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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の日常
11/32

 アジュガが紫の魔法使いとなってから二年後。

 紫の学舎に王宮から伝令が届いた。


「王妃ご懐妊……、花女神の紋章、有り……!」

 アジュガはこれを知り、柄にもなく声を上げ、弟子達の手を取って小躍りしながら喜んだ。同期の魔法使いや弟子が落ち着けと宥めるまで、伝令を手にしたまま舞い上がった。

 アジュガの最終目的は紫の魔法使いになることではない。それはただの手段であって、彼の目的は師匠に見出されたその日から、『姫神子の教育係』になることなのだ。

 それが、やっと叶う――――!


 それからアジュガは数人の弟子を引き連れ、急いで姫神子の神殿に向かった。これから神殿の主となる、幼き姫神子の住まう場所を整えなければ、と。

 神殿は前代の姫神子が去ってから、すでに幾数年か経っている。

 前代の姫神子の教育係を務めた青の魔法使いの派閥――青の学舎が、時折手入れはしていたようだが、それでもアジュガ達が着いた時、神殿は寂れた空気を放っていた。

 アジュガ達はそんな神殿や庭を掃除し、これからやってくる姫神子の為に新しく花の種を植えた。


 生まれてくる姫神子はどんな子だろう、と想像を膨らませながら――。


 そしてアジュガは、神殿内も大幅に変えていった。

 前代の姫神子の趣味で置かれていた家具や彫像をすべて売り払い――これらはアジュガに言わせると、趣味の悪いものばかりだった――神殿のもともとの装飾を活かした内装にすることにしたのだ。

 これまで部屋の装飾に興味の無かったアジュガにとって、これらはなかなかに骨が折れたが――学舎にあるアジュガの部屋は、大量の本と草花と魔法薬が整頓されることなく置かれている――これから自分が育てることとなる姫神子のことを思いながら、あれやこれやと用意するのは楽しかった。

 特に姫神子の自室となる部屋を整えるのは、アジュガの心をときめかせるものだった。


 ふわふわの布団を敷いた赤ん坊用のベッド。

 華奢な花がいくつも咲き誇るシャンデリア。

 カーテンは淡い桜色に統一し。

 愛らしいぬいぐるみを何体も座らせた。


 かつて本で読んだ、十五代目の姫神子みたく育つよう、アジュガの思う可愛らしいものや美しいもので部屋を埋め尽くしたのだ。

 アジュガは花女神フロールに、姫神子が無事産まれてくるよう、毎日かかさず祈りを捧げた。

(あなた様の分身が、何事もなくこの世界へとお姿をお見せしてくださいますように――)


 そうして何ヶ月かが過ぎた頃。

 覚えるほど読み返した育児書を飽きることなく読んでいたアジュガのもとに、伝令役の騎士が王宮からやってくる。

(ついに……、ついにこの時が来た……!!)


 騎士が運んできたのは、アジュガの待ち望んだ、姫神子誕生の報せだった――――。


◇◆◇


 いつもの脂ぎった髪を綺麗に洗い、弟子に丁寧に櫛を入れてもらう。

 染み一つない上等なローブを身に纏い、歴史ある杖を携えたアジュガの姿は、本当に彼なのかと疑いたくなるほど。

 その日のアジュガは、誰から見ても立派な魔法使いだった。

 弟子達に送り出され、アジュガは馬車に揺られ王都へ向かった。


「……そなたが紫の魔法使いか」

 玉座に通されたアジュガは、深々と(こうべ)をたれた。

 貧しい生まれのアジュガにとって、王宮もそこにいる人々も見たことのない華やかさで、内心不安が芽を出していたが……。

 今代の紫の魔法使いとして堂々と礼をとる。

「は――。姫神子誕生の報せを受け、馳せ参じた次第です」

「…………。(おもて)を上げよ。――姫を連れてまいれ」

 王は側に控えていた従者に命ずる。


 しばらくすると、一人の騎士が赤ん坊を抱きかかえて現れた。

 騎士は顔を隠すように包帯を巻き付けた――隙間から除く皮膚は焼けただれているように見える――不気味な姿をしていた。

 だがアジュガにはそんなことどうでもよかった。

 気になるのは彼が腕に抱えた赤ん坊のこと――。布にくるまれ顔は見えないが、あの子こそが、アジュガの待ち望んだ姫神子なのだろう。


(あの方が……! ぼくの姫神子……!!)


