家族
*家族
良美はその後、潔く?家業を継ぎ、そして二十八歳でうまく?跡継ぎをゲットした。相手は同じ卓球仲間。良美は二十二歳で卓球を引退した後は地元のクラブでスポーツ少年団などの指導に関わり、自分も「楽しめる」卓球をずっと続けていた。だから「彼」とは今で言うところの「卓球婚。」とでもいうのだろう。
あの、かしまし娘の中で一番早くに「家庭」を持った。良美二十八歳。
三十歳での同窓会でケイコは良美に突っかかり会場を後にするという「失態」をしてしまったのだが、この頃のケイコは、良美とは程遠い、平凡すぎる毎日を送っていた。二十歳で経験した嫌な「不倫。」それからは「愛」だの「恋」だの、そんな事には一切目もくれず、ただ銀行に勤めていた。同僚の溝口良子は二十八歳で結婚し、「寿退社」していた。
不倫相手の西田は「浮気」が原因で離婚したと風の噂に聞いた。
「ざまぁみろ。」心の中で呟いた。
ケイコは特に「趣味」も持たず、唯一の息抜きは「お酒を飲むこと。」そんな毎日だった。しかし、三十を越えていよいよ「平凡」な毎日ではなくなってしまった。
病弱な母が倒れた。
「くも膜下出血。」
一命は取り留めたが母は「寝たきり」の状態になってしまった。ケイコは元々、親を支える為に銀行に就職したのだから、いつかはこうなる(介護する)ことはある程度覚悟していた。
だけど、「介護」は想像を超える「大変さ」を、そして「平凡」ではない「毎日」をケイコに与えた。
「ホームヘルパー」「介護士」「ケアマネージャー」「グループホーム」「ホスピス」
「訪問看護」今では高齢者や患者を取り巻く環境は充実している。少なくとも二十年近い前よりは。
ケイコはそうして三十代を「介護」に費やした。「体力」には元々自信があったから母の入浴介助や寝返り補助、車椅子への移動など、
苦にはならなかった。ただ、母が言う「すまないねぇ。」の片言と、日に日に持ち上げる母の体重が軽くなっていく事がケイコにとって何よりも辛かった。
銀行は結局三十二歳で辞めていた。やはり両立は出来なかった。流石のケイコでも。
失業保険で当面は家計を支えたが、父親の収入だけでは厳しいものがあり、ケイコは「夜」の時間帯の介護を父に頼み、「水商売」の世界で働き出した。自給がよく、時間帯も父が家に居る時間なので無駄がない。
この際、仕事の良し悪しは関係ない。稼げるならば何だってやってやる。こういう時のケイコは潔い。本当は反対の父であったけれど背に腹は変えられない。
「スナック」ではそんなケイコの事情も知らず、言い寄ってくる客が後を絶たなかった。
言い換えれば、ケイコはそれだけ人気があった。何でもやりこなす、スタイルもいい。
かしまし娘の中では一番「頼りになる人」だった。ケイコはそんな「下心丸出し」の客に
うんざりしながらも、でも悪い気はしなかった。嘘であれホントであれ、誰でも人に
「モテる」事はいい気分である。まして、家では「介護」でのストレスも溜まる。
そのストレス解消にはお客様の「褒め言葉」と「お酒。」
ちょっとお願いすれば、客はボトルをキープしてくれる。「下心」のある客は高級なボトルを入れてくれる。ケイコはそれを逆手にとって客から金を引き出す。ケイコにとっての銀行は今や「客」であった。
ケイコはこの仕事に就く時に決めていた事があった。それは「擬似恋愛」はあっても、「本気」な恋愛は絶対しない。それと「体は絶対許さない。」これだけは絶対守ろうと決めていた。
しかし、一人だけどうしても「心」を許してしまう、そんな客がとうとう出来てしまった。それは、恵の近所に住んでいた「ケンジ君」
彼は子供の頃、ガキ大将的な存在で恵たちにとっては「兄貴」みたいな存在だった。川で溺れた恵の流されたビーチサンダルを拾ってきてくれた、あの「ケンジ」君だ。
今は、小さいながら工務店を経営している。
ケイコにとって小さい頃の思い出は恵ほどないが、記憶には残っていた。ケンジ君はバツイチだった。二十歳そこそこで結婚して、二年で離婚。本人曰く「若気の至り」だと。
ケンジ君の父とケイコの父は共に職人で付き合いがあり、ケンジ君は父からケイコの家の事情を知っていた。
ケンジ君はそんなケイコを気にかけて、週に
多い時で五回は飲みに来るほどだった。
