新ヒーロー誕生、そしてあやつはとんでもないものを残していきました
いつものギンギラギンのド派手で目立つ衣装じゃなく、黒や白の地味な色調。一般庶民のように質素な服装で、髪も黒く染めている。目の色すら魔法で偽装してるようだ。
ボサボサ髪に黒ぶち眼鏡と、ダサ男のふりまでしている。
兄さまたちとルシファーが素早く前に出、あたしを後ろに隠した。
あたしは混乱していた。
―――いつから? どこにいた? 全然気づかなかった。
そんな馬鹿な。
お忘れかもしれないが、あたしのキャラ設定は『魔王の母』。つまり悪意や敵意を感知する能力にたけている。その象徴の母親キャラだから。
もしあたしがバカなんで気づかなかったとしても、本職のスパイで『魔王の父』であるルシファーが気づくはず。
すなわちベルゼビュート王子が近くまで来てたのをルシファーすら分からなかったってことだ。情報網すらひっかからなかった。
ありえない!
どんな時も穏やかな笑みで諸々隠してるルシファーが珍しく緊張してる。
「…………」
あたしは唇をかみしめ、顔を出した。
「―――一体何のご用で?」
王子はダサ男の変装のまま、
「なーに、うちに亡命してたさっきの連中の計画を小耳にはさんでね? 実行されちゃたまんないからさー。うちの国で計画立ててた=国ぐるみって思われちゃヤバイってこと。うちはそんなつもりまったくないよ~」
「…………」
口実としては成り立つが、仮にも王子が出張るまでか? しかも潜入してた割に事前に阻止してないし。
「ホラ、今、『正義の王』がちょーっとトチ狂ったことやらかしてんじゃん。うちも同調したと思われたくないんだ」
「……ここで立ち話もなんです。場所を移しましょう」
ローレルさんや教授は先に王都へ向かわせ、あたしたちはアガ兄さまの持つ支店へ移動した。ここなら内密の話ができ、いざってとき多少なら外へ攻撃が漏れない結界が張られてる。
ベルゼビュート王子は眼鏡を外して髪を整えたくらいで、服装はそのままに平然と腰を下ろした。相変わらずいい度胸だ。
「……もう一度伺います。本当の目的は何ですか?」
「あれ、疑ってんの? オレも自分の国が巻き込まれないようにしたかっただけだよ? 王族としてた身を守る義務があるからねん?」
嘘くさすぎる。
「嘘でしょう。貴方にそこまで国への思い入れはない。まして仮にも王子が一人で潜入する必要のない案件です」
正面から言ってやった。
「仮にもって、ひでーなー。まっ、俺様の国での扱いはそんなもんだけど」
ケラケラ笑ってる。
……底が見えない。
相変わらず不気味な人だ。
「あの連中にクーデター起こされちゃ困るのは本当だよ。この国は女王さんの願い通り、平和国家になった方がいい」
「……そちらの国が今回の件に関与してるとは思ってませんよ」
元々あまり関わりがなかった国だし、ベルゼビュート王子の父王はそこまで敵意を抱いてはいなかった。『正義の王』の暴走と諸国の目もあるころから、いくらなんでも国ぐるみで国家転覆をはかったとは考えにくい。
「そりゃよかった。なにしろ今回のに関与してたのはうちじゃなく『正義の王』のほうだからな」
あたしは無反応。
「ありゃ、知ってた?」
「予想してただけです。確証はありません」
「こっちも推測だが間違いないだろ」
わざわざ他国にいる亡命者に接触して焚き付けた。これが『正義』を名乗る王のやることだろうか。
本来善のキャラクターであり、そういう工作を誰より嫌ってるはずが。人格を捻じ曲げてしまうほど修正プログラムの影響力は強いと言うことか。
「俺様が来たのは直接・秘密裡に会談するためだ。知ってるだろうけど、うち含め各国に『正義の王』から書簡が届いてることについてな。内容は協力してこの国を倒す、手始めに経済封鎖で一切の商取引を停止して人の出入国も禁止するってのだった」
「外交政策としては失策だな」
アガ兄さまが辛らつに切り捨てる。
「そ。しかも、『お願い』じゃなくて『命令』ときた。あきれるだろ? もちろんすぐに諸国と連絡を取り、一律に拒否の返答を送った。書簡に従えば臣下と見なされる。そう簡単に一国の王が他国に臣従するわけにはいかないだろ? それに、高圧的で一方的な文面からして、要求がエスカレートする危険があった。ここでハイ分かりましたとうなずくことはできない」
当然だね。
「でも『正義の王』は怒ったのでは?」
「そりゃーなぁ。キレて手紙ひっちゃぶって、さらに怒り狂った書簡送ってきた。ありゃヤバイわ。結果、諸国総意で女王さんとこは昔みたいにならない限り不干渉とすることにした。『正義の王』に加担はしないが、女王さんとこに協力することもない。―――中立的立場をとる。これが証拠だ」
各国の王が署名した文書を出す。
えええ?!
