盗賊騎士と花神殿の姫神子
「花の女神フロールよ。あなたから授かりしこの力を存分に発揮すべく、わたくしの心も体も準備ができました。お役目を果たすその日まで、どうか見守っていてください――――」
姫神子の十八の誕生日、姫神子の真価が顕れはじめると言われるその日、儀式は祈りの間にて厳かに執り行われた。
本来ならば王宮からの使者や、権力者達が集まり、それはそれは盛大で華やかになる日――。
だが、今代の姫神子の為に集まる者は誰もいなかった。彼女の側にいるのは、彼女のしもべである花守りの騎士と、彼女の教育係の魔法使いだけ。
王からの贈り物は、儀式用にと贈られたドレス一着のみ。それは確かに上等なものではあったが、王からの祝いの品にしても、父からの祝いにしても、普通では考えられないほど質素である。
それでも姫神子は、王のこの贈り物に満面の笑みを浮かべ喜び、そのドレスを纏って式を行った。アジュガなどは包みを開いた瞬間、嫌そうに顔を歪め、それとなく『こんなもの着なくていい』という意味合いの台詞を言っていたものだが……。姫神子はこれにうんとは決して言わなかった。
そして最終的には、そのドレスが非常に姫神子に似合っていたことから彼も折れ、ドレスを纏った姫神子の美しさを讃えたのだった。
儀式が終わり、食事会までの空いた時間。
神殿の年長二人は、廊下を歩きながらぽつりぽつりと語った。
「……姫……、本当に、綺麗だった……。――くそっ……。なんで王は、姫に似合う服がわかるんだ……」
「そりゃあ、若い頃の王妃様に似合っていたものをあつらえたんでしょ。なんたって姫様は、娘時代の王妃様に瓜二つなんだから」
「うう……。悔しい……。王からの品なんて嫌、なのに……! た、ただでさえ綺麗なぼくの姫が、もっと綺麗に見えて、悔しい……!」
「まあまあ。それよりも今は、姫が無事に十八を迎えたことを喜びましょうよ。――十八年……。あっという間だったなぁ……」
「……うん。本当、に……」
「これからが『本番』だね」
「うん……。姫……。ぼくの姫……。絶対にその時が来るまで守ってあげるから……」
◇◆◇
いつもより少しだけ豪勢な夕食を終え、姫神子はひとり、神殿の庭を歩いていた。神殿からはだいぶ離れたところにある東屋に向かっているのだ。
途中まではディルが着いてきていたのだが、東屋の屋根が見えたところで先に行っててほしいと言われた。そしてディルはというと……、どこかに姿を消してしまったのだった。
「こんなところに東屋が……。庭は広すぎて、最低限の範囲しか手入れできていませんから……。少なくとも十八年、ここは放置されていたのかもしれませんね……」
独りごち姫神子は、ベンチに腰掛ける。そこは建物の古さのわりに、土埃も無く綺麗なものだった。ディルが日中掃除をしておいたと言っていたから、そのおかげだろう。
「十八に……、なってしまったのですね……」
星空を見上げながら、姫神子は物思いに耽る。
(これからがわたくしの、本当の人生の始まり……。わたくしは生まれてきた理由を全うしなければならない……)
嫌なわけでも辛いわけでもなかった。ただ、ほんの少し胸が重苦しい。それがなぜなのかはわからない。
「綺麗……」
夜風を肌に感じながら、ぼんやりと空を見上げていたその時だった。
ひゅるる、と光が蛇行しながら空へと昇っていくのが見えた。
「えっ?」
その正体がなんなのか答えが出るよりも先に、それは空の一番高いところで一瞬姿を消し――大輪の花を咲かせた。
腹の底に響いてくる大音を鳴らし咲いたそれは、わずかの間空に留まると、すぐにきらめく光の粒となって消えていく。
――が、先程とは違う色のものがまたすぐに空に咲いた。
「はな……び……?」
「――ええ、そうです」
突然話しかけられ、姫神子は飛び上がって驚いた。慌てて振り向くとそこには、愛おしいものを見るように目を細めたディルがいた。
ディルは会釈をすると、姫神子の隣――一人分の距離を開けて――に座ると、空を見上げた。
「あれは、近くの村で上げている花火なんですよ。今日は姫様の誕生祭だから」
「わたくしの……、誕生祭……?」
「はい。その村では姫様のことを崇め讃えていて。姫様のお誕生日は祭りが開かれるんだそうです」
「お祭りを……。わたくし、全然知りませんでした……」
「村で勝手にやっているから、神殿に連絡はしたことないそうです。それに、姫様が普段お住まいのところからでは、距離があって花火は見えませんからね。仕方ないことです」
「そう……」
それでも姫神子は、少しだけ燻る想いを抱いた。誕生祭ということは、これまで十七年間行ってきたということ。それを自分が知らなかったのは……、情けないことだ。
花火が途切れた時、膝の上で握られた拳に目を落とす。目に映るのは細く小さな手――。
花の民の為、そしてこうして自分を慕ってくれている人の為、こんな手でも頑張らなければいけないのに……。なんて頼りなさそうなんだろう。
「――え?」
