5
――轍は森のなかをまっすぐ貫いていた。
ディルとジェットを乗せ、馬は森を駆ける。
「それにしても……、なんでこんなところを」
ディルとジェットの追っている轍は、かろうじて道と呼べる程度の隘路を通っていた。馬や歩きならともかく、馬車が行くには辛い道だ。
「セージが言ってただろ。近道だって」
この辺りには、森を迂回するようにして作られた街道がある。
王都方面から神殿へ来るには、その街道を通るのが普通だ。キチンと舗装されている為、馬車が走りやすいのはそちらのほうなのだ。
しかし一つ難がある。
森をぐるりと沿うように避けているので、どうしても神殿への到着時間が変わってくるのだ。
「……。なぜ近道をする必要があったんだろうな……? もしこれが逃げている時にできた跡なら、まぁ、わからなくもないが……」
「……どういうことだ?」
ジェットは怪訝そうな声をうしろにいるディルへ投げた。
森の奥に続いている轍を睨みながら、ディルはこれに答える。
「だってこれは王都へ続く方向だろう? セージは王の仕業ではないと考えていたが、あくまでそれはセージの想像から導き出した結論だ。犯人は王、という可能性も捨てきれない。――そこで、だ。王が犯人と仮定して、実行犯の騎士の男が急いで王都へ帰る為に森を突っ切ったというのなはどうだ? 納得できないか?」
「……できる。――でも、セージが違うともオレは思えない」
「信頼してるんだな」
「……ああ見えてセージはできる男だ」
ジェットは確信めいて言う。
「私もあいつがやり手で、頭のいい男だということはわかるよ。だから、この考えが絶対に合っていると思ってはいない。だがそうなると、こちらが行きに通った道ということになるが……。――神殿に急いだ理由はなんだ? 誰かに急かされていたのか?」
「……わからない。でもそれはあるかもしれないな……。例えば組織的な犯行で、犯人はうしろにいる人間に早く連れてくるよう指示をされていた……とか」
「ふむ……」
「……姫の体は、影の民にとって捨てるところがない」
ディルの眉が、ピクリと動く。
「組織の長が『一番美味いところ』を取ったって……、部下に配ってやるだけはあるだろうさ……。影の民が犯人だとしたら、だけど……」
「――嫌なことを言うな」
ディルが険のある言い方で咎める。ジェットは苦々しげに「オレだって言いたくない」と眉をしかめた。
「でもな、姫神子はそういう『存在』なんだ……。最悪の場合、オレ達を生かす為に『心身を喰われる』……。文字通り、な……」
――その通りなのだ。
だからこそ、アジュガはあんなに取り乱した。
影の民の手に落ちた姫神子の末路は……、目も当てられないものだから。
それをわかっているから、花守りの騎士達は誕生日を警戒した。力が満ちるその時を。
しかし今回はそれが裏目に出た。
姫神子が真価を発揮する期間が一番危険――その考えは、裏を返せばそれ以前はさほど危険ではないと思っているようなものだ。
当然、セージを筆頭に花守りの騎士達が護衛を疎かにしていたわけではないのだが……。それでも起こってしまったことから鑑みるに、油断がなかったとは言い切れないだろう。
「私だって、わかっているさ……」
――沈黙。
馬の蹄の音だけが静かで、あまり日の届かない森の中に木霊する。
お互い、自分の不甲斐なさに心が焼き殺されそうだった。
特に目の前で姫神子を失ったジェットは――できることなら今すぐにでも、犯人を追い詰めたいと強く思っているのだ。
「……なあ」
「……? なんだ?」
「……お前が叙任式で姫に渡した花……。白いツツジが出てきたが……。そういうことなのか……?」
ジェットは言葉を選びながら、ゆっくりと言った。が、ディルは意図を図りかね、どういう意味かと尋ねる。
「白いツツジの意味を知らないのか……?」
「意味?」
「……知らないならいい」
「そんな、途中でやめるなよ」
「じゃあ言い方を変える。――お前は姫のどこに惚れたんだ」
あからさまにむくれると、ジェットは質問を変えた。
その質問はこの状況に――一分一秒を争う時に――尋ねるにはそぐわない内容だった。
ディルは少し驚いたが、それでも思ったままを口にした。
「一目惚れだからな。自分でも『どこ』という細かいことは説明できない。――しいていうなら、全部だな」
「は……?」
呆れてジェットはチラリとうしろを見やった。――ディルの顔は晴れやかだ。
「そんな……。ふざけてるのか……」
「ふざけてはない。ただ私は……、姫様に会って抱いた感情の名が最初わからなかった。仲間に指摘されて初めて、『恋』をしているのだと気づいた。それくらい『そういうこと』に疎いのだ。あと……、そうだな、姫様には恋心だけではなく他にもいろいろな感情を抱いている。ははっ。説明するのが難しいな。――まあいいじゃないか! 『誰』が好きなのかが明確なら、『どうして』をわざわざ言葉にする必要はないさ!」
「…………」
――ジェットという少年は、捨て子だった。
生まれたばかりの頃に母を失い、縁あって神殿で育てられることとなった。
