魔王の母、やめます! まずは逆プロポーズから
仕事上シリアスな原案を依頼されることが多いので、たまに真逆のが書きたくなる。やっと同時並行二本に減らしたのに、また増やすって自分の首しめてない?
ネタだけはやたら考えつくんだよ……だから原案やってんだよ……。全部自分で書いてたらおいつかない。
というわけで、さらにハイテンションなの書いてみました。『勇者の嫁』のほうはグイグイくるヒーローからヒロインが逃げる話で、『仲人』のほうはライオンか犬みたいなヒーローでご主人様もといヒロインが困ってるんで、真逆でグイグイいくぶっとび系ヒロイン。ここまでかっとんだヒロインは書くの初めてだな。
ではどうぞ。
「あたしと結婚してくださいっ!」
あたしは彼の両手を握りしめ、口走っていた。
「……え……えーと……」
目の前の少年はものすごく困惑している。
金髪が日の光をあびて綺麗。
紫の瞳も宝石みたいだけど、今は突然のことに驚愕で見開かれてる。
「お願い、ルシファー様! あのクソ親父を倒して、一緒に魔王の親になるっていう運命を阻止しましょう!」
逆プロポーズをさらにたたみかけ、あたしは天高く宣言した。
☆
事の起こりは十分前―――。
あたし、リリスはブルーム―ン王国王女として生まれた。
唯一の王女で、跡継ぎ。次期国王として大切に育てられた……。
……とは言い難い。
なぜなら、父が有名な悪王だったからだ。
極悪非道の暴君で、悪事と名のつくものは片っ端からやってるっていうろくでもない人間。しかもそれをしばらしいと思ってて、始末に負えない。
恐怖政治に国民はおびえ、苦しめられていた。
あたしの母は一目ぼれした父が無理やり連れてきて妃にし、あたしを生んだのがトドメで精神崩壊、自殺してしまったそうな。
これは召使いたちがウワサしてたのを聞いた話。
両親に愛されず、常に父の顔色をうかがっている召使いたちに育てられ。嫌がらせもしょっちゅう。結果、あたしは年齢より大人びた、冷めた子供にできあがった。
幸い、あたしに父の性格は遺伝しなかった。むしろ真逆で、父があんな悪人であることが恥ずかしかった。
でも、小さな子供にできることは何もなくて……。
毎日毎日、何もできない自分が情けなくて、くやしくてたまらなかった。
そんなある日、珍しく父に呼ばれて行ってみると、とんでもないことを言われた。
「お前の結婚相手を決めた。会え」
って。
冗談じゃない!
そう叫びたかった。
だってあたし、まだ十歳だよ?
父がこれで、生まれも王女なんだから政略結婚はやむをえない。分かってる。だけどこの年じゃ犯罪でしょ!
一般的に結婚できる年齢は十六と法律でなってる。ただ王族だけは国同士の同盟とか政略結婚があるから除外される。そうでなくても父なら自分が法律って言うだろうけど。
国王である父の命令は絶対。逆らうことはできない。
青くなってうつむいてるあたしを、父は錫杖であごを取り、上向けさせた。
「お前はわしの娘。この左右非対称の目は悪魔の娘にふさわしいからな」
あたしは左の赤、右の金の瞳で怯えながらも父を見た。
あたしの瞳は左右非対称―――ヘテロクロミアだ。
この珍しい目を父は気に入り、嫡子と認定したらしい。
実はあたしの他にも父の子はたくさんいる。にも関わらず、庶子認定すらされてない。
父にとって子供はそれほどどうでもいいのと、下手に継承権を与えたら自分の地位がヤバいと思ってるからだ。
あたしは女子なのと、この外見で許された。
悪魔のような父は悪魔を自称し、崇拝してる。普通なら凶兆だと殺されかねなかったあたしを逆に「すばらしい」と喜び、王女にする王だ。
城にはあちこちに不気味な儀式の道具やら薬やら拷問器具が散乱してて、昼間でも余裕で幽霊が出そう。小さなあたしには恐くてたまらなかった。
下手すりゃ本物の死体が転がってるしね。
「漆黒の黒髪に、血の赤と美しい金の左右非対称の瞳! これこそ悪魔の娘だ!」
まったくもって感覚がどうかしてる。娘を悪魔って。
魔獣をペットとして飼ってるし、あたしも同じようにペットだと思ってるのかもしれない。
