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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士と蜃気楼の術師
24/32

 猛烈な吐き気と頭痛に襲われ、ジェットは一瞬気を失っていた。

「ぐ……うう……」

 わずかに残る気持ちの悪さを断ち切るように、軽く頭を振る。

 短く息を吐きながら、仲間の様子を確認しようと立ち上がる――が。

「だ、誰もいない……?」


 ――部屋には自分以外、誰一人としていなかった。

 いや。それどころか、ここはさっきまでいた玄関ホールですらない。


(化粧台……。レースのかかったベッド……。机の上にあるあれは……、編み物用の針? ここは女の部屋か……?)

 ジェットはふらつきながら部屋のなかを探る。本棚や衣装箪笥、化粧台の引き出しを一つ一つ確認していくが、その結果のすべてが、この部屋の主は女だと示していた。

(ウィスみたいな男……という線も無くはないが……)

 その可能性は低いだろう。ウィスのような男は、なかなか見ない。

「開かない……か」

 ドアノブを回してみると、扉は外からカギをかけられていた。大きな窓もはめ殺しのようで、開けることができない。

 窓から見えるのは暗く深い霧がかった森。

 おそらく幻惑の森だろうから、ここは蜃気楼の術師の屋敷であることには違いないだろう。

「転移魔法で移されたか」

 ジェットは(いら)を感じながら、剣を逆手に持つと柄を窓に向かって打ち付けた。外に出るには窓を割るしかないと思ったのだ。


「――――っ!?」

 だが、窓は割れなかった。

 それどころか打ち付けた音すらしなかった。

 手に残ったのは、分厚い辞書を叩いたかのような感触だけだ。

(これも魔法なのか……!? それとも幻覚……!?)

 舌打ちをし、ジェットは手近にあったソファにどかりと座る。

 魔法で作られた部屋であるなら、ジェットにはどうすることもできない。

(どうすればいいんだ……。こんなところで足止めされている場合じゃないのに……!!)

 魔法の使えるセージが助けに来てくれるのを待つ。それもありだ。

 ――しかし。

 その間に姫神子に危険が迫るかもしれないと考えると……。自分に構わず姫のもとに向かってくれとも思う。

(オレ……、足手まといになってる……)

 セージはもちろん、新入りのディルも魔法が使えるから、同じ目にあっていてもどうにか対抗はできるだろう。ウィスは魔法が使えないが、豊富な知識と冷静な判断力で、何かあっても機転を働かせ窮地を脱するはずだ。


 ――一人にさせられると、嫌でも自分が『未熟』なのだということを思い知らされる。


 ジェットは決して実力不足なわけではないが――それどころか複数人の王宮騎士団を相手取れるだけの力がある――、こと魔法に関してはてんで弱かった。

 魔力が無い、というのもあるが、何よりも魔法耐性が低いのだ。

(精神を鍛えれば少しはマシになるってセージは言うけど……。オレ、そんなに弱いか……?)

