔物対策もこちらで代行しますよ。フルーレティ様はこの件に専念してください」
「助かる」
あたしは謝った。
「ごめんね、レティ兄さま。あたしが滞在許可出しちゃったから」
レティ兄さまは薬草茶を飲み干し、
「リリスのせいじゃない。ここで帰すのも得策じゃないのは事実だし、そもそもあのクソハエ野郎と無鉄砲姫のせいだ。ルキ兄貴に惚れるのはいいさ、個人の自由だからな。けどなぁ、それだったらもうちょっとやり方考えろよ。仮にも一国の王女の婚姻だぜ?」
「ええまぁ、せめて国レベルで書簡とかやり取りしてからにしてほしいですよね。まぁあちら『正義の王』が断固として認めないでしょうから、それで強硬策に出たんでしょうが」
「いわば家出だもんな。……あれ、これでもしルキ兄貴と結婚した場合、駆け落ちになるのか?」
「…………」
思ってもいなかったことに全員沈黙した。
……あっ、そうか、そうなるのか!
「家出、駆け落ち! そういえばそうなるんだね! うわちゃあ」
ヒロインの母が別れた挙句家出して、魔王の伯父と駆け落ちってどういうルート?!
「すごいですねぇ……」
「……ルキ兄貴が望むなら反対しねーけど……」
「それにしても、ご兄弟全員よく反対しませんよね。ルキフグス様のお気持ちが本人すらまだ分かってないのに、ちゃんと考慮に入れて動いてるというか」
レティ兄さまは微妙なおももちで言った。
「逆プロポーズされて逃げたものの、結局受けてラブラブな実例知ってるとな」
「……理解しました」
はっはっはー。
あたしは笑ってごまかした。
「つーわけで一応両想いになるケースも想定してるわけだが、『正義の王』が余計ブチ切れて脳溢血にでもなったらまずいよなぁ。なんつーかこう、穏便に済ます方法ねーの? スミレ、占いで何かこうすると吉、っての出ないか?」
空のカップを返しながらきくレティ兄さま。
「は、はい!……その、ちょっとお待ちください」
スミレちゃんは小さな水晶玉のついたネックレスを取り出すと、両手で包み込んで目を閉じた。
スミレちゃんの一族は生まれる時に水晶の玉を握って誕生するんだって。それを使って予知をする。他の人間が使っても効果はなく、ただのガラス玉同然なんだそうだ。
しばらくして目を開けた予知能力者は眉をひそめた。
「……えと……どういうことなんでしょうか……」
「どうした?」
「女子会開くと吉、って出たんです……」
女子会?
ナンデ?
あたしたちは顔を見合わせた。
「あ、そっか!」
最初に意味が分かったのはあたしだった。
「女同士でおしゃべりすれば、何か突破口つかめるかもってことね。女のおしゃべりってバカにならないのよ。思わぬ情報出てくることある」
「なるほど。輝夜姫はこれまで友人がおらず、もてなしにもなる。何か大事なことをポロっと漏らすかもしれませんし」
「ローレルさんもゴタゴタでほったらかし同然になってるもんね。お詫びも兼ねてお茶会しよう」
兄嫁候補を一堂に集めるのだ。
あたしはスミレちゃんに抱きつき、わしゃわしゃ頭をなでた。
「ありがとーっ! さっすがーあ!」
「……はわわわわ」
あわあわしてキョドってるとこもグー。
対人恐怖症リハビリって口実で、かわゆい女の子を愛でるあたし。いいよね、内気+フードで顔隠してる+眼鏡っ娘。
「ナイスアイデア。助かったよ、スミレ」
「い、いいえっ。と、とんでもないですっ」
レティ兄さまの笑顔にスミレちゃんは真っ赤になってうつむいた。フードかぶっちゃう。
……うーん、スミレちゃんのほうは恋愛感情なんだよねぇ。ずいぶん前から知ってはいた。
けどレティ兄さまのほうは皆無。仲間や部下と男同士でつるんでるほうが楽しいって人だ。妹代わりくらいにしか思ってないんだろうな。
公平を期そうと、他にも嫁候補いないか探してみたけど……やっぱレティ兄さまにはスミレちゃんじゃないかなー。
いまだに知らない男性とは話せないどころか、うちの兄弟とすらあんまりしゃべれない彼女が会話できるのはレティ兄さまだけ。
特殊能力を持つこの子の素性を隠したまま一生保護するのに好都合だしね。
あたしはパンと手を打った。
「よしっ、そうと決まればさっそく明日やろう! リリーちゃんやアイリスさんも呼んでねっ。スミレちゃんも出るんだよー。ドレス選ぼうね。ていうか、いっぱい作ってあるから!」
「ええ?!」
「似合うの作っといたのに、なかなか着てくれないんだもんー。無理ですーとか顔隠したいんですとか言ってさ。せっかくかわいいのに」
「あ、あのっ……出席するって、侍女としてですよね? 給仕ですよね。それなら仕事なので制服……」
「だーめ」
にっこり笑顔でゴリ押しした。
「リハビリの一つだよ! 大丈夫、女性ばっかでみんなすごい人たちだから。変なのとか嫌な性格なのは混ざってない。優しいよ。輝夜姫招待するんだし、行儀のいい、品のいいお茶会だって」
レティ兄さまが「そうかな……」って思ったみたいだけど黙ってた。
うんまぁね。行動派でちょっとズレてる姫がいたら、何かおかしな会話とかになりそうだけどね。
ん? それってあたしのことじゃないかって? 違うよ。
「ね? 別に無理にしゃべらなくても、あたしの隣に座ってるだけでいい。どう?」
スミレちゃんは迷ったようにレティ兄さまを見る。兄さまはうなずいた。
あたしだけじゃなく、リリーちゃんとアイリスさんがいれば大丈夫ってことだろう。
レティ兄さまが言うならと、スミレちゃんもうなずいた。
「は……はい」
「ん。よし」
では、嫁候補が一堂に会する盛大な女子会を開催いたしましょう!




