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セージに連れられ神殿内の廊下を歩みながら、ディルは数日前のことを思い返していた。
(前は陰に隠れながらだったのに……。今こうして堂々と歩けるとは。なんだか面白いな)
噴水の水しぶきがきらめく美しい中庭を抜け、しばらく歩くと、セージは「ここだ」と神殿と同じく石造りの館を指した。
「ここは?」
神殿の規模と比べるとこじんまりとはしているが、それでも普通の屋敷よりはだいぶ立派だ。
「花守りの騎士の寮。制服や部屋着、あと最低限必要そうなものは用意があるから、運び入れたいものが特になければ、ディル君も今日からここで暮らせるよ」
「それはありがたいな! 一日でも早くあのお方のお側にいられるのは嬉しい!」
「…………。ああ、そう」
冷めた返事をすると、セージはスタスタと扉に向かっていく。
「どうぞ、お入り」
扉を開けて待つセージに言われ、ディルは館に足を踏み入れた。
「――へぇ」
目に飛び込んできたのは、質素ながら品のよさが伝わる、広々としたホールだった。一輪だけ活けられた花も、華やかさはないが場の雰囲気と調和がとれていてる。
「趣味がいいんだな」
「騎士のなかに、装飾品にこだわりがあるのがいてね。男しかいないわりに悪くないだろう」
ディルはそれに頷くと、砂漠の狼のアジトを思い浮かべた。お世辞にも過ごしやすいとは言えない自分のアジトと比べると――ここは段違いだ。
「ここだ」
案内されたのは、一階の一番奥の部屋。ひと際立派な扉だ。おそらくここは応接室なのだろう。
「――失礼する」
ディルは重い扉に手をかけた。部屋のなか、そこには――――。
「あら、無事騎士になれたのね!」
「…………」
二人の男がソファに座り待っていた。
待っていた男の一人は立ち上がると、「さあさ、こちらにいらっしゃいな」とディルを招き入れる。
「紹介しよう、ディル君」
あとから入ってきたセージが一歩前に進み、ディルを招き入れた男に目をやる。
「彼は花守りの第三騎士」
「ウィステリア=ファベイシーよ。皆アタシのことをウィスって呼んでるから、ディルくんもそう呼んでちょうだい。どうぞよろしくね」
そう言って男は、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。波打つ藤色の髪が揺れ、挿している髪飾りがシャラリと鳴った。
ウィスは、ここにいる誰よりも目を引く男だった。
花守りの騎士の制服に、フリルのたっぷりついたスカートを重ね――動きやすくする為にか、スカートにはスリットが入っている――、目尻と唇には紅をさし、後ろ髪は美しく結い上げている。
なかなかに歌舞いた姿だが、それが面白いほど彼には似合っていた。
彼が立派な体躯をしていなければ、遠目にはどこぞの貴婦人と見間違いそうなほどだ。
「ディルだ。こちらこそよろしく。その髪飾り似合ってるな」
「あら、嬉しい! セージ様から盗賊の騎士志望者が来るって聞いて、どんな荒くれ者かしらと思っていたけど……。見る目あるわねぇ!」
「それはどうも。もしかしてあんたがこの館の調度品を用意したのか? さっきセージにチラッと話を聞いたんだが」
「そう、その通り。アタシが来る前はそりゃあ酷かったのよ? だ~れも内装や装飾品にこだわる人がいないもんだから、建物だけがご立派で、あとは荒れ屋敷だったんだから! 姫様だってそこらの街で適当に買ってきた服を着せられててねぇ……。アタシもう、開いた口が塞がらなかったわ!」
身振り手振りを交え、ウィスは楽しそうに語る。表情もコロコロと変わり、話していてとても楽しい男だ。
「……ウィス、お喋りはそこまでにしてもらえるかな? まだジェットを紹介してないんだから。ディル君に話したいことも、逆にディル君が聞きたいこともあるだろうけど、先にこちらをすませよう」
セージが言うと、ウィスは「はぁい」と肩を竦めた。
「ディル君、こっちは花守りの第二騎士、ジェットだ」
セージが、いまだソファに座ったままの少年を指す。