 何気なく扉に視線をやる。

 多分窓と同じ結果になるだろうが、ドアノブを壊せるか試してみるか――と考えていた時だった。


「ジェット――」


 ふいに、背後から自分の名を呼ばれた。

 慌てて振り向くと、真後ろのベッドに誰か腰掛けているのが見える。ジェットは剣を抜き、構えると「何者だ!?」と声を張り上げた。

 そうしてレースの影に隠れている顔が見えるまで、じりじりと間合いを詰めていく――と。


「ひ、姫……!?」


 ベッドに腰掛け微笑んでいるのは、自分達が探しているその人――姫神子だった。

 だが、この姫神子が本物ではないことは一目瞭然だ。

 なにせ今現在の姫神子よりもずっと若い。だいたい十歳前後の姿だろうか。

「お前は……誰だ……!!」

 叫んで、ジェットは自分の声に驚いた。

「――!?」

 自分の喉から発せられたのは、もう忘れかけていた声変わり前の甲高い声だったのだ。

 驚いて自分の手をみると、それは細いが節くれた大人に近い手ではなく、丸みを帯びた柔らかな子供の手だった。

 わずかに震えながら、ジェットは自身の持つ剣に目をやった。


 ――ジェットの持つ剣は宝石剣という、特別な剣だ。

 刀身は宝石でできており、振るう者が宝石の国の人間であれば、その人物の心身に合わせて形を変える不思議な力がある。

 ジェットの持つ宝石剣の刀身は黒玉(こくぎょく)でできており、もともと非常に軽く連撃をするのに優れた剣なのだが……。今やその重さは、羽のようだった。


 なぜならば直剣だったそれが、子供時代に使っていた小さなナイフへと形を変えてしまっていたからだ――――。


「な……!?」

 ジェットが驚きの声を漏らすと、幼い姿の姫神子がくふふと笑う。

「あなたは本当に弱いのですねぇ」

 今の落ち着きを感じられる声とは違い、可愛らしさのなかにいたずら心を含んだような声で、少女が言う。

 ――懐かしい。

 が、ジェットの知っている姫神子は、幼き頃も思慮深く優しく……このようなことを口にすることはなかった。

 どう考えても偽物だ。

「う、うう……」

 それなのにジェットは、彼女に何も言い返せないでいた。

「ジェットのせいでわたくし……、痛い思いをしたんですよ?」

 そう言って少女は、ゆっくりとドレスの裾をたくし上げる。

「あっ……!」

 露わになった白い太ももには、一条の赤い線が入っていた。

「痛かったです……。すごく、すごく痛かったです……」

 涙をはらはらと零しながら、少女はまっすぐジェットを見据えて言った。

 ナイフを持つ手がガタガタと震える。

 嫌な記憶が――。蓋をして見ないようにしていた記憶が、ほじくり返される。

「オ、オレは……。アンタを助けたくて……!」


◇◆◇


 事件は、ジェットと姫神子がまだ十歳の頃に起こった。

 それはいつも入ってはいけないと言われている、神殿奥の書庫に忍び込んだのが発端だ。

 その当時のジェットは、数日後に誓約と叙任式を控えており……。何か功を成してから姫神子の騎士になりたいと考えていた。


 そんな折だった。姫神子が、書庫のなかにあるという魔法で作られた仕掛け本を読みたいと思っていることを知ったのは。

「ならオレも一緒に探すから、書庫に行こう」

「でも、アジュガ様がもっと大きくなってからじゃないと、危ないから入っちゃダメだって……」

「別にオレがついてるんだから平気だろ。オレはもうすぐ、アンタの騎士になるんだ。ちょっとくらい危なくたって守ってやるから大丈夫だ」


 そう言って、不安がる姫神子の手を引きジェットは書庫へ入った。

 書庫のなかにはありとあらゆる本が背の高さ以上ある棚に収められ、まるで楼閣のなかに立っている気分になる。

「仕掛け本は魔法で作られてるんだから、魔術書だろうな」

 そう思い、ジェットは魔術書の本棚から適当に一冊の本を取り出した。そして、本を開いたのだが――。

「えっ……!?」

 開いた瞬間、ジェットの手の中にある本から、何本もの触手が飛び出してきた。

 驚いたジェットは本を取り落し――――。触手は、隣にいた姫神子の足に絡みつく。

「きゃっ……!」

 触手は強い力で姫神子の足を捕え離さない。ジェットはなんとか触手を引きはがそうとしたが……。子供の力ではどうしようもならなかった。

「クソッ!」

 ジェットはベルトに挟んでいたナイフ――ジェットの宝石剣――を取り出した。

 足を開放するには触手を切るしかないと思ったのだ。


 剣術は、今よりもっと幼い頃からセージに習ってきた。

 十歳にして騎士になる許可を得られるくらいには、ナイフの扱いも慣れている。

 だからこんなもの簡単に断ち切ることができる、と……。ジェットは思っていた。


 だが触手はナイフの刃をつるりと受け流し――――。

「痛ッ……!!」

「あ……! ち、ちがッ……!!」

 勢い余った刃は、姫神子の柔らかい太ももを切りつけた。

 足の力が抜けた姫神子はその場に崩れ落ち、ずるずると触手に運ばれていった。触手は、彼女を本の中に引きずり込もうとしていたのだ。


 触手に引きずられ、足から垂れた血が線になっていく――――。


 ジェットはそれを見つめ「違うんだ」と言って戦慄いた。

 引きずり込まれようとする姫神子に、ジェットは何もできずに立ち尽くす。

 そしていよいよ片足が本に沈み始めた時。

「姫様――!!」

 勢いよく書庫の扉が開いた。

「セージっ……!!」

 包帯で顔を覆った男が、扉の側に立っている。――姫神子の第一の騎士、セージだった。

 セージは姫神子の辛そうな声を聞くと、弾かれたように部屋に飛び込んできた。そして早口に呪文を詠唱する。

 ――すると、魔法陣が(くう)に展開され、そこから黒い腕が現れた。

 腕は鋭い爪で触手を切り裂くと――器用に姫神子を避けながら――、自由になった姫神子を守るように抱きかかえる。

 その隙にセージが床に落ちていた魔術書を閉じると、触手は砂が溶けていくように消えてなくなった。

 黒い腕がセージに姫神子を抱き渡すと、緊張の糸が切れたのか、彼女はセージの腕の中でわんわん泣いた。


 ジェットは、それを呆けたように見ていた。

 足から流れ続ける血を、空っぽの瞳に映しながら――――。


◇◆◇


「痛かったなぁ……」

 そう言って少女が太ももをさすり、そこで初めてジェットは気づいた。


 ――部屋の様相が、変わっている。


 古めかしいが屋敷の格に相応の、品のある部屋が、いつのまにかおぞましいものになっていたのだ。

 座っているソファは布が破れ、そこから赤黒く脈打つ肉が見えている。

 壁には血管のようなもの浮き出、生き物のようだ。

 足元には『あの時』に見た触手が這いまわり――血のような染みが広がったベッドに座る少女に絡みついている。


「痛い……。ジェット……、わたくし、痛いです……」

 少女の太ももからは、だらだらと赤いものが流れ続けている。

「傷は……。あの時の傷はっ……! アジュガ先生が跡が残らないように治したはずだ……! 姫だって、ちゃんと治ったと言って足を見せてくれたじゃないか……! 傷は治っている……お前は、姫じゃない……!!」

