表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の追走
21/32

 ディル達とは別の轍を追っていたセージとウィスは、走り出してすぐ、あるものを見つけた。

「セージ様、あれを……!」

 ウィスが指差す場所を見て、セージは頷く。

 今はまだ豆粒ほどの大きさにしか見えないが、何かが道の脇に横たわっている。――あれはおそらく、『人』だ。

 二人は速度を上げ、一目散にそこへと馬を走らせた――。


「…………」

 馬から降りた二人は、まず倒れている人物を注意深く観察した。

「王宮騎士の鎧をつけた、火膨れの男――」

 ぽつりとウィスが言う。

 倒れているこの男は、ジェットの言っていた人物の特徴と一致していた。

「気を失っているわ……」

「……何があったんだろうね。近くに馬車は見えないし……。こんなところで倒れこんでいる理由がわからないな」

「これだけの怪我ですもの。走っている途中で気を失って、御者台から転げ落ちたのかもしれないわね」

 セージは「そうだねぇ……」と答えたが、解せないといった思いが表情からにじみ出ている。ウィスはそれをくんで、何か思うところがあるのかセージに訊いた。

「お前の案も一理あると思うよ。ただ僕が疑り深いだけさ。――そんな簡単な話なのか、ってね」

 言うとセージは倒れている男を抱き起こし、腕を自身の肩に回した。

「ああ、重い」

 独りごちながら、セージは男と一緒に立ち上がろうとする。

「セージ様。ワタシがやるわ」

 見るからに辛そうにしているセージをウィスが横から支える。

「悪いねぇ。やっぱり力仕事は苦手だ」

 セージは、ははっと乾いた笑いを漏らした。

 ウィスはそれを無視し、真剣な眼差しをセージに向け言った。

「…………やるの?」

「……。ああ。ここの奥……、もっと木が生い茂っているところへ行こう。――見られたら面倒だ」


 ウィスは黙って頷くと、男を自分の馬に乗せた。

 そして二人の男は手綱を引き、森の奥深くへと入っていった――――。


◇◆◇


 二人はしばらく歩いたところで、森のなかでも特に木々が集まって生えている場所を見つけた。

 ウィスはそこに着くと、まず大きな木を背にして意識のない男をもたれさせた。そして腰に下げていたポーチから縄を取り出し、それで男を木に縛り付ける。

 それが完了すると、ウィスは無言でうしろに下がった。そして今度は逆に、セージが前へと進み出る。

「…………」

 セージは冷めた目で男を一瞥すると、短く嘆息をし――男の前にしゃがみ込んだ。

 人差し指を男の額に当て、口の中で呪文を呟く。すると指先から鋭い光が放たれ、男はハッと目を覚ました。

「こ、ここは……!? お、お前は、誰だっ……!?」

「それを聞きたいのはこっちだよ」

 セージは短剣を取り出すと、男が次の言葉を言う前に、男の手の甲に細い線を入れた。線からはぷくりと血液の玉が湧き上がり――、それはなだらかな甲を沿って流れ落ちた。

「……な!? 何をする!?」 

 焦りと怒り、そして恐怖をあらわにし男は叫んだ。

 セージは無表情のまま――包帯のせいでそう見えるだけかもしれないが――男の質問に答えた。



「ん~……。尋問?」


 その声は、なんでもないことを言うように軽いものだった。

「――ひっ」

 男は引きつった表情をし、やめろと言って暴れた。セージはそれをひょいと避けると、どこからか取り出した小瓶の栓を抜く。

 瓶には、黒く粘性のある液体が入っていた。

 セージは線の入った男の手を足で押さえつけ――男の短い悲鳴が上がった――、液体を傷口に流し込むように瓶を傾けた。

「や、やめ……!」

 不思議なことに、瓶に入っていた液体は一滴も手の甲から滑り落ちることなく――それどころかまるで意思を持っているかのように、傷口のなかへと滑り込んでいく。


 男はぞわりと鳥肌を立てた。


「あ、ああっ……!!」

 液体は男の皮膚の下を通り、ゆっくりと頭へ移動していく。男は抵抗しようと身を捩ってみたが、それはまったくもって無意味で。


 ――男はこめかみまで液体が来たことを感じた瞬間、体の自由を奪われた。


「……成功かしら?」

 暴れるのをやめた男を眺めながら、ウィスが訊く。

「みたいだねぇ。――じゃ、さっそく始めるとするか」

 セージは男の手を踏みつけていた足をどかすと、男の顔が見えるように正面へと回り込む。

「では聞かせてもらおう。君の名前と所属は?」

「…………。……ト、ラ……ジ……。王宮騎士団……」

