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「おや。一次試験を突破した者が来るとは聞いていたが……。君のことだったか」
一次試験の合格証明書を手に、再び神殿を訪れたディルを出迎えたのは、忍び込んだ日に交戦した包帯の男だった。
「なんだ、私は顔を隠していたのにわかるのか?」
「馬鹿にするんじゃないよ。そんなの声や動きでわかるさ」
「へえ……。あの時はどうも。私があのお方に会えたのは、あんたに足を刺されたおかげだ」
ディルは言って挑発的な笑みを向けるが、男はそれを気にも留めず、
「それはお互いに幸運だったね。僕としても、花守りの騎士を志す者が増えるのはありがたいから」
と、流した。
「それじゃ、入りたまえ。――少し話をするとしよう」
彼に案内され向かったのは、華奢な机とイスだけが置かれた質素な部屋だった。
質素ではあるが、大きな窓越しに花々の咲き誇る見事な庭が見え、貧相には感じない。
「座りなさい」
包帯の男に言われ、ディルはおとなしく従った。男もディルの正面に座り、「改めて自己紹介をしよう」と言う。
「花守り第一の騎士、セージ=リビアタエだ。よろしく」
「第一の騎士……」
ディルは軽く目を見開いた。第一の騎士は姫神子を守護する筆頭である。なるほど、強い理由がわかった。
「私はディル。――砂漠の狼の頭領をやっていた。セージは知ってたみたいだけど」
「ああ、そうだね。それは君達の噂を耳にしたことがあったから」
「へぇ。なんて噂されてたか気になるところだなぁ」
ディルが言うと、セージは「面白い話ばかりだったね」と目を細めた。包帯のせいで感情がわかりづらいが、楽しそうなのはなんとなしにディルにも伝わる。
「――さて。君の盗賊としての話も興味深いが、本題に入ろう」
「いいのか……? 私がこれまで何をしてきたのか聞かなくて」
意地悪気にディルが口角を上げる。
「必要ないねぇ。募集要項には『家柄経歴問わず』と書いていただろう? 志望者の過去は気にしないよ」
セージはクスリと笑う。
「それに今代の花守りの騎士は、脛に傷を持つ者ばかりだから。――僕も含め、ね」
開け放たれた窓から、そよと風が入ってくる。
「国の生きた宝である、あのお方を守る者が脛に傷……ねぇ。人がいないにもほどがあるな」
「だろう? それでも今まではなんとかやってこれたんだけど、このあいだの君の侵入でちょっと危機感を抱いてね。早急な人員の拡大をせねばと募集を出した次第さ」
「私の侵入で?」
「僕達はそれなりに優秀だと自負しているんだけど――。まぁ、やましいことはあれどそれくらいはね?」
セージは大げさにおどけてみせた。なんだか小馬鹿にされたようで、ディルは鼻で笑い返した。
「だから一度に大人数を相手にするのは苦ではないんだけど……。さすがに敷地内のあちこちに散らばられたらねぇ。こちらは三人しか騎士がいないから」
「さ、三人!?」
ディルは声を上げて驚いた。
国の生きた宝を守るのがたった三人――。普通、貴族の護衛だってもう少し人数がいるだろうに……。あり得ない数字だ。
「少ないだろう? しかし、やみくもに騎士を増やせばいいというわけじゃないから、どうしようもなくてねぇ。諸事情で王都の騎士は姫様をお守りできないし……」
「…………」
王に疎まれている件だろうか。噂だとフラックスは言っていたが――。
花守りの第一騎士がこう語るのだ。疎まれているとまで言わずとも、なにかしらの確執があるのかもしれない。
「それで、仕方なくこの体制でこれまでやってきた」
セージは「でも」と続ける。
「これからは少し変わるね。君……、ディル君が花守りの騎士になってくれれば」
セージの落ち窪んだ眼窩の奥が、鋭い光を宿す。ディルはそれを真正面から受け止め、口を開いた。
「もちろん、私は花守りの騎士になる為にここまできたのだ」
くつくつとセージは肩を震わせ、そして。
「――いいね」
パチンと指を鳴らす。
すると光が瞬き――いつの間にか机の上には、一枚の紙と羽ペンが現れていた。
「これは?」
「誓約書。これにサインをすれば君は花守りの騎士となる」
ディルは紙を手に取り、書かれている内容に目を通す。
「つまりは、姫神子の為にすべての力を奮い、命を懸けて彼女を守れ――と」
「そういうことだね。――君にできるかい?」
包帯の隙間から見えるセージの瞳が、試すようにディルを射抜く。――が、ディルはその重い視線を快活に笑い飛ばした。
「当たり前だ!」
言うやいなや、ディルはペンを手に取り――意外にも丁寧な筆跡で――自身の名を書き記す。すると――。
「うわ――!」
紙とペンはディルの手をすり抜け、ふわりと舞い上がる。それは宙で光をまき散らしながら回転し――最後は二つの光の珠となった。
「取りなさい」
セージに言われ、ディルはゆっくりと下りてくる二つの珠を、両手で受け止めた。珠はディルの掌の中に収まると一際強く輝き――――。
光が収まった時、そこには金属でできた花飾りが二つ残されていた。
「これは……?」
「誓約の証。君は花守りの騎士にふさわしいと認められたんだ」
誰に――?
ディルはふと思うが、それよりも一つ、気になることがあった。
「なあ、私は別にいいんだが、こんなにも簡単に花守りの騎士になっていいものなのか? 私は二次試験があると聞いて来たんだが」
セージは「うん」と頷く。
「これが二次試験。今の誓約書とペンは特別なものでね。花守りの騎士にふさわしくない者はどうしても名前を書くことができないようになっている。だから名前を書けた君は――騎士にふさわしいということだな」
「魔法道具か? 便利なものだな……。てっきり私は、ここで実力を確認したり面接があったりするのかと思っていた」
「実力は一次試験でチェックしたからね。王都で百人抜きをやっただろ? あの相手、一応国王軍の兵士なんだよ。それを全員倒せたんだから実力は問題なしさ。――面接はねぇ……。第一騎士や姫神子によってやるかやらないか変わってくるから」
「あんたはやらないタイプだった……ってことか?」
「だって人間のことなんて、少し話したくらいじゃ何もわからないだろう?」
セージはフッと息を漏らす。聖なる姫神子の第一のしもべにしては、なんとも投げやりな言い草だ。
「姫様を本当に守る気がある人間なのかは、誓約書とペンが判断してくれるし……。それに僕は、人間を見る目ないからねぇ……」
言ってセージは立ち上がり、「行こう」と扉を指差した。
「君の同僚達が別室で待っている。紹介しよう」