港町でひともんちゃく、あと巨人族のセンスがヤバイ
下書き書いてたノートを紛失、捜索してて遅くなりました……。
以前の原案無断使用から、証拠として手書きで下書き書いてんですよ。
教授の娘、学者のローレルさん率いる『調査団』帰国の日。
対外アピールのため、女王であるあたしが出迎えることになった。前もって合流地点の港町へ向かい、ついでに紹介動画を撮影しておく。
この港町はアガ兄さまの貿易拠点の一つであり、顔が利く上に治安・防衛の意味でも申し分なかった。
国内外から物が集まり、市場には活気があふれている。
「おー、すごいねー」
「取引量はまだまだだ。以前うちの国と取引したがらない商家もあるからな。まぁ他国名義の貿易船でやってるが。いずれこの市場ももっと拡張するつもりだ」
アガ兄さまを見ると、商人たちはペコペコ頭を下げる。中にはビビって逃げるのもいるけど。
まだ回復途上のうちの国では、こういう市場は少ない。これをモデルケースにあちこちの都市に作ろうと計画中だ。
勝手知ったるアガ兄さまと、食材の仕入れできたことあるナキア兄さまが案内してくれる。
あ、言い忘れたけど今回のメンツは他にルシファーとルキ兄さまがいる。「視察」を口実に、城に閉じこもって仕事ばっかのワーカホリック長兄を弟妹みんなで連れ出したんだ。そうでなきゃ数年ずーっと引きこもってひたすら仕事しそう。過労死するよ。
撮影許可取った上で撮りながら市場を歩く。なお、しゃべりはナキア兄さま担当だ。当然の配役だと思う。
アガ兄さまだと威圧感が画面通り越して襲ってくる上に、何もしゃべらないよ。
「この辺りは生鮮食料品エリア。肉とか魚な。野菜や果物は右手。米やパン、小麦は左。品目ごとに大まかに分かれてるよ。奥にはちょっとしたイートインやカフェがあって、そこにかわいいコがいてさー」
「最後の文はいらん。その軽薄な口を閉ざせ」
「あー? アガ、お前さぁ。女性にそういう眼光だめだっての。嫌われちゃうぞ」
「別に好かれてもうれしくない。きさまのようにはなりたくないからな」
あーらら。また始まった。
ルキ兄さまが嘆息する。
「弟たちのケンカ見るだけなら、俺は帰る」
「だめ! 働きすぎって城のみんな心配してるんだよ。気分転換」
「俺も一応王家の魔力持ちだし、体力はある。回復魔法使えばいいだけだしな」
「それ精神的疲労までは治せないのよ」
ルガ兄さまに強力なスポドリもとい回復薬作らせようとしてるの知ってるからね。ルガ兄さまも「過労死する」って断ってるって。間違いなく「これがあれば無茶してもいい」ってさらに仕事漬けになるだろう。
「部下の人たちがちゃんとやってくれてるでしょ。あのね、ルキ兄さま、部下を信用してある程度任せることも重要よ? 宰相やめてスローライフ送りたいんなら後任育てておかないと」
「それもそうだな」
ルキ兄さまはうなずいた。
個人的には他に適任いないこともあり、宰相続投してほしいけど色々あるもんねぇ。
「ルキ兄さまが倒れたらあたしたちも悲しいよ。だからちゃんと休んで? ね?」
「分かった。リリスが言うなら」
妹に甘い長兄はあっさり承諾した。
最初からこうすりゃよかったな。
ナキア兄さまが「グッジョブ」と親指立てる。
「まーまー、来てみろって。ほんとにすげーかわいいから。ほーら」
そう言って指したのは、カフェの若奥さんが抱っこしてる赤ちゃんだった。
女の子。
「…………」
さすがのアガ兄さまも相手が赤子じゃ否定できなかった。そこまで人でなしじゃない。
確かに看板娘でかわいいコである。
「きゃーっ、かわいいーっ。え、おいくつですか?」
「まだ生後半年なんです」
「ゼロ歳! 六か月! うわー、ちっちゃいなー。赤ちゃんってなんでこんなにかわいいんだろー」
近所のおばちゃんみたいになってるなあたし。
手を差し出せば、ちっちゃな指で握ってくれる。
ほわああ、ちいちゃーい。
「ね、アガ兄さま見て見て。……あれ? どしたの?」
アガ兄さまは一歩下がり、断固として近づいてこなかった。
「アガ兄さま?」
「……子供は苦手だ」
苦虫かみつぶしたような顔してる。
ああ、そんな気はしてた。
「なんでルガみたいなしゃべり方してんだお前」
「……別に」
「あれ? でも、初めて会った時、あたしやネビロス子供だったよ」
「リリスとネビロスは妹と弟だからだ。特にリリスはかわいい妹で別格」
