Spring of Life!
アルビノが好きで「刹那」というキャラクターはよく使うのですが、そういえばアルビノらしい弊害で悩む彼を書いたことがなかったな、と思って書きだしたものです。差別だったり身体的障害だったりちょびっと重いテーマもあるものの、ラブコメじゃない系ラノベな雰囲気になっている、はず、ですww
〈1〉
父は常々言った。
「同性でも異性でもいいから、本心を分かってくれる人を作りなさい」と。
黒猫、と声がした。
振り替えると、中学時代の同級生がいた。
やっぱお前独りなんだな、と馬鹿にしたように笑う同級生たちは、有無を言わさず手首をつかんで、自分を路地裏へと引き込んだ。
卒業から一ヶ月も経ってないのに何の用、と聞こうとして、その雰囲気の物々しさに身を固める。
同級生だけじゃない。そこには、関わっちゃいけない「ヤバい人」のオーラが漂う、黒服の男が数人いた。
「約束どおり、連れてきましたよ、『希亜』」
同級生の言葉を聞いて、希亜はどこか冷静に考える。
(ああ……オレ、騙されたんだ)
なんでこうなったのか、どうして自分が狙われているのかは知らないが、報酬の話をする黒服の男たちの会話を聞いて自分が売り飛ばされようとしているのはわかった。
彼らを友達だなんて、最初から思っていない。別に辛くも悲しくもない。ただ売り飛ばされるんだなと、どこか客観的に思った。
体は強ばっている。緊張と恐怖に震えている。
しかし不思議なことに、思考はそうでもなかった。
(これも、良いかもしれない。売り飛ばされて、オレはきっと、殺される)
それを怖いとは思わなかった。それもまた一興、と笑えさえする気分だった。
無理矢理地面に座らされ、手を後で縛られる。あまりの大人しさを気味悪く思ったのか、同級生達は怪物を見るような目でこちらを見ている。
希亜は頭上を見上げた。
裏路地を囲むビルの合間から、白い雲が浮かぶ青空が見えた。
――そこに、ぬっと人影が映る。
「……は?」
ビルのブロック塀に立っていたその人は、ふわりと飛び上がって降りてくる。自分にかかる重力の全てを乗せて、その人はガンッと黒服の男の後頭部を殴った。
脳震盪を起こしたのか、男が力なく崩れ落ちる。他の男達や同級生もやっとその存在に気付いたらしく、一斉に視線が集まった。
灰色の、ユニクロに売っていそうなパーカーのフードを被り、銃のような黒い物体を持った、希亜と同じくらいの背丈の人間。顔は見えないが、パーカーの下に希亜と同じ制服を着ているように見えるので、もしかしたら見たことがあるのかも知れない。
「どうも、お久しぶりだね。つったって2ヶ月も経ってないかな?関係ない子供いっぱい巻き込んで、犯罪臭強くなったか」
「ふん、強がって……余裕ないんじゃないのか?人質取られて」
挑発的な物言いは、黒服の男達の気に障ったようだった。少しイライラした様子でそう返す。
「人質?……どこにいるんだか。俺には、巻き込まれた憐れな高校生しか見えないけど」
それでも、パーカーを着た人物が気にした様子はない。
「お前、『きあ』の顔も忘れたのか?」
(……オレ?)
やはりどこかで会ったことのある人なのだろうか。いままでに知り合った人をできる限り思い出すが、この声に聞き覚えはないと思う。
「きあ?……君、きあっていうの?」
フードの向こうの瞳が自分の方に向いた気がして、希亜はぱちぱちと瞬きした。
「あ、はい……みn」
「名前は言っちゃダメ」
遮られて希亜は口をつぐむ。パーカーの人物は少し首を傾げて、「こいつらに名前を知られちゃダメだよ」と言った。
「残念だけど彼で俺は釣れないよ。ほら、散った散った、っと!」
手に持っていた銃が火花を吹く。黒服の男だけでなく希亜の同級生たちにも向けたものだから、男たちはそれぞれ悲鳴やら舌打ちやらしながら逃げて行く。
裏路地には、縛られた希亜とパーカーの人物だけが残った。
「……どうも、御愁傷様。災難だったね」
話しかけられ、希亜は「えっあっ」とどもる。助けられたはずなのだが、得体が知れないこともあって妙に緊張していた。
「君、きあって名前だったんだ。また絡まれるかも知れないけど、そしたら逃げろよ」
ふう、とその人物はフードを脱ぐ。
はらっと落ちる銀糸の髪。
長い前髪に隠された右目。
露になる雪の肌。
端正な顔立ちの中で輝く、紅玉の左目。
その幻想的な容姿を、忘れるはずがなかった。
低いとも高いとも言えない聞き心地の良い声だって、聞いたことがあるはずだった。
希亜は彼を知っている。
