六男 ネビロスの場合
僕の名前はネビロス。
七人兄弟の末っ子だ。
といっても、そうだと分かったのはつい五年前。それまで知ってる身内といえば母とクソ親父と異母姉だけで、兄たちはまったく知らなかった。
母はかつて城の使用人だったという。孤児だけど美人だったから、偶然親父の目に留まり、雇われたそうだ。
あ、城の使用人の採用基準は女性は美人一択だったんだよ。男性は逆にイケメンお断りだって。親父が嫉妬してムカつくからって、ブサイクか並じゃないと駄目だったそうだよ。イケメン出禁てすごいね。
そういえば親父はブサイクだったのに、どうして僕ら兄弟は全員外見がいいんだろ? 母親の遺伝子が強かったんだね。
それでよかった。あの親父そっくりだったら死ねる。
いや、マジで。
受け継いでラッキーなのは王家の魔力くらいだ。
お手付きになった母は、それなりに野心に燃えていたらしい。というのも、その時すでに姉さまが生まれていた。母は姉さまの乳母役になり、いずれ自分が子を生んでも同様に王の子として育てられると思ってた。
なお、姉さまの乳母は何人も代わってる。何かの拍子に親父が処刑してたから、入れ替わりが激しかったみたいだ。母が何人目かは不明。
母が妊娠した時、親父はまたヘテロクロミアの子が生まれるようにと願い、厚遇した。
ところが生まれた僕は普通の目だった。
激高した父に追い出された母は僕を連れて修道院を頼った。そこで俗世を捨て、修道女となる。
……兄弟の中で母に愛されて育ったのは僕だけだろう。
母は死ぬまで、僕を愛してくれた。今更ながら欲を出したことを後悔したらしい。
でも孤児院を兼ねたその修道院は貧しかった。昔は金持ちからの寄付金があったが、親父の恐怖政治のせいで貴族たちも寄付する金などなくなってしまったんだ。
幼いながらも自分を理解していた僕は、外見を利用して大人に取り入るようになった。
誰に教わったわけでもない。生き延びるため、自分で考えて行動した。そうでなければ食べ物にも困っていたから。
仲間みんなで助け合って生きてきた。
それでも何人もが死んでいった。
ちゃんとした食事がとれていれば。きちんとした治療を受けられていれば。最低限の生活ができていれば、助かったかもしれないのに。
―――母さんも。
母は病気になってほどなく亡くなった。
最期まで僕を抱きしめていてくれた。
自分の無力さをこの時ほど痛感したことはない。
なにが王の子だ。力も金もなく、母を助けることもできない。何の意味があるのか。
悲しみが親父への憎しみに変わるのは時間がかからなかった。
……いつか必ず親父にツケを払わせてやる。その時までなんとしてでも生き延びるんだ。
そんな時、公爵がやって来た。姉が異母兄弟を集めているという。
唯一の王女。
悪感情はなかった。姉は容姿ゆえに気に入られただけであって、親父の考えが変われば殺されるだろうと分かっていたから、むしろ気の毒な人だと思っていた。
予想通りだった。いや、予想以上に気の毒な人だった。
さらに予想外だった。予想外で規格外な姉は、自らクーデター計画を立てていた。
姉さんがやらなくても、僕かレティ兄さんが実行してただろうけどね。レティ兄さんは姉さんが旗印のほうがいいと判断して身を引いたし、僕も異論はない。もっと子供の僕より、年上で嫡子認定されてる王女様のほうが適任に決まってる。
自分は悪くないのに、親父の非道を代わりに謝る姉さんを僕も助けたいと思った。
子供の僕にも姉さんならいい王様になると分かったから。
だから力を貸したんだ。
☆
で、五年後。
親父の脳天にグーパンかますっていう方法でクーデターを成し遂げた姉さんは女王の座についた。
のくせ、早々に権力を放り投げた。
もはやあきれるしかない。実に姉さんらしいというか。
順当にルキ兄さんに譲るって意味だったみたいだけど、ルキ兄さんも王にはならなかった。結局選挙で選ばれた議員が話し合いで国家を運営するっていう初のスタイルに決まる。兄さんたちはそれまでのつなぎとして役職についた。
例外はコックのナキア兄さんとヒラの勤務医ルガ兄さんだね。これは政治とは関係ない職業だから。
あと、僕。未成年で学生なんで職にはつけない。
いや、飛び級で卒業は可能だよ? でも学生のほうが気楽でいいから、わざとのんびりしてるだけ。
あくせく働くのは僕の本来の性格にはあわないんだ。孤児院時代は生きるために必要だったから働いてただけで、本当は気が向いた時だけ働きたいっていう、どっちかというと怠け者が僕。
それで気が向いた時だけレティ兄さんやルシファーのとこのバイトやってるわけ。バイト代もけっこういいし、気に入ってる。
「……ふあああ」
それにしても眠いなぁ。
