次男サタナキアの場合
オレの名前はサタナキア。
現在は城で料理長をしている。
物心つく頃には母はいなかった。暮らしていたのはスラム街近くの娼館。ごみためみたいな場所だった。
別に母親に興味はなかったが、後になってルシファーにきいてみたことがある。オレの母親は予想通り娼婦だったそうだ。
オレは王が気まぐれに手を出してできた子供。残念ながら母は期待したように王妃どころ妾にもなれず、一夜限りで捨てられた。
娼婦の子供はたいてい中絶されるが、それを生かしておいたのは仮にも王の子だから何かの時に使えると母も娼館の主人も思ったに違いない。
母はといえば、そのうち麻薬と酒であっさり死んだそうだ。
オレは幼いながらも整った顔立ちだったから、娼館の主人はオレを男娼にするつもりだったらしい。使い走りとかさせて、ある程度まで育つのを待っていた。
が、オレはそんなのごめんだった。ある日隙を見て逃げた。
遠くの街まで逃げ、一軒の料理屋に目をつける。そこそこ繁盛している食堂だった。食堂に目をつけた理由は単純明快。食べ物に困らなさそうだったからだ。
人手不足だったこともあり、店主は細かいことをきかずに雇ってくれた。下働きだったが、オレは何でもやった。
たぶん店主はオレが男娼にされるのが嫌で逃げてきた子供だと気づいていたのだと思う。同情して雇ってくれたに違いない。
十歳を過ぎる頃にはウェイターの仕事もやった。オレが店に出ると、オレ目当てのおばさま客が増えるから。昔から女受けがよかったんで、チップもたんまりもらえた。
店主はいい人で、住み込みだから住むところもあり、食べ物にも困らない。十分暮らしに満足していた。
ただ、オレはウェイターで終わるつもりはなかった。目指したのは料理人だ。ただのウェイターだと、店がなくなれば終わり。でも腕のいい料理人ならどこでも雇ってもらえる。将来の不安要素を除くため、コックに料理を習った。
そうして腕を磨いていた頃だ、リリスと会ったのは。
異母妹がいることは知っていた。異母兄弟は知らなかったが、まぁあの父親ならさもありなん。皆同じように捨てられていたという。五人もいたのは驚いたけど。
リリスは日常的に料理には毒を入れられ、いやがらせを受けていた。食べ物で毒殺しようとするのは、料理人のはしくれとして許せない。
ていうか、こんな可愛い生き物を殺そうとするとかありえなくない? 保護すべきだろ。真綿にくるんでベタベタに甘やかしまくるべきだ。
あー、ほんとに妹なのが残念だなー。そうでなきゃ、絶対嫁にした。
ほんとに半分血がつながってんのかと公爵に確認したら、ルシファーにゴミを見るような目をされた。妻の兄に失礼な奴だな。
離宮で暮らすことになり、店は辞めた。ながらくお世話になったお礼に、稼いだ金のほとんどは店主に渡してきた。元々オレは物欲もないし、金を使うことはあまりなかった。先行き不安な将来を見越して貯めてたともいう。けっこうな金額になっていた。
そういえば父王がなんでオレをほっといたか、は料理人だったからだろう。武力を身に着けるわけでもなく、知性を得るわけでもない。ようするにたかが料理人とバカにしてたわけだ。
まぁ、わざと必要以上にバカのふりして人に敵意を抱かせないようにしてたし、成功したってことだな。
☆
料理人の朝は早い。
まだほとんどの人間が寝てる城内を歩いてたら、トレーニング中のレティとばったり会った。
「おっすー」
「はよ、ナキア兄。早いな」
「オレは仕込みとかあるからさ。お前こそ早いな。こんな朝早くからよく運動する気になるよ」
「ナキア兄もやれば?」
「勘弁。食材より重いもん持ちたくないの」
単純にめんどくさいし。
「実はそこそこ戦闘能力あるくせに。なあ、たまには手合わせしてくれよ。本気でやろうぜ」
「やだよん。お前のほうがはるかに強いし。現役軍人に勝てるわけないじゃん。もしケガでもしたら、オレのイケメン度が下がるぜ。……あ、でも、そしたら女の子たちが看護してくれるか。それもいいかも」
「あ、うん、やっぱいいわ」
レティはあきれてさっさと行ってしまった。
なんだよー。お前だってナース姿の女の子に看護されれば喜ぶだろ。
付き合いやすさでいえばレティは兄弟一だろう。気のいい奴で、酒を飲むのもあいつとが楽しい。
「さて、仕込みするかな」
のんびり厨房へ向かった。
朝食は兄弟全員そろう。