「あれ……えっと、天羽……?」
「え、なんで知って……あーそっかそれうちの制服か……」
知られていないと思っていた方が驚きだ。
昨日の高校入学式で、彼は全校の注目を浴びていた。首席合格者として壇上に上がった、氷の精のような男子生徒。会場はざわつき、憧れの眼差しで見つめる女子と呆気に取られる男子双方が、呼ばれた名前を記憶に焼き付けた。
天羽刹那。
ちなみに希亜の隣の席の生徒だ。
「え、何、君ってこう、そういう世界にいる人なの?」
「いやそういう訳では……」
「その手に持ってる物何?」
「あ、これ?コルトSAAのモデルガンで」
「……もう一度聞くけど、君はそういう世界にいる人なの?」
「……否定材料が明らかに足りないな……」
頭を掻く刹那。訝しげに見つめる希亜。その構図が数十秒続き、刹那が思い付いたように「その縄解いてあげるよ」と言った。なにやら作業をして手を解放してくれた刹那は、直後ひょいと塀の上へ飛び上がる。
「じゃ、気を付けて」
振り返り様にそう言って彼は隣の塀へと飛び移り、逃げるように去っていく。えっ待って、と声をあげて呼び止めても、どうやらもう彼には聞こえていないらしい。
希亜は立ち上がる。別にそっち側の人間だろうがなんだろうが気にしないのに、と思いながら、ふうと息をついた。
(……まぁ、お礼なら明日言えばいいよね)
今日は帰ろう。
鞄を背負い直して、希亜は家路を急いだ。
――が、刹那は翌日、学校に来なかった。
その翌日も、さらにその翌日も。
担任の先生には「入学早々連続欠席とはいい度胸だな」とか言われているし、同じクラスになってわくわくしていた女子はいつ来るのかとそわそわしている。
そわそわしているのは希亜も同じだった。
助けてくれてありがとう、と一言言いたいだけなのに、全くいつまで待たせるんだ、なんて考えたりして、曇り空の下登校した入学4日目、自分の席に誰か座っていた。
「……あの」
「あっ、きたきた!やっほー湊!はじめましてー!」
一瞬顔をしかめそうになった。うるさい。
「あたし、華流ってんだけど。ねぇ、こいつ、なんで来ないのか知ってる?」
指さすのは空いている隣の席。希亜は小首を傾げて、「オレも来るの待ってるんだけど」と返した。
「……へぇ、そっか」
そっかと言う台詞とは裏腹に、華流は愕然とした表情をしている。
「え、何かした……?」
「えっ、あんたその仕草さ、あのさもしやなんだけど刹那と知り合い?」
「知り合い……と言えばそうかも知れない……けど」
「ほも!?受け!?」
「は!?」
10センチくらい下から見上げてくる瞳はキラキラと輝いている。希亜は自分の知識からこの生命体の名称を引き出した。
【腐女子】
仲のよい男子同士の更なる進展を熱望する女子の一種。別種の女子に紛れて隠れているため判別がつきにくいことが多い。
「だって刹那が来るの待ってる訳でしょ……それにさっきのあのあざとい仕草……あれは確実に受け……!」
「や、待って、天羽とは」
「何してんだお前ら」
第三者の声に二人は振り向く。
その先に、紅い目を半眼にする銀髪少年の姿があった。
「刹那!やっと来たんだね、女子がさーうるさくてさー」
「天羽、あの、こないだは」
「落ち着け。同時に喋ってもわかんない。あと華流それはほっとけ」
わかってんじゃん、と華流はにぱっと笑う。
「皆待ってたんだから覚悟しときなね」
じゃ、湊どうぞ、と華流は席を離れる。目で見送りながら「知り合い?」と尋ねると、「入学式の日に知り合った」と返答された。
(ずいぶんと、良いように言えば、人懐っこい性格らしい……)
教室の反対側で、華流はもう別の女子と話している。
湊は?と背後から言われて、へ?と意識を刹那に戻した。「何か言いたかったんじゃないの?」と瞬きする刹那に、希亜は慌てて向き直る。
「あの、こないだは助けてくれてありがとう」
「え?ああ……そのことか。別にいいよ、気にしなくて。ただ、君がきあって名前となるとどうにかしなきゃいけないな……」
段々フェードアウトして、独り言のように口ごもる刹那。暫く俯いて考え込んでいた彼は、納得したように顔を上げて、「俺が守ればいっか」と結論づけた。
「……え?」
「また絡まれるかも知れないけど、そしたら俺が助けるから」
話について行けず、へ?と瞬きする希亜を無視して、刹那は自分の机に突っ伏して寝始める。どういうこと、と問いただそうとしたが先生が教室に入ってきたことで叶わず、結局何だかわからないまま、希亜の高校生活はスタートを切ったのだった。
