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兎の王女は怠惰に生きたい  作者: アポロン
2/2

王家からのお手紙

カロリーネをカロリーナと間違えている箇所があったので修正しました(7/26)

 それなりに晴れ渡った空に、春も終わりごろの暖かさ。

 低い木の柵の向こうには、この間のエルダーゴーレムの襲撃を感じさせないほどに賑やかなミスィオーンの街並みが望める。

 そこで、俺は何時ものように、騎士団の訓練場で身体の鍛錬をしていた。

 

 鍛錬をしていたの、だが。

 ふと顔をあげたとき、ニヤニヤした顔を引き締めて、大きくこちらに腕を振りながら、駆けてやってくる友人に気付いた。不自然に笑いを隠してる時点で、正直碌な事じゃないだろうなとは思うので、是非とも耳を貸してやりたくない。

 無視してやろうか。視線をそいつから外し、無言で鍛錬を続けてみる。

「いや、そんなあからさまに目を逸らすなって……。お前が俺に気付いてるの、バレてるからな?」

 しかし無視できなかった。

 こいつの名前はカール。なんというか軽い奴だ。一応、俺の友人というか、まあ騎士団の中でも一番に仲が良い奴だったりする。

 ここに居ることからも分かる通り、騎士団員の一人で、ハルバードとよばれる槍斧の使い手だ。こいつのことを認めるのは癪だが、騎士団の中でも指折りの強さを誇る。同じ年代の騎士団員の中では、最強と言ってもいいかもしれない。

 俺の方が強いけども。うん、意地になってるとかそういうわけではなく。

 ほかの騎士団員が下級貴族だったり農民だったりを出自としている中、カールの実家はやり手の商会だったりする。これまた謎多い奴なのだ。本人はただの軽い奴だが。

「で、何の用だ? わりと今訓練に身が入ってたんだがな……。下らない用事だったらただじゃおかんぞ」

 とりあえず俺は親切に話に乗ってやる。なんと優しい俺だろう。

「あれ、言葉の端々から険を感じるのは気のせいかな……。ただまあ、一応お前にとっても大事な話だし、聞いてくれよ」

「そりゃ済まなかった。てっきりまたお前の面倒ごとに巻き込まれることになるのかとばかり」

 明らかに態度が怪しかったんでね。仕方ないよな?

「お前は俺を何だと思ってるんだ。……あー、ライムント。お前に騎士団長様からお呼び出しがかかってる。今すぐに来い、だそうだ」

 なんと。

「さっき騎士団長とすれ違ってな、その時に呼びだすよう言われたんだ。それにしても、かなり真剣な顔で言われたぞ。お前いったい何やらかしたんだ?」

 心配するような口調だが、カールの声色と表情からは楽しそうな感情が抑えられてない。

「お前、やっぱり面白がってやがるな」

「……なんのことやら」

 それでこいつ、さっきからやけにニヤけていたのか。

 だがどちらにしろ、騎士団長からの呼び出しだとすれば、断るのはよろしくないだろう。やましいことは特にしてないし、割と暇してたのも事実だ。

「カール、教えてくれてありがとな。ちょっと行ってくるわ」

 俺は、騎士団の制服である上着を羽織り、そしてカールに軽く手を振った。

「おう、生きて帰って来いよー!」 

 ……だから、なんでこいつは俺が何かをやらかしたこと前提なんだよ。



 ドアを開け、騎士団長のいる部屋へと一歩足を入れる。

「ライムント・ミスィオーン、ただいま参りました」

 そういうと、部屋の奥で座っていた騎士団長が顔をあげて、こっちをみる。四十代も後半に入るというのに、いまだに衰えを知らぬ身体の持ち主で、その雰囲気はまさに歴戦の軍人といったところだ。

「おう、来てくれたか。とりあえずそこらへんに座ってくれ、少しだけ話も長くなるしな」

 騎士団長――テオバルドは、実は堅苦しいのは苦手な人だ。かつてテオバルドは俺の剣術の師匠であった人だから、性格などは熟知している。

 俺が適当に部屋の隅から椅子を引っ張り出してきて、それに座ると、テオバルドは本題に入った。

「でだ。急いで来いと命令を出したからお前は怪訝に思ったかもしれないがな、実は結構深い事情があってだな」

 そう告げると、テオバルドは机の下から一枚の手紙を取り出す。

 取り出されたソレを見て、俺は久しぶりに息を飲んだ。

 それは、羊皮紙に赤い王家の紋章が捺された書簡。つまりは、王家が直接的に認めた書簡であることを示している。端的に言えば、勅命だ。

「王家からの手紙とは……また、とんでもないものですね。なにか用件でもあるのでしょうか」

 少なくとも、一介の軍事機関に過ぎない騎士団が手にできるような代物ではない。

「さてな、俺にもわからん。俺はただこれを渡されたにすぎないのだよ」

 どうやら、騎士団長のテオバルドも詳しいことは聞いていないらしい。

 王家からの書簡を預かったとして、宛名として書かれたもの以外が中身を覗き見るのは、暗黙の了解として不敬に当たる。おそらく、テオバルドも中身は見ていないのだろう。

「ただ……ここには、お前の名が書いてある。おそらく、お前に対する命令なのだろう。確かに、お前に対してなら、王家から直接の書簡が渡ったとしても不思議ではない」

 確かに……王家からの勅命を受けるのが俺であれば、問題はそう不自然ではないのだ。

 理由は二つ。一つ目の理由としては、俺が公爵家の次男だからだ。貴族の義務という名目で、騎士団の中では一人の騎士団員として活動してはいるものの、地位でいえば王家に次ぐだけのものを持っている。王家の人間と関わり合いになれても、不思議はない。