頭なでなで。
「苦手なのは分かるが、嫁さん見つけて結婚しても育児全部任せるんじゃないぞ」
「……分かってる」
ルキ兄さまの忠告に素直にうなずくアガ兄さま。ナキア兄さまへの態度と180°違うね。
「関わったことないから苦手意識が先行してるだけじゃないか。ネビロスも当時そこそこ大きかった上、中身子供じゃなかったしな。ほら、握手くらいさせてもらえ」
「……触ったら壊れるんじゃないのか?」
おそるおそる手を伸ばそうとするも、それより先に赤ちゃんが泣きだした。
眉間にシワ寄ってる強面で仏頂面の男見れば、そりゃ泣くわ。
お母さんが慌てて謝りながらあやす。
「……ほらみろ」
「アガリアレプト様が睨むからですよ。もっと顔の筋肉ほぐしませんと」
「これは地だ」
知ってる。
うなずくあたしたち。
これでみるとよくあたしは初対面で泣かなかったなぁ。あたしも大概肝が据わってるってことか。
ネビロスが泣くわけないのは分かりきってる。
ナキア兄さまが眉間を親指でぐりぐりした。
「このシワ伸ばせっての。女の子にもこれやってさぁ。言っとくけどこの凶相向けられてもすり寄ってくる女けっこういるが、みんなろくなんじゃないからな?」
「やめろ。お前の口八丁にひっかかる女だってろくなものじゃないだろ。俺の場合は最初からお互い条件決めて同意の上だ。面倒を防ぐためにきちんと契約書も取り交わしてる」
あ、ルシファーがさっきから録画止めてる。察しがいい。
ナキア兄さまが大げさな身振りで天を仰いだ。
「うっわ、そりゃマトモな女の子近づいてこないはずだよー」
「お前こそいつもふざけてるくせに」
「いい加減にしろ」
ルキ兄さまが容赦なく平等にゲンコツくらわせた。
うわぅ。痛そ。
これができるのは世界広しと言えど長兄しかいない。
「いでっ」
「いってぇ」
「どっちもどっちだ。やめろ」
「兄貴ぃ、オレの場合は理由知ってるだろ」
「理解はしてるが推奨はしてない。アガも今後二度とそういう交際はするんじゃない」
「……分かったよ」
アガ兄さまはしぶしぶうなずいた。あたしとルシファーはつい拍手。
「兄弟を止めて説教できるのルキ兄さましかいないもんね」
「止めるだけならリリス様でもできますが、ゲンコツくらわせてきちんと道理を説き、説得できるのはルキフグス様だけですね」
誰にきいても「クソ真面目」「いい人」な一番上の兄兼父親代わりには弟妹みんな逆らえない。
「愚弟どもがすまない」
ルキ兄さまは謝りつつ、店主で旦那さんに金貨を一枚渡した。
「これを娘さんに。玩具でも買ってやるといい」
「あ、ありがとうございます宰相様!」
さっすが気前いい。少しずつ豊かになってきてるとはいえ、金貨なんて庶民にとっては何か月分の稼ぎか。
若夫婦が何度も何度も頭を下げるのに見送られながら店を離れる。
「ルシファー、一応聞いておくがさっきの撮ってないだろうな」
撮ってないよ。兄弟ゲンカ記録してもねぇ。
「ご心配なく。ルキフグス様がああいう行動を公にしたくないことは承知しています。人気取りと思われたくないのでしょう」
あ、そっち?
「ああ。こういうのは言いふらすもんじゃない」
「真面目だなー。だから兄貴はいい人なんだってば。ま、言わなくてもこういうのは自然と広まるもんだし、一年後選挙で兄貴が再選されても驚かない」
「は? 断る。俺は引退して、のんびり第二の人生楽しむんだ」
「まだそんな年じゃないでしょ」
年寄じみたこと言わないで。
「てわけでリタイアするための駒を今日も一つ進めよう」
隠居願望の長兄はこの街を警備する警備兵のところへ行った。ここは色んな民族が集まる港町であること、また船の事故が起きても対処できるようにと巨人族に警備をやってもらってる。例の「マトモな服くれ反乱」の後で彼らを雇い、就職口を世話したわけ。
ガリバーと小人みたく、巨人なら人間にとっては深い海も浅瀬。沖で海難事故あっても出動でき、船も簡単に牽引してくれるから非常にいいと好評だ。
……服装もとっても個性的で目立つし。
「女王様とご兄弟様! おはようございます!」
威勢よく頭を下げる彼らの格好はすごかった。裸ジャケット紫に金色のシルクハット……ここまでで正気を疑う。蛍光どピンクの短パン、オシャレボトムスじゃなく短パン小僧風。加えて一昔前のJKかっていうルーズソックスにビーサン。海辺だから?