****
「お帰りなさい希亜。高校どうだった?」
「……別に、何も」
出迎えた母に背を向け、希亜は自室へと向かう。
****
〈2〉
中学時代、新年度最初の体育の授業といえば50メートル走および体力テストだった。
高校に入ってからもそれは変わらないらしく、今日の体育は50メートル走だ。
「それでは皆さん、適当にペアを組んで、50メートル走って下さい」
先生の指示に、無茶でしょ、とツッコむ。まだ一週間強しかたっておらず知り合いがほぼいない状況でその指示は無謀に思われる。
しかし周りを見渡すと、意外にも結構ペアができていた。
(あ……これ、余るやつ)
焦りを感じて辺りを見回す。校庭の端の木陰に佇む人物と、目が合った。
「……湊、足には自信ある?」
「天羽は速そうだね」
「覚悟できてるならお相手しようか?」
挑発の応酬の後、刹那は希亜の近くの木陰に移動してくる。余らずに済んだ、と希亜は胸を撫で下ろした。新年度早々目立つのは真っ平御免だ。
先生に指示されたように軽いアップを行い、50メートルレーンへ向かう。体育は男女別だが、同じ校庭の隣のスペースでやっている女子の視線がやけにこちらに向いている気がするのは、気のせいじゃないだろう。
既に待ちが何組かできていたので、列の後ろにしゃがみこんで並ぶ。フードを目深に被った刹那は「まっぶし……」と呟いて、希亜の影に隠れていた。
「天羽、その格好で走るの?」
「え、ああ……フードは脱ぐけど。パーカーも脱いだ方がいい?」
「オレに聞かれても」
というか体操服の上にパーカーというのは先生に怒られないのだろうか、と内心首を捻る。
自分達の番が回ってきた。50メートル先で先生が腕で丸を作る。補助の生徒が横で「よーい」と声をあげた。
ピッ、と笛の音。
二人は同時に、最初の一歩を踏み出した。
「……」
「天羽速いねやっぱ。6秒3てオレより――」
「……湊、もう一回」
「は?」
「もう一回!!」
男子がざわざわしている。女子が目を輝かせている。
刹那が二本目に叩き出したタイム――6秒06というのは、クラスに衝撃を与えた。
対する希亜も6秒42と速いのだが、何せ相手が悪かった。
よく晴れた空の下、全力で二本走ると結構疲れる。ましてや普段運動しない希亜は持久力なんてない。ぐったりと地面に座り込んで、肩で息をしていた。
一方刹那はというと、彼もまた隣で倒れていた。どうやらこちらも満身創痍らしい。
ちなみにその刹那、二本目はパーカーを脱いでいた。空気抵抗が云々と言っていたがどうも高校1年生の理解の範疇を越えている気がするのでさておき、それが視線の集中に一躍かっていることは間違いない。
すらっと伸びる手足は真水のように白く透き通って、太陽の光を反射する。モデルのような体のバランスだ。
大丈夫?と一応声をかけると、刹那はパーカーを引き寄せてむくりと起き上がる。
「やるじゃん湊」
にや、と笑う彼。誉められるとは思っていなかった希亜は少し虚を突かれつつ、
「え、ああまぁ、足は多少は……でも敵わなかったね」
紅い瞳が当然とでも言いたげな色をする。
「そりゃ……あ」
ふいに刹那の体がぐらついた。希亜の肩に彼の手が掛かり、そこに体重が乗る。俯いた刹那は、そのまま固まってしまった。
「天羽?」
「……これ、やばいやつだ」
「え?どういう……えっ?」
ずるりと滑り落ちる体。慌てて支えると、「目が見えない」という小さな呟きが聞こえた。
は?と思わず声が出た。先生、と声をあげようとすると、「だめっ」と横から刹那の声が飛んできた。
「大丈夫だから。どっか、日陰に……」
「ごめん、全然大丈夫に見えない。せめて保健室に……天羽?」
肩に掛かる力が緩んだ。前髪で見えない顔を覗き込むと、彼は辛そうに口に手を当てている。大丈夫じゃないじゃん、と心の中で抗議して、希亜は今度こそ声をあげた。
アルビノという言葉を、先生は口にした。
彼のあの容姿と、それに伴う弊害を説明するものだった。
目の前が真っ暗だという刹那に道案内をして保健室まで連れて行ったが誰もおらず、とりあえず寝かせろという刹那に従ってベッドに寝かせた。
刹那はこれが自然とでも言うように、すっと意識を手放した。目を閉じて反応しなくなった刹那を、かれこれ10分希亜は眺めている。
細い絹のような髪がシーツの上に広がっている。確かアルビノというのは遺伝子異常で色素を失った個体の呼称だったはずだ、と希亜は記憶を探る。普通ではあり得ない六花の容姿は美しいが、メラニンを持たないが故に、光及び紫外線にはめっぽう弱い。
