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一人の男が、暗い森のなか馬車を全速力で走らせていた。
(急がないといけないんだ……。急がないと……!)
早くあそこへ向かわねばと思うのだが、なぜこんなにも焦られされているのか、男は自分でもわかっていなかった。
一緒にいた仲間は捨ててきた。――男が切り捨てたのだ。
男とその仲間達は、王宮に仕える騎士の一員で――といっても階級は一番下だ――今回はとある任務を受け王都を出発した。
任務――それは祈りの種の運搬だ。
姫神子が作った祈りの種を神殿まで受け取りに行き、王都に持ち帰る。それが彼らに与えられた仕事だった。
月に一度だけの、けれどやり慣れた仕事。
そのはずだったのに。
どこでボタンを掛け違えたのか――。いや、本当に掛け違えたのだろうか。
男は仲間の首を切りつけてしまった今となっても、なぜそんなことをしてしまったのかわからないでいた。
あの時は確か、少し休憩しようといつも立ち寄る泉で馬車を止めた。
ボーっと、水を汲む仲間の一人を見ていたら――いつの間にか男は剣を手にしていて。
泉のなかへ、仲間の首を落とした。
鮮血が泉に広がっていくのを、これまた呆けながら見ていたら、背後から怒鳴り声が聞こえた。
名前を叫ばれ振り向いたら――また仲間の首を切りつけてしまった。
自分の剣の腕は、一太刀で首を落とせるほどではなかったはずなのに――むしろ彼は、剣術に苦手意識を持っていた――また首を落とせるなんて凄いなぁと、他人事のように思ってしまう。
――実際、すべてが終わった時も「自分だけになってしまったな」と対岸の火事を見ているような気分だった。
仲間の死体をしばらく眺めたあと、男はふと、神殿に向かうのだったと馬車に乗った。
「姫神子に……、会わなければ」
男はそのあと、一度も休みを取らずに馬車を走らせた。馬が限界を迎えた時だけ歩みを止めたが、それ以外は街にも寄らず馬車を走らせ続けた。
不思議と眠くはないし、腹も空かない。
体は疲れていたのかもしれないが、気持ちはまったくもって疲れなかった。
「姫神子に会わなければ」
なんで姫神子にそんなに会いたいのだろう、と男はぼんやり考える。
「……それはもちろん、仕事だからだ」
誰が聞いているわけでもないが、男は口に出してみた。
声は馬車が風を切る音と、夜の闇のなかに流れて消えていく。
それでも男は自分への問いかけを続けてみた。
自分は誰に仕事を与えられたのだろう。誰の為に馬車を走らせているのだろう、と。
「隊長から……、いや、王から与えられた仕事だ。花の国を守る為、俺は神殿へ向かってるんだ」
言って男は、疑問を覚えた。
――本当に、そうだったろうか。
自分は王の為、花の民の為に、今この役目を果たそうとしているのか。
違う――そんな気がする。
王都を出発した時は違わなかったはずだが、今はそれに違和感がある。
馬の苦しそうないななきが耳に届く。
そろそろ休ませなければ、鞭で打っても動かなくなるだろう。
自分が神殿にたどり着くまでは、なんとしてでも走ってもらわなければ。そう思い、男はキョロキョロと辺りを見回した。
「ん……?」
探しているうちに木々がまばらになってきた。森を抜けるのだ。
深い森を出てすぐ、男は村の名前が書かれた看板を見つけた。休むにはちょうどいいだろうが――男はそこに寄る気にはなれなかった。
「見えてきた……」
少し遠くから村を沿うように走ってみれば、村の周りは花の柵で囲まれた――祈りの種から咲いた花だろう――こじんまりとしてはいるが、居心地の良さそうな村に見えた。
それでも、立ち寄る気にはなれない――――。
男はまたしても自分の行動に疑問を抱いた。
しかし、すぐに馬を休ませるにはちょうどいい小川が見つかった為、その疑問は吹き飛ぶ。
「ふう……」
馬に水と食料をやり、男は一息ついた。形だけ息をついてはみたが――やはり疲れは感じていない。
男は小川の脇にある石に腰掛け、御者台で考えていたことを思い返してみた。
なんで仲間を殺したんだろう。
なんで姫神子に会わなければと急かされるんだろう。
誰からこの命を受けたんだろう。
誰の為にこんなことをしているんだろう。
いくつか明確な答えがあるものもあるが、正直、はっきりこうだと言えない疑問もある。
「答えを出せるのは……。俺に命令した人くらいか……」
男は手近にあった石を、小川に一つ、投げ入れた。
「『蜃気楼の術師、ルフト=シュピーゲルング様』の為……」
男は驚いた。
自分で口にした人物の名に覚えが無かったからだ。
「ルフト=シュピーゲルング様……?」
再び名を唱えてみるが、どうしてもその名を思い出すことはできなかった。
「でもまぁ……、どうでもいいか」
男は立ち上がり、馬車を走らせる準備を始める。
こんなことを考えている場合ではないのだ。
自分はとにかく『ルフト=シュピーゲルング様』の言う通り、姫神子に会いに行くだけ――――。
男は、自らに疑問を投げかけることをやめてしまった。