「悪魔であるわしの娘にふさわしい婿を探してやったぞ。うれしいだろう」
うれしいわけがあるかっ。
そう言ってやりたいのをこらえ、ドレスのすそをつかみ、礼を述べた。
「ありがとうございます、お父様」
父の趣味で城では黒以外の服を着ることが認められていない。召使いの制服にいたるまで黒一色だ。
あたしも例外ではなく、着ているのは黒ゴスのドレス。黒いレースやフリルがふんだんにあしらわれた、まるきり魔女みたいなドレスだ。
父は満足げに錫杖をあたしの後方へ向けた。
「あやつだ。公爵の息子でルシファーという」
そっちを向くと、まったく気づかなかったが、一人の少年がひざまずいていた。
ゆっくり顔を上げる。
金髪に紫の瞳を持つ、穏やかな笑みを浮かべた美少年。
その時、あたしの体に雷が走った。
☆
―――いやいや、冗談でも何でもない。
ほんとにそれくらいショックだったわー。
一目惚れ、とかそういうんじゃなくてね。
驚いたのは、その瞬間あたしは前世を思い出したってことだ。
前世―――生まれる前のこと。
あたしは地球の日本に生きていた。
フツーのJK。
……普通か?
普通……いやまぁ、ちょっと特殊?
いやいや、けっこうそういう子はいるから大丈夫! 変な子じゃないよ!
自分で自分を励ますあたし。
死んだその日のことはよく覚えてる。やっとお気にのゲームをクリアしてご満悦だったんだ。
「まさかこんなエンディングだったとは……」
友達の家で有意義なトークをしつついっしょにクリアを楽しみ、ほくほく顔で携帯ゲーム機をかかえた帰り道。
横断歩道で信号が青になったから歩き出した。
と、信号無視して突っ込んでくる車があった。
進路には赤ちゃんを抱えた若いお母さん。
「危ない!」
とっさに叫び、考えるより早く体が動いていた。
若いお母さんを突き飛ばす。
ガッ!
鈍い音がした。
それが車が自分にぶつかった音だと気づいたのは後のことだった。
スローモーションみたいに世界が映る。
痛みはなかった。マヒしてたのかもしれない。
ぼろ雑巾のようにあたしの体は地面に落ちた。
ゆっくり体中が冷えていく。
あちこちで悲鳴があがるのを、どこか遠くで聞いていた。
……ああ、ドジったなー。
死ぬって本能的に分かってた。
でもまぁ、あの親子連れは助けられたし、いっか。最期に人助けして死ぬなら、悪い終わりじゃなかったな。
体の下には衝撃で壊れた携帯ゲーム機が落ちていた。
……あたしの意識はゆっくりとぎれた。
―――そう、そこだよ!
あたしは一人あいづちをうった。
あたしは死んだ。それはしょうがない。
で、転生した。それはいい。
じゃなくて、なんでこんな所に転生してんの!?
ここはあたしが死んだ時持ってた乙女ゲームの世界じゃないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!
☆
そのソフトはオーソドックスな乙女ゲーだった。ヒロインは某国の王女。つまりプレイヤー自身ね。
イケメンキャラがいっぱい出てきて、その中の一人を勇者に選び、二人で魔王を倒す。だれを選択するかで微妙にラストが違ってた。
魔王は隣国国王。戦争ふっかけてきたんで、倒さにゃならんという。
この魔王があたしの父……じゃない(・・・・)。
そう、敵キャラ、ラスボスはあたしの父じゃない。
あたしの息子だ(・・・・・・・)。
え、どーゆーことかって?
つまりだね。いずれあたしは『魔王の母』になるキャラなんだよ。
あたしがなってるキャラが成長し、結婚して生んだ子が魔王になる。だから『今』はゲームでいうとストーリーが始まる前の時間なんだね。
―――冗談じゃないっ!
天に向かって悪態ついてやろうかと思った。
当たり前でしょ。
何がどうしてこうなった。何をどうしたらこうなる。
あたし、死ぬ前も女子高生よ。十代よ。今も十歳よ。
それが将来子供産んで、その子がラスボスってどうすりゃいいのよ!
子供持つ母親の気持ちとか分からんわ! あたしゃまだ未婚だっつーの!
