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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の追走
17/32

 ある日の朝。ディルは談話室から聞こえてくる、アジュガの金切り声で目が覚めた。


「――う……ん……」

 時計を見たところ、まだ夜が明けてからそんなに時間は経っていないようだ。

(こんな朝早くに何を騒いでるんだ……)

 ディルは眠たい目をこすりながら、イスにかけていた上着を羽織る。そして自室の扉を開けると――。

「あら。おはよう、ディルくん。ちょうど起こそうと思って来たところなのよ」

 扉の前には険しい顔をしたウィスがいた。

「はよ……。こんな早くに……。何かあったのか?」

 ウィスはしっかりと身支度を整えている。朝早くからしなければならない仕事など、特に無かったはずだが……。どうしたというのだろう。

「ええ……。詳しい話はセージ様がするわ。とにかく今は談話室に来てちょうだい」

 ウィスの緊張した表情から、ただならぬことが起こっているのだとディルも悟る。

「――わかった」

 ディルは寝巻のまま、ウィスと並んで談話室へ足早に向かった。

 胸の奥から湧き上がってくる、不安を抑え込みながら――――。


 談話室に入ると、そこにはセージとアジュガ、そして沈んだ様子のジェットがいた。

「何があったんだ?」

「ディル君……」

 セージは包帯の隙間から見える目をスッと細めた。

「一大事だよ」

 口調こそ変わらないが、セージの声は固い。

「……どういう……意味だ?」

「うん、時間もないから結論から言うが――」


「姫が攫われた――――」


 一瞬、ディルの時間が止まった。

 言葉を咀嚼し、理解し――叫んだ。

「なぜ姫が!? 誰にだ!?」

 セージは落ち着けと言いたげに、手をひらひらさせた。

「僕も知りたいよ。ま、とりあえず座りなさい」

 ディルは心が粟立つのを感じながら、ひとまずそれに従う。とにかく話を聞かなければ、今後の動きを決められない。


 セージはディルがおとなしく座ったことに頷くと、口を開いた。

「まず、事の始まりは僕の結界に侵入者があったことからだ」


◇◆◇


 もう間もなく夜が明けようという頃、セージは神殿の敷地に張っている結界からの信号で目を覚ました。

(結界に反応……。こんな時間に来訪者が……? 門にはまだ到達していないようだが……、誰だ……?)


 神殿と一口に言っても、その敷地は広い。

 まず姫神子が住む神殿があり、その周囲には庭と畑、さらにそれを囲むように門と塀があり――その外には神殿の所有する森があった。

 信号が送られてきた場所から、訪問者はまだ塀の外の森にいるようだった。

 セージはベッドから体を起こすと、サイドテーブルに置いてある地図に目をやった。

 地図に手をかざすと、それはほんのりと発光する。――これは魔法の地図なのだ。

「ふーん……」

 地図上に投影されていたのは馬車だった。一台の荷馬車が、門へ向かって走ってきている。

 普段神殿には、馬車で訪れる者は――まず訪ねてくる者が――ほぼいない。

 時たまやってくる訪問者は、大体王宮からの使者だ。

「運び人か……?」

 確かに、そろそろ祈りの種の運び人がやってくる時期だ。だからこの馬車に乗っているのは、運び人である王の騎士なのだろう。

「にしてもこんな時間に……」

 いつもならだいたい昼を回った頃にやってくるのだが……。日程の配分を間違えたか。

(時間まで門の前に居座られるのも……、嫌だな……)

 礼を知った騎士であれば、こんな非常識な時間に門を叩くことはないだろう。だからといって、門前で待たれるのも気分がよくない。

「仕方ない……。さっさと渡して帰ってもらうか……」

 セージは服を着替えると、姫神子の寝室に向かった。

 こんな早くに起こすのは忍びないが……。祈りの種の引き渡しには、必ず姫神子も同行する決まりなのだ。


「やあ」

「セージ……? いったいどうした?」

 姫神子の寝室の前では、ジェットが警備していた。今晩はジェットが姫神子の警護担当なのだ。

「ちょっとね。運び人が来たみたいなんだ」

「運び人が……?」

 ジェットは怪訝そうな顔をしながら小首を傾げる。それにセージは苦笑を返し、

「さっさと用事を済ませて帰ってもらいたいからさ、姫様を起こしてくれるかい? で、姫様の支度ができたら二人は先に門に向かってくれ。僕は祈りの種を持ってあとから行くから」

