四男フルーレティの場合
オレの名前はフルーレティ。
兄弟からはレティ、部下からは隊長もしくは長官と呼ばれてる。
隊長ってのは傭兵時代のなごりで、長官は現在の役職名だ。前者は傭兵時代からの仲間、後者は現在の部下と思っていい。
オレの母親は王宮の踊り子だった。王は自分専用の楽団と踊り子部隊を持っており、その一人だったらしい。母は抜きんでて美人だったそうで、愛妾狙いで王にかいがいしく尽くした。踊り子なのに侍女の仕事までして必死だったとか。
当時王にはすでに三人の子がいた。いずれも認知すらされず、捨てられている。どう考えても二の舞なのに、母は「自分こそは」「自分なら大丈夫」という根拠のない自信を持っていた。
妃でなく愛妾狙いだから、少しは理解していたのだろうか?
母は孤児で、貧乏暮らしだった。王が気まぐれに与える贅沢に目がくらみ、判断を誤った。
王はやっぱり身重の母を捨てた。
それどころか、わがままに辟易していたらしく、処刑しようとする。理由は自分の地位を狙う子供を身籠ったことだ。
辛くも逃げ延びた母はある人物にかくまわれ、オレを生んだ。かつて裏社会でそれなりに顔の利く奴の愛人だったことがあり、そいつが手を差し伸べたんだ。なぜかは簡単。オレを担ぎ上げて、クーデターを起こすため。
が、逆に父王に殺された。母も同様。オレはよく生きのこったと思う。
というのも、母が踊り子時代に他の女たちを蹴散らして王を独占しようとしたことが、何の因果か「恩」になったからだ。女性たちの中には当然王を嫌ってる人もいて、彼女たちにとっては自分に魔の手が及ばないようにしてくれたと逆にありがたく思っていたわけだ。
人生塞翁が馬というが、まったく思わぬこともあるもんだ。
そのうちの一人がオレを助けてくれた。彼女は元々他国の出身で、無理やり連れてこられた女性だった。国へ逃げかえる時、オレも一緒に連れて行ってくれたのだ。だからオレは十歳くらいまで他の国で暮らしていた。
帰国した彼女は、暮らしていくためサーカス団に入った。オレもそこで働くことになる。
子供だからといって、何もしないでメシはくれない。芸を身につけなければ置いてもらえなかった。
オレを助けてくれた彼女だが、彼女も自分が生きることに精一杯。そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。
身軽さや手先の器用さはこの時身につけた。そうでないと生きられなかったからな。脱出マジックの助手もやらされたし、ピッキングもできるぜ。泥棒になっても腕はよかったと思う。ナイフ投げや空中ブランコ、曲芸もできる。
サーカス団は各国を巡業していた。なお、この各国に父王の国は入ってない。危険だから。
根無し草のオレには、あちこち転々とする生活は合っていた。
ところが、どこかからかオレが生きてるとバレたらしい。実はこれを知らせてくれたのは公爵の手の者だった。当時から王に見切りをつけていたスパイ組織の長は、四人の王の子の中ではオレが一番戦闘能力が高いと見て、生かしておこうと考えていたようだ。リリスがクーデターを起こさなければ、オレを担ぎ上げていたに違いない。
おかげで脱出できたオレは傭兵団に入った。前からスカウトされてたからな。
刺客にやられないためには、力を身に着ける必要がある。皮肉にも父はオレをその方へ駆り立ててしまったわけだ。
戦場を渡り歩く暮らし。身につけたのは戦闘能力だけじゃなく、上手く人と付き合っていく方法もだった。
強ければいいってもんじゃない。自分は強いと驕れば、妬みやなんかで殺される危険もある。荒くれものどもの中で生き残るには、それなりに処世術も必要なんだよ。
それと、いつかの時のための仲間がほしかった。このままじゃオレはまた殺されかねない。だったら、望み通りにクーデター起こしてやろうと思った。そのためには一人じゃダメだ。仲間を集めるため、ただ強いだけの男はいけないと悟った。
……たぶん、兄弟の中で実際父王に殺されそうになったのはオレくらいのもんだろう。ルキ兄は才能があるから見逃してもらえて、ナキア兄はただの料理人てことで無視。アガ兄は稼がせるだけ稼がせて、油断してるとこで殺して全部奪おうと考えてたから生かされてた。
ルガは母親に虐待されてたから、ほっといても殺されるだろうと思ってただろうし。ネビロスに至っては劣悪な孤児院にいたから、これもいずれ死ぬと思ってただろう。
そうしてるうちに、再び公爵から連絡が来た。異母妹が兄弟全員を集めてると。
正直、罠だと思った。それでもいい。国に上手く入り込めるなら、これを利用してクーデター起こしてやろう。リリスに会った時、実は完全にその準備をしてたんだ。
が、リリスは本当に兄弟に会いたかっただけだった。それどころか自分がクーデター起こして父王を倒すと言う。
まさか同じこと考えてるとは思わなかった。兄や弟なら分かるが、唯一嫡子として認められ、王宮で王女として暮らしてるリリスがなぁ。
連日周囲から命を狙われ、父に支配されてると知って、当然だと納得した。
別にオレ自身は王になりたかったわけじゃない。クソ親父を倒せるなら、誰がやってもいい。だから協力した。
それに妹を刺客に怯える生活から解放してあげたかった。そんなのはオレ一人で十分だ。
計算外だったのは、リリスがハンパなく強くて予測不能だったこと。公爵もオレよりリリスのほうが強いし、オレ本人にその気がなくなったからこれでもいいかと思ったようだ。
いやぁ、しかし、政略結婚とはいえルシファーとくっついててよかったな。あんな爆弾娘、誰か傍について見張ってないと危ないって。
ともあれリリスは「パンチ一発で十分」とアドバイスした通り、グーパンのみでパワーアップしたアホ親父を撃沈させて女王になった。
いや、冗談だったんだよ? まさか本気でグーパンで倒すとは思わなかったぞ?