「……でも、なんで目が?」
思わず口にした呟きに、思わぬ返答があった。
「暗い中で車のヘッドライトとか見ると、一瞬視界を奪われるだろ、それと一緒。あとはただの熱射病……」
「天羽」
刹那に視線を向ける。紅い瞳は確実に希亜を捉えている。見えるようになったのだろう。息をつくと、「心配したの?」と彼は意地悪な笑みを浮かべた。
「というか、ビックリした」
「俺は君がここにいるのがビックリだ」
「何で?オレがここに連れてきたし」
「まさかこんな面倒臭いのに構ってるとは思わないだろ」
よっと、と起き上がった刹那は改めて希亜と向き合う。「……疑問符が見える」と半眼で言った。
「迷惑だろ、こんな体質」
「大変そうだとは思うけど、迷惑とは思わなかった。色に難アリなのはお互い様だし」
彼は驚いた顔をする。瞬きをして少し顔を近付けて、「金眼?」と更に瞬きをしてする。
「気付いてなかったの?」
「気にしてなかった。綺麗じゃん」
にやりと笑う薄い唇。今度は希亜が驚く番だ。
「綺麗?」
「うん。でも黒髪に金眼って、どんなとんでも遺伝子持ってんだ」
「医者にも、不思議だって言われたけど……綺麗って言われたの、初めて」
「君の周りには無風流な奴しかいなかったんだな」
さらっと彼はそう言った。ぽかんとする希亜をよそに彼は立ち上がる。「今何時間目?」と聞きながら自分で時計を確認する刹那に、我に返って「天羽もう大丈夫なの?」と尋ねるが、その背中ははいともいいえとも答えなかった。
「刹那」
代わりに帰ってきたのはそんな言葉。
「え?」
「天羽、って違和感ある。刹那、でいい」
返答に詰まっている間に刹那は伸びをする。それから「だから希亜でいい?」と振り返った。
「え、うん、全然!」
彼は満足そうに、少し唇の両端をつり上げる。
「うん、希亜。帰ろう」
パーカーを羽織って保健室の扉をあける刹那を、希亜は慌てて追いかけた。
****
「お帰りなさい、希亜。学校、うまくやってる?」
「……うん、適当に」
あのね、友達できたかも。
言いかけた口をつぐんで、母に背を向けた。
****
〈3〉
希亜の隣の席の主は、あの日以来ほぼ毎日学校に来ている。
その事実だけだと華流あたりがあらぬ噂を立てそうだが、立てられない理由がある。
彼は学校に来るが、全授業フードを被って寝ているのだ。
まさか希亜がいるから毎日、なんて憶測を立てる間でもなく、出席数稼ぎである。
でも、寝てばかりという訳でもない。希亜が刹那と話す機会は確実に増えた。すごくどうでもいい、他愛もない話ばかりたが、それでも彼が誰かと話すというのは大きな変化と言っていい。
さて、二人が出会ってから一ヶ月半ほど。5月も半ば。希亜たちは、初の高校の定期テストを迎えようとしていた。
(次の月曜日で一週間前か)
黒板に書かれた日付を確認し、手元のプリントに視線を落とす。なるほど高校に入ったら急に難しくなるというどこかの通信教育の売り文句は本当のようで、希亜は英語の宿題に頭を悩ませながら朝休みを過ごしていた。
高校に入ったから急に難しくなった、というか、希亜が習熟度別クラスで一番上のクラスに分類されたから、というのもあるのだが。
空欄に当てはまる語句を選べ、という問題がずらっと並んだプリントとにらみ合いを続けていると、後ろから「ウ、ア、イ」という声が聞こえてきた。
「うわ、刹……うわっ」
振り替えるとかなり近くに刹那の顔が迫っていた。どうやら彼は希亜の手元を上から覗き込んでいたらしい。彼はプリントの最後の3問を順番に指差しながら、もう一度「ウ、ア、イ」と言った。
「え、ウ、ア……なんでア?」
「慣用表現。覚えるしかないな。多分みんな出来てないよ」
難しいもん、という刹那に、みんなってお前できてんじゃん、とツッコみたくなる。だがこの一ヶ月半で希亜は学んだ。そう言うと多分「俺は特別」と返ってくる。
「ちなみに最後のイは――」
刹那の教え方は分かりやすかった。いつのまにかやって来た華流が「なーるほど」と手を打つほどに上手かった。
刹那頭よかったのかー、とぼうっと考えてから、希亜ははっと我に返る。
「……首席か、刹那」
見上げた刹那の顔は、何を今さら、とでも言いたげだ。そりゃあそうだ。だからあのとき、刹那を刹那と分かったのだから。
「ねぇ刹那」
だったら、と希亜は控え目に、ある賭けをしてみた。
「テスト対策してくれない?」
刹那は少し間を置いて、
「……いつ?」