おまけにあちこちにピンバッジやら羽やらモチーフやらついてる。物理的に仕事の邪魔じゃないのかな。さらにジャケットの後ろには「俺たちの夏はまだ終わってないぜベイべ☆」と描かれてる。
「……………………」
無我の境地に至ってしまったのは仕方ないと思う。
でなきゃ視覚的に何かがやられる。現実逃避。
彼らの希望通りにデザイン画かいて発注したけどさ……仕立て屋から何度も「正気ですか」「深夜に変なテンションで描いちゃいました? 寝てください」「思いとどまってください?!」って電話かかってきたわ。こっちが言いたい。
アホ親父が巨人族に服を与えなかったのは、この破壊的センスからだと悟った。あの親父でも精神やられると判断したのね。そこだけは納得した。
警備隊なんだから普通は制服着るとこだが、彼らの場合仕事柄海に入って救助とかもあるから機能性を前提に希望通りにした結果こうなった。
パトロールしてても目立ちまくり、犯罪が減ったのはよかった点。犯罪者のやる気もそいだっぽい。そりゃそうだ。
今じゃある意味名物になってて、一緒に写真撮りたがる観光客が増え始めてるそうな。
「素敵な服をありがとうございます! 皆大喜びですよ!」
「……あ、うん、よかったね」
何とか返事する。
「いやー、おれとか国じゃ片身狭かったですから。仕事も家ももらえて本当に感謝しております!」
ナキア兄さまが首をかしげ、
「ん? なんで片身狭いんだ?」
「巨人族じゃ背が高くてもモテないんですよ。当たり前の話ですが体が大きいほうが食べ物も衣服の面積も家とか諸々の大きさも必要。ぶっちゃけ金がかかるんです。元々エンゲル係数高いのにさらにかさむと家計圧迫するんですよ」
「超現実的な理由だな」
巨人なのに大きいとモテないって悲しい。
「デカいほど生物学上体温も高いですし、夏とかめっちゃ熱いです。服もビッグサイズは値段高いし、いいデザインのないし、洗濯もめんどいっておふくろによく言われて……」
「生活感あふれる理由だな」
巨人族にとっていいデザインの服屋って逆に見てみたい。
「ずばり巨人族のイケメンはチビデブハゲなんです。デブは裕福って証、ハゲは頭から熱逃がさないとしんどいんです」
「体が大きければ大きいほど熱量が大きい。例えば象なんかそうだ。耳から熱を放出しないと熱中症になる」
ルキ兄さまが解説する。
そうこしてるうちに教授がやって来た。フロックコートを着て杖をつき、どこからどう見ても老紳士。
巨人は目立つんで待ち合わせスポットにしといて正解だった。迷わず来れたようだ。
教授は巨人の服装についてツッコまなかった。個人の自由とスルーすることにしたらしい。賢明な判断。
ルキ兄さまが挨拶した。
「グシオン教授、お初にお目にかかります。ルキフグスと申します。教授が教鞭をとっておられた間に講義を拝聴したかったのですが、残念ながら叶いませんでした」
「これはこれは宰相閣下。光栄です。こちらこそ閣下の名声は聞き及んでおります。こちらこそ一度お話したいと思っておりました」
二人の天才はさっそく凡人には理解不能な難解な話をし始めた。
「……えーと、一言目から分かんね。何語?」
「オレも分かんねー」
速攻でナキア兄さま・レティ兄さまが音をあげる。
ルガ兄さまは無言。どこまで理解してるのか読めない。
瞳キラキラさせてるのは長兄熱烈信者のアガ兄さまだけだ。
「さすがルキ兄貴。俺すら分からなくなってきた」
「途中まで分かるだけでもすごいと思いますよ」
教授が常に携帯してるっぽいチョーク出して、地面にイミフな数式書いてる。ルキ兄さまも一本もらって書き足してる。
わー、何それ、魔法陣でも描いてるのかなー。会話も呪文にしか聞こえな―い。
ちなみにあたしも早速敵前逃亡してる。
「……何か眠くなってきた。難しい話聞いてると眠くなるよな」
「貴様は本開くとすぐ寝てたな」
「しょーがねーじゃん、オレ、バカなんだもん。ところでアガ、真面目な話するぞ。最近一部の食材が異様に手に入りにくくなってる。この市場でも見なかった。どれも『正義の王』の国が産地。……腹いせだろうな」
重要な内容だからアガ兄さまもちゃんと答えた。
「やはりか。食料品に限らず、うちの国だけピンポイントで取引禁止命令が出てるようだ。他国にも同様の措置を取るよう書簡を出してる」
「あ、そうそう、布地や染料がいくつか入手できなくて困ってるの」
「安心しろ、リリス。そんなこともあろうかと、無関係な国名義の会社で買い付けた。実は経営権持ってる貿易会社をいくつも持ってるんだよ。時間は少しかかるが、確保できる」
