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「おやおや。懐かしいお方が」
あがく間もなく無理やり転移させられてしまったか。
さてどうしたものか――と、セージが頭を掻いていると、いつの間にか目の前に、一人の娘が微笑みながら佇んでいた。
キラキラと光を弾く、明るい金の髪。
透けるように白い肌。
ぷっくりと可愛らしい、桃色の唇。
晴れた日の海のように、澄んだ色をした大きな瞳。
そして、どことなく姫神子を思い起こさせる顔立ち――――。
「――、――――」
少女は小鳥のような声でセージに話しかけてきた。
「ふふ……」
セージは珍しく、穏やかに目元を緩めた。そして、それと同時に腰の剣を抜く。
「古傷をえぐる術とは、また古典的なことだ」
優しげな声音でそう言うと、セージは目の前の娘を無感情に斬りつけた。
少女はくすりと笑むと――、風に乗って掻き消えてしまう。
「――ふう。アジュガ様の薬を飲んでいるのになぁ。それでも精神に触ってくるなんて……。やり方は古いけども、相当力のある魔法使いだな、蜃気楼の術師とやらは」
言って、セージは部屋をぐるりと見回す。簡素なベッドと机しかない寂しい部屋だ。
「使用人の控室かな?」
部屋には窓の一つもない。唯一外と繋がっているのは、出入口の扉だけだった。
「うん……? 使用人というよりは、見張り番の休憩室だったか?」
扉を開けて一番に目に飛び込んできたのは、無機質な牢獄だった。ただの屋敷に鉄格子の入った檻とは尋常ではないが……。ここは影の民の住処。花の国の普通の屋敷と比べて考えてはいけないだろう。
セージは牢獄の廊下を、階段を探し歩いた。
外から屋敷を見たところ、このような窓のない石造りの建物はなかった。おそらくここは屋敷の地下なのだ。
(きっと他の皆も転移させられてるね……。どこか別の部屋で、さっきの術をかけられているはず。早く見つけないと……)
その為にもまずは元いた場所、玄関ホールに戻らねば。
◇◆◇
「あら? セージ様?」
廊下を進んでいる途中、牢屋の一つから声をかけられた。
セージは目を凝らし、その暗い檻のなかを見てみる。――と、そこにはよく見知った人物、ウィスがいた。
彼は布団も無い粗末なベッドに腰掛け足を組み、困ったように頬杖をついている。
「やあ。お困りのようだね」
ウィスが困っている理由は、一目見てわかった。
理由、それは彼がベッドから動けない原因――――。
なんと彼の長い足には、縋りつくように亡者がまとわりついているのだ――。
「お手を煩わせちゃうんだけど、セージ様、この子達なんとかしてもらえないかしら?」
ウィスは形の美しい眉を八の字にさせた。
「お安い御用さ」
セージはマントの下から、一枚のカードを取り出した。カードには魔法陣が描かれている。
「――亡者どもよ、冥府へ帰れ」
セージが唱えると、魔法陣は青白く発光を始めた。そして光を放つカードを、縋りつく者達に向けると、彼らは竜巻に吸い込まれるようにカードの魔法陣へと吸引されていく。
耳障りな金切り声を発しながらも、亡者はあっという間にカードのなかへと消えていった。
「ふう……。ありがとう、セージ様」
固まってしまった体をほぐそうと、ウィスは大きく伸びをした。
「セージ様がかけてくれていた魔除けのおかげで、何もされなかったんだけどね……。こちらも動くことができなくて困ってたの」
「魔除けは気休めのつもりだったけど、やっておいて正解だったか。影の民は闇魔法を得意とすることばかり知られているけど、それと同じくらい死霊を操るのも上手いんだ。シュピーゲルングとやらは、典型的な影の民の魔法使いのようだね」
ウィスは檻の小さな扉をくぐって外に出ると、「でもさすがセージ様」と片目を瞑ってみせた。
「場所を移されたあと、なんだか変な幻覚を見せられたけど、セージ様は全然堪えなかったみたいね」