ルキ兄さま・アガ兄さま・ルシファーが確認し、本物で間違いないと断定した。
……一体どういうつもり?
あたしはまだ疑いを消せない。
まさかただのメッセンジャーなわけない。これが偽物ってことはないだろうけど、本物なら逆にどうやって用意した。これだけの国に連絡を取り、サインさせたってことだ。
ベルゼビュート王子の人脈と能力って……。
「とりあえずありがとうございます、と申し上げておきます。ですがまだ問いたい。まさかこれを渡しに来ただけではないでしょう?」
「もちろん。オレ個人の目的もある」
王子は悠然と足を組み替えた。
「言った通り、オヤジも諸国も中立を貫くことにした。世界のバランスを崩したくないんでね。ただ、オレの考えは違う」
「ていうと?」
「『正義の王』の行動は異常だ。いくら女王さんとこに嫌悪感を抱いてるにしても、公平で公正なはずの王のすることじゃない」
「それほど父への恨みがあるということでは」
「親が罪を犯したとしても、罰を受けるべきは本人だけで、子にはない。―――『正義の王』自身が何年か前に連続殺人犯の子へ出した判決だぜ? そうやって犯罪者の子どもってことで迫害されてた人物を救ったんだ。自分でそう言って側近にまで取り立てたのに、自国民じゃない人間には反対のことするのかよ」
その判決はあたしも知ってる。さすがは公明正大な王だと話題になった判決だ。
「……今の『正義の王』は偽物だとの声もありますよ。何者かが本物を殺し、成り代わったとか」
「残念ながらあれは本物だなぁ。だからこそ変なんだよ。なんとか本来の『正義の王』に戻ってもらおうとしたけど、無理だった。もう話し合いじゃダメだな。―――正常に戻らないのであれば、削除するしかない」
言い方にハッとした。
―――正常に戻る?
削除?
なぜそんな単語が出てくるのか。
現在『正義の王』はバグ修正のゲームの自己修復プログラムによって動いている。しかしその結果、『善』から逸脱し始めた。つまり修正プログラム自体がエラーを生み出すという矛盾に陥っている状況だ。
するとさらにそのエラーを正すべく、何らかのプログラムが作動した。それがベルゼビュート王子なのか?
元々メインキャラではないからこそ、修正プログラムの影響を受けず、修正の修正を実行する役として動き始めたのか?
悪役があたしじゃなくてヒロインの祖父になってしまい、それを倒す新ヒーローとしてベルゼビュート王子が……?
…………。
……………………………………ないわー。
あたしは半眼になった。
いや、そういう反応仕方ないじゃん。だって、新敵キャラを倒すヒーローがコレってどうよ。
ギンギラギンで全然さりげなくないド派手男、言動も突拍子もない意味不明人間だよ? 外見も中身も、どっからどう見てもンな立場に合ってないよ。
つーか、それなら新ヒロインは誰になんの? あたしならこんなんの嫁になるのは嫌だわ。新ヒロイン、よっぽどのもの好きしかなれないよ。
主要キャラでなかったベルゼビュート王子に相手役は設定されてないはずだ。てことはどっかからか現れるんだろうが、その人にあたしはとりあえずエールを送っておいた。
「おーい、女王さん。何考えてんの?」
「いえ別に。王子は『正義の王』の国が欲しいのかなと」
「いや全然」
ベルゼビュート王子はあっさり否定した。
本当のことを言ってると分かる。あたしはキャラ設定的に敵意や悪意に敏感で、嘘も分かるんだ。
「何で各国そろって不干渉って決めたかって話だよ。豊かなあの国はそりゃどこも喉から手が出るほど欲しいさ。けど、ここでどこかの国が触手伸ばせば、他も乱入してたちまち大戦争になるのが目に見えてるからだ。さすがに世界大戦は避けたくて、どこの国も手を出さないってことにしたんじゃんか」
「それはお国の方針ですよね。王子個人は違うのでは?」
「いらねーよ。言っただろ、オレは楽しく遊んで暮らしたいだけ。国を治めるなんて面倒なことは、好きな奴にやらせときゃいいのさ。むしろオレは王になんかなりたくねぇ」
ベルゼビュート王子はあっけらかんと、
「そもそも自分が向いてない自覚があるし、『国』なんかどうでもいいと思ってる。国がなくなっても人が守れればそれでいい。そして大事なのはその人々が生きられるよう、世界の安定を保つことだ。そうじゃね?」
「…………」
あたしは沈黙した。
この発想、やはりベルゼビュート王子が『新ヒーロー』になった可能性が高い。
エエエー、マジデェー?
