魔王の父 ルシファーの場合
僕の名前はルシファー。
公爵子息、その実はスパイ組織の当主です。
幼いころから組織を継ぐものとして、その種の英才教育を受けてきました。どんな内容かは企業秘密です。
家業がスパイというのは当然秘密。自分の実力は常に隠して、何事も平均的というか『普通』『その他大勢』を演じるようにしています。常にニコニコして、感情を読み取らせないようにするのもその一つです。
密かに任務を遂行すること。それが一番大事なことですからね。
前王の時代、組織は王を見限っていました。父は密かに次の王にふさわしい人物はいないかと探していたそうです。
真っ先に候補に挙がったのは、最初に生まれたルキフグス様だったのは言うまでもありません。幼いうちから観察した結果、彼なら賢王になるだろうと判断されました。
ところが、本人にまったくその気がありませんでした。
やる気のない人間にやらせても無駄。はい、次、と父は考えたそうです。
では弟というところですが、サタナキア様とアガリアレプト様は論外。サタナキア様の理由は言うまでもありませんね。アガリアレプト様は有能ですが、性格に難あり。あれでは早晩父親の二の舞です。
白羽の矢がったのはフルーレティ様でした。無難なとこですね。
サルガタナス様は気弱でやはり論外、ネビロス様に至っては赤ん坊で問題外です。
組織はフルーレティ様を王にするべく動き始めました。
しかし、気づいた王が邪魔しようとします。フルーレティ様に刺客を送り込みました。組織は先手を打って逃がし、以後ずっと密かに護衛していたのです。
それだけではありませんでした。王は王女との結婚という名目で僕を差し出せと言ってきたのです。体のいい人質ですね。
父は従順に従うフリをしてフルーレティ様を呼び戻し、クーデターを起こす算段でした。僕を素直に王女と会わせたのも、王を油断させるため。
まさかそこでリリス様というとんでもないどんでん返しに会おうとは、誰も予想しなかったことでしょう。
最初、僕はリリス様に敵意を抱いていました。組織も王女は無視していたのでろくに調べておらず、ただの甘やかされたわがまま娘だと思っていたので。それが実はまともな思考を持つ少女で、ずっと命を狙われていたとは。
さすがに初対面で逆プロポーズされた時は逃げ出しましたよ。他にどうしろというんですか。
でもリリス様は追いかけてきました。本気です。
よく話を聞けばきちんと物事を考えているし、彼女も賢王になりそうです。嫡子認定されてますし、クーデターの旗印としても問題ないです。
結局僕はリリス様との結婚を受け入れ、今もって夫婦です。
さ、そのリリス様が寝てる隙に会議といきましょうか。
☆
夜中、僕らは某所に集まりました。
メンバーは僕とリリス様のご兄弟です。
ルキフグス様が最年長者ということで司会です。
「今日の議題は分かってるな。ベルゼビュート王子についてだ」
サタナキア様がすぐ吠えます。
「あの銀ピカ野郎、冗談でも言っていいことと悪いことがあるぜ」
「視覚的にウザければ、中身もウザいとはな」
普段反発しあうサタナキア様とアガリアレプト様ですが、リリス様のこととなると共同戦線張るんですね。
「そういえば、あいつなんであんな全身銀色なんだ? 宇宙人か?」
フルーレティ様がもっともな疑問を発します。
「うーん、何ていうかハエを連想させるよね」
ネビロス様もたいがいひどいですね。
サルガタナス様は沈黙してます。
僕は答えました。
「おそらく意図的でしょう。銀髪なのは生まれつきですが、服装は」
「意図的ぃ? あんなギンギラギンな服着てる意味が分かんね。全然さりげなくねーな」
「お前なら着そうだが」
「おいおーい。オレは超イケメンだから、派手な衣装なんて必要ねーの。ボロを着ててもモテる自信あるぜ」
アガリアレプト様はサタナキア様を無視することにしたようです。
サタナキア様は軽薄を装ってますが、実は頭のいい方。裏方で人に知られず働くのが得意ですね。たまに情報屋代わりをやってもらってます。
裏方作業が特に発揮されるのはアガリアレプト様の元カノへの対処ですね。アガリアレプト様は人の心を無視した言動が多いので、けっこう恨まれてるんですよ。そこをサタナキア様がフォローしてってます。
アガリアレプト様は人を人とも思わないところがあります。冷徹で冷酷。父親の非情さを一番受け継いでいますね。
商売人としては優秀ですが、あれではいつか人に刺されてもおかしくありません。それをサタナキア様は心配してるんでしょう。リリス様のおかげでこれでもだいぶ丸くなりましたが。
「で、ルシファーはどういう意味だと思うの?」
ネビロス様がきいてきました。
最年少でありながら、鋭い洞察力と才能を持ってます。うちとしては早く正社員にしたいとこです。
「これは僕の私見ですが……あの格好は目くらましでしょう」
「確かに目はくらむよね」
「いえ、そこに目をひきつけておくための目くらましと言いますか。常に派手な衣装を着ておいて、自分のイメージを作っておく。そうすれば人はあのファッションにしか目がいかず、彼の本質に気づかないでしょう」
「……なるほど? トレードマークを脱いでしまえば、誰にも彼だと分からない。好きに出歩いてるかもしれないな」
フルーレティ様がうなりました。
さすが元傭兵、勘がいいですね。リリス様がいなければ王に擁立しようとされてただけはあります。
人に慕われ、指導力も統率力もあり、戦闘能力も高い。
ただし政治と頭の良さにかけてはルキフグス様にかないません。逆にルキフグス様は戦闘能力や人に慕われるキャラという点ではフルーレティ様にかないません。
ですから今のルキフグス様・フルーレティ様・アガリアレプト様の三人が力を合わせた統治方法が最もいいんですよ。上手くバランスがとれてます。
「はい。事実、地味な格好であちこちで歩いてますね。他国へもフラッと勝手に行ってますよ。誰にも気づかれてません。髪の毛も黒に染めてしまえばいいだけですしね」
「一応王子だ、護衛くらいついてるだろうに」
「あの通りの自由人だから、護衛つける価値もないと思われてるみたいですよ。父王はサジ投げてます。勝手にしろと。王子もわざと周囲にそう思わせてるんでしょうけどね」
「意図的に違う人間を装ってる、か……」
ルキフグス様が微妙な目でサタナキア様・ネビロス様と、ついで僕を見る。
何ですか。僕は人畜無害ですよ?