 彼は赤ん坊を王の隣に座る王妃の腕へ渡すと、そのまま王妃の後ろへと控えた。

 王の後ろではないことから、王妃付きの騎士なのだろう。

「さて、まずは余の考えをお主に伝えておこう」

 王は、王妃の腕の中ですやすやと眠る姫に目をやったあと、こう口火を切った。


「余は、我が娘を姫神子にするつもりはない――――」


「なっ……!?」

 アジュガは驚きのあまり、言葉を失った。王は……、花の国の王は、今何と言ったのだ。

「姫は他の王子達と同じく、城で育てるつもりだ」

「な、な、何をおっしゃいますか……!!」

 呆けていた頭に活を入れ、アジュガは王に意見した。

(姫神子がこの国にある意味を、王はわかっていないのか!?)

 姫神子を城で育てる――。乱心したとしか思えない言い様だ。

「ふざけているのか、とでも言いたげだな」

「い、いえ……。そういうことでは……。しかしながら、どういうお考えがあって王はそのようなことをおっしゃるのです……!? 姫神子は――――」

「姫神子は影の国の民から花の国の民を守る、国の要……。そう言いたいのだろう?」

 王は揺らぐことなく堂々と言ってのける。

「は、はい……。その通りでございます……」

「しかし我が国の兵士達は日々鍛練を続け、十分に力をつけた。はるか昔に比べると、武器も装備も質の良いものとなり、城に仕える魔法使い達の技術も向上している。姫神子が不在であったあいだ、彼らはよく国を守ってくれていた。――そんな今の時代に、本当に姫神子は必要か?」


 王の強い瞳がアジュガを射抜く。


「祈りの種の持つ力が素晴らしいことは認めよう。その奇跡の力は、先代の姫神子が存命の折に目の当たりにした。祈りの種がこの国に必要というならば、姫に作らせよう。――だが、わざわざ神殿で暮らして作る必要があるのか?」

「お、お言葉ですが……! 祈りの種は神殿の祈りの間にて祈りを宝石に捧げなければ、生み出すことはできません……! 別所での作成は過去の姫神子が試み、失敗しております……!!」

「ふむ、ならば祈りの種を作る時にだけ、神殿に向かえばよいではないか」

「種を作るのに、姫神子は大変なお力を要します……! 花の国全土に定期的に種を届けるには、毎日少しずつ祈りの間で種を生み出さなければなりません……。王都と神殿の行き来は無駄に時間がかかりますし、姫神子の御身に負担をかけるだけでございます……!!」

「姫神子が種を作り出すのは(とう)を越えてからだろう? それまで王宮で育てるのはどうだ?」

「――なりません!!」


 アジュガは必死になって反論した。

 姫神子の『役目』は、影の民を払うだけではない。国土を繁栄させることもある。

 彼女らは生きているだけで国の天候を安定させ、国土に富をもたらす。

 しかしその恵みの力は、神殿にいなければ真の力を発揮できないのだ。これは花の国の長い歴史からわかっている事実――――。


 アジュガは懇々(こんこん)と王に訴えかけた。


 口下手で人前に出ることが苦手なアジュガにとって、大勢の人間に囲まれ、王の御前で話すことは苦痛でしかなかった。

 けれども、これだけは譲れないのだ。


 姫神子を、姫神子として育て上げる――それはアジュガの積年の夢なのだ。


「王が姫をお手元に置いて育てたいのはわかります……! 王の御子なのですから、王子方と同じく愛おしいことでしょう……! しかしこれは花の国の……、そして民の為になること……! どうかご理解いただきたい……!!」