「国にこだわるなんて、視野が狭い狭い。他の国になったって、平和で世の中上手く回ってりゃそれでいいじゃん」
「王子の主義は分かりました。でも失礼ながら、いくらなんでも貴方が高尚な目的のために動いているとは思えません。貴方個人に何かメリットがあるのでは?」
ベルゼビュート王子はニヤリとした。
たとえ彼が『新ヒーロー』になったとしても、言動からして本質が変わったとは思えない。というか、変わってしまったら『正義の王』みたいに別のエラーを生んでしまうため、さらに修正の修正の修正役を作らなきゃならなくなって……エンドレスだ。だからここは変えられないと考えたほうがいい。
たぶん真面目な『正義の王』を変えたらえらいことになったんで、真逆のベルゼビュート王子に白羽の矢が立ったんだと思う。
彼の基本的設定は『トラブルメーカー』。そんなキャラが真面目な動機で働くなんてありえないっつーの。
「疑り深いなぁ。オレが正義感や親切心でやってるって思わないわけ?」
「思わない」
きっぱり。
ルシファーや兄たちもうなずく。
ベルゼビュート王子は怒るどころか面白そうに笑った。
「ま、そうだけど。簡単に言うと、オレは女王さん気に入ってんのよ。あのアホ王の後継ぐどころかブン殴って倒し、平和国家にしよーとしてる。そのための方法が服作りとかマジ面白ぇ」
「……それはどうも」
褒められてる気がしないのはなぜだろう。
「だからさ、ちょっと手を貸そうかと思って。そうすりゃもっと面白いこと起きそうじゃん?」
……納得した。
腑に落ちてしまったわ。
「『正義の王』に戦争起こされたら、全部メチャクチャになる。したら、オレの遊び場がなくなるじゃないか。冗談じゃねー」
理解したくないがものすごく納得する理由だった。
「要するに、『正義の王』が暴走したら遊んでられなくなるから嫌なんですね」
「そのとーりぃ☆」
パチンと指弾いてウインク。
キモっ!
……失礼、ウザい。
同じか。
顔が引きつりそうになるのを必死で抑えた。
これが『新ヒーロー』かよ。
「あとさー、女王さんが服作ってくれないと困るんだよ。女の子にプレゼントしたらすっげー喜ばれたんだよなー。口説きアイテムなくなるとやだ」
最低な理由。
思わず悪態つきたくなる。
「てわけで女王さん、これ注文票。ヨロシク♪」
ぺらっと注文票出してきた。
サイズからして複数の女性向け。何人用だ?