「ありがと、アガ兄さまっ」
ぴょんぴょん跳ねて喜んだら、頭なでてくれた。
「当然だろう。かわいい妹に不自由はさせない」
「オレは大事な兄貴じゃねーのな。知ってるけど。まぁでもそんなら食料品もそうやって買っといてくれ。オレだけなら別にどうでもいいが、リリスはもちろん城のみんなが食べるものだからな」
「……仕方ない」
仲の悪い二人だけど、こういう時はちゃんと協力するよね。
アガ兄さまが舌打ちする。
「にしても『正義の王』め」
「どうやら取引停止は『正義の王』の独断のようですよ。臣下の中には反対意見もありました。前王ならいざしらず、現在のわが国の政権に何ら落ち度はありません。むしろあちらのほうがやらかしたのに、一方的にそんな命令出すのは国際関係上得策ではありませんからね。それでも押し通したんです。諸国へ同様の処置をとるよう書簡まで出しましたよ」
「それは立派な内政干渉、というかやりすぎだな。各国の反応は?」
「同調する国はありません。『正義の王』の最近の暴挙はおかしいと、不審に思う声のほうが大きいです。これまであの国は平和国家で有名でしたからある意味聖域扱いでしたが、危険性を感じてスパイを送り込む国が出始めましたよ」
ほほう、今までスパイ送り込んでたのはうちだけだったってことね。
『正義の王』があのまま引き下がるとは思えなかったし、何かしてくるとは思ったけど……。まさかこんな露骨な手を使ってくるとは。
なりふり構わぬ“正常へ戻すための修正プログラム”。しょせんはプログラムであるため感情はなく、ゲームのキャラがどうなろうとシナリオさえ戻ればいいわけで頓着しない。
『正常』なルートに戻れば大勢の人が死ぬのに。
もちろん『正義の王』の国の民も多くの死者が出る。それでも構わないんだ。だってそれがあらかじめ組み込まれたものだから。むしろそれが『本来』だから。
修正プログラムに支配された『正義の王』にもはや人格はなく、ただ命令通りに動く傀儡と化してるんだろう。
けど……たとえそれが『正常』だとしても、大勢の人を殺す道に戻していいの……?
「ンなことばっかしてたら、国際社会で孤立するってオレでも分かるのにな」
「ええ。『正義の王』を何者かが殺して成り代わった、あれは偽物ではないかという論すら出てますよ」
ある意味そうかもしれない。乗っ取ったのは修正プログラムだ。
「だが、あれは本物なのだろう?」
「本物です。調査しまし……おっと」
気配を感じ取り、ルシファーが会話を打ち切った。
見れば、一隻の船が港に到着したところだった。ローレルさんを先頭に下りてくる。
飾り気のないパンツスーツ。装飾品の一つもつけておらず、さっぱりとした服装。靴もヒールの低いパンプスだ。おしゃれより実用性重視な人柄がうかがえる。
きびきびとタラップを降りた彼女は、話しこんでてまったく気づいてない父親に近付いた。
「もう、お父さん! まーた道端で講義始めて。通行人の迷惑だって言ったでしょ!」
「ん? ああ、ローレルか。お帰り。お疲れ」
教授はのんびり言った。
「お疲れ、じゃないわよ。もー、道端にこんな板書しちゃって。今度はどんな理論考えついたの。ああ、説明しなくていいわ。見れば分かるし」
「お、分かるか。でな、この式をさらに……」
「はいはい、続きは脳内に記録しておいてね。今度は誰つかまえたの? 興味ない人つかまえて一方的に講義するのは駄目よ」
「一方的じゃないぞ。真剣に議論していたんだ。いやぁ、ここまで話せる人は初めてだ。すごいですなぁ、ルキフグス様は!」
「いえ、教授こそ。大変勉強になりました」
ルキ兄さまの目がキラキラ輝いてる。
あー、弟妹の中でこういう話できるの誰もいないもんね。みんなルキ兄さまよりバカだから~。
ローレルさんは名前を聞いて、誰だっけと記憶をさらってる感じだ。
「こらこら。海外生活が長いとはいえ、国の宰相閣下の名前を忘れるな。誰のおかげで帰国できたと思ってるのだ」
「さっ、宰相閣下?!」
ローレルさんは慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました!」
「別に構わない。教授とお話しできてこちらこそ楽しかった」
「いえあの、とんだご無礼を……っ。ああっ、女王様まで?!」
あたしらまで来るとは思ってなかったローレルさん、パニクッてる。
ま、そりゃそうだ。最初は出迎えは外務大臣のアガ兄さまだけって言っといたもんね。あたしらが加わったことはわざと伏せといた。
さあ、反乱分子の皆さん。来てみたら都合よく主要人物が他にもいたよ。
どうする?
