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「それは……」
ディルに疑問を投げかけられ、アジュガは地面に暗い視線を落とした。
けれどすぐに顔を上げ――ディルの顔を見はしなかったが――、
「まあ……。ディルも姫神子という存在と、それに関わる者について……。知っておいたほうがいいだろうから教えてやる……」
ぼそぼそと言った。
ディルは苦笑いをこぼしながら、「関わる者って?」と訊く。
「……まず、姫神子の教育係は誰がなるのか知ってるか……?」
ディルは「確か……」と思い出すように空を眺めた。親から聞かされた昔話で聞いた気がするのだ。
「《五色の魔法使い》が順にやっていると聞いたことがあるな」
「では五色の魔法使いがなんなのかは……?」
「何って……。国内の優秀な五人の魔法使いのことだろう?」
「なぜ五人の魔法使いがいるのだろうか……?」
「それは……。知らないな。アジュガは何を言いたいんだ?」
アジュガは手元に目を落とし、考えごとをするかのように指先をいじった。そしてぽつりと「物知らず……」と呟く。
「は? お前、失礼だなぁ。こう言ってはなんだが、私は盗賊のなかでは結構知識人なほうだぞ」
ディルが片眉を吊り上げ言うと、アジュガは「ひひっ」と気味の悪い笑いをこぼした。
「別に馬鹿にしたわけじゃない……。姫神子やそれに関わる者の歴史を知る者は、もう少ないのだなと思っただけだ……。まぁ……、普通は《学舎》にでも入っていなければ聞く機会はないか……」
「《学舎》というと、魔法の?」
「そう……。それも含めて、一から聞かせてやる……。しっかり聞け……」
アジュガは額に張り付いた髪を指でわけると、「まず……」と語りだした。
◇◆◇
昔々、花の国には青の魔法使いと呼ばれる大魔法使いがいた。
その人は豊富な知識と甚大な魔力を持って王に仕え、国の発展に貢献した偉大な人物だ。
ある時、その魔法使いが仕える王に娘が生まれた。
――その娘こそが、花の国の最初の姫神子だ。
王は花女神フロールより得た神託に従い神殿を建立し、神子である娘をそこへ住まわせた。
その時に王は、神子の教育係に自身が一番信頼する従者――青の魔法使いをつけた。
神子は青の魔法使いに育てられ、賢く思慮深い神子へ成長する。
そうして成長した神子は力を失くすその時まで、国の為に生き役目を立派に果たしたのだった。
それから数年後。
再び花の国に、花女神の神子が産まれた。
王はその子をまた花女神の神殿へと送ったのだが――。
最初の神子を育て上げた青の魔法使いは年老い、とてもじゃないが赤子を育てられる状態には無かった。
そこで老いた青の魔法使いは、五人の弟子に自らの号も含めた《赤の魔法使い》《黄の魔法使い》《緑の魔法使い》《青の魔法使い》《紫の魔法使い》という称号を与え、神子を育て神子に仕えるよう命じた。
「我が優秀な弟子達よ。花の国の神子は、これからも神子が力を失うたびに、新たにこの地に生を受けるだろう。お前達は産まれいづるその尊きお方に、順に仕えていくのだ。そして同時に、私が与えた称号を継ぐにふさわしい弟子を育てなさい。連綿と続いていく花の国の繁栄の為、次代の神子にお前達の知の血脈を受け継ぐ者を侍らすのだ――――」
そうして青の魔法使いに《五色の魔法使い》と号された弟子らは、師の言うとおりに神子を教育していくことにした。
その為に彼らがまず行ったこと、それは――。
自らの得意とする系統の魔法に特化した、学び舎を作ったのだ。
《赤の魔法使い》は《赤の学舎》を。
《黄の魔法使い》は《黄の学舎》を。
《緑の魔法使い》は《緑の学舎》を。
《青の魔法使い》は《青の学舎》を。
《紫の魔法使い》は《紫の学舎》を。
自分の命が絶えたあとも、師に与えられた号を継ぎ、次の神子の教育者を育てる――。
教育係としての順番は、花の国がある限り必ず訪れるのだから――と。
◇◆◇
「へえ。つまりアジュガは、《紫の学舎》出身の魔法使いってことか」
「そう……」
「何々の魔法使いって名前だけは聞くこともあったけど、そういう教育機関があったなんて知らなかったな。ずっと昔からエリートを排出してきた、いわば名門みたいなもんだろうに」
ディルが不思議そうに小首を傾げると、アジュガは複雑な表情を作った。
「……名門は名門。確かに。だけど今は……、王立の魔法学院があるから、皆そこに行くし、《学舎》は肩身が狭い……」
「ああ……。そうか。言われてみれば、最近王宮に仕えているのは王立魔法学院出身者が多いと聞くな」
「……五色の学舎は、閉鎖的で前時代的。よく言えば研究所、悪く言えば穴倉……。華々しい魔法使いになりたい奴には……。今は向かない場所なんだ……」
「でも、アジュガはその『穴倉』に飛び込んだわけだ」
ディルはどうして?という視線を投げかける。
「……最初は仕方なかったから……。でも、姫神子に会ってみたくて……。頑張った……」
そう言ってアジュガは、もじもじと指を組んだ。