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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士と蜃気楼の術師
26/32

 大扉をくぐり、数歩進む。――そこには、非常に広い空間が広がっていた。

 ただ、すべての窓にカーテンがかけられているせいで、部屋の全容ははっきりとしない。カーテンの生地が分厚いせいだろう。外の光は一切差し込んでこず、部屋は深い闇を内包していた。

「念の()ったことだ……」

 このまま進むのは危険だ。魔法の明かりを灯そう、とセージが提案した時だった。


「ようこそ、花守りの騎士諸君」


 闇のなかから、自信に満ちた高らかな声が聞こえてきた。

 と、同時に、部屋の奥から順に明かりがついていき――最後に中央のシャンデリアが灯された。

「ようこそ、我が蜃気楼の館へ!」

 シャンデリアの下には、姿勢の美しい華奢な青年が立っていた。

 青年は意匠の古い――だが格式のある――スーツを着込み、手には宝石のあしらわれた杖を持っていた。カラス色の髪は丁寧に後ろに撫でつけられている。まるでこれから、パーティに出席するかのような恰好だった。


 青年は花守りの騎士達を一瞥すると、にこりと顔をほころばせた。


 それは好意的な意味のこめられた笑みだったのかもしれないが――青白い肌に落ち窪んだ瞳が歪められている様は、不気味としかいいようがなかった。

 青年は薄く、血の気の無い唇を開くと、

「招いたのは姫神子だけだったのだがね。供の者も来てしまったのなら仕方ない。せっかくだからきちんともてなそうではないか」

 肩を竦めながら言った。

「――お前っ! 何をふざけたことを……!!」

 ジェットは剣を構え、じりと一歩前に踏み出した。だがこれを制すように、セージはジェットの前に手を伸ばす。

 セージは目で待てと伝えると、青年に向き直る。

「それはそれは。でも僕の主は、君の招待なんて受ける気は無かったと思うんだけどね。うちの姫様は、名前も知らないような相手のお誘いを受けるなんて馬鹿はしないよ」

 青年はわざとらしく驚いた顔を作り、「これは失礼した」とのたまう。

「つまり僕達にとって、お前はただの(かどわか)し犯でしかない。何の目的があってのことかは知らないが、姫様に無礼を働いたことは許しがたい……。――覚悟はいいな」

 セージの言葉を合図に、ウィスが剣を抜く。ジェットは先程からすでに臨戦態勢になっている。

「いいねいいね。君達も乗り気なんだね!」

 いつでも戦えるといわんばかりの騎士らを、青年は嬉しげに眺めた。

 そしてくるりと華麗にターンをしてみせ、杖を掲げた。そして。


「さあ! 舞踏会の始まりだ!」


 青年の言葉のあと一斉に、華やかな音楽が鳴り始める。

「なっ……!?」

 気づけばセージ達は、『顔の無い音楽隊』に囲まれていた。

 顔の無い――本来なら目鼻があるはずのそこは、暗い影が落とされ真っ暗だ――楽団員達は狂ったようにそれぞれの楽器をかき鳴らしている。

「なんだこれは!?」

 驚き戸惑い、ジェットが叫んだ。それと同時に、ドレスを着込んだ淑女とスーツを身に纏った紳士が、踊りながら床をすり抜け現れる。

 現れた数多の男女は楽しそうに笑声を上げていた。

 ほほ、と笑う女達は、楽団員達と一緒で顔が無い。そして男のほうは、全員青年と同じ顔をしていた。

 ――この者達は明らかに人間ではない。


「遅ればせながら自己紹介をしよう!」

 青年の声が、どこからか聞こえる。気づけば騎士らを出迎えた青年はいなくなっていた。この男女のなかに紛れてしまったのだろう。

「私の名前はルフト=シュピーゲルング! 蜃気楼の術師と呼ばれし大魔法使い!」

 声はすぐ隣で聞こえるようで遠いような……、不思議な反響の仕方をしていた。

「セージ様、これも魔法……なのよね?」

「だろうね。シュピーゲルングは、どうやらこの幻影人形のなかに隠れているようだ。どこから攻撃をしてくるかわからない。皆注意するように」

「チッ……!」

 ジェットが憎々しげに舌打ちをする。

「こちらから攻撃を仕掛けたほうが早い!」

 そう言って、ジェットが近くで踊る紳士に剣を向けた時。

 ――急に音楽が変わった。

 楽しげなものから、どこか物悲しく情緒的な旋律へ。

「まずは私の物語を聞きたまえよ」

 ジェットの耳元で囁くような声がした。驚いて剣を引き、振り返るが――そこには仲間の姿しかない。

「姫神子も関係あることだからね、君達もきっと楽しめるよ」

 そしてシュピーゲルングは、歌うように語り始めた。


「あれは今から二十年は前のこと。当時の私は影の国から離れ、幻惑の森に建てたこの屋敷で隠居生活を送っていた。――なぜ隠居を? それは影の国での貴族社会に疲れてしまったから。君達の国と同じで、影の国でも上流階級にはいろいろあるのさ。

