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ディル達とは別の轍を追っていたセージとウィスは、走り出してすぐ、あるものを見つけた。
「セージ様、あれを……!」
ウィスが指差す場所を見て、セージは頷く。
今はまだ豆粒ほどの大きさにしか見えないが、何かが道の脇に横たわっている。――あれはおそらく、『人』だ。
二人は速度を上げ、一目散にそこへと馬を走らせた――。
「…………」
馬から降りた二人は、まず倒れている人物を注意深く観察した。
「王宮騎士の鎧をつけた、火膨れの男――」
ぽつりとウィスが言う。
倒れているこの男は、ジェットの言っていた人物の特徴と一致していた。
「気を失っているわ……」
「……何があったんだろうね。近くに馬車は見えないし……。こんなところで倒れこんでいる理由がわからないな」
「これだけの怪我ですもの。走っている途中で気を失って、御者台から転げ落ちたのかもしれないわね」
セージは「そうだねぇ……」と答えたが、解せないといった思いが表情からにじみ出ている。ウィスはそれをくんで、何か思うところがあるのかセージに訊いた。
「お前の案も一理あると思うよ。ただ僕が疑り深いだけさ。――そんな簡単な話なのか、ってね」
言うとセージは倒れている男を抱き起こし、腕を自身の肩に回した。
「ああ、重い」
独りごちながら、セージは男と一緒に立ち上がろうとする。
「セージ様。ワタシがやるわ」
見るからに辛そうにしているセージをウィスが横から支える。
「悪いねぇ。やっぱり力仕事は苦手だ」
セージは、ははっと乾いた笑いを漏らした。
ウィスはそれを無視し、真剣な眼差しをセージに向け言った。
「…………やるの?」
「……。ああ。ここの奥……、もっと木が生い茂っているところへ行こう。――見られたら面倒だ」
ウィスは黙って頷くと、男を自分の馬に乗せた。
そして二人の男は手綱を引き、森の奥深くへと入っていった――――。
◇◆◇
二人はしばらく歩いたところで、森のなかでも特に木々が集まって生えている場所を見つけた。
ウィスはそこに着くと、まず大きな木を背にして意識のない男をもたれさせた。そして腰に下げていたポーチから縄を取り出し、それで男を木に縛り付ける。
それが完了すると、ウィスは無言でうしろに下がった。そして今度は逆に、セージが前へと進み出る。
「…………」
セージは冷めた目で男を一瞥すると、短く嘆息をし――男の前にしゃがみ込んだ。
人差し指を男の額に当て、口の中で呪文を呟く。すると指先から鋭い光が放たれ、男はハッと目を覚ました。
「こ、ここは……!? お、お前は、誰だっ……!?」
「それを聞きたいのはこっちだよ」
セージは短剣を取り出すと、男が次の言葉を言う前に、男の手の甲に細い線を入れた。線からはぷくりと血液の玉が湧き上がり――、それはなだらかな甲を沿って流れ落ちた。
「……な!? 何をする!?」
焦りと怒り、そして恐怖をあらわにし男は叫んだ。
セージは無表情のまま――包帯のせいでそう見えるだけかもしれないが――男の質問に答えた。
「ん~……。尋問?」
その声は、なんでもないことを言うように軽いものだった。
「――ひっ」
男は引きつった表情をし、やめろと言って暴れた。セージはそれをひょいと避けると、どこからか取り出した小瓶の栓を抜く。
瓶には、黒く粘性のある液体が入っていた。
セージは線の入った男の手を足で押さえつけ――男の短い悲鳴が上がった――、液体を傷口に流し込むように瓶を傾けた。
「や、やめ……!」
不思議なことに、瓶に入っていた液体は一滴も手の甲から滑り落ちることなく――それどころかまるで意思を持っているかのように、傷口のなかへと滑り込んでいく。
男はぞわりと鳥肌を立てた。
「あ、ああっ……!!」
液体は男の皮膚の下を通り、ゆっくりと頭へ移動していく。男は抵抗しようと身を捩ってみたが、それはまったくもって無意味で。
――男はこめかみまで液体が来たことを感じた瞬間、体の自由を奪われた。
「……成功かしら?」
暴れるのをやめた男を眺めながら、ウィスが訊く。
「みたいだねぇ。――じゃ、さっそく始めるとするか」
セージは男の手を踏みつけていた足をどかすと、男の顔が見えるように正面へと回り込む。
「では聞かせてもらおう。君の名前と所属は?」
「…………。……ト、ラ……ジ……。王宮騎士団……」
