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ディルが花守りの騎士となってから数日。
新人騎士は、ひたすら宝石を割っていた――――。
「アジュガ、こんな感じでいいか?」
「……いや、もう少し小さく……。これは森に蒔く予定の《種》……。とにかく数が必要になる……」
「ふうん。そういうものなのか」
ディルが行っているこの作業は、神殿での重要な仕事の一つ、《祈りの種の種作り》だ。
宝石の国から王城へ、王城から花女神の神殿へと送られてきた、これから祈りの種となる宝石――――。
実はこれらは、姫神子の祈りをこめる前にある程度形を整えなければならない。
もちろん送られてきたままの宝石でも種はできるのだが……。
宝石の国から送られてくる宝石はどれも最上のもので、大きさもそこらの装飾品とは比にならない。
つまりたった一つの祈りの種にするには、単純にもったいない逸品なのだ。
一つの宝石から多数の種を作れるよう魔法の槌で割り砕く――それは祈りの種作りにとって、必要な工程である。
「ディル……。槌へ流れる魔力が弱くなっている……。それでは綺麗に割ることができない……」
「へいへい」
ディルに指示を出しているのは、長いロープを身に纏った痩せぎすな男だった。
この男――アジュガという――は、《紫の魔法使い》と呼ばれる姫神子の教育係だ。
赤ん坊の頃神殿に住まうこととなった姫神子を、今日まで育て上げた、神殿の要とも言われる人物――なのだが。
この男、花女神の神殿に居ることが一切似合わない。
ぺたりと額に貼りついた濃紺の髪から覗く眼《まなこ》は、陰気で光がなく。
何が気にくわないのか、常に眉を八の字にさせ。
薄い唇から漏れる言葉は鬱々としている。
初めてアジュガを紹介された際、ディルはこの陰鬱な男が、清らかさの塊とも思える姫神子を育てたとはにわかには信じられなかった。
(叙任式の日だって、いきなり嫌がらせしてきたしな……)
◇◆◇
滞りなく儀式も終わり、さて姫神子と話を――と思った時のこと。
アジュガはディルと姫神子の間に、ぬるっと大人気なく割って入り――。
「……ぼくの姫だ……」と呟きながら睨みつけてくるという、陰湿な所業をしてきた。
瞳をうるうるとさせながら「……ぼくの姫なんだからな……」と言い続ける男に、ディルは誓約の最後に言った、
『これから何があっても、あなたをお守りし、お助けします。――私の姫様』
これが気に入らなかったんだろうと気づいた。
しかしこれは紛れもなく本心からの言葉で、誰かにとやかく言われるようなものではない。
「私と姫様のあいだで交わされたものだ。姫様も拒否してないだろう? 何が悪いんだ」
ディルが言うと、アジュガはぶわりと涙を溢れさせ――手にしていた杖を振りかざした。
「おいおい……。アジュガ様、やめときなさいよ」
セージの制止の声――非常に控えめではあったが――を無視し、アジュガは、
「うわっ!!」
ディルに魔法で生み出した水を頭からかけたのだった。
「……ひひっ。ざまぁみろ……」
「…………お前なぁ……っ!」
そこから始まったディルとアジュガのやり取りは、それはもう酷いものだった。
――ディルは見た目と行動の豪胆さと裏腹に、冷静に話を進めていける人間だ。
こんなことをされる謂れはないと、今のアジュガの行動がいかに理不尽だったかを一つ一つ説明していくのだが、これにアジュガは――――。
ぐしゅぐしゅと泣いたかと思えば喚き散らし――感情をただただぶつけてくるだけ。
喧嘩ともいえない有様だった。
最終的には姫神子がアジュガを宥め、なんとか場は収まったが――――。
「ディル……。アジュガ様に代わり、私からも謝らせてください。本当にごめんなさい……」
姫神子の謝罪にディルはまったく気にしていないと笑みを返したが、
(姫様の周りにいるのは、とんでもない奴らばかりだな……)
と、内心驚いたものだ。
盗賊あがりの騎士ということで、だいぶ自分はこの神殿では異例な存在なのではと思っていたが……。
それは見当違いの考えなのかもしれない。
自分とアジュガ以外にも、闇魔法の使い手が姫神子に仕えているし、『異例』ばかりがここには集っているのではないだろうか。
今はまだ知らないだけで、ジェットやウィスも、普通とは違う何かを隠しているのではと疑ってしまいそうだ。
のちに落ち着きを取り戻したアジュガを正式に紹介された時、ディルは彼についてまたひとつ驚くことになる。
このアジュガという男、見た目こそ二十代半ばの青年だが……。
セージいわく、
「姫様が赤ん坊の頃から姿が変わっていないだけで、本当はいい年したおっさんだよ」
アジュガは魔法で若い姿を保っているのだそうだ。
これを聞きディルは、偉大なる《五色の魔法使い》が一人に対し、「……キッツいな……」という感想を抱いたのだった。
◇◆◇
第一印象こそよくはないものだったが……。神殿で暮らし始め、さすがにお互い慣れてきた。
ディルに任された仕事が宝石割りということもあって、それを教える為にアジュガがつきっきりにならざるを得なかったのもよかったのかもしれない。
――実は宝石割りは、力任せにやればいいというわけではない。
魔力を流し込むことで力を発揮する魔法の槌で割り砕かなければ、《祈りの種の種》にはなりえないからだ。
通常ならこの仕事は、花女神に仕える魔法使いの一派が担うのだが……。
現在の花女神の神殿は花守りの騎士と同じく、魔法使いも人がおらず。
本来なら神殿の魔法使いを束ねるべき存在である《紫の魔法使い》が、自ら槌を振るっていたのだ。
魔法の槌は、魔法が使える者にしか扱えない特別な魔具。
花守りの騎士で魔力を持つ者は、セージしかおらず……。
これまではセージが騎士の仕事の合間に種の種作りを手伝っていたが、第一騎士として他にもやることは山盛りにある。
そこで新入りで魔法も使えるディルが、必然的に種の種作りの役割をあてがわれたのだった。
種の種作りの為、工房で毎日作業をしているうちに、少しずつディルもアジュガのことがわかってきた。
年の割に子供っぽく情緒不安定で、人と仲良くしようという気の薄い根暗男。
完璧な姫神子に育て上げる為、人生を姫神子に捧げた変わり者。
面倒な奴だとは初対面の時と変わらず思うが、面白くもある。
それに彼がことあるごとに話す、幼き頃の姫神子の話は、とても興味深いものだった。
(彼について知ることは、姫様を知ることでもあるんだろう)
好きな子についてもっと知りたいと願うのは、恋する者の常。
ディルは槌を振るう手を止め、ふと尋ねてみた。
「なあ、アジュガはなんで姫神子の教育係になったんだ?」




