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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の追走
22/32

「蜃気楼の術師……。ルフト=シュピーゲルング……」

 円卓を囲んだ四人の花守りの騎士と魔法使いは、一様に苦々しい顔をした。

 まるで全員の不安を表すかのように、室内に灯された蝋燭(ろうそく)が、ゆらりゆらりとそこにいる人々の影を揺らしている。

「蜃気楼の術師……だと……!!」

 アジュガは苛立ちに任せ机を叩く。

「アジュガ様、ご存じで?」

「…………。……聞いたことのない名前だ……。だが、名家……なんだろうな……」

「名家……」

 ディルが繰り返すと、セージはイスの背に深くもたれ口を開いた。

「そう――。『なんとか』の『職業』みたいな二つ名がある影の民は、だいたい影の国の貴族か、優秀な戦士や魔法使いなんだ。『なんとか』の部分は気象や災害の名を冠すことが多いね」

「へえ……。知らなかった」

「うん、それは仕方ない。影の民の情報はなかなか入ってこないし、普通は知る必要もないからねぇ」

「……つまり姫様を攫った者は、影の民の貴族階級か……、称号を与えられる程度に功績のある人物、ということね」

 頬杖をつき、ウィスが溜め息をこぼす。

「術師ってことは魔法使いなのかしらね」

「だろうねぇ……。しかも他人の体を操り、そのの体で魔法剣を作れるくらいには大魔法使いだ」

 それまで黙って聞いていたジェットが、ふいに「ディルが言っていたが」と口を挟む。

「魔法剣を作れるのは手練れの証だと。……それはそんなに難しいことなのか?」

「『他人の体で』っていうのがミソだねぇ。そりゃ、魔力があってやり方を知ってさえいれば作れる人間は多いよ。――上手い下手は別だけど」

 セージはくすりと漏らす。包帯に隠され、その表情は読めない。

「けれど魔力を持たない人間の体を操作しながら、自分の魔力を操っている人間に流し魔法剣を作るっていうのは……。普通の魔法使いじゃなかなか難しい」

「アジュガやセージでも?」

 ディルが尋ねる。答えたのはアジュガだった。

「……ぼくでも難しいな。薬を使うならともかく……、魔法だけで人の精神に干渉するのは、ぼくは苦手だ……。セージなら……」

「――闇魔法が専門だからね。そりゃ多少は。でもそのシュピーゲルングとやらがやったのと同じことは無理だ」

 ジェットが怪訝そうに眉をしかめたのを見て、セージは卓に開いている地図を指した。

「王宮騎士の男が最初に操られたのが、ここの泉……。それは僕が男から直接聞いたのとも、ジェット達が見た光景とも一致するから間違いない」

「……――」

 さっき見てしまった惨劇の跡地を思い出したのだろう。ジェットは苦々しげな顔をして頷いた。

「男が言っていた、シュピーゲルングの屋敷があると思われる場所はここ。幻惑の森の中。結構な距離があるだろう? これだけ離れた場所から魔法で指示を飛ばし、かつ操作している人間に自分の魔力と魔法技術を与えられるというのは、並ではないよ。僕みたいな『普通』の魔法使いじゃ無理だ。影の民みたく生まれつき魔力量が多くて、技術もあって……、魔法の申し子みたいな人間じゃなきゃ」

「なるほどな……。でもなんでそんな離れたところから? なにか急な問題が起こったらどうするつもりだったんだ? ――実は操っていた騎士の近くに、シュピーゲルングはいた……とかどうだ?」

 このあたりとか、とディルが地図を指す。これにセージは、首を横に振った。

「人ひとりを完璧に操れる魔法使いが、わざわざそばで魔法を使うなんて……。利点がないね。――それにね、こういう陰湿な術を使う魔法使いは、たいてい直接的なやり合いが苦手なんだ。安全な場所から離れたがらないよ」

 ディルがううん、と唸るのを横目で見ながら、ジェットが「だったら――」と呟く。

「それだけの魔法使いなら、他の王宮騎士も殺さず操ればよかったじゃないか。戦力になるだろうに、なんで……。……皆殺し、なんて……」

「ジェット。魔法はなんでもできる便利なものじゃない。制約があるから絶大な効果を発揮出来たりとかね、案外不自由なものなのさ。だからこの場合は……。術者は安全なところにいられるし、完璧に操ることができるけど、対象はたった一人だけ……とかいう魔法だったんじゃないかな。それでも十分すごいことだけど。どんな呪文や魔法陣を使ったのか気になるね」

「…………」

 聞いているのかいないのか。

 ジェットはじっと地図のある一点を――蜃気楼の術師の拠点があると思われる場所を――見つめていた。

 セージはそんなジェットの様子をしばらく眺め、やれやれとでも言いたげに肩を竦めた。


「なあ――――」

 切り出したのはディルだった。

「おおよそだが、真犯人もその居場所もわかった。私は今すぐにでもそこへ向かいたいが――第一騎士の考えはどうだ?」

 ディルの鋭さが宿る瞳に、セージが映る。

「焦るなよ」

 セージは卓の上で手を組むと、静かに言った。

「今日の捜索で皆疲れているだろう? ああ、反論はしないでくれよ。空元気を出されても困るだけだから」

 まさにまだ動けると言おうとしたディルとジェットは、先手を打たれてしまい仕方なく一度開けた口を閉じる。

「ひとまず休息を取ろう。救出に向けて体を万全の状態にしておきたい。出発は……、そうだな、夜明け前とする。それくらいに神殿(ここ)を出れば、日が頭の真上に来る頃には幻惑の森に着ける」

 言うとセージは立ち上がり、ぐいと伸びをした。

「相手はとんでもなく冷酷だよ。気を引き締めてかからねばね」

 これにウィスも同意し、悲しげに目を伏せた。

「まさか神殿の結界を抜ける為に、騎士の一人を肉の壁にするなんて……。影の民というのは、本当に残酷なことを考えるわ……」

 ジェットは、姫を攫った騎士の体に火膨れができていたことを思い出す。

 セージが前に言った通り、あれは無理やり結界を通り抜けた時にできた傷だったらしい。


 本来、悪意を持つ影の民は結界を通ることはできない。


 おそらくシュピーゲルングは、姫を攫った騎士を『被り』、内にある悪意を隠した。そうすることで、悪意を弾く結界をしのいだのだろう。

 しかしさすがに悪意のすべて隠すことはできず――外側である騎士の肉は焼けてしまった。

「お前達も気をつけなさい。精神攻撃の対象となるのは若い者が多い。敵地に入り真っ先に狙われるのは――お前達だ」

 セージの鋭利な視線が、ディルとジェットに刺さる。二人は神妙な面持ちで頷いた。


 ――それから数時間後。

 騎士達は、門前へと集まっていた。陽はまだ夜のなかに隠れている。

「これを持っていけ……。シュピーゲルングの屋敷を見つけたら、突入する前に飲むといい……」

 アジュガから渡されたのは、キラキラと輝く小さな瓶だった。中には透き通った夏の空のような色の液体が入っている。

「これは?」

 ディルが訊くと、精神干渉を防ぐ薬なのだとアジュガは答えた。

「……花守りの騎士達よ……。姫を……、頼むぞ……!」


 騎士らは頷くと、一目散に幻惑の森へと馬を走らせた。

 一刻も早く、姫神子を救い出すために――――。

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