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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の初恋
2/32

 少年は風のように素早く神殿を駆ける。

 ――残念ながら探索は、思ったように進んでいなかった。


 神殿のなかは一部屋一部屋がだだっ広いわりに、何もないところばかり。祈りの種を保管しているような場所はなかなか見つからない。

 少年の背には、少しずつ焦りが昇りはじめていた。

(それでもだいぶ奥には来た……。ここまで深く潜り込めば、そろそろ何か見つかるはず)

 姿を隠す場所もない広い廊下を、少年は自身の勘を頼りに走った。時折ある扉をそっと開けては室内を調べ、がくりと肩を落としながら――。

 こうまで何もなければ、そろそろ諦めようかと普通の盗賊ならば考えるだろうが、少年にはそんな気など毛頭ない。

 たった一粒だけでも貴重で、庶民が目にすることの滅多にない祈りの種。それが数えきれないほど眼前に広がっている光景というのは、どんなものだろう。

 見たことのないそれは考えるだけで胸躍り、好奇心を掻きたてる。

 宝を手にした瞬間を想像しただけでこんなにもワクワクするのに、どうして諦められようか。

 それに面白味も何もないとはいえ、一般人には不可侵の神殿内を走り回るのも案外楽しい。


 ――知らないことを知り、新しい体験をする。それは少年が盗賊をやっている理由の一つ。


「それより、そろそろお宝見つけないとな。部下(あいつ)らの様子も気になるし……」

 少年がポツリと呟いた、その時だった。

「うん、それは懸命な判断だ。彼らもなかなかに苦戦しているようだからね」

「――ッ!?」

 突然どこからか声が聞こえてきた。

「まさかこんなところまでやってくるとは……。《砂漠の狼》……だっけ? 君達盗賊団の名は」

 落ち着いた男の声は、上から降ってくるようでもあり、後ろから囁かれているような、不思議な響き方をしている。

 少年は足を止め、腰に下げていた短剣を鞘から抜くと胸の前に構えた。どこから攻撃が来てもいいように精神を集中させる。

 しばしの静寂が訪れ、そして――――。


 ふいに、目の前の空間がぐんにゃりと渦巻いた。

 渦は次第に線となり、その線は円形の紋様を作り出す。

(これは……! 転移魔法だ!!)

 少年は咄嗟に後ろへ飛んだ。それと同時に、魔法陣は白く鋭い光を放つ。

「――やれやれ。影の国の者ならいざ知らず、ただの人間がここに忍び込むとは思ってもみなかったな」

 呆れたように男が言うと、魔法陣は一際強い光を放った。そして光が収まると――。

 そこには顔がまったく見えないほどに包帯を巻きつけた、ひょろりと細長い男が立っていた。

 少年は警戒の意を込めて、異様な姿のこの男に強い眼差しを向けた。それに男は、息だけで笑う。

「お前……! 何者だ!」

「ははっ。それを君が言うのかい? ――ま、いいけどね」

 男は片手を胸に当てると、三日月形に目を歪めた。

「僕はこの神殿の主、姫神子の――花守りの騎士が一人。セージ=リビアタエ。一応名乗っておくよ」

 気だるげに一礼し、男が顔を上げる。――と。

「なっ!?」

 男の掌から黒い靄《もや》が放たれる。少年がそれを反射的に躱すと、男は「おや、結構動けるんだね」と笑った。

 少年はこの魔法に見覚えがあった。確かあれは、闇に属する束縛魔法――。少しでも当たると、靄《もや》のなかから現れた闇の精霊の手が動きを封じてくる。

 闇魔法は習得の難しい魔法であることと、影の国の者が得意とすることから、扱う者は滅多にいない。

「闇魔法使いとは驚いた。お前、変わり者って言われないか?」

「まぁね。でも姫様を守るのには便利な魔法が多いから、なかなか役に立つんだよ」

 そう言い男が腕を振ると、黒い蜘蛛の糸がいくつも飛んでくる。恐らくこれも束縛の魔法だろう。

「クッ――!」

 少年は跳ねるような動きでそれらを避けると、一気に間合いを詰めた。

 男は詠唱無しで魔法を扱う手練れだ。少年も魔法は得意だが、それでもこのレベルの人間を相手にするには、普通の魔法では敵わないだろう。

(だったらこういうのはどうだ――!)