「わかった」

 ジェットは素直に頷くと、扉をノックし部屋のなかへと消えていく。

 セージは面倒くさそうに嘆息すると、踵を返し、種を納めている倉庫へ向かった。


 姫神子とジェット、二人が門に着いた時、訪問者の姿はまだ影もなかった。

「まだ来てないのか……」

「まぁまぁ。こちらだって種の用意はまだなんですから。――あら、でも蹄の音が聞こえてきましたね」


 姫神子の言うとおり、耳を澄ましてみると馬の蹄の音が、だんだんと近づいてくるのがわかる。

 だが、その音は――――。


「……なんか、変だ」

「ええ……。とても急がせているような……。どうしたのかしら……」

 姫神子が顔を曇らせるのを見て、ジェットは心の中で舌打ちをした。

(姫に無駄に早起きをさせたあげく、不安がらせるなんて……。王宮の騎士ってのは質が悪い……)

 ジェットは姫神子のまろい頭に、手をポンと載せる。

「たいしたことじゃないだろ。森が暗いから……。怖くて走り抜けたい、とか」

「ふふっ! 王宮の騎士がまさかそんな……!」

 くすくすと声を漏らし、姫神子は気を和らげた。ジェットもそれに、ホッと胸を撫で下ろす。


 ――昔から、姫神子が不安そうにしているのが嫌で嫌でたまらなかった。

(冗談を言うのは苦手だ……。けど、こんなくだらないことでも姫が安心するのなら……。オレも少しは……姫の役に立てるのなら……。少し、嬉しい……な)


「――あっ、見えてきましたね」

 姫神子が指すほうに目をやると、確かに王宮の荷運び用の馬車が見えた。――が。

「えっ!?」

 姫神子が驚愕した声を上げた。


 それもそのはず。御者台に座っていた人物が、馬車から転げ落ちたのだ――!


 御者を失った馬車は、それから少しだけ走り――足を止めた。

 姫神子とジェットは顔を見合わせ、そして落ちた御者に駆け寄った。

「――おい! どうした!?」

「大丈夫ですか……!? ――ああっ……!」


 ――御者は、痛々しい姿をしていた。

 火傷だろうか、手足や顔に火膨れが見える。明らかに落ちた時にできたのではない傷だ。

「何があったんだ……!?」

 ジェットはぐるりと周囲を見渡した。敵の気配はない。この男はいったいどこで、誰にこんな怪我を負わされたのか。

「それも気になりますが……、とにかくお怪我を癒しましょう……!」


 姫神子が癒しの術を施そうと、御者に手を伸ばしたその時だ。


 瞼を閉ざしていた男が、カッと目を見開いた。

 そして片方の手をジェットに、もう片方の手を姫神子に伸ばす。

「え……っ!?」

「なっ!?」


 すると掌から黒い蔦のようなものが飛び出し――二人の体を拘束した。


「お前……!! 何をする!? 離せ!!」

 ジェットが吠え叫ぶのを無視し、男はゆらりと立ち上がる。そして「やめて!」と暴れる姫神子を難なく肩に担ぎあげ、馬車の荷台へと放り込んだ。

 その時に体をぶつけたのだろう。姫神子のくぐもった声が、ジェットの耳に届いた。

「姫っ!!」

 ジェットは声の限りに叫んだ。

 なんとか拘束を解こうともがくが――黒い蔦が余計に肉に食い込んでくるだけで、自由になることはできなかった。

「……ジェットっ!!」

 姫神子の悲鳴にも似た声が、暁天に響く。

「…………」

 男は御者台に上がると、ジェットに目もくれず手綱を引いた。

「おい! 待て!! 待てって言ってるんだっ……!!」

 馬車は無情にも、元来た道を引き返していく――――。


 セージが門へ到着したのは、馬車が森の中に姿を消してから、すぐのことだった。

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