すぐ権力放棄したのも、リリスなら納得だ。オレでも同じことをしただろう。政治なんか、できる人間がやればいい。オレもリリスも向いてない。
かくしてオレは警察組織の長官になった。傭兵時代の仲間も平和になって職がなくなったからと雇い、まぁ上手くいってる。
戦場で死と隣り合わせしてた頃とは比べ物にならないほど穏やかな暮らし。
……ああ、平和っていいなぁ。
☆
警官の朝は早い。
元々早起きは苦ではない。サーカスにいたころものんびりしてられなかったし、傭兵時代は夜も交代で見張りだ。おかげで今も夜勤は平気。
仕事の前に自主トレしてると、ルキ兄貴に会った。
オレと違ってトレーニングなんか必要ないのに、真面目だねぇ。
太る太るって言ってるけど、オレらは王家の魔力持ちのせいでコントロールにカロリー使うから、ちょっとやそっとじゃ太らないぜ?
リリスが集めるまで弟妹と会ったこともなかったのに、マジメな長兄は『兄』をがんばってる。父親代わりとも言う。
兄弟一緒に暮らすことになった時、「いらないと思うかもしれないが、教育は必要だ。最低限教えるからな」と勉強させられたっけ。まぁ後々重職に就くことを考えれば当然の措置だけど、いやー、頭爆発するかと思ったわー……。後にも先にもあんな勉強したことねーよ……。
最低限って絶対嘘だろ。何も見ずに弟妹にあそこまで同時に教えられるルキ兄貴の頭の中身ってどうなってんの? なに、天才ってバケモンなの?
あんまり叩き込まれずに済んだのはアガ兄貴だけだ。幼少時、けっこう勉強させられてたらしい。知ってることが多かったそうだ。
次に平気だったのは医大生のルガ。要領のいいネビロスと、どんどん吸収してくリリス。
一番悲鳴あげたのはオレとナキア兄貴。
ようするにバカ二人組。
無茶言うなよ! オレらはそんな頭よくねーんだよ! 自覚あるよ!
……あ、その同類ナキア兄貴だ。
「おっすー」
「はよ、ナキア兄貴。早いな」
相も変わらず軽い兄だ。
「オレは仕込みとかあるからさ。お前こそ早いな。こんな朝早くからよく運動する気になるよ」
「ナキア兄貴もやれば?」
「勘弁。食材より重いもん持ちたくないの」
女の子は食材よりは思うと思うけど。よくお姫様抱っこして喜ばせてないか?
バカで軽薄を装ってるが、そこまでバカじゃないとオレは知ってる。弱いと言うくせに、常人以上は確実に戦闘能力もある。
アガ兄貴はちっとも気づいてないけど、別れた元カノたちのフォローしてるのはナキア兄貴だ。泣いてる子はきちんと話して慰め、怒り狂う子はなだめ、次の彼氏か結婚相手を探したりしてあげてる。だから恨まれずに済んで、今まで女性関係でトラブル起きてねーんだぜ?