時には、嫌な客から守る「用心棒」みたいな役回りもしてくれた。「自分を守ってくれる人がいる。」ケイコはそれが何より嬉しかった。
そうして、次第に二人の距離は縮まり、遂にその「一線」を越えた。ケイコ三十五歳。ケンジ君三十七歳。プロポーズの言葉「俺がずっとお前を守ってやる」用心棒ならではの言葉。
式は母の状態を思い身内だけでひっそりと行った。
良美には連絡しなかった。恵には報告だけした。「あのケンジ兄ちゃんとぉ~」とビックリしながらも祝福してくれた。
それから二年後。母は天国へと旅立って行った。孫の顔は見せてやれなかったのが残念だったけれど、その半年後に子宝を授かった。
ケイコが介護のために仕事(銀行)を辞めた三十二歳の時、恵は結婚した。相手は同じ教員だった。交際期間は約二年。同じ大学出身
という事もあり、また一人っ子である恵の家に婿養子で来てくれるという条件も飲みこんでくれた。恵は、別に隠しているつもりとか、そういうつもりではなかったけれど、良美やケイコはそんな相手がいる事を知っていなかった。だから「結婚します」の報告を受けた時は二人ともビックリした。
恵の親としては「人生最大のビッグイベント」になる。田舎の「結婚式」は半端ない。
結婚式の招待状は両家合わせて百人を超えた。
恵も夫になる人も、そんなに「派手」を好まないが、これは半分「親」の為にするようなもの。親が喜んでくれるのならそれでいい。
式の前日は家族三人で過ごした。嫁いでいく訳ではないので「今まで育ててくれてありがとう」みたいな言葉を言う事は無かった。本当は言いたかったけれど、お父さんは絶対泣くだろうし、これからも同居するから、まぁいいでしょうと。手紙も書いているし。
その代わりといってはなんだけど夜、父にお酌をしてあげた。
式の当日は家から「花嫁衣裳」をまとい、ご近所様にご披露してから迎えのタクシーで式場に向かう。ご披露時には来てくれた方々に「菓子袋」を振舞う。中にはそれ目当ての子供達や知らない人も見に来る。お祝い事だから人が集まればそれでいい。みんな祝ってくれれば、それでいい。その中にはまだケイコと出会う前の「兄ちゃん」ケンジ君も来ていた。「恵ちゃん、綺麗やわ~、衣装が。」
と、冗談言って周りを笑わせていた。
披露宴にはケイコも良美も招待していた。
同窓会で二人の間に溝が出来ていたことなど恵は知らなかった。この頃、良美は第一子を身ごもっていた。妊娠三ヶ月。お腹はまだ目立っていない。ちょっと余裕のあるドレスを着てきた。ケイコはちょうど「介護」の問題で仕事を辞めるべきか悩んでいた頃。本当は人を祝福できるような状態ではなかった。
けれど幼馴染の恵が幸せになることを心から祝福してあげたい、その気持ちだけでここへ来た。良美とは隣同士の席だったけれど、会話は殆どなかった。お互いがまだ、気まずい状態だった。良美はお腹に子供がいることを誰にも告げることはなかった。「オメデタ」いことだけど、今日は恵が主役だから。良美らしい気遣いだった。
お互い「公務員」同士の結婚式だからなのか
羽目を外す輩もいなく、いたって真面目な披露宴であった。羽目を外したのはご近所枠の
おっさん連中が酔っぱらってヘベレケになっていたくらいだろうか。
他と違ったのは恵、新郎それぞれの生徒が
式場で「乾杯」を合唱したこと。これは「サプライズ」企画だったのでこれには二人とも感動していた。
最後に恵みは「感謝の手紙」を読んだ。
小さい頃、川で溺れて父に助けられたこと。
母からいっぱい愛情注いでもらったこと。
先生になれてよかったこと。周りに支えられて今の自分があること。ひとつひとつ丁寧に
文章にして読み上げた。
ずっと我慢していた父が号泣した。母も泣いた。恵にとって家族にとって忘れられない一日となった。
良美は翌年に無事出産した。男の子。
すでに跡取り確保。良美三十三歳。
ケイコはケンジ君と結婚後三十七歳で妊娠し
無事に出産。女の子。どちらに似ても「元気」な子に育つだろう。
恵は結婚後五年が過ぎて妊娠した。
臨月ぎりぎりまで教壇に立った。
恵、三十八歳。男の子出産。そして、二年後には長女を産んだ。
良美は三十六歳で次男を出産した。
かしまし娘三人トリオはそれぞれ、道は違えどこうして「家族」を「家庭」を持った。