「それを言うなら君のほうがさすがだよ。僕は魔法に対して耐性があるからね。魔法はかかりづらい。でもウィスはそうじゃないだろう?」
「アジュガ様の薬のおかげだわ」
「もちろんそれもあるだろうけど、君の精神力の強さがあってこそだと思うな。頼もしい限りだ」
ウィスはコロコロ笑うと、麗しく一礼してみせた。セージはそれに軽く手を叩いて応え――ふいに顔を歪めた。
「――ま、君のことはもともとそんなに心配してなかった。心配なのは少年らだな」
「そうねぇ……。特にジェットくん……。大丈夫かしら。ディルくんは魔法が使えるから、それなりに耐性があるだろうけど……。ジェットくんは不安定なところもあるし、こういう術と相性が悪いわ」
「僕もそう思う。薬を飲んでいるとはいえ……、しっかり術中にはまっていそうだ。いっそ置いてきたほうがよかったかもしれない……が」
「絶対怒るわよ、それ」
「だよねぇ……。――まあ、あれでも実力はあるから。それに雪辱を果たしたいだろうし。蜃気楼の術師と対峙すれば、きっと役に立ってくれる」
「私達がそれまでしっかり手助けしなくちゃね」
「ああ。――ということで、さっさと少年らを助けに行こうか」
誰も入っていない檻をいくつか通り過ぎると、二人は上へと伸びる石段を見つけた。
そして出口が見えないほど長く続くそれを上りきると、入り口をふさいでいた扉を開けた。
出た場所は、荒れ果てた廊下の一角だった。玄関ホールと似通った雰囲気があることから、無事元いたところに戻ってきたのだろう。
「これでやっと振りだしね」
廊下を進んでいくと、思った通り二人は玄関ホールに出た。
「さぁて、どこから探していくかねぇ?」
とりあえずしらみつぶしに、一部屋一部屋あたるしかないか、と二人が相談していると――。
「セージ……。ウィス……」
大階段の手すりを、もたれるようにしながら下りてくる人影があった。
褐色の肌に黒い髪、そして抜き身の宝石剣を携えたその人物は――――。
「ジェットくん!」
ウィスはジェットに駆け寄ると、ふらふらとおぼつかない足取りの彼を支えた。
「怪我……は、してないみたいね」
衰弱した様子のジェットは、「全然平気だ」とぎこちなく口角を持ち上げた。
「少し……、面倒があっただけだ」
セージが「予想はつくよ」と声をかける。
「ちょうど助けに行こうとしていたところなんだ。無事で何よりだよ」
「……別に、アンタの助けなんてなくてもなんとかなった……。それより姫は……!?」
「……。まだ、見つけられてないよ。僕らも君と同じくここから移動させられていてね。今、ここに戻ってきたばかりなんだ」
「じゃあ、今すぐ……!」
「ディルくんを探さなきゃ。戦力は多いほうがいいでしょう?」
ウィスに諭され、悔しそうにジェットが唇を噛んだ、その時だった。
セージが何かに気づいたかのように目を見開く。
「…………どうやら、悠長なことは言っていられないみたいだよ」
セージが言い終わると、ギギと重たい扉が開く音がした。
大階段の裏から聞こえるそれを確認しようと、慌ててジェットとウィスは階段を下りそちらを見やる。
すでにそこをじっと見つめているセージに並ぶと、二人は驚き小さく声を上げた。
――大階段裏の大扉が勝手に開いている。
「ご招待いただいたみたいだね」
「そんな……。ディルくんとまだ合流できてないのに……!」
「……ディル君には、自分で追いついてもらうしかなさそうだ」
セージが大きく息を吐く。
「――ま、彼なら大丈夫さ。彼には僕ら現代の魔法使いには使えない、『古代魔法』がある。この手の幻惑術にも耐性はあるだろうし、なんとか凌いで――僕らの代わりに姫様を探してくれるさ」
だから僕達は――と言って、セージは扉の奥に広がる闇をねめつけた。
「このご招待をお受けするとしよう。――遅れたら『誰』に『何』をやられるかわからないからね」