ウィスは小走りで彼に近寄ると、「はい、ご挨拶!」と彼の腕を掴んだ。
「…………」
少年は褐色の肌、濡れ羽色の髪に漆黒の瞳と、異国情緒溢れる容貌をしていた。
年齢はディルとだいたい同じくらいだろう。
「ディルという。よろしく」
ディルが先に名乗ると、少年は渋々といった面持ちで立ち上がる。
「……ジェット」
ぶっきらぼうに自分の名前だけ言うと、ジェットは品定めするような視線をディルに向けた。
「こーら。ジェット、失礼だぞ」
セージがたしなめると、ディルはふいと顔をそらした。
「ごめんね、ディルくん。ジェットくんってば、ちょっと人見知りなところがあってねぇ」
頬に片手を添え、ウィスが困った顔で言う。
「年は若いけど、ジェットくんはここの古株で……。赤ちゃんの頃から姫様と一緒に育った、いわゆる幼馴染なの。だから新しく姫様につくことになった人間には、特に警戒しちゃうみたい」
「……うるさいな」
ウィスの話に、ジェットはそっけなく言葉を返す。するとウィスは優雅に微笑み、
「アタシにもそうだったの。でも今じゃ、姫様への贈り物の相談をしてもらえるくらいには打ち解けたから……。ディルくんもそのうち仲良くなれるわ。根はいい子なのよ」
言うとウィスは、ジェットの頬をツンと突く。ジェットはうっとうしそうにそれを振り払うと、再びディルに厳しい視線を向けた。
「……オレは、一度神殿に盗みに入ったお前をそう簡単には信用できない。誓約ができたんだから、『今は』姫に害を為す気は無いんだろうが……」
「私は以前盗みに入った時も、あのお方に何かしようなんて考えてなかったぞ?」
「……姫の御物に手をつけようとはしただろうが」
「まあ、それはそうなんだが」
ディルが頭を掻きながら言うと、ジェットはさらに眉を寄せた。セージの溜め息と、ウィスの「あらあら」という呑気そうな声が聞こえる。
「でも逆に、私はあのお方に心を奪われてしまった! だから傷つけようなんて、今は一切考えていない! 安心しろ!」
言うとディルは親指を前に突出し、歯を見せて笑った。それを受けジェットの表情は、ますます険しいものになる。
「あらまぁ……。大胆宣言ね……」
「まー、そんなところだと思ってたよ……」
大人二人の片方は目を丸くし、もう片方はジトリとした目でディルを見る。
「……変なことしようとしたら、承知しないからな……」
苛立ちを顔に表し、ジェットはディルを睨みつけた。
ディルはというと、ぶつけられた感情に気づいていないのか――はたまたどうでもいいのか――「私はあのお方をお守りしたいだけだ。心配するな」と言って、へらりと笑った。
「さぁさぁ二人とも。挨拶はこれでいいね。今から叙任式もあるんだからね」
「叙任式?」
ディルが首を傾げると、セージは「誓約書に名前を書いただけじゃ、正式に花守りの騎士になったとは言えない」と答える。
「姫様に、君が花守りの騎士になることを認めてもらわないとね。――さっき誓約書とペンが変化した、金属の花が二つあるだろう?」
「ああ」
「あれの一つを、誓いと共に姫様に捧げる儀式を行う」
「儀式……。私、作法とか知らないんだが」
「特に決まった言葉や動きは無いから、気にする必要はないよ。姫様に無礼を働かなければね」
(本当にここは、王宮と縁遠いんだな――――)
ディルは思わず苦笑した。
昔、王に仕える騎士となるには、一言一句定められている誓約の文言を間違うことなく言えなければならないと聞いたことがある。王の前で誓いを立てる時の動きも、一つ一つの所作が細かく決められているとも。
王に連なる姫神子への誓いも、似通ったものなのかと思ったが……。体裁を気にする者も、簡易に済ませても文句も言う者もいないくらい、この地は王宮から遠ざけられているようだ。
「そうだ。叙任式には今ここにはいない、もう一人の姫様のしもべも来るからね。あとで紹介するよ」
セージが思い出したように言うと、ウィスは苦笑いをこぼした。
どういう意味かとディルが疑問の目をウィスに向けると、ウィスは
「ちょっと変わったお方なのよ。……会ってみればわかるわ」
と、複雑な笑みを見せるだけだった。