昨夜はレティ兄さんとこのバイトで潜入捜査してたから寝不足。今日は授業ずる休みして寝てよっと。
朝ご飯食べてお腹いっぱい、いい気持ち。
のんびり木の上で昼寝しようとしたら、アガ兄さんの声がした。
「何やってるんだネビロス」
傲慢という言葉がぴったりなアガ兄さん。でもルキ兄さんだけは超尊敬してて、言うこときくんだよね。自分より優秀って分かってるからだろうな。
この兄が一番危険だと思う。敵を作りやすい性格だし、敵がいても構わない、蹴散らせばいいって思ってる。
人の心が分からないって点では、最も親父似だろうね。
「おい。まだ朝飯食ったばかりだろ」
「お腹いっぱいだと眠くならない?」
少しはのんびり暮らしたほうがいいと思うよ。そすれば毛嫌いしてるナキア兄さんがどれだけ裏でフォローしててくれたか、分かる日が来るんじゃないかな。
「午前中から昼寝するな」
「ゆうべ遅くまで出てたからさー。仮眠くらいとらせてよ」
「未成年が夜遅くまで何やってた。どうせバイトだろうが」
「それはヒミツ♪」
守秘義務ってものがあるんだよ。
「別にいいが、ルキ兄貴がストレスで白髪にならない程度にしろよ」
「はいはーい。おやすみ」
どこまでもルキ兄さん大好きだねぇ。
うとうとしてたら、ルガ兄さんが通りがかったのに気付いた。
「…………」
何も言われない。すぐ上の兄は無言ですーっと消えた。
無口だからなぁ。
あそこまでコミュニケーション能力が欠如してると、生活するの大変じゃないかな。虐待って恐いね。いまだに影響残してるんだから。
感情もほとんど表に出さない。医者としては必要なスキルだろうけど。
でも対人関係スキルも必要だ。時々会話術を教えてたりする。正直、上手くはいってない。
もうあきらめて、このままでいいって納得してくれる嫁を探すべきじゃないかな。モテはするんだ、難しくはない。
ていうか、あんな何考えてるか分かんないのによくモテるね。無口キャラ好きって多いんだね。
だけど肉食系女子がガンガン攻めるのはやめたほうがいいと思うよ。やられて女性不信だもん。
僕も何かの折にいい子がいたら引き合わせてあげようと考えてはいるんだけど、なかなかいなくって。
そんなことを考えてたら、いつの間にか眠っていた。
「……あー、よく寝た」
昼寝したらお腹が空いた。だって成長期だもんね。
ナキア兄さんとこたかりに行こーっと。
「やっほー、ナキア兄さん。お邪魔してるよー」
厨房でもらったお菓子をぱくつく。
ナキア兄さんは食材を運びながらきいてきた。
「そういやこの前の相談の件、どうだった?」
「んー。あげたんだけど、喜んでくれなかった」
「お前にもらって喜ばない子がいるなんてなぁ」
「だからいいんだけどね。ナキア兄さんも同類だから分かるでしょ?」
「まぁな」
ナキア兄さんと僕は基本的な性質が似てる。悪く言えば八方美人なところ。よく言えば、人に取り入るのが上手いところ。お互い生きるために磨いたのだから仕方がない。
ナキア兄さんは一番損な性格してると思う。誰に感謝されるわけでもないのに、影で人をフォローしてるところ。わざと軽薄を装って、たいしたことしてないと見せかけてるけど、大変じゃないかな。
僕はそこまでやらないけどね。ナキア兄さんよりドライだから、人にそこまで何かしようとは思わない。
僕が動くのは、自分のためと、それから……。
「お前はラッキーだよ。そういう子がいるんだからな」
オレにはいない、と暗に言う兄。
僕はぱくつきながら嘆息した。
「不真面目そうに見えるけど、ナキア兄さんが一番苦労性だよねぇ。実は裏方で一番がんばってるじゃん」
「そうかー? オレは見ての通りのちゃらんぽらんな奴だ。暗躍っていうならお前の領分だろ。いまだにのんきに大学行ってんのも、ルシファーと組んでスパイのバイトしてるからだろ?」」
「ナキア兄さんだって女の子からあれこれ聞き出してるじゃん」
そうやって時々ネタを二人に売ってるくせに。やってること変わらないじゃないか。
「オレは別にバイトでやってるわけじゃないし? たまたまネタを手に入れることもあるってだけさ。さ、そろそろ夕飯の準備するから出てった出てった」
「ほあーい」
小腹もふさがったことだし、長兄のとこに行ってみるかな。
クソ真面目で堅物オヤジのルキ兄さんは、さっそく僕の食べ歩きを注意してきた。
「どうしたんだ、それ」
「あ、これ? 厨房の人にもらった。出かけてお腹すいちゃったから」
「ルキ兄さんも食べる? 他にもあるよ。こっちは街でもらったパン、こっちはなじみの酒場のおかみさんからもらった酒、こっちは侍女からもらったカップケーキで―――」
どんどん出してったら、酒をとられた。
「酒は没収。お前未成年だろ」
「えー? ルキ兄さんのケチー」
