双子の姫と東方の英雄
ドゥンケルミッテ王国は、二大陸間を繋ぐ陸橋を占める小さな王国だ。横に細長い形をした国土は、北と南を海に挟まれていて、西と東には山を隔てた先の両大陸に位置する大国と接している。
ある年、そんな王国の王のもとに双子の王女が誕生した。その片方は膨大な魔力を有した姉姫で、もう一方は平凡な魔力を持った妹姫だった。
それから、十五年後。膨大な魔力を有した姉姫は、周りの者に甘やかされて育ったからだろうか、頭は悪いし身体も弱い、能無しの姫君へと成長した。膨大な魔力というポテンシャルを持ちながら、努力をしなかった彼女は、簡単な魔法さえ満足に使うことができなかった。それでいて傲慢でわがままで、プライドだけは高いのだから、手に負えない。そんな彼女が、唯一優れているのは、その美貌くらいなものだった。
一方で、平凡な魔力をもった妹姫は、立場に恥じないように、才能ある姉に負けないようにと、努力を重ねてきた。その結果、素質は平凡ながらも、政治から芸術まで幅広い分野に明るく、頭もそれなりに回り、体術をやらせても人並み以上、魔法についても才能ある姉よりも遥かにうまく使いこなし、魔術師としての才覚を表していた。なにより、愚直だが正義感が強く、身分を誇らず公正であろうとするその人格は、誰からも好かれるようなものだった。
幼いころは姉姫を持て囃すようだった人々も、次第に妹姫をひいき目でみるようになった。十五年たった今では、姉姫は陰で蔑まれ、妹姫はたしかな人望を持っていた。有名な童話――足の速いウサギが怠惰に居眠りしている間に、せっせと努力した足の遅いカメが兎を追い抜かし、最後にはかけっこに勝つというもの――になぞらえて、人々はこの姉妹をこう呼び表した。妹は亀の王女で、姉は兎の王女なのだ、と。
さて。ドゥンケルミッテ王国の東端の都市ミスィオーンに、エルダーゴーレムと呼ばれる巨大な魔物が侵攻したのは、つい先日のことだ。ミスィオーンは東の山脈の麓に位置し、東方大陸から見た時のドゥンケルミッテ陸橋の入り口となる場所に存在する都市だ。
王国でも第四位の人口を誇り、東部地域の中心都市となっているここを治めているのは、ミスィオーン公爵家と呼ばれる家系で、これはドゥンケルミッテ王族の血筋を源流に持つ貴族だ。それは、遠い昔、接する二大国にドゥンケルミッテが支配されていた中、独立戦争を起こした時の歴史に由来する。
ドゥンケルミッテの独立戦争の際、ほかの地域では早期に独立に成功したのだが、東部ドゥンケルミッテ地方のみは当時の東方の大国が手放そうとしなかった。そこで、独立政府を打ち立てた初代国王はその弟を東部地方を遣わした。そうして、武勇に優れた王弟は瞬く間に東部地方を制圧し、要衝となる東の山脈の麓に都市を築いたそうだ。それ以来、この土地は彼の子孫であるミスィオーン家が代々治めていて、故に王家の血を引いているのだ。
この逸話からもわかる通り、ミスィオーンの地は東方大陸の大国にとって喉から手が出るほどにほしいものだ。それは、ミスィオーンを制すれば容易に王都に圧力をかけられるからであり、そのために過去から現在に至るまで、度々のこと東方の大国はミスィオーンに手を出してきた。先日のエルダーゴーレムの侵攻についても、裏で手を引いたのは間違いなく東方の大国だと誰もが気づいている。
エルダーゴーレムとは、岩でできた巨人であり、その足は城壁を瞬く間に踏み崩し、その腕から振るわれる一撃は砦を打ち抜くと言われた怪物だ。ミスィオーンの大規模な騎士団でも、エルダーゴーレムを抑えるのが精いっぱい、それも、騎士団が必死に保っていた戦線は街の方へと徐々に後退していたほどだった。
しかし、この圧倒的な危機は、一人の英雄によって解決されることとなる。
ライムント・ミスィオーン。ミスィオーン家の現当主の次男に当たる彼は、遠い祖先の英雄の力をそのまま引き継いだかのような武勇の男だった。彼は、貴族の務めとして騎士団に従軍していただけだったが、戦況の悪化とともに前線へと飛び出していく。数少ない疲労のなかった騎士団員を支援として後方につかせると、彼は単身でエルダーゴーレムのもとへと駆ける。そうして、彼は巨人を翻弄し、打ち破り、狩ってみせた。
それは、まごうことなき英雄の姿。ライムントは、広く王国中に名を知らしめることとなる。
そんな彼が、王都に呼びだされたのは、巨人狩りを成し遂げた一か月後のことだった。