 ジェットは息苦しくなるのを感じながら、言い放った。

 目の前で悲しそうに涙をこぼす少女が、自分の知る姫神子ではないことなど百も承知なのに――罪悪感で押しつぶされそうになる。


 これはジェットの、いわば『心の傷』なのだ。


 それをこの少女は、錆びたナイフで抉ってきている。

「でも、ジェットがわたくしを傷つけたのは……事実、ですよね……? あなたが自分の未熟さをわかっていれば、わたくしは痛い思いをする必要はなかった……そうですよね……?」

「ぐっ……うう……」

 少女が言葉を発するたび、ジェットは息が上手くできなくなっていった。

 苦しくて、酸素を求め口を開くが何も吸うことができない。

 くすくすと笑う少女の声が何重にも重なって聞こえてくる。

 ぼんやりとした頭で、どうにかせねばと思うのだが、思考がまとまらない。


 そしてついに体を動かすことができなくなって――――ジェットは、ばたりと床に伏した。


 ――倒れた瞬間のことだ。

「ツッ!」

 肩にズキリと痛みが走る。

 何かと思い、傷んだ箇所を見る。そこにはちょうど、マントの留め飾りがあった。これが肉に食い込んだのだ。

「うっ……」

 痛みを堪えるようにジェットは飾りに触れ――そして思い出す。

 留め飾りは、誓約書とペンが変化してできた金属の花の一つを、マントを留めるのに使っている。

 この花の名はハクモクレン。花の国では『崇敬』を意味する花だ。すべての花守りの騎士が、誓約によって得る花がこれである。

 常に姫神子への『崇敬』の念を忘れぬよう騎士達が制服に必ずあしらう花だ。

(花は……、もう一つ……)

 誓約書とペンが変化した花二つのうち一つは花守りの騎士が、そしてもう一つは姫神子に捧げる。

(オレの花は……)

 姫神子の吐息により金属の花から現れるのは、騎士が寄せる姫神子への想いが花となったものだという。


 ジェットの花はアキメネス――大事な人を意味し、あなたを救うという誓いが込められた花。


◇◆◇


 ジェットが姫を傷つけてしまった数日後。彼は当初の予定通り花守りの騎士となった。

「アキメネス……。あの……、ジェット……。気持ちはとても嬉しいのですが、もし……。先日のことを気に病んでいるならば……」

 ジェットが捧げた花を見て、姫神子は申し訳なさそうに眉を寄せた。

それに対しジェットは、一瞬姫神子から目をそらす。

「後悔はしている……。多分、一生」

 だが、すぐにまっすぐ彼女を見つめた。


「でも、オレ……、もっと強くなるから。今度はちゃんと救えるよう、強くなるから――。だからこれからもそばで、姫を守らせてくれ……!」


 ジェットの宣言に、姫神子はゆっくりと頭を縦に振った。

「では、あなたの思うようにしてください。わたくしを救えると思ったのならば、わたくしの傷など気にせずに、剣を振るってください。優しいあなたに酷なことを言っている自覚はあります……。ですが、そのほうが、あなたの為にもわたくしの為にもなるでしょう」


◇◆◇


「傷を……負わせてでも……。アンタを救えるなら……やるだけだ……!」

 力の入らない体を叱咤し、剣を杖代わりにして立ち上がる。

 まだ動けるのかと目を見開く幼き姫神子を視界の端に捕え、ジェットは両の足をしっかりと踏みしめた。

「――――っ!」

 そして、少女に向かって渾身の力で宝石剣を投擲した。


「あら――」


 剣は見事に少女の胸を貫いた。少女は胸に刺さった剣を見て、よそごとのような呟きをこぼす。

 そして、

「やるじゃないか」

 と、聞いたことのない男の声で言うと、霧散して消えてしまった。

 それと同時に、部屋も溶けるようにして元の姿を現す。


 いつの間にか息苦しさは消えていた。やはりあれは、幻覚だったのだ。

「偽物だってわかってても、気分のいいものじゃないな……」

 息を整えながらジェットは独りごちた。

 知らぬ間に頬を伝っていた涙を袖で拭い、ふらふらと扉に向かう。

 ドアノブに手をかけると、それはあっさりと開いた。


「蜃気楼の術師……。趣味の悪い奴だ……」

 ジェットはギリリと歯を食いしばると、吐き捨てるように言った。

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