 少年は口の中で小さく呪文を唱える。そして男に向かって指をさすと――。

「――爆発魔法か」

 一瞬の閃光後、大きな爆発音が廊下に響く。廊下には煙が充満し、視界は完全に遮られた。これでは包帯の男はもちろん、少年も何も見えはしないはず。


 ――だが、少年にはしっかりと策があった。


 少年は手早く内ポケットからモノクルを取り出し、それを左目に当てた。すると左目に、赤い人影が映りこむ。

 レンズに魔法陣が掘り込まれたこのモノクルは、《感知の眼鏡》という砂漠の狼愛用の魔法道具だ。


 煙幕を張り、相手が戸惑っている隙に感知の眼鏡を使い逃走する――それが砂漠の狼のいつものやり方だった。


 そう、少年はこの場を離れようとしているのだ。

(馬鹿正直に戦ってられるか。この奥にはまた別のルートで――――)

 男が動かないことを確認し、少年が踵を返した時だった。

「……は?」

 太ももに鋭い痛みが走る。

 少年はそろりと振り返り、じくじくと熱を持ち始めたそこを見た。太ももには、刃も柄も漆黒のダガーが突き刺さっている。

「ぐ……っ…う……!」

 傷はたいしたことないはずなのに、ダガーが刺さった部分から痺れが体に広がっていく。

 少年は必死に踏ん張ってみたが……。痺れはすぐに全身へと回り、崩れ落ちてしまった。

「な……に、を……っ!!」

「さて。何をしたんだろうね?」

「……ク、ソォ……!」

 男の余裕そうな声にイラつきながら、少年はじりじりと地面を這う。もうすぐ煙が晴れる。そうなればどうなるかは、火を見るより明らかだ。

「なに。姫様の神殿内で殺しはしないさ。――神殿の離れで、詳しく話は聞かせてもらうけどね」

 意地の悪そうな笑いと共に、コツン、コツンと足音が近づいてくる。煙が薄くなって、男も歩けるようになったのだ。

(私が捕まったら、部下(あいつ)らも危ない……!)

 少年の体はもう、指一本動かすこともできないほど痺れに侵されていた。短剣を振るうのはもちろん、短い呪文すら唱えられない。


 ――万事休す。

 だが少年は懸命に頭を回転させ、どうにかこの場を打開できないかと模索する。

 諦めてなるものか――。

 少年は残された力で、少しでも前へと冷たい床を這った。歯を食いしばり、必死になって。


(……あれは……、なんだ……?)


 ふと、金色の光が目に入った。少年からわずか先の床に、金の光がほわりと浮かんでいる。

 それは徐々に花の形をした紋様となり――紋様の脇には文字も浮かび上がってきた。


『この魔法陣に触れてください』


 文章はたったそれだけ。それだけだったが――。

(何もしないよりはずっとマシか――!!)

 最後の力を振り絞り、腕をグッと前に伸ばす。

「くッ……! ぁ……ッ!」

 奮える指先が、魔法陣に軽く触れた。

 途端に少年の体は、金色(こんじき)の輝きに包まれ――――。


 眩さに閉じてしまった瞼を再び開けた時。

 少年の瞳に飛び込んできたのは、今までいたはずの何もない白い廊下ではなく。

「は……な……?」

 色とりどりの花で彩られた、品のいい部屋だった。



「……さっきの爆発音で勘付かれたか。面倒なことになったね、まったく……」

 男は煙のなか、かすかに残る光に目を細めながら、溜め息まじりに呟いた。

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