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「王が姫を……! 姫神子を奪いに来たんだ!!」
地団太を踏みながら、アジュガは絶叫した。ボロボロと涙をこぼしている目は、真っ赤に充血している。
「王宮の荷馬車だったんだろう!? 絶対に王だ!! あいつがぼくから姫を奪いに来たんだ!! うっ、うぅ……! き、騎士達よ何をしている……!? 早く姫を取り戻すんだあっ……!!」
髪を振り乱し、わんわん泣くアジュガを、ウィスは「落ち着いてくださいな」と宥めた。それを乱暴に振り払い、アジュガはセージを強く睨みつける。
「セージ!! 早く指示を出せ!! 王の騎士を追え!! 姫を探すんだ!!」
「あのねぇ、アジュガ様。さすがに王に対して不敬ですよ。それにねぇ――」
セージはううんと唸り、顎を一撫でする。
「僕は違うと思うんだよねぇ……」
「何がだっ!!」
噛みつくようにアジュガが言う。
「いや……。姫様を攫ったという騎士のことですよ。――ジェット、そいつは確かに王宮の騎士だったかい?」
セージが疑問を投げかけると、さっきから一言も発さずにうなだれていたジェットが顔を上げた。そしてどんよりとした眼をセージに向け、「ああ……」と短く答える。
「……少ししか見えなかったけど、鎧には王宮騎士団の紋章が彫られていたと思う……」
「なるほどね。王の騎士であることは間違いない、と」
「ほら!! 王の差し金だ!! 王宮に抗議も出さねば!!」
確信を得たとばかりに部屋を飛び出そうとするアジュガを、これまたウィスが引き留める。セージはウィスに礼を言うと、「だから違うと思うんですよねぇ」と口にした。
「あの時、ジェットを拘束していた魔法が『闇魔法』だったから――――」
「……闇魔法だと、王の仕業ではないと言うのか?」
これまで黙って聞いていたディルが、セージに尋ねる。セージは頷くと、
「僕の知っている王様はさ、闇魔法がお嫌いで……。自分のもとに置く騎士に、それを修めることを許しはしないと思うんだよ。例え最下級の騎士だとしてもね」
セージは腕を組み、軽く首を傾けた。
「王様は『闇魔法の使い手は影の民に通ずる』って考えをお持ちだからさ。闇魔法を使えることを隠してたとか、騎士になってから闇魔法を覚えたとかあるかもしれないけど……。でも、そんなことよりも気になるのが、『攫う』という手段だ。
――おかしくないかい? 王様なんだからわざわざ攫わなくとも、普通に召喚すればいいんだ。理由だって、実の娘の顔を見たくなったとかなんだとか……、なんとでも考えられるよ」
そこまで言って、セージは視線を床に落とし「まぁ、無いと思うけど」と小さく付け足した。
「……そうか」
アジュガは鼻をすすると、「そうかもしれない……」と肩を落とした。
「……なら、セージは誰が姫を攫ったと思う……?」
「影の民――――じゃないかな」
アジュガは常ならば半分閉じているような眼を大きく見開き――「馬鹿な!」と声を上げた。
「影の民なら祈りの花の結界をどうやって越えてきたというんだ! 森にはついこのあいだ、祈りの種を蒔いたばかりだぞ!」
「新しい花は、まだ咲いていないでしょう? 今咲いている花はだいぶ力が弱くなっているだろうし……。それに気になるんだよねぇ、ジェットが言っていたことが」
「ジェットくんが言っていたこと?」
ウィスが訊くと、セージは「火傷のことさ」と答えた。
「そうだ……。あいつは火傷をしていた。それで姫は……、あいつを助けようと……」
ジェットは肩を落とし、「……オレが、止めてさえいれば」と呟く。
――今、この場で一番後悔の念に苛まれているのは、ジェットであろう。
「その火傷……。花の結界を無理やり突破した時にできたものじゃないかな?」
「……そんな……。影の民が結界を無理やり抜けたなら、ちょっとした火傷じゃ済まないはずだ……」
「そう。それは僕も思う。だから、確信ではないけど……。そんなに的外れではない気もするね」
「……影の民ならば、なぜ……。ま、まだ誕生日じゃあないのに……」
アジュガが声を震わせる。
「それが不思議だ。――火傷の男を捕まえてみれば、少しはわかるだろうが」
「………………」
室内が静まりかえる。皆それぞれ考えに耽っているのだ。
そんな中、声を上げたのはディルだった。
「姫様を追おう」
「――……ディル君」
「可能性として、王からの差し金というのが消えた。王都へ向かう必要はない。なら次に何ができるか、だ」
そう話すディルの目は、ひたすらにまっすぐだ。
「男は馬車で姫様を連れて行ったんだ。轍を追っていこう。恐らく馬車は途中で捨てているだろうが、それでも何もしないよりかはましだ」
「……」
膝の上で、ディルの固く握られた拳がふるふると震えている。怒りと、やりきれなさ――そして不安を、無理やり押さえ込んでいるのだ。
そうしてまでディルは、冷静に現状すべきことを見極めようとしていた。
セージはディルに一瞥をくれると、フッと息を吐く。
「僕だって、何もしないとは言っていないよ」
セージが一歩前に進み出る。そして言った――。
「これから我々花守りの騎士は、姫様の行方をお探しする。まずは村に預けている馬を取りに行こう。馬車のあとを追うのに、人の足では遅すぎる。身支度を整えたらすぐに出発だ。五分後に玄関ホールに集合せよ」
「――はっ!」
花守りの騎士達の声が揃う。
小走りで部屋を出ていく騎士達を見送り、セージは彼らと同じく、部屋をあとにしようとしていたアジュガに声をかけた。
「アジュガ様。あなたはここの守りをお願いします」
「な、なぜだ……!? ぼくも姫をお探しする……!」
「神殿を守る者が必要です。我々が出ているあいだ、もぬけの殻となったここに奇襲をかける輩がいるかもしれない。――誕生日前のこの時期に、姫に危害が加えられること自体が想定外のことなんです。さらなる問題が起こってもおかしくはないでしょう」
「う……、うむ……」
「結界の監視をお願いしますよ」
わかったと頷くと、アジュガはセージに頭を下げた。
「ぼ、ぼくにできることは少ない……。セージ……。姫を……、無事連れ戻してくれ……。頼む………!」
セージはアジュガの肩を軽く叩くと、「もちろんです。必ず手がかりを見つけて戻ります」と目を細めて言った。
そして独り言のように、
「……何者かは知らないが、よくも姫様を……。はらわたが煮えくり返るとはこのことを言うのだねぇ……」
そう昏い声で呟いた。