「…………」

 アジュガの懸命な言葉が響き、玉座の間がしんと静まり返った。


 ――その静寂を破ったのは、王の高らかな笑い声だった。


「……王よ、何がおかしいのか……!」

 不快のこもった声で、アジュガは訊いた。

「はは……。いや、すまんな。お主の気を害すつもりはなかったのだが」

 王はそれでも面白そうに笑いを漏らす。不敬であるとはわかってはいたが、アジュガは語調を強め、再び何がおかしいのかと問うた。


「――紫の魔法使いよ、お主は先代の姫神子がどういう人物であったか知っているか?」

 王はアジュガの問いには答えず、逆にアジュガに質問を投げかけた。アジュガは不機嫌そうに「いえ……」と返す。

「先代がお役目についていらっしゃる時、わたしは勉学に励んでおりましたので……。神殿の様子を含め、学舎の外のことには疎くございます……」

「そうか。ならば教えてやろう」

 王はずいと前のめりになり、声を潜める。


「――先代の姫神子はな、魔女だったのだよ」


「は……?」

 アジュガはポカンと口を開けた。王の言う意味が、わからない。

 姫神子は女神の魂を持つ聖女――――。まかり間違っても魔女などではない。

「驚くだろう? だがまあ、聞きたまえよ」

 王は体を戻し、過去を思うような遠い眼をした。そして、先代の姫神子について語りはじめる――――。

「あの者はな、派手好きでごうつくばりな女だった。神殿に高価な置物をいくつも送るよう要求し、着る物は極上の品しか許さない。花守りの騎士には見目麗しい若い男を選び、必要以上に神殿に侍らせた。先代王――父は、この女の為に国庫が湯水のように消えていくのをなんとか止めようとしたが、結局は女が姫神子の役目を終えるまでそれを止めることはできなかった。――何故だと思う?」

「……それは……。姫神子が花の国鎮守の、重要な存在だからでございましょうか……」

「その通り。父は国民の安寧の為、女が役目を放棄しないように言うことを聞き続けた。そのおかげで、女はしっかりと役目を果たしてくれたよ。――けれどもな、このわがままを聞く意味は本当にあったのだろうか? 王宮に置く騎士を減らしてまで、先祖代々受け継いできた宝のいくつかを手放してまで聞く必要はあったのだろうか?」

「……っ、それは……! わたしにはお答えが難しゅうございます……が、先の教育係……青の魔法使いがしっかりと教育をし、姫神子を諌められなかったことも――」

「それはどうであろうなぁ」

 王は顎を撫で、考えるように瞼を下ろす。

「青の魔法使いは、魔法はもちろん、人の道もよく知った人格者であったと聞く。彼の教育に非は無かったと、当時神殿に仕えていたものは口を揃えて言っていた。――そのような人物でも、姫神子を止められなかった。であれば、誰なら止められたのか」

「そ、それは……」

「――そんな女でも、間違いなく姫神子だった。女神の魂の入った、神の子だった」

 王はスッと目を細め、「私は思うのだ」と言う。そして――。


「花女神の魂は時を経て穢れ、すでに姫神子は呪われた子となったのではないか――と」


「――――っ!!」

 アジュガは叫んだ。そんなことあるはずがない。

「では素晴らしい教育を受けて育ったはずの娘がなぜ、あのような妖婦に育ったのだ? 周りが悪くないのなら、それはもう、本人の生まれついての性質――魂の問題ではないか?」

 反論の言葉が次々に浮かんでくる。

 けれどもアジュガはそれを上手く口にすることができなかった。言いたいことがありすぎで、脳も言葉も渋滞を起こしてしまったのだ。

 アジュガはただひたすらに、違うのだと王に向かって叫んだ――。

「…………」

 王はアジュガが喚くのを止めはしなかった。

 しかし、疲れたアジュガが息を吐いた時、こう言った。

「余は、呪われた魂を持つ我が娘を、少しでも正しき道へと歩ませようと思っているだけだ。余の元を離れ、姫神子の役目を与えてしまえば――あの女と同じ魂を持つ娘だ。あの女のように道を違えてしまうかもしれない。――役目を放棄してでも、余の側で律してやらなければ」

「違う!!」

 肩で息をしながら、アジュガは吠えた。そして。


「同じ魂を持つと言えど、姫神子は記憶の継承をしない! 器の体が違えばそれはもう別人だ! 王はなぜ自分の娘が立派に役目を果たす聖女であると信じてやらないのか!! ぼくは信じるぞ!! ぼくがこれから育てる姫神子は、間違いなく誰からも認められる素晴らしい聖女となる!!」


 ――王は、にんまりと笑った。その真意は見えない。


「ならば好きにするがいい。慣例に(のっと)り、姫神子は紫の魔法使い――お主の思うように育ててみよ。余は姫神子というものに反対の立場は崩さぬゆえ、協力はせぬが……。邪魔もしない。我が娘の神聖さを、証明してみせよ――――」

 アジュガは敵意をむき出しにしたまま、「御意に」と吐いた。

 王はそれに笑みを浮かべたまま頷くと、隣に座る王妃に声をかける。

 すると王妃は、姫を抱いたままゆっくりとアジュガの側までやってきて、

「娘をお願いしますね――――」

 と、姫をアジュガの腕に抱かせた。


「必ずや、姫神子の栄誉にふさわしい女性へと育ててみせましょう……!」

 アジュガの言葉に頷き、わずかに口角を上げた王妃は――感情の読めない(くら)い瞳をしていた。


 その時の王妃の(まなこ)は、今もアジュガの心に焼きついている。

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