「えっと、明日とか?日曜も空いてるけど」
「明日でいい、けど……教えることあるの?」
賭けは希亜の勝ち。「あるよ」と答えてウ、ア、イに丸をつける。
彼は少しずつ、心を開いている。
「青春って何?blue spring?」
「直訳しすぎだろ。pring of lifeだっけな」
土曜日、ファミレスの片隅に陣取って、二人は英語の問題集を消化していた。
電子辞書を開きながら、刹那は首にかけたカード型の物を取り出す。
「……それ何?」
「ルーペ」
「ルーペ……」
「今年寄りみたいって思っただろ失礼な。アルビノは視神経が光を受容しきれないから視細胞が未発達で――」
「……それ、中学で習った?」
「……つまり、アルビノの影響でこうしないと像がぼやける訳。あ、やっぱpring of lifeであってる」
こんな感じで他愛もない話をしながら、時々希亜が質問して、刹那が丁寧に答えている。
「教えるのうまいよね、刹那」
「まぁね、俺だし」
生温い視線を返すと、彼は楽しそうな口元をする。刹那はこういう戯れが好きらしい。冗談の応酬を区切るように視線を落とし、今度は自嘲気味に「兄貴の受け売り」と言った。
「お兄さんいるんだ?何歳?」
「えっとー……今年二十歳?4歳差」
「あ、大学生?」
「いや。働いてる」
「……高卒?」
「ううん。アメリカの大学出てるよ、飛び級で。今は親の代わりに日本で生計経ててもらってるけど」
親の代わりに?と希亜が動きを止める。刹那が不思議そうな目をする。それを見て希亜が不思議そうな目をする。不思議な空気が流れた。
「あ、の……もしかして、さ。親、いないの?」
「いないけど……えっ、何考えてる今?」
いつも余裕な雰囲気を漂わす刹那が、目に見えて慌てている。一方刹那から見ても、いつも無表情か困惑顔かの希亜がやけに思い詰めた目で見つめてきて当惑する。刹那はまだしも、希亜は完全に、話が噛み合っていないことにすら気付いていなかった。
「海外行ってるだけだよ?生きてるよ?」
「えっ?あ、あぁ……そっか、そうだよね、普通」
普通、と刹那は口のなかで呟いた。それは「普通でない」ものを知っている人の台詞だ。希亜はもちろん無意識で言っているのたが、彼の紅い瞳はその奥、最下層の意識領域を覗こうとしている。
兄弟だけなのかと思った、と希亜が息をつく。どうせ親あんまり帰ってこないんだけどね、と刹那は肩をすくめる。
一角で一瞬流れた重い空気なんかどこ吹く風。そろそろ昼時を迎えるファミレスは賑わい始めている。希亜はそちらへ目をやって、「そろそろ追い出されるかな」と話題をすり替えた。
「何か追加注文した方が良いかもね――ん?」
刹那の視線がぱっと移り、纏う空気ががらっと変わる。
「何だあれ。恐喝?」
「へ?」
シャーペンを置き、刹那の視線を辿ると、金髪の「いかにも」なカップルがレジにいた。見た目だけでなく本当に柄が悪いようで、何やら店員に詰め寄っている。
「あんなの初めて見た……本当にあるんだ」
「……見せ物じゃねぇぞ、って今まさに使うべき言葉だよね」
方向こそカップルに向いているものの、刹那の目がついと半眼になった。
カップルのうちの女の方が、彼氏に何か言った。媚びるような、ねだるような仕草だ。
次の瞬間。
男は店員に掴み掛かり、刹那が何か腕章のようなものを取り出して腰を浮かせ、希亜が「あっ」と言う。
そのまま地面を蹴って飛び出した刹那を、隣の席から立ち上がった男性が牽制する。刹那は苛立ったように男性の顔を見、それから「高山さん!?」と素っ頓狂(に近い)声をあげた。
普通の大学生に見えるその男性は、刹那の額をぐいと押して「ここは本職だろ」と笑う。押された勢いでストンともとの座席に腰を落とした刹那は、「見張ってたのか……?」と小さく呟いた。
「……誰?」
呆然とする刹那に希亜が問う。刹那はついとレジを指差した。
先程の男性――刹那が高山と呼んだ男だ――が近寄って、何かを渦中の3人に見せる。
「警察手帳……?」
「俺の知り合いの警察官」
お前の知り合いなんなんだよ、と口にしかけた言葉を飲み込む。
(きっとあれだ、特殊な人には特殊な人脈が、類友みたいな)
無理矢理納得させて座り直す。
なんでここに?と独り言を呟く向かい側の刹那を見つめながら、ため息をついてシャーペンを手に取った。
****
「おかえりなさい希亜。楽しかった?」
「……別に、関係ないでしょ」
そう言って希亜は、自室へ直行した。
****
〈4〉
中間テストの結果が発表された。