 私は静かな生活を求め、森のなかで暮らし始めた。森に結界を張って、うるさい奴が入り込めないようにしてね。――それはそれは幸福な毎日だった。時々迷い込んだ花の民の蜜を吸いながら、ささやかな幸せを謳歌する……。華々しい貴族生活では味わえなかったものだ」

 黙って話を聞いていたウィスが、「蜜って……」と独りごち眉根を寄せた。――『蜜』とは花の民の血液を意味する言葉だ。

「ところが、だ。この幸せを壊しにやってきた無粋な者どもがいた」

 音楽が悲壮なものへと変わる。

「王宮騎士団だ! 野蛮なあいつらは私の静かな生活を脅かしに、鉄の鎧を身に纏って森を侵攻してきた! 私はこの生活を守る為、杖を持ち奴らに立ち向かった! しかし奴らの魔法使いの補助を受けた剣と、数の暴力の前に私は膝をつくことになってしまう……! 私は最後の力を振り絞り、なんとか奴らを森から追い出したが……。負った傷は深かった……。私はそれから、十年以上も霧のなかに隠したこの屋敷で、一人寂しく休息を取らなければならなくなったのだ……」

 音楽隊の演奏する楽曲がまた変わる。今度は希望を感じられる明るい曲だ。

「――だがある時、転機が訪れた。その頃には私は『鳥』を飛ばせるくらいには力が戻っていたのだが……。その鳥が幸運を運んできてくれたのだ!」

 大広間をくるくると踊る人々の速度が上がる。それに合わせて淑女らのドレスの裾が、生き物のように動く。

「世のことを知る為に飛ばしていた私の鳥――それが運んできたのは、『王宮騎士が神殿に向かっている』という報せだった。――私はピンと来たね。私が屋敷で幸福な毎日を過ごしている頃、確かに神殿は空だった。それなのに今は王宮騎士が神殿に向かう用事ができたのだ。それが意味するところは一つ」

 音楽隊の手が止まり、踊り狂っていた男女もぴたりと踊るのをやめる。

 ――大広間に、静寂が訪れる。


「姫神子の再来だ!」


 シュピーゲルングの言葉をきっかけに、音楽隊は演奏を再開した。どこまでも明るく、おかしくなってしまいそうなほど陽気な旋律だ。

「私は喜びに打ち震えた! まさかこんな近くに、私の魔力を回復する『餌』が育っているなんて!」

「餌……だと……!? このっ……、下衆野郎……!!」

 不用意に動けない為、ただ聞くことしかできずにいたジェットが、奥歯を噛みしめ言い捨てた。

 ウィスも不機嫌そうに垂れた横髪を指でいじると、大きく嘆息する。

 そしてセージは――下を向いて小さく首を振った。顔が見えない為、その感情は読めないが、不愉快であることには違いない。

 幻影の人々のなかに紛れて、苛立っている花守りの騎士達を観察しているのだろう。シュピーゲルングの楽しそうな笑声が、音楽に加わった。

「ただ残念なことに、『いただこう』にも姫神子はまだ成長途中……。私が完全回復……、いや! さらなる力を得るには早かった! そこで私は、ゆっくり力を溜めながら待つことにした。――姫神子が十八の誕生日を迎える、ほんの少し前までね。

 誕生日が来てしまうと、姫神子を私のものにするのは容易ではない……。今のままでは姫神子をいただこうとする他の影の民と渡り合えないからだ。力の弱い者ならば、完全でない今でもなんとかなるんだがね? ただ十八になった姫神子の芳醇な香りに誘われて、必ず力ある者達が現れる。それとやり合うには、今の私は力不足だ。――ならばどうする? どうしたらいい? そう! 香りが強くなる前に手元に置いて、保管しておけばいい! そうだろう!」

「それで……。誕生日を迎えたら美味しくいただこうって腹積もりなわけだ?」

 冷ややかな声でセージが言う。

「その通り! 幸いにも精神を奪った王宮騎士から得た情報では、花守りの騎士は君達たった三人……。『もてなし』は非常にたやすいというわけさ!」


「――!」

 シュピーゲルングのこの一言に、セージらは目を合わせた。

 そして初めにセージがくつくつと、次にジェットが堪えるように、最後にウィスが声を上げて笑った。

「――な、何がおかしい……!?」

 セージは目元をぬぐうと――実際には涙などこぼれていなかったが――意地悪く両の目を歪ませた。

「なに。僕は君のことを優秀な魔法使いだと警戒していたのだけれど……。いやはや、見当違いだったようだね」

「これならこの幻のお人形さん達を普通に倒してしまっても問題なさそうだわ」

「セージの制止を振り切ってでも、斬ってしまえばよかったか」


 ――幻影の男女の動きが止まる。

 人形達はシュピーゲルングの心を映すかのようにガクガクと震えはじめた。

「このっ……! 蜃気楼の術師と呼ばれる私に向かって……!」


「だってそうじゃないか。魔法をかけている屋敷に忍び込んだ正確な人数も把握していないだなんて――――。とてもじゃないが一流の魔法使いとは言えないね」

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