目配せで、巨人警備兵が動いた。
「では、パトロール行ってきます」
ざばざばと海に入っていく。
ほら、これで明らかな戦力も減ったわよ。
船に乗ってた反乱分子がさりげなく話し合ってるのが見えた。
「外務大臣だけでなく、宰相に女王もいるぞ。絶好のチャンスだ」
「注意すべきはダイム大臣のみ。あいつは強いらしい。しょせん文官の宰相はたいしたことないだろう。女王と下僕の王配は論外」
予想通り過ぎて、うっかり笑いそうになった。
クーデター現場を見てた者はともかく、一般人や外国にいた者にしてみればこれが大方の評価。戦力はレティ兄さまとアガ兄さまだけだと思ってる。
まぁねぇ、あたしがグーパン一つでバカ親父を撃沈させたなんて、普通信じないよねー。レティ兄さまの間違いじゃないかと思われるよね。
ルキ兄さまは見かけからして超くそマジメな文官で、ナキア兄さまに至ってはただの遊び人。外見からはまさか強いなんて分からない。
ルシファーはスパイ組織の長だってバレないよう、わざと軟弱を装ってるし。
じりじりと反乱分子が行動を開始した。港には人間で構成された警備隊もおり、その中に紛れ込んでたのも合わさって周囲を取り囲む。
一斉に剣を抜いて向けてきた。
ローレルさんがぎょっとする。
「な、なに?! どうして調査団のメンバーが武器なんか持って……女王様や宰相閣下に剣向けてるの?!」
教授はすぐ察したようだ。
「……そういうことか。亡命者の中に、依然として元王族を皆殺しにせよ、という過激派がいたということか。実はわしも接触されたのだが断った」
「ええ?! や、断っていいけど!」
「当たり前だ。断った腹いせか、娘のお前を利用して国に入り込み、クーデターを計ったか」
リーダーとみられる男がにやりとした。
「その通り。グシオン、きさまはぬるい。王族など全員殺してしまえばいいのだ。悪王の血筋は絶たねばならん」
「そのようなことを言って、しょせんは自分たちが権力を握り、好き勝手したいだけであろう。わしは争いは好かん。この国が平和に復興しておるのは見れば分かる。いまさらまた混乱に逆戻りして何になる」
教授は杖をトン、とついた。聞き分けのない生徒に言い聞かせるかのようだ。
後で聞いたら実際リーダーの男は元生徒だったそうだ。
「黙れ! 王政廃止だなどと綺麗なたわごとを並べているにすぎんとなぜ分からん。どうせ選挙などと別の形でそいつらがまた要職を独占するための布石だろう」
「俺は辞めたいんだが」
「ルキ兄貴がそうするなら俺も辞めて一介の商人に戻る。元々権力に興味はない」
あっさり否定する長男と三男。
公衆の面前で辞めたいと認めるとは思わなかったんだろう。連中あっけにとられてる。
二人ともいつも言ってるんだけどねー。
「バカ親父が無茶苦茶にしたこの国を建て直すのが責務だと思ってやってるだけだ。役目が終わったら、さっさと引退したい」
「う、嘘つけ! 悪しき王族は皆殺しにせよ―――!」
一斉攻撃が来るその瞬間。一般人に化けてた別動隊が躍りかかり、取り押さえた。
その後ろから指揮官、もといレティ兄さまがひょっこり現れる。隠密行動用の目立たない格好だ。普通の町人に見える。それにしてはイケメンだけど。
今の今まで、完全に気配を消してた。あらかじめ待機場所を聞いてなければ、あたしだって分からなかっただろう。すごいねぇ。
「ざーんねん。失敗しちゃたなー」
飄々としてリーダーを踏みつける。
「なっ……きさまは、地方都市へ出ていたはずでは?!」
そう、レティ兄さまは地方の魔物退治に出張中のはずだった。そういう情報をルシファーが流しといたんだよ。
