悪戯な笑顔が映る林檎飴
「私は林檎飴!」
「わかる~、でもかき氷もいいよね!」
昼休み。
購買部から昼食を買って帰ってくると、女子たちがなにやらお祭りに関係している食べ物を言い合っていた。
「林檎飴でしょ! これが最強だから!」
「いやいや、暑い日だからこそかき氷でしょ! わたあめとか林檎飴ってさ、ベタベタするじゃん?」
「それは莉子の食べ方が下手なんじゃない?」
「なによ~、紗枝! 私をバカにしてるのかな?」
お互いに憎まれ口を叩きながら、ニヤニヤしている表情は止められないようだった。
そこで俺は思い出した。今日は地元のお祭りだったことを。
「ちなみに、聡太は何が好きなの?」
「紗枝、通りかかった俺に話を振るなよ。莉子とやってろよ」
「いいから、いいから。あくまで参考に、の方向で」
「仕方ないなぁ……」
紗枝に逆らうと面倒くさい。お祭りでいつも食べているものを思い出す。
「焼きそば、かな」
俺の回答を聞いて、二人は顔を見合わせた。そして、紗枝が代表して俺に言った。
「つまらない」
だから苦手なんだ女子は。特に紗枝って女は。
お祭りはこの街にある運動公園でいつも行われていた。近くには川が流れており、お祭りの終盤には打ち上げ花火が毎年の恒例であった。
「にーちゃん、つぎはしゃてきやりたい!」
「分かった。じゃあ行くか」
俺は弟と人混みの中を掻き分けながら歩いていった。こういった人ごみは嫌いだが、弟が「行きたい!」とどうしても譲らなかったので、こればかりはどうしようもなかった。
「にーちゃん、ぜんぜんあたらないよー」
「ん? 貸してみな」
弟からおもちゃの銃を受け取り、しっかり狙いを定めてキャラメルの箱を落とした。
「さすがにーちゃん! すごい!」
「まあ、これくらいはな。任せておけよ」
「じゃあ、つぎはね……」
弟の行きたい場所へと巡りに巡った。お面屋や金魚すくい、チョコバナナにくじ引き。弟はお祭りを満喫しているようだった。
「じゃあね、つぎはりんごあめ!」
のんびりと歩いて林檎飴の店に行き、弟は財布の中身を確認した。
「にーちゃん、たいへんだ!」
「どうした?」
「なんにもはいってない!」
俺は弟から財布をもらい確認する。確かに、親からもらった軍資金はもう底をついていた。
「じゃあ、林檎飴はお預けだな」
「えー!食べたいよ!」
「そう言われても、買えないんだから仕方ないだろ」
ああだこうだと、何かしら弟がわめくのを俺はどうしたもんかと考えていた。
「あれ? 聡太じゃん! なにやってんの?」
背中越しから聞き慣れた声に、すべての音が俺から離れていった。
何かの冗談だろ? 俺は恐る恐る振り返った。
「さ、紗枝!? なんでここにいるんだ!?」
俺の悪い予感は的中していた。
「なんでって……そりゃあ、お祭りだから」
「そういうことじゃなくてだな!」
俺はそこで紗枝の全体像を見ることができた。水色の生地に金魚が泳いでいる、この季節、この空間にピッタリな浴衣を着ていた。手を後ろに組んでいる立ち姿は、ポニーテールの髪型と相まって凛とした雰囲気が漂っていた。
「じゃあ、どういうことよ?」
「そ、それは……そう、そうだ! どうして一人なんだ? 莉子とか他の友達はいないのか?」
「莉子は彼氏と回ってる。友達は塾とか習い事とかで来れないんだってさぁ~」
俺は、目線を外して少し俯いた紗枝になんて声をかければいいか分からなかった。
「にーちゃん、このひとだれ?」
弟が俺のズボンをクイクイっと引っ張って俺に注意を向けた。そこで俺はある一つの作戦を思いついた。
「ああ、紗枝だよ」
「さ、さえだって!」
「そうだ、あの紗枝だ!」
弟はそう叫んで、頭に被っている仮面のヒーローのように、戦うポーズを決めた。
「にーちゃんのてき、ぼくがあいてだ!」
「敵? ほほう……」
紗枝からの視線は俺の鼓動を早くした。後ろめたさもあり、俺は目を背けることしかできなかった。
ただ、なんとなくだが、その態度に少しホッとしたような気もした。
「そうか~、お姉ちゃんは敵なんだ~。悲しいな~」
紗枝が後ろに組んでいた右手を前に差し出した。
「仲間になってくれたら、この林檎飴、あげるのにな~」
紗枝はわざとらしく弟の目の前で林檎飴をちらつかせる。
「ほらほら~」
俺はその表情を今日の学校で見たような気がした。
そうだ! あれは何かをたくらんでいる顔だ!