まったく損な性格だ。実は一番がんばってるのに。
たぶん兄弟で一番どうしようもないのはオレだよ。頭よくねーし、戦う以外に才能ねーし。
「実はそこそこ戦闘能力あるくせに。なあ、たまには手合わせしてくれよ。本気でやろうぜ」
「やだよん。お前のほうがはるかに強いし。現役軍人に勝てるわけないじゃん。もしケガでもしたら、オレのイケメン度が下がるぜ。……あ、でも、そしたら女の子たちが看護してくれるか。それもいいかも」
楽しそうににやける兄。
「あ、うん、やっぱいいわ」
丁重にお断りしてその場を去った。
あきらかにナース姿の女の子に囲まれてる自分を妄想してたな。……そりゃ、オレだって嫌な気はしないが。
朝食後、なおもアホなことをのたまってるナキア兄貴はアガ兄貴にひっぱたかれてた。
「相変わらず仲わりーなぁ」
「変態とは合わないだけだ。なんであれが兄なんだ」
「んー? いんじゃね? 堅物マジメなルキ兄貴と、いい加減ちゃらんぽらんなナキア兄貴。だからバランス取れてんだよ」
アガ兄貴、何も知らないから言えるんだよな。鈍感だと思う。育った環境が人の気持ちに気づかないようにさせたのかもしんないけど。
ルキ兄貴とナキア兄貴はお互い分かってて正反対のことしてるんだと思う。そうやって上手くバランスとってるんじゃないかな。だから弟妹のオレたちは好き勝手できるんじゃない?
アガ兄貴に練習相手頼めば、昼休みならいいそうだ。
マジでやりたいならリリスとやれ、って提案は死ぬ気で拒否した。それ、マジで死ぬやつ。
午後、ルキ兄貴から酒が届いた。ネビロスから没収したやつだそうで、署に保管しとけってさ。
ムダなのになぁ。
ひょっこりネビロスが顔を出す。
「レティ兄さん、お邪魔するよ~」
「来ると思ったよ。ほら、ルキ兄貴に没収された酒。飲もうぜ」
昼間っから長官室で弟と酒飲んだ。
ああ大丈夫、オレいくら飲んでも酔わないから。
ネビロスはあちこちでもらった食べ物を出す。
こいつもいい性格してるよなぁ。これだけたくましければ何があっても生きていけるだろうと、兄としては安心だ。
「で、昨夜はどうだった?」
「うん、報告書には書けなかったことだけど……」
昼酒飲んでるように見せかけて、内密の話をする。
昨日は警察のバイトとして捜査対象のいきつけの賭博場に潜入してもらった。ルシファーと組んでスパイのバイトしてるネビロスは元々要領がいいこともあり、優秀な潜入捜査官なんだ。
でも将来うちに就職する気はないらしい。かといってスパイ組織に入るつもりもないとか。フリーランスでフラフラしたいそうだ。
定職に就いたほうがいいと思うぞ。さもなきゃちゃんと尻に敷いてくれる嫁を探せ。誰かが首根っこつかんでなきゃ、何か危ない。リリスのように、ストッパーいないとダメだぞ。
オレ同様ザルなネビロスは好きなだけ飲んで、夕食の時間だと先に走って行った。
あれだけ食って、まだ入るのかよ。オレも入るけどさ。
夕食も家族全員そろう。リリスの意向によるものだ。いいと思う。そうでなきゃ、下手したら顔合わせない兄弟いるし。ルガとか。
そのルガはちんまり座って、もくもくと食べてた。
……一言くらい話せ。
ルガとは仕事が全然違うせいもあり、こういう時でもないとあまり顔を合わせることもない。共通の話題もなく、しゃべること自体少ない。
オレはそれなりに会話上手なつもりだけど、それでも苦労する。
兄たちもルガには嫁を見繕ってやらなにゃと思ってるみたいだけど、同感だ。しかし、これと合う女性ってどんなんだ?
つくづく思うけど、オレら兄弟の配偶者探しって大変だな。オレは別にいらないよ。独身でいいし。
ふと目を上げれば、兄弟中唯一の既婚者の妹が夫とラブラブな雰囲気出してる。
おいコラァ、ルシファー。うちの妹に何いちゃついてやがんだ。斬るぞ。
兄弟全員の殺気を向けられても平気な義弟。すごいな。
……うん、幸せそうな妹夫婦見てると結婚も悪くないかと思わなくもないが……ところ構わずいちゃつくな、リリス。お前がやめろ。兄ちゃん複雑。
だが、オレにそんな幸せな生活はいけないと分かってる。戦争中で生き延びるためとはいえ、戦場で多くの人の命を奪ってきた。そんなオレが幸せになどなってはいけないんだ。
やらなければやられるからとか、仕方なかったからとか、言い訳はしない。事実だからだ。
罪を背負ったオレにできるのは、この国の平和のために力を尽くすこと。生き残った人々のために働くことだ。
口に放り込んだ甘いデザートが塩辛く感じた。
四番目の兄ちゃんは「実は一番重いものを背負ってる人」。
誰からも慕われる人物にみえて、過去は重いです。傭兵だったからね。
そして自己評価が低い。根はネガティブ。
彼は過去の罪から解放されなければ幸せになれない人です。誰なら解放してあげられるのか……?がキモですね。