かわいいかわいい妹が「おいしい」と食べてくれるのがうれしい。目じりを下げてたら、兄貴の小言が飛んできた。
「そういえば、ナキア。お前また他の女と付き合い始めたらしいな。そろそろ落ち着いたらどうだ」
「大丈夫、トラブルになるようなヘマはしないしー」
次男であるオレにとって兄は一人。兄貴はそれだけに、ろくでもない女たらしのオレをどうにかするのは自分の役目だと思ってるっぽい。真面目だねぇ。
そう言われてもなぁ。これも生き延びるための手段だったわけで。
客に気に入られればチップをもらえるし、店主にクビにされずに済む。常連を多く作れば店も潰れない、住処も職も持続する。
勉強なんてする機会のなかったオレは頭が良くない。機会があったとしても、たぶんろくにできなかっただろう。バカな自覚はある。
読み書きこそ必要に迫られてマスターしたが、知識はろくにない。離宮で暮らすようになってからは、兄貴にしごかれてつめこまれたけど……。
つか、最低限かアレ? 「最低限これくらい覚えろ」って絶対一般的に最低限じゃねーよな。
武力の点でも平均より上というだけで、レティにははるか及ばない。
唯一勝てる自信があるのは、千切りと食材のさばき方くらいかなぁ。
そんなオレが生き残るには、人に気に入られて安全を確保するしかないじゃん。
「にしてもリリスは今日もかわいいなぁ。食べちゃいたい」
「黙れ変態」
スパン。
後ろから分厚いファイルで殴られた。
スパンつーかドカンじゃねーの?
犯人は分かってる。アガだ。
「お前さぁ。兄に敬意払うとか考えないわけ?」
「お前が兄とは認めたくないな」
兄貴にはちゃんと敬意払ってんのに、なんでオレはこんな扱いかね。分かるけど。
頭が良くて才能のあるアガはバカが嫌い。バカでちゃらんぽらんなオレは最たるものだろう。
「何だよ。お前だってけっこう女の子とっかえひっかえしてるくせに」
たいていアガの尊大な態度に嫌気がさして別れを切り出されるか、その前にアガが飽きて別れるかだ。
「お前ほど節操なくはない」
「そうかねぇ」
あんま変わんないと思うけど。
「ま、女に恨まれないよう気をつけろよ~」
オレはそんなヘマしないが、こいつはやりかねないからな。
実はアガと別れた女の子を裏でオレがフォローしてることは、永遠に黙っておいてやるよ。一応兄ちゃんだからな。
ヒラヒラ手を振って退散した。
のんびり歩いてると、ルガを見かけた。
「よっ、ルガ」
「……ナキア兄さん」
ルガは無口だ。これでよく医者やってられるよなぁ。
まぁ、無口キャラが好きって女の子は一定数いるから、連日女性患者が殺到してるのも分かるけど。
ただこいつは純情ボーイなんで、押し倒すのはやめてやってねー。悲鳴あげてるとこを助けてやったこと何度あったっけ。軽く女性不信気味になってんじゃないかね。
「どした、沈んだ顔して」
無表情だが、オレには分かる。長年人の顔色読んで生活してきたのナメるなよ。
「……ルキ兄さんにまた言われた。もっとしゃべれと」
「ああ。オレもフラフラしてねーで結婚しろって言われたぜー。兄貴はいつもうるせぇの」
こいつにしゃべれって言うのは分かるけど。
「ま、お前はお前のままでいんじゃね? 今のままでもじゅうぶんモテんだしよ」
「……モテてない」
兄弟中で自覚がないのはルガだけだよな。兄貴すら理解してる。
「何言ってんだ。女性患者大入り満員じゃねーか」
「……それは病気だから」
超鈍感なこいつ落とすの大変だろうな。うーん、どんな子ならいけるかねー。
「へいへい。ま、お前はそのままでいーんだよ。お前を丸ごと受け入れてくれる子を見つけりゃいいだけだからな」
兄ちゃんが引き続き探しといてやるよ。
厨房に戻るとネビロスがいた。
いつものようにちゃっかりあがりこみ、おやつをもらっていたらしい。女ったらしって点ではオレと似てるよな。
「やっほー、ナキア兄さん。お邪魔してるよー」
「おう。そういやこの前の相談の件、どうだった?」
女の子への誕プレのアドバイス頼まれたんだよ。
「んー。あげたんだけど、喜んでくれなかった」
「お前にもらって喜ばない子がいるなんてなぁ」
老若男女問わずたらしこめるくせに。
「だからいいんだけどね。ナキア兄さんも同類だから分かるでしょ?」
「まぁな」