1位の成績は、全科目97点以上という高得点。
叩き出したのは、希亜の隣の席の「あいつ」だ
しかし今日は来ていない。綺麗な五月晴れなのになー、と窓の外の視線を移し、だからか、と納得した。
明日の天気も晴れの予報だった。明日も来ないかも知れない。
まぁ仕方ないよね、とため息をつく、その頭に軽い衝撃。
「何湿気た顔してんのー?」
「へっ?」
床に落ちた消しゴムを拾う華流。お前か、という非難の視線を一瞬向ける。
「あ、わかった!刹那がいないから!?最近仲いいもんねー、どこまでいった?」
「どこって、オレはホモじゃないって何度も」
「冗談だって。第一あんたの湿気た顔とかわかんないよ。ポーカーフェイスだもん」
そんなに分かんないかな、と一人で首を捻る。華流は希亜の前の席に勝手に座り、その刹那なんだけどさぁ、と髪を弄りながら話を切り出した。
「あらぬ噂が立ってんだよねぇ、男子の間で。あたしもあんな馬鹿がここに居ると思わなかったんだけど」
彼女は眉を潜める。いつも掴み所が無いくらい明るい華流がここまで嫌そうなのは初めて見た、という感想を抱くと共に、それが深刻な事態であることも感じた。
「忠告ね、あれ、聞かない方がいいと思う」
「うん……?」
それ以上は言わずに立ち上がる華流を視線で追う。内容は教えてくれないのか、と少し不満だったが後は追わなかった。
チャイムが鳴って朝礼が始まる。
隣の席は空いたまま。
3日ほど学校を休んでいた刹那は、のろのろとした足取りで廊下を歩いていた。
遅刻で来て裏口から入ったので、やけに人気のない廊下を歩くことになった。時間を見る限り今は昼休みだ。皆食堂か教室にいるのだろう。
あくびをして伸びをしながら歩く。さっきまで寝ていたのだ。綺麗な五月晴れの下どうしてこんな真っ昼間に登校したのかといえば兄に「俺出掛けるからお前起きろ。学校行かないなら留守番してて」と言われて家に一人というのも嫌だったからで、いや決して寂しかった訳ではなく、ただちょっと一軒家にぼーっと一人というのは心細いというかなんというかそれなら希亜いるし学校行こうかとなっただけで、別に一人になったら急に希亜とか華流とか希亜に会いたくなった訳ではない。と、刹那は自分に弁解している。
だっるい、という独り言を思わず飲み込んだのは、何か声がしたからだった。
「『片親の黒猫』のくせに!」
男子生徒の声。複数人いそうだ。喧嘩?と刹那は声のする方へ足を向ける。
「だから何?関係ないでしょ」
(この声っ……!?)
聞き覚えのある声に、歩くスピードを上げた。廊下の曲がり角が見える。あそこを曲がった先の、生物室に繋がる階段がきっと現場だ。
何してんの、と顔を出そうとした刹那は
「じゃあお前は、あの化け物苛つかないのかよ!真っ白でキモくて、なのに外面で女子騙して人気取りしてさぁ。目だってカラコンじゃねぇの?そんで病弱気取ってちやほやされて?はいはいよかったですねー死ねって話じゃん。害悪でしかないじゃん。あんなのの肩持つとか、お前頭イカれてんの?」
ぴたりと足を、止めざるを得なかった。
締め付けられるような痛みを、胸の奥――いわゆる「心」のようなもの――に感じた。
(ああ……懐かしい、もう感じたくなかった痛み)
昔、アルビノを虐められていた頃と同じ。
誰とも話したくなくなる、もうこの世に居たくなくなる、一人で泣きたい衝動に駆られる、無性に不安で一杯になる、逃げたくなる、痛み。
意識を逃がすことはもう出来なかった。
この学校に白い奴なんて、自分以外いるはずがなかった。
お前頭イカれてんの?と。
そこまで聞いて希亜は、心の中でごめんと華流に謝った。
君の警告を無視した結果だねと。
この喧嘩を買ったのは希亜だ。彼らの羨望憎悪の言葉を偶然耳にして、思わず手が出た。
多少たりとも刹那に好感を抱く者にとっては、不快以外の何でもない。
ましてや希亜のように、彼の弊害を知るものならば。
ため息が漏れた。
高校生にもなって、これとは。
こんな子供じみた事をする人はもういないと思っていた。差別と妬みの分別くらいつくものだとばかり思っていた。
その苛立ちが、落胆が、軽蔑が、表に出たのかもしれない。
「お前らより、よっぽど刹那は綺麗だよ」
金の瞳に有無を言わさぬ光を宿して。
しん、と一瞬、静寂がその場を支配する。一気に空気は希亜に味方した。
「な、なんで……お前が、そんなに怒るんだ……?」
さっきまで優勢ぶっていた相手は声を震わせる。
その言葉が、すっと希亜の頭を冷やす。
(……そういえば、なんで?)
