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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の日常
12/32

「――ガ……。ア……ガ……――。――――アジュガ!」

 名を呼ばれ、アジュガはハッとしながら顔を上げた。どうやら自分は、過去の記憶の波に身を委ねていたようだ。


「何ボーっとしてるんだ?」

「い、いや……。……なんでもない」

「なんでお前がぶすくれるんだよ……。急に黙ってほっとかれたのは私のほうだぞ……」

 ディルは小さく溜め息をつくと、「まあいいけど」と呟く。

「とにかくアジュガは、姫神子に会いたい一心で、努力して紫の魔法使いになったと」

「……ああ」

「なら私と同じだな!」

 ディルは屈託のない笑顔をアジュガに向けた。

 アジュガはその気楽そうな顔に、若干苛立ちを覚えた。

 お前と違って高尚な理由があるのだと言ってやりたくなったが、それを説明するのは――王とのやり取りを含め――少々面倒で、グッと我慢する。


(こいつ……。姫に懸想しているのは(しゃく)(さわ)るが、悪い奴ではない……。ただ、まだ心からは信用できない……。万が一、この小僧に王の息がかかっていたら……。そうでなくても…………。すべてを話すには早い……。もうすぐ姫の誕生日。しばらくは姫をお守りする者が……。……必要だ)


「でもよかったな。アジュガが入った学舎に、姫神子の教育係が回ってきて」

「……それは、そうだな……。師匠――先代の紫の魔法使いから、次に生まれる姫神子は紫が育てると聞いてはいたが……。ぼくがその時代に紫の学舎に入れたのは運がよかった……」

「――!」

 アジュガが表情を柔らかくしたのを見て、ディルは「お前もそんな顔するんだな」とからかった。

 それを「うるさい」と言い捨て、アジュガはディルに手を動かすよう言う。

「姫の誕生日までに、もっと作っておかないといけないんだから……」

 ディルはこれに頷き、再び槌を振るい始めた。そして手を動かしながら、「なあ」とアジュガに声をかける。

「……なんだ?」

「お前も、他の者も、姫様の誕生日だからっていろいろ準備を始めているが……。少し的外れじゃないか?」

 ディルの言葉に、アジュガは心底不愉快そうに「……はぁ?」と返す。

「だってそうじゃないか。普通誕生日の準備といったら、部屋の飾りつけに食事や贈り物の手配といったところだろう? それなのにここの者ときたら――。セージは結界を強化するとかで魔法陣の調整にかかりっきりだし、ジェットは剣の訓練時間を増やすし、あのウィスだって、花を用意するんじゃなく新しい装備品を調達しに行っている。お前はお前で祈りの種の種と、祈りの種作りを私と――祝われるべき姫様に急かすし……」

 砕いた宝石を、(つる)を編んだ小さな(ふた)つきの籠に分け入れながら、ディルは不満ありげに言う。

 姫神子の誕生日が近いと聞いて、盛大に祝おうと準備をしたかったのに、仕事に追われ何も用意できていないのだ。

 もちろんこの仕事も花守りの騎士として、姫神子を助ける大切なものとわかっているが……。ディルとしては好きな人の初めての誕生日に、何かしたいという思いもあり――。

 その準備期間が潰れてしまいそうで、どうにも複雑なのだ。


「……ディル……、馬鹿か? 的外れなのはお主だ……」

 そんなディルに対し、アジュガは呆れたような顔をした。

「姫神子が十八になる誕生日を何だと思っているのだ……」

「なんだとって……。えーっと、影の民に狙われやすくなる?」

「……そうだ。遊んでいる場合じゃないのはわかるだろうが……」


 ――姫神子が花女神から授かった力を真に発揮するのは、十八になってからだと言われている。

 心も体も熟すのがこの年とされ、それから二年の間が《姫神子の全盛期》で、二十を超えるとゆるやかに力が減退していく。

 この全盛期を迎えた姫神子の持つ力は強大なものだが――同時に、極上の香りを持つ花のように影の民を惹きつけてしまう。


 ――姫神子はおとりなのだ。


 花の民を影の民の牙から守る為、強い香りで影の民を惹きつける。

 影の民は、姫神子の香りに本能的に抗えず……。全盛期を迎えた姫神子に垂涎(すいぜん)するのだ。

 また、ある言い伝えが影の民のなかで広がっているらしく、それも姫神子が狙われる一因となっていた。


 十八を迎えた姫神子の髪を身に着ければ魔力が上がり。

 十八を迎えた姫神子を()めば不老となり。

 十八を迎えた姫神子の血を飲むと不死となる。


 本能と欲望の両方を刺激され、影の民は姫神子を渇望(かつぼう)する。

 つまり力が衰えるまでのこの二年間が、姫神子を守る者にとって一番苛烈な時期なのだ。


「祈りの種を多く作らせているのは、国土に配布する分に加え、神殿の守りを強化する為……。他の騎士達の行動は言わずもがな……」

 ディルが小分けにした祈りの種の種を大きな箱に入れながら、アジュガは言う。

「うん。わかっている。――しかしなぁ、姫の十八の誕生日は生涯に一回きりなのだぞ。そんな不安に怯えるだけの誕生日なんて……。せっかくだから、楽しいものだったと、のちに思い返してもらえる日にするほうがいいじゃないか」

「……甘すぎる」


 この少年は、姫神子を失った時どんな悲劇が国に起こるか知らないからそんなことを言えるのだ。歴史を紐解けば、その惨状からいかようにも学ぶことができる。


(国に降りかかる不幸もそうだが……。それ以上に……。ぼくの姫を失ってなるものか……)


 アジュガは呑気そうにしているディルを一瞥すると、「お主も気を引き締めろ……」と戒める。

「それはもちろん。私は姫様をお守りしてみせるよ」

「……ふん。騎士になったんだ……、当たり前だ……。それよりさっさと箱を背負え。――姫に祈りをこめてもらいに行くぞ」

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