 二つ目の理由は、つい先日街を襲ってきたエルダーゴーレムの件だ。エルダーゴーレムは、十分に鍛えられたミスィオーンの騎士団が、束になっても勝てないほどの怪力の巨人だ。それを俺はほぼ単独で倒してしまった。俺が注目されるのに十分なだけの実績だろう。王家から何らかのアプローチがあってもおかしくない。

 だから、確かに王家の書簡には驚いたけれど、心当たりはなくはない、といったところだった。

「ああ、ここで読んでいってもいいぞ、その書簡とやらをな」

 考え込んでいると、テオバルドがそんなことを言ってくれた。

 もしかしたら何か重大なことが書いてあるかもしれない。いや、間違いなく重大なことが書かれているに違いない。

 ここの騎士団にも関係のある事がなにか書いてあったとして、改めてここを訪れるのも面倒だ。ここで今読んでしまうことにする。

 色々悩む前に、まずは中身を読まなければ始まらないのも確かだ。

『ライムント・ミスィオーン殿。

 先日のエルダーゴーレムとの戦いは王家としても把握している。貴殿の活躍により、このドゥンケルミッテ王国とその民の平和が守られた。その事実に、深く感謝の意を表したい。

 (中略)

 王家の第一王女にあたるカロリーネ王女においても、貴殿に対し深く興味を抱いているようだ。また王家としても、この不安定になりつつある情勢下で、王都の防衛力として貴殿の戦力に期待したいと考えている。

 ひいては、先日の件での褒賞も兼ね、貴殿を第一王女カロリーネの専属騎士に任命することとする。可能な限り速やかに、王都へと向かうように。

 ドゥンケルミッテ王国王家』

 ……。

 …………!?

 まじか。専属騎士ってそんな簡単に決まるものなのか?! 俺そんなこと今聞いたぞ。マジかよ……。

「どうした? ゴーストにでも会ったかのような顔をして。なにが書いてあった?」

「私も、まだ理解が追い付いていないところなのですが、どうやらカロリーネ王女殿下の専属騎士へと任命されたようです」

「……ふむ」

「ご覧になりますか?」

「では、すこし見せてもらおうか」

 テオバルドが、書簡を上から流し見ていく。

 その顔は、徐々に難しいものへとなっていった。

「訳が分からないな」

 テオバルドはそう言葉をこぼした。俺も同感だ。

 たしかに王女殿下の専属騎士というのは誉れある地位には違いない。我々のこのミスィオーンの騎士団というのは、騎士団を名乗ってはいるものの、あくまでミスィオーン家が私的に保持している軍隊に過ぎない。一方で、王女様の専属騎士となれば、それは本物の騎士だ。王国直属で、王権によって承認された正式な騎士団である、ドゥンケルミッテ王国騎士団。その一部門が近衛騎士団であって、そしてその中でも最高峰とも言える立場こそが、各王族一人ひとりに付けられる専属騎士である。それは確かな事実ではあった。

 だが、しかしだ。王家は今回、ミスィオーン公爵家という大貴族の子息を引っ張り出してきて、一方的に任命し、それを褒賞呼ばわりしてきた。少なくとも、それが妥当だと言える程に名誉ある地位なのかといえば、決してそうはいえないだろう。そもそも、先日軍功を上げ、戦略的に価値があると認められたばかりの人間を、故郷から引き離し王都の元に置くとなれば、それは王家が公爵家に対し謀反の意を疑っているという意味合いすら持ってしまう。まして、その武功を上げた人間が公爵家の血を引くものならば尚更だ。

 もちろん、だからこそ、王家からの勅命という手段を使ってまで、この命令を下したのかもしれない。だが一般的にいえば、この状況が道理に合ったものには見えない。何らかの裏事情を疑いたくなるのだが……

「任命されたのは、あの第一王女の専属騎士なのだろう? 第一王女――カロリーネ王女殿下の、強い要望があったと考えればいいんじゃないか?」

 そうテオバルドは解釈したようだ。

 その言葉の含意するところはわかる。カロリーネ王女、「兎の王女」殿下はわがままだともっぱらの噂だ。巷に流れる俺の噂を聞き、巨人狩りを成し遂げたという騎士を自分のモノにしたいと駄々をこねたのだと考えれば、勅命という手を使ってまで行われた、この無茶ぶりにも納得はいく。それで一応の説明ができるのは確かなのだ。でも、やはりどこか腑に落ちない。

 再び考え込んだ俺を遮るように、テオバルドは言う。

「とりあえず、今は考えても無駄なことかもしれん。結局、お前は王都に行くほかないだろう」

 そう、結局王都に行くしかない。勅命まで使われれば、穏便に断るすべはもはや無いのも事実である。

 ここでその理由がわからなくても、それで困ることはないだろう。王都に行くことが決定事項であるなら、この件に関してはゆっくり考えればいいことだ。王都についてから、何かわかることもあるかもしれないからな。

「お前に限っては、技量不足で死んで帰ってくるなんて事もまずないだろう。それは俺が保証してやる。だからまあ、そうだな。安心して行ってこい――ライムント」

「はい、師匠」

 事務連絡以外で、名前を呼ばれることもそう無くなっていた。懐かしい気分につられて、つい師匠と言ってしまった。

「……俺はもう師匠じゃないんだがなぁ」

 まあ、たまには悪くないじゃないかと、俺は思うのだけど。

「じゃあ改めまして。騎士団長、行ってまいります」

「おう、頑張れよ」

 励ましを受けながら、俺は騎士団長の部屋を後にした。

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