男は焦点の合ってない目で空を見つめながら言った。口の端からはだらしなく涎をこぼし、どう考えても尋常ではない。
が、セージとウィスはそれを特に気にすることもなく、話を続ける。
「君は何故神殿に向かっていた?」
「……祈りの種の回収を……任務で……」
「それは誰に指示されたんだ?」
「団長……。団長は、王に……」
「王は、姫神子に関することを何か指示していたか?」
「……何も……」
セージとウィスは顔を合わせる。やはり王の差し金ではなかったようだ。
「――じゃあ次だ。お前は影の民か?」
これに男は、違うとはっきり答えた。
セージは続けて、闇魔法を使えるかも訊くが、男はこれにも否と答える。
「トラジという名前も、花の国の端の地方ではよくある名前よねぇ……。花の国生まれなのは間違いなさそうだし……。闇魔法も習得していない。これは……」
「…………」
セージは静かに瞼を伏せた。そして少し経ってから目を開けると――考えがまとまったのだろう――彼は尋問を再開させる。
「なぜ姫神子を攫ったのか話してもらおうか」
男は「なぜ……」と呆けたように呟くと、目を見開き叫んだ。
「ルフト=シュピーゲルング様が!! あのお方が囁くから!!」
言って急に暴れだすと、男は「だめだ!」「怒られる!」などと口にし震えだした。
「えっ……? 急にどうしたのかしら……?」
「こいつにかけられていた魔法の、核心部分に触れたかな?」
セージは嬉しそうに目を三日月に歪めると、指をふいと振った。
すると男の肌の下で蠢いていた液体の動きが活発になり――支配した証にか、男の顔全体に葉脈のようになって浮き上がる。
「これで、おとなしく全部話してくれるかな。――では君、そのルフト=シュピーゲルング様とやらに言われたことを説明しろ」
すると男は先程とは打って変わってだらりと弛緩し――ぽつりぽつりと話し始めた。
「泉で、休んでたら……。蜃気楼の術師……、ルフト=シュピーゲルング様が、頭の中へ話しかけてきて……。今すぐに、姫神子を私のもとへ……連れてきなさいとおっしゃって……。俺の体中に力が満ちてきたんだ……。それで、ルフト様の言うとおり、皆を殺して……神殿へ……。ルフト様が倒れておびき寄せるといいって言うから、そうした。ルフト様から授かった力で、姫神子を……捕まえて……馬車に乗った……」
「そのあとは? なぜ君はここに一人で倒れていた?」
「…………ルフト様とここで落ち合って、もういいと言われた……。姫神子は、ルフト様がお屋敷に……。俺は、もう、疲れたから……」
セージとウィスは互いの目を見て頷き合う。
「ルフト様の屋敷はどこだ?」
「この先……行って……川を渡った先にある、森のなか……」
「幻惑の森のことかしら。影の国との境に近いわね」
ウィスは腕を組むと、森がある方向を見やった。ここからは少し離れているが、馬があれば苦ではない距離だ。
「……ルフト様はなぜ姫神子を攫えと指示を出したんだ?」
「わか……らない……」
セージは溜め息を一つして、男を見下ろした。
男の体はガクガクと痙攣を始めている。もう限界なのだろう。
セージは指を振って、男の手の甲を軽く叩く。
するとものすごい勢いで黒い粘液が男の傷口から溢れ出し――それはセージの用意していた瓶のなかへと戻っていった。
瓶に栓をしながら、
「もう少し聞きたいことはあったけど……。これだけわかれば十分か」
とウィスに向かって言う。
「次の目的地が決まったんですもの。かなりの成果だわ」
「ん。――じゃあ、こいつを村に預けて神殿に戻ろうか」
男を縛っていた縄を解くと、ウィスに男を馬に乗せるよう指示を出す。
「村へ? 神殿で治療してあげてもいいんじゃないかしら。酷い傷なうえ、セージ様の飼っている魔法生物を入れられたんだもの。体はもうボロボロだわ」
ウィスは男を担ぎ歩きながら、憐れむように言った。
「なんだい、仕方ないだろう? 僕が悪いわけじゃないよ」
「それはそうなんだけどね」
ウィスは自分の前に男を乗せると、馬の手綱を握った。セージも自分の馬に乗ると、元いた道に戻るべく、手綱を引く。
「操られていたとはいえ、一度姫様を攫った人間だからねぇ。神殿に連れ帰ると、アジュガ様が喚くだろうさ」
「ああ……。想像がつくわね」
「なに、王宮に連絡を入れておくから、すぐに村へ迎えが来るさ。――それよりも、今は姫様だ」
セージの声が一段低くなる。
「この情報をまとめたあと、姫様を取り返しに行く計画を立てるぞ」




