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「この村に馬を?」
「ああ。僕ら花守りの騎士は、神殿から出ることがほぼないから馬に乗らない。けど一応騎士だからね、一頭与えられるんだ。――でもせっかく貰ってもねぇ……」
「神殿にも一応厩はあるのよ。ただ自分達のお世話で手一杯だから……。神殿では面倒見てあげられないのよ。それで普段はここの村人に預けてるの」
神殿から二十分ほど歩くと、こじんまりとした村が見えてくる。
素朴ではあるが、柔らかな黄色の祈りの花に囲まれた、美しい村だ。
ディル達花守りの騎士は準備が整い神殿を出ると、一番にこの村へやってきた。馬車を追うのに、自分達の『足』が必要だったからだ。
「――おや? 花守りの騎士様ではありませんか? いかがなざいました?」
村の入口を過ぎると、多数の花輪を腕に抱えた青年が、ディル達に声をかけてきた。セージは青年に向かって片手を挙げると「馬が必要になってね」と言う。すると青年は合点がいったと頷いた。
「そうですか。では厩に直接向かってください。ぼくもこれを置いたらすぐに行きますので」
青年はぺこりと頭を下げると、小走りで去っていく。
「あいつは?」
ディルは隣にいたウィスに訊いた。
「村長さんとこの息子さんよ。馬のお世話は別の村人がやってくれているけど、連れ出すのには一応村長さんにお話を通さなきゃいけないから……。手間が省けてよかったわ」
ウィスは「さぁ、行きましょ」と笑むと村の奥へ歩いていく。
セージとジェットは、もうとっくに行ってしまっていた。
「――ふうん」
ディルはぐるりと村を見渡す。
村の家々は軒や柵に生花をあしらい、とても華やかな様相だ。なにか祝い事でもあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、厩へ足を向けると、背後から息を切らしながら走ってくる音が聞こえた。
振り向くとそれは――先程の青年だった。
「騎士様? まだこちらにいらしたんですか?」
「ちょうど向かおうとしていたところだ。ただちょっと物珍しくて。村を見させてもらっていた」
「そうですか。――そういえば、騎士様には初めてお会いしますね」
「私はつい最近、花守りの騎士になったからな」
青年はこれを聞くと、パッと顔を明るくさせた。
「それはおめでとうございます! ぼくらも嬉しく思います!」
「ありがとう。――でも、なぜお前が喜んでくれるんだ?」
ディルが訊くと青年は、
「ぼく達は、姫神子様を崇拝しているからです」
と微笑みながら言った。
青年は厩はこちらですと案内しながら、不思議そうな顔をしているディルに説明を始める。
「ここは国内で神殿に一番近い村ということもあり、大昔から姫神子様を信仰しています。よそだと花女神様を信仰している人が多いと思いますが、うちは花女神様よりも、主に姫神子様へ祈りを捧げています」
「それは……。珍しいな。姫神子は国の重要人物で大切にされてはいるが……。現代でも信仰対象として崇めているというのは、あまり聞かない」
「そうでしょう。でもぼくらはそうなんです。というのも、この村は姫神子様が作ったという歴史があって――」
青年はしまったというような顔をすると、眉を下げ笑う。
「すみません、騎士様はお仕事でここに来てるのに。こんな話より、早く馬を引き渡さなきゃですね」
ディルは首を振り、「確かに急ぎの用はあるが、興味深い」と返した。
「あちこちに花を飾っているのも、姫神子信仰が由来か?」
青年は、「ああ」と独りごちる。
「それは姫神子様のお誕生日が近いから……。祭りの準備をしているんですよ。普段はこんなにも多くは飾っていません」
「祭り……?」
「はい。姫神子様の誕生祭です。もうすぐ姫神子様のお誕生日でしょう? それを祝う祭りをやるんですよ」
ディルは軽く目を見開いた。
「聞いてなかった……。そんなものがあるのか」
「あはは。ぼく達が勝手にやっているだけで、神殿とは何の関係もありませんから。騎士様が聞いていないのも当然です!」
青年は気さくに笑い、「あ、あれですよ」と指差す。青年の指した方向に見える建物が、厩なのだろう。
「姫神子様の誕生祭は、いうなれば僕ら村人の自己満足。ただ、尊き方が生まれてくれて、神殿でぼくらの幸せを願ってくださっている……。それが嬉しくて騒いでいるだけなんです」
「…………」
ディルは眩しいものを見るかのように目を細めた。
「――姫様が聞いたら、喜ぶだろうな」
「そうでしょうか? だったら嬉しいなぁ!」
「ああ、きっと。――なぁ、誕生祭にはどんなことをするんだ?」
「歌って踊って……。規模は小さいですが出店もあるし……。あと、花火も打ち上げるんですよ! へへ、裕福な村ではないんで、数は少ないですけど」
青年は言って恥ずかしそうに笑う。
「でもね、今年はちょっと奮発したんです。なんたって姫神子様の十八のお誕生日ですから! もしお仕事の手が空いていれば、騎士様もぜひ見に来てくださいよ!」
ディルは頷き、青年に向かって笑った。
「お前達は、姫神子を好いてくれているんだな」
「もちろんです! お会いしたことはありませんし、これからもそんな機会はないでしょうが……。敬愛しておりますよ」
ディルは、ぽわりと胸が温かくなっていくのを感じた。
それと同時に、早くこのことを姫神子に伝えてやりたいとも思った。
その為にも、早く姫を助け出さなければ。
◇◆◇
「じゃ、ここからは僕とウィス、ジェット君とディル君に分かれて探すとしよう」
「…………」
「ほら、ジェットくん。むすっとしないの。そんな場合じゃないでしょう?」
「……わかってる」
ジェットは仕方なしといった表情で頷く。
「……飛ばすからな」
「大丈夫だ。馬の相乗りは盗賊時代よくやった。慣れてるからな、落ちやしない」
――厩で引き渡された馬は、三頭だけだった。ディルの馬はまだ用意されていなかったのだ。
ゆえにディルは、ジェットと二人乗りをすることになった。
「喧嘩はしないでおくれよ。特にジェット君?」
ふてくされたような顔をして、ジェットは轍を睨みつける。
ディルは顔こそ見えなかったが、不機嫌そうな空気を放つジェットに苦笑した。
「轍が二手に分かれていたんだから、しょうがないだろ?」
「……別に、分かってるって」
ディルが言うと、ジェットはイラつきながら答えた。
村を出たあと、轍を辿っていた花守りの騎士達は、途中轍が二つに分かれている場所に着いた。
どちらの轍も同じ馬車のものに見える。どちらかが行きの轍跡で、どちらかが神殿から逃げた時の轍跡なのだろう。
変なことに、王宮から神殿へ向かう際にいつも通る道をこの馬車は走っていないようで――セージは無理やり近道を通ってきたのだろうという見解だった――轍跡がどこへ続くのかは、どちらもわからない。
「跡を辿った成果があっても無くても、夕刻には神殿に一度戻ること。そこで結果を報告してくれ」
騎士達が返事をすると、セージは真剣な眼差しで彼らを見つめる。
「それでは一度解散だ。――姫様のあとを見逃さないよう。注意深く追ってくれ」