弟よ! 飲み込まれるな!
しかし、弟は紗枝が見せる林檎飴を受け取り、ゆっくりと紗枝に近づいた。そしてこちらに振り向いて、さっきまで紗枝に向けていた構えをこちらに向けた。
「わるい、にーちゃん。おれはこれからはさえねーちゃんのなかまだ」
弟は林檎飴を頬張り、紗枝と手を繋いだ。
「じゃあ、お兄ちゃんは敵だね!」
「うん!」
「じゃあ、お姉ちゃんと色々と回ろう!」
「おーう!」
「お、おい! ちょっと待て!」
先を行く二人を追いかけるように俺は歩き出した。
そこからはもう怒涛のように屋台を楽しんだ。
輪投げを一緒にやったり、型抜きをやったり、色々な食べ物を食べたり。
弟よ。俺といるときより、いい笑顔をしているじゃないか。お兄ちゃん、少し悲しいぞ。
しかしながら、紗枝がこんなにいい笑顔をするとは知らなかった。学校だと、いつも何かを企んでいるような表情をしているというのに。
何をどこで俺は勘違いしていたのだろうか。という気さえしてきたのは、何かの勘違いか?
買い物を終えると、この喧騒の中、二人の声がやけに大きく耳に飛び込んできた。
「聡太! 早く! 置いていくよ!」
「にーちゃん!」
何だか二人が先のほうで大きくこちらの手を振っている。俺は右手を挙げて応じた。
屋台を満喫した俺たちは、運動公園の少し外れにある公園へと向かった。
「ここ、案外人がいないんだね」
「みんな河川敷のほうに行っちまうからな」
「ああ、確かに。私もそうだった」
俺と紗枝は空いているベンチに腰をかけた。弟は滑り台に昇ってより近くで花火を見ようとしていた。
「悪かったな。弟、騒がしかったろ?」
「全然! あれぐらい元気な方が私は良いと思う! だって男の子だもん」
紗枝がこっちを見ていることには気づいているが、どうも俺はそっちを見れなかった。
「あとさ、これ、やるよ」
目線を外したまま、俺は右手に持っているものを差し出した。
「あ、林檎飴! どうしたの?」
「さっき弟にあげて食べられなかっただろ? そのお礼だ」
「別にいいのに!」
「気にするな。弟と遊んでくれたお礼だ」
そう言って、俺はもう片方の手に持っていたものを口に運んだ。
「あれ? 聡太も林檎飴食べてる! 焼きそばじゃないの?」
「気分だよ、気分」
「え~? 本当は好きなんでしょ?」
「うるせぇな!」
横目で見た紗枝は、悪戯にケラケラと笑っていた。
学校で感じたあの嫌悪感はもうどこにも無かった。
「じゃあ今度、焼きそばおごってあげるよ~」
「予定が合ったらな」
「特別な予定なんか入ってないくせに~」
まあ、その通りなんだけどな。
「にーちゃん! さえねーちゃん! はなびはじまったよ!」
弟の声をきっかけに空を見上げると、上空には美しい花火が打ち上がっていた。
「さ! 行こう、聡太!」
先に歩き出した紗枝に並ぶように、俺はベンチから立ち上がった。
読んでいただき、ありがとうございました。