苛々した。不快だった。それは事実だ。でも彼らが言っているのはそこじゃない。
これではまるで本人だ。
あれ?と考え込む希亜の背後で、タタッと走り去る足音がした。
振り返って廊下を覗く。
灰色が向こうの角を曲がったのを、見た気がした。
「刹那!?」
えっ、と男子生徒が反応する。本人に聞かれたくない程度の罪悪感はあったんだ、と頭の隅で思いながら、男子生徒たちを最後に一瞥して後を追いかけた。
希亜が自分を呼ぶ声は聞こえた。
けれどその前に自分はあの場から逃げ出していたし、その声で立ち止まることも出来なかった。
顔を見られないように、追い付かれないように、走る。
今希亜と顔を合わせて、ありがとう、と言えるほど、本来刹那は強くなかった。
午後の授業は寝たふりを決め込もう、決心して、教室へ繋がる廊下を、時折振り返りながら、走った。
****
「おかえりなさい希亜……って、その顔どうしたの?赤くなってるじゃない」
「別に。喧嘩しただけ」
「喧嘩?貴方が?もしかして、こないだ一緒に遊びに行ったあの子?」
「違うっ、刹那がそんなこと――」
思わず口走った言葉に、自分ではっとする。
「……なんでもない」
踵を返して、希亜は階段を昇る。
****
〈5〉
あれ以来、特に何も起こっていない。
翌日刹那がどんな態度を取って来るかとびくびくしながら登校したが、意外にも刹那は普通に「おはよう」と言ってきた。
むしろ変化は、プラスの方向に起こった。
ある日たまたま一緒に帰って以来、最寄り駅が隣ということもあって、下校を共にする機会も増えた。
もう一つ。最近彼は晴れの日でも頑張って学校に来ている。眩しいのかしかめっ面をして歩いているが、特に文句は聞いたことがない。
今日も、そうだ。
刹那は目深に被ったフードの下で、白百合みたいな肌に皺を刻み込んでいる。主に両眉の間に。
「どのくらい眩しいの?」
「目細くしたら我慢できるくらい」
「……夕陽を真っ正面から見た感じかな」
「あんなもん見たら死にそう」
東の方向に顔を背ける。西の空に輝いている太陽を一瞥して、希亜も目を細めた。
駅前の大通りも紅く染まる。刹那は建物の影を選んで歩く。影の中で、灰色フードがこちらを向いた。
「ねぇ、俺高山さんに呼ばれてんだけど」
「え?高山……ああ、警察官の人?」
ファミレスで前に会った人を思い出す。ということは、目の前に見える交番へ向かうという事だろう。
「希亜どうする?」
「待ってるよ。そんなに時間かからないよね?」
「ん、じゃ、ちょっと待ってて」
タタッと軽く、彼は交番へ走っていく。
希亜は歩いて交番にたどり着き、壁にもたれた。
片手でスマホを取り出して弄りながら、刹那も大変だよね、などと考える。沢山の弊害を抱えて、見た目でもつべこべ言われて、羨望憎悪まで買って。
「『片親の黒猫』」
ぴた、とスマホを弄る手を止める。ああ、自分にもそんな弊害があったっけ、と暗くなった画面を見つめた。
画面に映る金色の目を凝視してからゆっくりと声の方へ視線を移す。
「やっぱりお前一人なんだ?」
「親に見放されて友達にも見放されたか?」
「やっぱ不幸の黒猫だね」
いつだかに自分を売り飛ばそうとしたあの同級生たちが、夕陽の中で笑っていた。茶色や亜麻色の明るい色に染めた髪は日を受けて光る。
黒は、光を吸収する色。
同級生達は見下すように笑う。自分たちの優位を確信して笑う。
「かっわいそー?」
「ま、仕方ねぇよな?お前もう神サマにも見放されてんじゃね?」
かもなー!と3人は笑う。
反論しようとは思わなかった。反論が思い付かなかった。
どうせ自分は――
「何?お前ら」
交番の引き戸が開く。
「……刹那」
「交番の前で喧嘩する気?いい度胸だね嫌いじゃないよ。モデルガンに怯えてた弱虫にその覚悟があるのか知らないけど」
にやぁ、と刹那は唇の片端を吊り上げる。
「なっ、なんだよ、お前」
「別に俺ら、何もしてないし!」
行くぞ、と一人が方向転換して走り去る。残り二人も後に続く。「カス」と呟いた刹那が希亜の隣に戻ってきた。
「ありがと、刹那」
「別に、ああいうの目障りだし。それよりさっきの……」
刹那はそこで迷ったように口ごもる。「片親の黒猫っていうの?」と聞くと、彼はこくりと頷いた。
「こないだも、言われてたけど」
「ああ……やっぱ聞いてたんだ。高校のあいつらがなんで知ってたのかわかんないけどね」
希亜は小さく苦笑する。聞いていいのか迷っている様子の刹那に、駅へ歩みを進めながら「オレ、配色が黒猫みたいでしょ」とこちらから話を始めた。
「それで……中3の2月6日なんだけど」
その先を言うのに、流石に少しだけ、躊躇った。
「父さんが、交通事故で、ね」
思わず足を止めた。
「……最近じゃん」
「うん、わりと」
「……しかも、2月6日って……名簿で見たけど、希亜」
「うん、オレの誕生日。ついでに言うと、実は、父さん、オレの目の前で車に跳ねられたんだよね」
「っ……」
考えうる最悪のパターンを忠実に再現したような死に際だ。刹那の紅い瞳が揺れる。
ビデオを巻き戻すように、刹那の頭の中で今までの希亜の言動が浮かんでくる。
その中でパチリとピースがはまった気がしたのが、あのファミレスでの挙動不審。
彼は「普通」じゃなかった。自分という「特殊」がいたから、あんなに思い詰めた目をしていたのだ。
でも気にしないで、と希亜は言う。
「喪失感みたいのはちょっとあるけど、寂しいとかあんまりないんだ。防ぎようなかったし、仕方ないから」
「大丈夫?」
「うん」
いつもと変わらない金の瞳でそう答える希亜。
刹那はそこに微かな違和感を感じたが、それ以上掘り下げようとは思わなかった。
彼が大丈夫と言っているのに、どうもそこに違和感を感じる。
それをひとまず心の中にしまって、罪悪感から逃げるように、「でも、黒猫って可愛いじゃん」とにやりと笑った。
「黒猫は可愛いけど……」
「いいじゃん、最近人気だよ?猫系男子」
すり替えた話題に興じながら、二人は赤く染まった横断歩道を渡る。
****
「おかえりなさい希亜。どうしたの?何かあった?」
「……何が?」
「ううん。何もないならいいわ」
どうしてそんな、悲しそうな表情を、今、したの?