物心ついた頃には、いつも隣にいる姫神子のことが彼は大好きになっていた。それがいつ『恋慕』に育ったのかは定かではないが、ジェットは生まれて初めての恋情を姫神子に捧げ、想い変わらず今に至る。
胸に宿ったのは純粋な恋心――。それに違いはない。
けれどジェットは思う。そこには足されている想いもあるのではないか、と。
その想いは『憧れ』と『忠義』――――。
姫神子という神聖な存在に心惹かれ、いつだって彼女を眩しく見ていた。
花守りの騎士となる前から、姫神子をお守りせよと育てられ、これを使命と思い生きてきた。
これらの比率はいつの間にか恋慕と同じく……。いや、時にそれ以上を占めることもある。
恋だけなら想いを貫くことができた。
憧れだけなら慎むことができた。
忠義だけなら節制することができた。
これらのどれを取ることが、自分と姫にとって一番なのか……。ジェットにはそれがわからない。『どうして』姫が好きなのか、姫の『どこ』が好きなのか。
(『誰』が好きなのかが明確なら……)
ディルはそれを言葉にする必要はない――つまり定義してしまわずともよいと言った。
形に捕らわれることで『好き』の本質を忘れてしまうなら、それは道を見失っていると言えなくもない。
「お前はお気楽だな……」
「は!? いきなりなんだ!?」
ジェットはフンと鼻で笑う。
ディルはジェットにとって素直に受け入れがたい人物だが……。今の彼の答えには救われるものがあった。
(無理に『好き』の理由づけをしなくてもいい……。そう考える奴も……いるんだな)
◇◆◇
「なっ……! なんだ……!? これは……!?」
ジェットの驚愕が、森を震わせる。
ディルとジェットの二人は、あと少し走れば森を抜けられようといったところで開けた場所に出た。
そこには泉があったのだが――――。
「……これは酷いな。全部……、『首なし』だ」
泉の脇には、何体もの『首なし』死体が転がっていた。
ディルは馬から飛び降りると、近くにあった死体の一つに駆け寄る。
「他に目立った傷はなし……。首を切り落とされて死んだのか」
遅れてジェットが、ふらりと近寄る。
「なんでっ……、こんな……!」
嫌悪感をあらわにした表情で、死体を見る。と、ハッと「王宮騎士団の紋章……!」と呟いた。
「こいつ、王宮騎士団だ!」
「……見たところ他の体も同じ鎧だな。全員王宮騎士ということか」
「姫を攫った奴も王宮騎士の紋章があった!」
「……。馬がいない……。蹄の跡もない。走ってきたと思われる方向にあるのは轍だけ……。ということは、神殿に現れた馬車に元々こいつらも乗っていたんだろうな」
「奴は仲間を切ったあと、神殿に来たということか!?」
「だろうな……」
ディルは死体の傷をじっと見ると、「これは……」と漏らした。
「もしかしたら、魔力を帯びた剣で斬ったのかもしれないな。傷跡が綺麗すぎる」
「……それがっ、なんだって言うんだ!」
ジェットは怒りで声を震わせ叫んだ。
――この惨状は、ジェットにとって許しがたいものだった。
ディルは肩を上下させているジェットを冷静な目で一瞥する。そして再び死体に視線をやると、
「魔力を剣に流すのは技術がいる。しかも首を一太刀で落とせるくらい均等に流すのは、本当に難しい。
店で買った物という線もあるが、魔法剣は下級騎士の給金で手に入るような額じゃないし……。それに他の騎士達は揃いの剣を提げている。王宮から支給された、この普通の剣を装備するのが規則なんだろうな。だから魔法を使えない限り、魔法剣は使えない」
言うとディルは、死体の持つ剣を抜いた。魔法剣かどうか確かめたいのだろう。
「やはり、ごく普通の鉄の剣だ」
「……つまり、どういうことなんだ」
ジェットは祈りを捧げるように一度目を伏せると、死体の体を何か手がかりはないかと探り始めた。
「……神殿に来た奴を、セージは影の民だろうと言った。でも王宮騎士になれるくらい身元のしっかりした人間がそうだとは考えづらい」
「ならここで王宮騎士達を襲った影の民が、鎧を奪って神殿に……?」
「それだとしたら裸の遺体があるはずだ」
「……泉に捨てたか」
「それも考えられるし……」
ディルは泉のほうを見やった。――まさか、あそこに誰かの体が沈んでいるのだろうか。
「――何者かに操られた可能性もある」
操る――。
魔法には人の心に干渉するものもあるという話をジェットは昔、アジュガから聞いたことがあった。
「……なるほど」
「単純に神殿に来た騎士が魔法剣を作ることができる人物だった、という可能性もなくはないが……。お前にかけられていた拘束魔法は、確かに闇魔法だとセージが言っていたんだろう?」
「ああ。――王宮騎士が闇魔法の使い手というのは考えづらいんだったな?」
「そうだ。――でもジェット。これはまだ妄想に過ぎない。それよりも私達が気を付けなければいけないのは、この首切り人が相当の手練れであるだろうということだ」
二人は押し黙る。それぞれ思考を巡らせているのだ。
「ディル……、もうそろそろ夕刻になる。一度セージ達と合流しよう」
「私もそれがいいと思っていた。――急ごう」
少年騎士達は馬を疾走させた。
這いよる不安を振り払うかのように。