……それでも自分の子が必ず正義のヒーローに倒される運命だなんて言われたら……。
嫌だ。そりゃだれだって嫌だろう。
子供産んだことないあたしだってそれくらい分かる。将来自分の子が悪人になって殺される運命なんて、どうにかしたいと思うじゃない!
でもさ、何であたしはゲームの世界に入っちゃったわけ? しかもストーリーが始まるより以前の時間軸に。
考える。
あ、アレか? 死んだ時、手元にあったから魂が乗り移った的な?
何でそうなったか。もしかしたら、あたしがストーリーに不満だったからかも。
なぜならあたしの推しメンは『魔王の父』だったから!
ラスボスの親でも脇役だから、ほとんど出てこないモブキャラ。主に出てくる映像は中年男性で、それも渋くてダンディーでよかったんだけど、回想シーンで出てきたか分かりしころの姿に一目ぼれした。
だだだってかっこいいんだもん~!
金髪に紫の瞳、王子様然としたたたずまい、優しい微笑み……。
あ、声もイケボでたまりませんでした。
……そう、まさにこのルシファーそのもの。
いやっ、呼び捨てなんて畏れ多い! 様づけよ、様づけ! ルシファー様!
あたしが一番好きなキャラは、今目の前にいるルシファー様だったのだ。
名前も外見も一致する。間違いなくこの子は『魔王の父』。
いずれあたしや子供と共に、ヒーロー・ヒロインに殺されてしまう運命……。
―――冗談じゃないっ!
何度目になるか分からない怒りを燃やした。
ルシファー様を見つめて固まってるあたしを、さすがの父も怪しんだらしい。
「む。どうした、リリス」
はっ。
いけないいけない。
「申し訳ありません、お父様。あまりに素敵な方なので驚いてしまいました」
嘘じゃない。
推しメンで本物が目の前にいたら、感謝感激雨あられ。脳内のあたしは大気圏外までふっとび、さらに悦びのダンス踊りまくってカーニバル状態だ。
だって結婚相手だよ。二次元の大好きなキャラと結婚できんのよ。「祭りじゃ祭りじゃー!」って叫ばずにいられるかっての!
あああ、妄想が止まらない。
ルシファー様はにこやかな笑みを浮かべてる。
はあ、ステキ。
ため息が漏れる。
頬が赤くなってるのが自分でも分かるわ。
父は満足げに、
「リリスも気に入ったようだな。よろしい。少し二人で話でもしてこい」
父に感謝したいと思ったのは転生して初めてだ。
「ありがとうございます」
☆
あたしとルシファー様は中庭へ移動した。
きちんと一人前のレディーとしてエスコートしてくれて感激。
やっぱり見かけ通り紳士。
護衛は声も届かないくらい遠くにいる。めんどくさいんだな。でも感謝。
父が戦争好きなせいで、この国の男子は一定以上の年齢になると軍に入隊させられる。貴族も例外じゃない。ルシファー様も軍服を着ていた。
これまた父の意向で黒。
黒ずくめの軍人がずらっと並んで攻めてくる様は異様で、死神の葬列にしか見えない。式典で並んでるのを見たあたしは何日か悪夢にうなされたこともある。
「悪魔の軍勢」と呼ばれても、父はうれしげに笑ってた。
ほんとにどうかしている。
ルシファー様は金髪だから黒軍服より白軍服のほうが似合うのになぁ。まったく父は分かってない。
ま、これもこれで眼福ですけど?
間近で見れるのがうれしくてぼーっとしてたら、舌打ちが聞こえた。
「ちっ」
ん?
今、「ちっ」て言った?
だれが?
「あーあ。まったく、よりによって貴女と結婚させられるとは」
……ん?
このイケボ、間違いなくルシファー様。
このあたしが好きなキャラの声を聴き間違えるわけがない。
……え?
おそるおそるルシファー様を見れば、さっきと変わらない笑顔だ。
なんだ、幻聴か。
ああよかった。
「聞こえてますよね、リリス様? まったくろくでもない話だと思われませんか」
「……え?」
形のいい唇から出る声。
紛れもなくルシファー様がしゃべってた。
「……え? え? え? まさか幻聴じゃなくて?」
「幻聴なわけはないでしょう。何言ってるんですか」
ルシファー様の笑顔はちっとも変ってない。
なのにものすごく暗く感じた。笑ってるのに、目は笑ってない。
「る、ルシファー様……?」
ラスボスの父なんて出番も少ないし、性格とか細かい設定は知らなかった。
……え、まさかこんな性格だったの?