オレもどんな相手でもたらしこめるからこそ、結婚するなら簡単に思い通りにならない相手がいい。スマイル一つであっさり落ちるなら、他と変わらないからな。
リリスを気に入ったのも、色々予想外すぎるからだろう。
「お前はラッキーだよ。そういう子がいるんだからな」
オレにはいない。
誰でも平等に愛せるっていうのは幸せなのか不幸なのか。
オレたち兄弟に共通してるのは、全員愛情に飢えてる子供だったということだろう。肉親から愛情を受けなかった。
嫡子認定されてるリリスすら、父王に愛されていたわけではない。特異な容姿を気に入られていたにすぎない。
母親に至っては全員死んでいる。兄貴みたいに親族が生きてるケースはあったが、「利用価値があるかどうか」としてしか見てもらえなかった。
……それでいうと、もしかしたらオレは恵まれていたほうかもしれない。雇ってくれた店主がいい人だったから。得体のしれないガキを受け入れてくれ、本当の子供のようにかわいがってくれた。今でも珍しい食材が手に入るとおすそ分けを持って行く。
ネビロスがサンドイッチをぱくつきながら、
「不真面目そうに見えるけど、ナキア兄さんが一番苦労性だよねぇ。実は裏方で一番がんばってるじゃん」
「そうかー? オレは見ての通りのちゃらんぽらんな奴だぜ」
ケラケラ笑い飛ばした。
……オレはそういうキャラでいいのさ。
「暗躍っていうならお前の領分だろ。いまだにのんきに大学行ってんのも、ルシファーと組んでスパイのバイトしてるからじゃん?」
腹黒いって点じゃ、ネビロスとルシファーはどっこいどっこいだ。お互い同類と見抜き、タッグを組んでいる。
よかったねー、味方で。敵だったら厄介だったぜ。
「ナキア兄さんだって女の子からあれこれ聞き出してるじゃん」
「オレは別にバイトでやってるわけじゃないし? たまたまネタを手に入れることもあるってだけさ。さ、そろそろ夕飯の準備するから出てった出てった」
「ほあーい」
一番下の弟はまだほおばりながら出て行った。
そうこうしてるとおやつの時間。リリスがひょっこり顔をのぞかせた。
「ナキア兄さま、おやつちょーだい♪」
「ああ、いいぞ。何食べる?」
オレは満面の笑みで答えた。
可愛い×∞妹にデレデレのオレをルシファーは苦笑しながら見ている。
何か悪いか。
リリスの好みは完璧に把握している。今日は新鮮な果物があったからフルーツケーキを作ってみた。
「おいしーい! ナキア兄さまのごはんはおいしいから、太っちゃいそう」
魔力が膨大だから維持にエネルギーを使うのか、オレたち兄弟はいくら食べても太らない。
するってーと、デブの親父はどれだけ食ってたんかね?
にしても、権力放棄したとはいえ、女王様が厨房の片隅でおやつ食べるとか。普通ありえないよなぁ。
小さい頃からこういうの全然気にしない子だったが、こういうところが国民に好かれる理由だろうな。
「リリス様、ほっぺたにクリームついてますよ」
こら、ルシファー。さりげなく舐めてとろうとするな。兄の前で何やってんだこの野郎。そこの包丁で三枚におろすぞコラァ。
睨んでやれば、相手は涼しい顔だ。
夫婦なんだからいいでしょうって、よくねーよ。リリスもうれしそうにしてんじゃない。兄ちゃん悲しい。
ルシファーには包丁投げつけてやりたいところだが我慢した。妹の幸せのほうが大事。
リリスもなんでこんな厄介な男に惚れるかねぇ。能力は認めるし、リリスの夫としては優良物件だけどさ。
「ごちそうさまっ。あ、そうだ、明日お菓子作り教えてね。あげたい人がいるの」
「誰ですか」
「誰だ」
すばやく問うルシファーとオレ。
リリスはきょとんとして、
「今日お世話になった女の子よ。インターネットを作ってもらおうと思って訪ねたの。引き受けてくれるっていうから、差し入れ。甘いもの好きだっていうから、何がいいかなぁ。忙しい研究者だから、片手間にちょっとつまめるものがいいわよね」
あ、なんだ。女の子か。
ルシファーも目に見えてホッとしてる。お前もたいがいリリスが好きだねぇ。
簡単にクッキーに落ち着いた。明日作る約束をして、リリスは戻っていった。
オレは一つ伸びをした。
「さーて、また一仕事しますか」
夕食の準備と明日の仕込み。そろそろ他の料理人も来る頃だ。
気合を入れて作業を再開した。
二番目の兄ちゃんは「縁の下の力持ち」。一見分からないけど、実は裏でがんばってます。
変態っぽいけどね。