「ケチじゃない」
法律で未成年は酒飲んじゃダメなんて決まってないよ。他の国にはあるらしいけど、うちの国にはない。そもそもクソ親父のせいでマトモな法律自体ないが。
だいいち、僕らには王家の魔力のせいで酒の類もきかない。いくら飲んでも素面同然だ。うわばみってやつ。
ほんと堅物だなぁ、ルキ兄さんは。
これをもらってくれる奇特な女性いるのかな。真面目すぎて融通がきかない。弟妹の父親代わりやってるせいでおっさんくさい……。
え、嫌いなわけじゃないよ。正直な感想ってだけ。
政治力には長けてて、いい王様になったと思う。でも真面目ゆえに王位継承権を放棄した。今の宰相ってポジションが一番合ってるんだろうね。
そこへ姉さんが突撃してきた。
「ルキ兄さまっ!」
あ、露骨にルキ兄さんの目じりが下がった。
分からないではない。
「どうした、リリス」
「あ、ごめんね。仕事中だった?」
「いや、全然かまわない」
甘いねえ。声のトーンが全然違うよ。
全然違う兄たちの共通点はたった一つ。姉さんに甘いということだ。
これは僕もそうだって自覚はある。
「あ、ネビロスもいるならちょうどいいわ。あのね、魔法と機械の専門家に知り合いっていない?」
こういうものを作りたい、とインターネットなるものの説明をする。
「へえ、面白いな。それが実現すれば、世界中で瞬時に情報を入手することができるようになる」
「あ、僕、知り合いいるよ」
僕はあっさり手をあげた。
「ちょっと待ってて。連絡とってみる」
ちょうどいいや。彼女に会う口実になる。
むしろウキウキして電話した。
彼女はいつも通りの対応だったけど、アポとることには成功した。
「ありがとう!」
姉さんは大喜びで、来た時と同じく嵐のように走りさった。
速。
ていうか、あれ、ルシファーいたよね。後ろに。一言もしゃべってないじゃん。
うわー、気の毒。
今でこそ『女王の夫』っていう「あ、女王の後ろにいたっけ? ん? そんな人いた?」みたいな存在になってるけど、あれでもスパイ組織の長だ。現在は公爵の跡を継いで当主になってる。
影が薄いのを装ってるのはわざとだろうね。まさかあんな人畜無害で微妙な立場の人がスパイのドンとは思わない。
いつもニコニコ笑ってるけど、裏じゃ何考えてるのか分からないや。ああいうのが最もタチが悪い。
姉さんもよくまぁあんな厄介そうな人に惚れるよ。人材としては最適だけど。
ルシファーも姉さんに惚れてて、平然といちゃついてるもんだから、弟としてはどうしたらいいか分からないことが多々。生暖かい目を向けるしかない。
ま、バイト先の上司なんであまり悪く言うのはやめとこう。
「ほら、ネビロス。お前もサボってないで少し勉強したらどうだ」
「はいはい。まったく、ルキ兄さんは真面目だなぁ」
勉強ならほんとはやる必要ないんだよ。
あちこちで道草くってからレティ兄さんとこ向かった。
「レティ兄さん、お邪魔するよ~」
「来ると思ったよ。ほら、ルキ兄貴に没収された酒。飲もうぜ」
さすが分かってる。
昼間から酒盛り、とみせかけて報告した。会話は内容が内容なんで削除しとくね。
レティ兄さんはルキ兄さん同様王にふさわしい人物だ。実際スパイ組織を握る公爵はレティ兄さんを王にしてクーデターを起こす計画を立ててたそうだ。納得。
戦闘能力が高く、部下に慕われるいい上司。政治的能力は欠けてるけど、そこはルキ兄さんがフォローすればよかった。
でも「王座に興味はない。リリスがクーデター起こすというなら、それでもいい」とすんなり引き下がった。こういう潔いところも王にふさわしかったんだけどね。
能力があるのになぜか自己評価の低いレティ兄さんは、今の暮らしで満足してるらしい。命を狙われることもなく、家族や仲間とのんびり暮らせて満足だそうだ。
それにしても、なんでああも自己評価低いかな。頭悪いの気にしてる?
いやー、比較対象が比較対象だって。ルキ兄さんやアガ兄さんと比べちゃいけないって。
僕は時計を見た。
「あ、そうだ。用事があるからそろそろ行くね」
「ん、ルシファーのほうのバイトか?」
「ううん。野暮用」
にやりと笑って軍部を後にした。
姉さんのおかげで、彼女に堂々と会いに行ける口実できたもんね。
さーて、つっかえされたプレゼントの代わりになにを用意しておこうかなー。
彼女が知ったら蹴飛ばされるかもしれないけど、僕自身はいたってマジメ&本気でウキウキと歩き出した。
六男は「要領のいい弟」で、一番兄弟を客観的に判断してる性格です。完全に客観視できてるのはルシファーですが(兄弟じゃないから)。
子犬のふりして裏工作しまくってるタイプですね。
『彼女』が誰なのかは2話後に。
お次はルシファーの番です。