ボーゼン。
「なぜ僕と貴女が結婚させられることになったか、知ってます?」
「い、いいえ……」
何かの理由で父が気に入ったからだろう。
この性格か? 一見王子様然としてるけど、腹黒っていう。
「まったく、これだから何も知らないお姫様は困る。公爵家の家業を知らないんですか。王族なら知ってるはずですよ」
公爵家の家業……。
急いで頭の中の引き出しを開け、ゲームの内容を思い出してみる。
ええと、確か表向きワイン農園主。良質なワインを製造していて、毎年王室に献上してる。
父もここのワインが好きで、しょっちゅう飲んでる。もうアル中だと思う。
で、裏じゃ王族直属のスパイ組織として働い・・・・・・。
「あっ、スパイ?!」
ぽんと手を打った。
やれやれと肩をすくめるルシファー様。
「そうです。一応知ってはいたようですね」
「えと……だってあたしはまだ子供で、会ったこともなかったし、使ったことも……」
「ええ、本当に。貴女はまだ子供。それと結婚させられるなんて冗談じゃありませんね」
ルシファー様は二つ年上のはずだ。そんな子供あつかいしなくても。
子供だけど。
「これじゃまるで人質だ」
人質。
それどういうこと?
「ええと……ルシファー様のおうちはスパイ。ルシファー様はその跡継ぎよね。それとあたしを結婚させようってことは、お父様は組織を思うままに動かそうってこと?」
あれ、おかしくないか。
スパイ組織は王家直属。王族の命令をきく立場だ。
王である父は当然組織を自由に動かせるはず。
ルシファー様とあたしを結婚させなくても勝手に使えるはずだ。
いや、あたしとしてはうれしいんだけどね?
「そんなことしなくても、お父様は自由に組織を使えるはず……。わざわざ跡継ぎを婿って名目で人質にしなくても。つまりそれは組織が離反しないようにってこと……」
ブツブツ。
ルシファー様が少し驚いたように見てる。
「組織はお父様の方針に反対なのね?」
ルシファー様は答えなかった。
それが答えだ。
「そうよね。でなきゃ、人質とろうなんて考えないでしょ。気に入らなければ処刑しまくるお父様がそうしないってことは、公爵家の影響力が大きいってこと。たぶん、下手したら組織そのものが反逆してクーデター起こすのを懸念してるのね。スパイ組織が裏切ったらヤバいって思考回路はあったのね、あのダメ親父」
それくらいの脳はあったのか。
「そう。組織はお父様に反対の立場なのね……」
ふむ。
ルシファー様が笑顔のまま、低い声でたずねる。
「そうと知ってどうします? 陛下に報告しますか?」
「は? そんなことするわけないじゃない」
がしっ。
あたしはルシファー様の両手を握りしめた。
「あたしと結婚してくださいっ!」
あたしは彼の両手を握りしめ、口走っていた。
「……え……えーと……」
目の前の少年はものすごく困惑している。
金髪が日の光をあびて綺麗。
紫の瞳も宝石みたいだけど、今は突然のことに驚愕で見開かれてる。
「お願い、ルシファー様! あのクソ親父を倒して、一緒に魔王の親になるっていう運命を阻止しましょう!」
逆プロポーズをさらにたたみかけ、あたしは天高く宣言した。
し―――ん。
しばーらくルシファー様は笑顔のまま固まっていた。
こんな状況でも笑顔を忘れないってすごいな。
逆プロポーズは嫌い? グイグイくる女ってひかれたかな。
「……あの、ルシファー様?」
「ごめん、ちょっと用事が」
ルシファー様はアタシの手をふりほどき、脱兎のごとく走り去った。
…………。
「…………」
逃げられた。
が、ここでくじけるあたしではない。
大好きなキャラを逃がしてなるものか。性格が難ありでもいい。むしろ魅力です!
王子様外見なのに腹黒とかギャップ萌えでいいじゃないですかっ。
そう、逃げるなら追いかければいいのよ!
グッ。
天に向かって拳を突き上げる。
「ルシファー様、絶対あなたと結婚してみせるからっ!」