「割増料金払ってもいいんで、なるはやで頼む。目当ての子は逃がさねーようにしないとなっ」
げんなりした目を向ける。
「……急ぎなら実店舗行って買えばいいのでは? 大量生産体制整って、国内ならある程度在庫ありますよ。この街にも店舗ありますし」
「マジで? どこどこ? 教えて!」
地図描いてやったら、大喜びで飛んでった。
「ありがとな、女王さん! それじゃーまた!」
嵐にように去って行った。
……正直、『また』会いたくはないな。
☆
「……何だったんでしょうね」
ルシファーが皆の気持ちを代弁する。
「さぁ。少なくとも『正義の王』の暴走を止めたいのは本気らしいわ。ところでルシファー、店に誘導して時間稼ぎしたから」
「ええ。すでに手は打ちました。腕利きの尾行を手配してあります。それでもまかれるかもしれませんが」
さすがルシファー。言わなくても分かってくれると思ったよ。
「あれが息子じゃ、向こうの王も大変だな」
規格外の弟妹を持つルキ兄さまがなにやら同情してる。
「また絡んでくるかもしれない。決してあれに何か確約を取らせるな。何をするか分からない」
「了解」
全員うなずいた。
「さて、城に戻るとするか。今頃面白いことが起きてるはずだしな」
ニヤリと笑うルキ兄さま。
……悪党っぽいよー。そういうとこが『魔王の伯父』だよね。
まぁ仕方がない。仕事一筋の真面目人間を引っ張り出すにはこれくらい必要だった。
わざと「女王兄弟がほとんど外出してて城が手薄になる」状況を起こし、罠を仕掛けるためとか。
「お帰り~」
「……お帰り」
飄々とした様子でネビロスが入口で出迎える。ルガ兄さまも白衣のまま待ってた。
「ただいまっ!」
二人同時に抱きつく。
うーん、ネビロスはすっかりあたしより身長高くなっちゃって。大きくなったなぁ。しみじみ。
ルキ兄さまは弟たちの頭をくしゃっとやって、
「ただいま。状況は?」
「……ルキ兄さんの予想通りだ」
「補足するね。不満分子がうじゃうじゃ出てきたよー。見事にひっかかってやんの。なにしろ無害なルガ兄さんと子どもの僕しか残ってないんだもんね。そりゃチャンスと思うってー」
アハハと笑い、報告書を渡すネビロス。どう見ても子どもじゃない。
どうしても休息をとってと弟妹一同の懇願に負けたルキ兄さまが、渋々外出に応じた条件がこれだったのよ。主要戦力と思われてるアガ兄さま・レティ兄さまに加え、宰相のルキ兄さままで城を離れれば、いまだいる反対勢力をおびき出せるって作戦。
あ、そういう連中にとって「ただのコック」のナキア兄さまと「服作りしか考えてないバカ女王」のあたしと「その下僕」のルシファーは無視されてるんで。歯牙にもかけられてない。
城に残る危険視しなきゃならない戦力は警察の留守番部隊のみ。副長官率いる、レティ兄さまの傭兵時代の仲間の約半数だ。先にルガ兄さまとネビロスを人質に取れば彼らも手出しできないと踏んだみたいだけど……。
残念。弱いと思ってたルガ兄さまとネビロスにあっさりやられたわけ。
「いまだに僕ら弱いって思ってる連中いるなんておかしいよね」
「おい、過剰防衛やってないだろうな」
不安を覚えるレティ兄さまにネビロスは子犬の純粋な目で返した。
兄姉の誰も騙されなかった。
「……ケガ人は治療しておいた」
「ありがとな、ルガ」
「ちょっと、僕の言うことは信じられなくてもルガ兄さんなら信じるってどういうこと?」
「お前の危なさを知ってるからだよ。それで医者のルガを配置してったんだ」
「ルガ兄さんのほうがアレだったんだけど」
報告書を指す。
「視覚的にヤバイのはなかったよ? でも、血液の温度下げて失神させたり、抵抗するやつには問答無用でぶっとい注射を尻に刺すとか。無表情であれやられたら、普通トラウマになるって……」
あたしたちは全員同じこと考えた。
注射は嫌だ。
「……一応きくけど、中身何?」
「……ただの麻酔。自白剤のほうがよかったか?」
光速で首を横に振った。
「いや、いい。取り調べは兄ちゃんの管轄だ。お前たちに怪我がなくてなにより」
怪我させるほうが無理ゲーだ、とは誰もツッコまなかった。空気読んだ。
「それより、こっちは想定外のことが起きた」
レティ兄さまがベルゼビュート王子の乱入を知らせる。
「ええ? どうやって入国したのさ。ルシファーの組織ですら気づかなかったってことでしょ?」
「利害関係が一致してるのが幸いよね。今んとこ敵ではないわけだし、よく言えば協力、悪く言えば利用させてもらうのが得策かなーと思う」
どうしたもんか話し合おうとしたところで、ルシファーがうめいた。
「どしたの?」
珍しい。仕事用のスマホを二度見してる。
急いで部下に確認を取り、どうやら事実だったようで天を仰いだ。
「ルシファー?」
「……ああ、すみませんリリス様。あのハエはやはりただ現れただけじゃありませんでした。文書運ぶだけなわけはないと思って調べさせてましたが、まさかここまでとんでもないとは」
「何が?」
ルシファーは苦虫をすり潰して一気飲みさせられたみたいな表情で、
「『正義の王』の娘を連れてきて、置いていったようです。彼女が王都への侵入を図りました」