下げられた頭に、ふと何かが載せられたのを感じた。ハッと顔を上げると、ディルが歯を見せて笑っている。彼は小さな鏡を姫神子に向け、「いかがですか?」と鏡を指した。
――鏡のなかに映る姫神子の頭には、素朴な花冠が載せられていた。
「わあ……!」
姫神子は感嘆の声を上げ鏡を覗きこみむと、頭にある花冠をそっと触った。花冠は小ぶりな白い花を中心にし、五色の花があしらわれていた。
「白い花は姫様、残りの五色の花は私達花守りの騎士と、紫の魔法使いを意味しているそうです」
「素敵……! 素敵です、ディル! これはどこで……!?」
「誕生祭をやっている村の屋台で買いました」
ディルは照れたように笑うと、「儀式が終わってから、村まで走ったんです」と言った。
「アジュガが姫様の為に育てているような、立派な花とは趣が違いますが……。これはこれでなかなかいいでしょう?」
「ええ! 本当に素晴らしいです……!」
「村の女子供は、この花冠を被って祭りの間踊ったりするそうです。庶民と同じものを姫様にお贈りするのは、不敬かと思ったんですが……。姫様に祭りの土産をお渡ししたくて。食べ物は冷めてしまうし、何かないかと見て回ったらこれがあって。――へへ、喜んでもらえて嬉しいですよ」
「もしかして、わたくしがお祭りに興味を持っていたから……?」
「それもあります。ですが、姫様が十八年前にお生まれになって、今日まで健やかにお育ちになったことを喜ぶものが私達以外にもいるっていうのを知ってもらいたかったんです」
ディルはベンチの背に深くもたれると、夜空を見上げた。打ち上げが再開したようで、再び暗い空に光の花が咲き始める。
隣にいる姫神子はというと――。
ディルとは反対にうつむき、目元を指で拭っていた。
(ありがとう……。ディル……)
これまで姫神子は、自分の人生にさして価値を見出してはいなかった。いや、確かに『姫神子』としての自分には価値があり、その役目の重大さには責任とやりがいを感じていたのだが……。一人の人間としての価値がよくわからなかった。
正直、今も自分の『姫神子』として以外の価値はわからない――――。
それでも、家族ともいえる花守りの騎士以外の人間に誕生を祝われていると知ったのは初めてで――存在を肯定されているのだと実感できたのも初めてだったのだ。
姫神子はすんと鼻を鳴らすと、空を見上げた。
ちょうど連続で小さな花火が打ち上げられているところで、空には花束ができあがっていた。
「花火も、花冠も……。最高の贈り物です……。心からお礼を言います」
ディルは空を見上げたまま、ピクリと体を跳ねさせた。耳まで真っ赤に染まっていたが、姫神子の目は空に向かっている為、このことを知る者は誰もいない。
「姫様の人生でたった一度の十八の誕生日を、少しでも思い出に残るものにできたのなら……。私も幸せ、です」
「ふふ……。それにしてもこんなに素晴らしいものを二人占めしていいのかしら。せっかくだから皆も……」
「ああ……。それは大丈夫です。ここで花火を見る話は皆にしているので。あとから何か飲み物や、軽く食べられる物を持ってくると思います」
言ってディルは茶目っ気たっぷりに笑う。
「――実は、開始の時間をあいつらには遅く伝えておいたんです。姫様とご一緒したくて」
「まあっ……!」
「私がご案内するからとは伝えておいたから、大丈夫でしょう」
これに二人は、顔を見合わせて笑った。ちょっとしたいたずらをしているようで、なんだかおかしかった。
――ふと、ディルは蜃気楼の術師の館で見た、幻影の女性について尋ねようかと考えた。
自分ではあの女が誰なのか、ある程度見当がついているのだが……。
(――やめた)
彼女には姫神子を助ける為に協力をしてもらったが、それを今の姫神子に訊くのは違うような気がする。
「わあ!」
花火の咲く大きな音が腹に響く。隣を見ると、姫神子が宝物を見つめるような顔をして空を見ている。
「……外の世界には、楽しいものがありますね」
「興味がわきましたか?」
「……。はい……。実際に自分の目で見てみると……、楽しいものなんだなって……。気づいてしまいました」
「それでいいと思います。実際に見たり聞いたりして自分の経験値を増やすのは、悪いことじゃありません。――もしよければ、なんですが、今度は出店に行ってみませんか? 変わった食べ物がたくさんあります。どうでしょう? お口に合うかを試してみては? 私も姫様好みの食べ物を探すのが楽しみです。元盗賊としては、ある意味宝探しのような気分……かな」
姫神子はくすりと笑いをこぼすと、花冠に優しく触れた。
「ええ……。それはとても……、とても楽しそう」
「――ディル、その時はあなたの好きな食べ物も教えてくださいね。わたくし、まだ知らないことだらけなんです。外の世界のことも、あなたのことも――」
姫神子の桃色の瞳は、夜空に輝く星が閉じ込められているかのようにきらめいていて――ディルはただただ、それを美しいと思った。
「もちろんです。姫様――――」