 男は焦点の合ってない目で(くう)を見つめながら言った。口の端からはだらしなく涎をこぼし、どう考えても尋常ではない。

 が、セージとウィスはそれを特に気にすることもなく、話を続ける。

「君は何故神殿に向かっていた?」

「……祈りの種の回収を……任務で……」

「それは誰に指示されたんだ?」

「団長……。団長は、王に……」

「王は、姫神子に関することを何か指示していたか?」

「……何も……」

 セージとウィスは顔を合わせる。やはり王の差し金ではなかったようだ。

「――じゃあ次だ。お前は影の民か?」

 これに男は、違うとはっきり答えた。

 セージは続けて、闇魔法を使えるかも訊くが、男はこれにも否と答える。

「トラジという名前も、花の国の端の地方ではよくある名前よねぇ……。花の国生まれなのは間違いなさそうだし……。闇魔法も習得していない。これは……」

「…………」

 セージは静かに瞼を伏せた。そして少し経ってから目を開けると――考えがまとまったのだろう――彼は尋問を再開させる。


「なぜ姫神子を攫ったのか話してもらおうか」

 男は「なぜ……」と呆けたように呟くと、目を見開き叫んだ。


「ルフト=シュピーゲルング様が!! あのお方が囁くから!!」


 言って急に暴れだすと、男は「だめだ!」「怒られる!」などと口にし震えだした。

「えっ……? 急にどうしたのかしら……?」

「こいつにかけられていた魔法の、核心部分に触れたかな?」

 セージは嬉しそうに目を三日月に歪めると、指をふいと振った。

 すると男の肌の下で蠢いていた液体の動きが活発になり――支配した証にか、男の顔全体に葉脈のようになって浮き上がる。


「これで、おとなしく全部話してくれるかな。――では君、そのルフト=シュピーゲルング様とやらに言われたことを説明しろ」


 すると男は先程とは打って変わってだらりと弛緩し――ぽつりぽつりと話し始めた。

「泉で、休んでたら……。蜃気楼の術師……、ルフト=シュピーゲルング様が、頭の中へ話しかけてきて……。今すぐに、姫神子を私のもとへ……連れてきなさいとおっしゃって……。俺の体中に力が満ちてきたんだ……。それで、ルフト様の言うとおり、皆を殺して……神殿へ……。ルフト様が倒れておびき寄せるといいって言うから、そうした。ルフト様から授かった力で、姫神子を……捕まえて……馬車に乗った……」

「そのあとは? なぜ君はここに一人で倒れていた?」

「…………ルフト様とここで落ち合って、もういいと言われた……。姫神子は、ルフト様がお屋敷に……。俺は、もう、疲れたから……」

 セージとウィスは互いの目を見て頷き合う。

「ルフト様の屋敷はどこだ?」

「この先……行って……川を渡った先にある、森のなか……」

「幻惑の森のことかしら。影の国との境に近いわね」

 ウィスは腕を組むと、森がある方向を見やった。ここからは少し離れているが、馬があれば苦ではない距離だ。

「……ルフト様はなぜ姫神子を攫えと指示を出したんだ?」

「わか……らない……」

 セージは溜め息を一つして、男を見下ろした。

 男の体はガクガクと痙攣を始めている。もう限界なのだろう。

 セージは指を振って、男の手の甲を軽く叩く。

 するとものすごい勢いで黒い粘液が男の傷口から溢れ出し――それはセージの用意していた瓶のなかへと戻っていった。

 瓶に栓をしながら、

「もう少し聞きたいことはあったけど……。これだけわかれば十分か」

 とウィスに向かって言う。

「次の目的地が決まったんですもの。かなりの成果だわ」

「ん。――じゃあ、こいつを村に預けて神殿に戻ろうか」

 男を縛っていた縄を解くと、ウィスに男を馬に乗せるよう指示を出す。

「村へ? 神殿で治療してあげてもいいんじゃないかしら。酷い傷なうえ、セージ様の飼っている魔法生物を入れられたんだもの。体はもうボロボロだわ」

 ウィスは男を担ぎ歩きながら、憐れむように言った。

「なんだい、仕方ないだろう? 僕が悪いわけじゃないよ」

「それはそうなんだけどね」

 ウィスは自分の前に男を乗せると、馬の手綱を握った。セージも自分の馬に乗ると、元いた道に戻るべく、手綱を引く。

「操られていたとはいえ、一度姫様を攫った人間だからねぇ。神殿に連れ帰ると、アジュガ様が喚くだろうさ」

「ああ……。想像がつくわね」

「なに、王宮に連絡を入れておくから、すぐに村へ迎えが来るさ。――それよりも、今は姫様だ」

 セージの声が一段低くなる。


「この情報をまとめたあと、姫様を取り返しに行く計画を立てるぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