ルキフグス様は誰にきいても「真面目」「いい人」という評価の方です。本人は「父王を止められなかったんだから、いい人じゃない」と言ってますが、その思考がすでにいい人です。
弟妹がいると知ってたとはいえ面識はなかったのに、初対面で兄心に目覚め、それからずっと『長兄』としてやってきてるんですから、どう考えても真面目。
自ら弟妹に教育を施すところも、いい人じゃないですか。今じゃ、兄を通り越して父親役になってる気がします。
「ベルゼビュート王子の狙いは何だ? 王になることか?」
「どうでしょう。王座狙いなら、巧妙に兄王子たちを排除してそうなものですが。そういうことは一切やってません。彼ほどの能力があれば簡単なはずなのに」
「その気ならとっくに皇太子になってるか」
フルーレティ様が首をかしげます。
「本当に王位はどうでもいいのか?」
「かもしれません。一国の王などちっぽけなものだと考えているようにも見えます。もっと大きなものを見ていそうですね」
「もっと大きなもの? 他国を狙ってるってことか?」
まさかそれでリリス様を、とご兄弟全員色めき立ちます。
「あの場で斬っておけばよかった」
「あの銀ピカハエ連想野郎、オレのかわいい妹に手を出したらタダじゃおかねー!」
「お前のじゃないが、リリスにちょっかい出したら、その罪は万死に値する」
「今からでも遅くない。殺虫剤まきに行こうか」
「……手伝う」
「害虫駆除計画立てなきゃね」
落ち着いてください、皆さん。
あと、サルガタナス様がやっと一言話しましたね。
「ルシファー、お前ものんびり構えてないで手伝え」
「ご心配なく。本当にリリス様を狙ってるなら、僕も容赦しません。しかしどうにも奇妙で。正直言って、この国を手に入れても何がいいのか分かりません」
確かに、と全員座りなおしました。
「そもそもリリスは権利放棄してて、国のシステムも変えると発表済み。リリスとルシファーを無理やり離婚させて、自分と再婚させても、権力者にはなれない。法改正して王制に戻すことは可能だが、そんなことしても国際的にも反感を買うだけだな」
「それなら国籍移してうちの国民になり、議員に立候補したほうがいんじゃね? 裏工作して当選、議長とかになったほうが正攻法で権力を握れる」
サタナキア様、ほんとに馬鹿ならそう考えませんよね。やはり普段の軽薄さは演技ですよねえ。
アガリアレプト様は気づかず、
「うちの国はうまみのある産業もない、宝石や鉱物もとれない。農業も平均以下。正直、欲しいか?」
「隣の国のほうがはるかにいいよな」
フルーレティ様が同意します。
『正義の王』の治める国のほうがはるかに肥沃で金持ち。うちの国狙うより、あちらのほうが魅力的ですね。
「ベルゼビュート王子の国も、工業が発展してて輸出で儲けてます。金は持ってますよ」
「うちを手に入れてもメリットはな……あ、もしかしてアホ親父に恨みがあるとか?」
ネビロス様のつぶやきに、上四人の兄が顔を見合わせます。
ルキフグス様がうなずき、
「確かにあの親父は色んな人から恨みを買ってる。親父個人への復讐目的か?」
「ベルゼビュート王子の身辺は徹底的に調べました。元王との接点はありません」
僕は首を振った。
「王子本人が関係なくても、例えば母親とか。あの親父のことだもん、他国の王族で既婚者でも狙ってそう」
ネビロス様、とってもありそうな話です。
「残念ながら、写真を見る限りベルゼビュート王子の母は元王の好みではありませんね。ベルゼビュート王子の恋人が、というのもないです。彼は特定の恋人を作ったことがありません。いつも女性とは適当に付き合い、適当な時期に別れることを繰り返してます」
「うーわー、女の敵」
「お前が言うか」
アガリアレプト様、サタナキア様、どっちもどっちです。
「じゃあ、王子の友人が因縁つけられて殺されたとか」
「それもないですね。ずいぶん昔からあの国とは国交断絶しており、交流がありません。だいいち、ベルゼビュート王子には友人がいないので」
「うわ、さみしっ」
そうですね。
ルキフグス様がまとめました。
「リリスに惚れたわけでもない、うちの国が欲しいわけでもない。アホ親父に復讐するためでもない。だとしたら、何が目的なんだ? まさか、単に場をひっかきまわして楽しみたいだけじゃないだろうな」
「意外とそれが真実かもしれませんね」
僕は答えた。
「ともあれ、どんな理由があるにせよ、です。リリス様にちょっかい出すようなら、躊躇なく消します」
にこやかに言うと、六人ともうなずきました。
たとえ本気でないにしても、僕の妻に近づいたんですからね。
ふふふ、どうしてくれましょうか……。
リリス様を溺愛する男七人による作戦会議は、これからが本番ですよ。