「罠だよ。お前らの計画なんか、ハナからお見通しだったってわけ」
レティ兄さまの指示で全員手錠をかけられる。魔法使って逃げられないよう、特殊なものだ。
あっけないくらい簡単に片付いちゃった。
「ありゃりゃ。もう終わりかぁ?」
「いーんじゃない? 街中だし、一般人に被害がなかったんだもん」
派手な立ち回りをなくしたのは、こっちの本当の戦力を知られないためでもある。誤解はとかないでおいたほうが役立つと思って。
「よーし、連行しろ」
自分たちまで逮捕されるのかと怯えるローレルさんにあたしは近寄った。
「大丈夫、隠れ蓑に使われただけだってのは分かってます。ていうか、知っててこいつらおびき寄せるためにそのままにしといたんで」
「え」
あくどい、って今思ったな。まぁ事実なんで否定はしない。
「だから安心してください。さ、馬車へ。残りの皆さんもね」
調査団メンバー全員が敵だったわけじゃない。まっとうな学者もいた。
教授とローレルさんは元王族用の大きな馬車へ、他のメンバーは後続の馬車へ。
「……っと、その前に」
くるりと反転し、護送車に歩み寄る。脱走防止に色々魔法かけてある頑丈な車で、ドアを閉める前に兵士を止めた。
「あたしたちのこと、ずいぶん馬鹿にしてたみたいね? 別にあたし個人はいくら馬鹿にされても気にしないけど、ルシファーと兄さまたちを侮辱されるのは許せないのよ」
左手に魔力をこめる。
「ひ……っひいいいいいいい?!」
一見して分かる、桁違いの魔力に全員縮み上がった。
後ずさるも、後ろはすぐ壁。
兄さまたちまで後ろで青くならなくていいよ。
……ふっとそれを消した。
「二度としないことね」
にっこり。
普通に笑ったのに、悪魔の脅し的な微笑みに見えたらしい。
ガクガクガクと壊れた人形みたいに首振りしてる。
やだなぁ。そこまでビビらなくてもいいじゃん。実際は殴らないよ、やったらタダじゃ済まないもん。
兵士に命じる。
「もういいわ。連行して」
「は、はいいっ」
大急ぎで扉を閉め、逃げるように走り去る。
女王に殺されないうちに容疑者を保護しようって? やーねー。
「……リリス様」
色々言いたげなルシファーの声に、あたしは唇を尖らせて抱きついた。
「だって、みんなのことバカにするんだもん」
「僕は構いませんよ。……わざとそう思わせてるので」
「そうだぞ、リリス。俺たちも悪く言われるのは慣れてるんだ。今さら何とも思わない」
「そーそー。特にオレなんかね」
「自覚あるならどうにかしろ」
「相手の力量を正確に見抜けない奴のことなんかほっとけ」
「……同意」
「うんうん、今さら感あるよねぇ」
むー。
「分かってるけど、嫌なんだもん。ルシファーも兄さまたちも大事だから」
「僕もリリス様が大事ですよ」
ぎゅっと抱きしめてくれる腕が温かい。
んー、幸せ。
猫みたいにスリスリした。
「俺たちもお前が何より大切だ。ところでルシファー、うちの妹を離せ」
「嫌なやつなんか三枚おろしにしてやるよ。ルシファー、その腕ちょん切ってやろうか」
「かわいい妹のためなら何でもするぞ。だからルシファー、リリスに触るな」
「僕らは夫婦ですから」
静かに怒りオーラ発する兄弟と平然とした旦那様。いつものことだ。
そうとは知らない兵士たちは青くなってるけどね。
―――パンパンパン。
ふいに拍手がした。
「さすがはリリス女王」
「―――」
あたしたちは瞬間的に固まった。
この……声は……。
血の気が引く。
バッと振り返ると、そこにいたのはベルゼビュート王子だった。