そう問うこともできずに、希亜はまた、自室への階段を昇った。
****
〈6〉
暗くなってしまった。
学校帰り、探している本が見つからなくて本屋を梯子しているうちに、すっかり日が暮れてしまった。
学校から出たのが遅かったのに、こんな日にこんなことするんじゃなかったか、と反省しながら街を歩く。
家への近道は、大通りからちょっと外れた細い道だ。
その道に向かうべく、もうシャッターの閉じた店の角を曲がる。
しんとした裏通りだ。こういう場所が危険だという意識はあったので、早く抜けようと早足になる。
ただでさえ暗闇は、何もかも消えてしまうような感じがして苦手なのだ。こんなところ通りたくはないが、家に早く帰れるなら致し方ない。
――と。
パァン!と発砲音。
咄嗟に希亜は身構えた。といっても武器になるような物は何一つ持っていないのだが。
「や、やめろ!俺は、俺はッ――」
怯えた声と共に、細い路地から人が転がりでて来る。街灯に照らされたその人は、どうやら中年の男性のようだ。
「諦めろ、証拠はきっちりあがってんだ。泥酔して強盗、車で逃走して逆走。よかったね人殺さなくて?飲酒運転で跳ねたら罪は重いぞ」
男を蹴飛ばす小柄な男性。せいぜい170センチ程度の、希亜と同じくらい。ガシッともう一度男を蹴り、動かなくなった男に何かをつけた。
「もしもし、高山さん?捕獲したよ、回収に来て。ちょっと気絶してるけどいいよね」
携帯電話での会話らしい声が聞こえる。直後、音もなくパトカーが現れて、中年の男を乗せていった。
立ち尽くして一部始終を見ていた希亜と、小柄な男性の目が合う。
「……何、してるの?刹那」
「ほら、俺昼間動けないからさ。夜なら紫外線ないし」
「そうじゃないよ」
道路を渡って駆け寄る。擦りむいた手のひらや、「県警」の腕章の下から覗くパーカーに滲んだ血、前髪をあげて珍しく露になっている右頬が赤くなっていて痛々しい。「あいつ包丁持っててさ、ちょっと切っちゃった」と刹那はなんでもないように言うが、そんな熱量で言うべき言葉ではない。
「こんなところでこんな時間に、こんなになって、何してるの?」
「何って、バイト。配当良いんだよ」
「なんで刹那がしてるの?この傷なら治りそうだけど、もっと大怪我したらどうするの?こんなの、君がやる仕事じゃないよ」
刹那は二回瞬きをして、むっとしたように眉をひそめる。
「……希亜は、俺のなんなの?」
え、と希亜は面食らった。思わぬ反撃だ。
「綺麗事ならべて心配アピールして保護者気取り?」
「そんなつもりじゃない」
「じゃあ何?」
刹那がみるみる不機嫌になるのが、その眉間で分かった。
「オレは、本気で心配して」
「やめてよ、そんな考え無しな言い分。……本気で言ってるの?」
「考え無しって何。怪我して体ボロボロにする事が、良いことだって言うの?」
刹那の口調に触発されて、希亜の心も波打った。同じように、目の前で紅い瞳がゆらりと揺れる。同時に普段見ない右の瞳が剣呑に光った。
(……紫?)
その右目の色が、左目と違うことに気付く。オッドアイ?と場違いな疑問が一瞬浮かんだが、すぐさま吹っ飛んだ。
今はそんなこと関係ない。
「心配が必ずしも優しさだとか、そんな甘い考えやめてよ。何にも知らない癖に、俺を縛る権利は希亜にはないだろ」
「縛ってるんじゃない。命なくなったら何にもなんないんだよ?それぐらいわかるでしょ?」
「煩い!」
びく、と一瞬気圧された。でもそれで引き下がる訳にはいかない。
人が折角心配してんのに、という苛立ちがふつふつと沸き上がった。自分の言っていることがなんで分からないのか、それが不満だった。
しかし、先に爆発したのは刹那の方だ。
「体が何?怪我が何!?どうせ俺の体だろ、無くなったっていい!俺は俺の生きる場所が欲しいだけ!なんで分かんないの!?」
「分かんないよ!無くなったっていいって何?駄目に決まってるじゃん!そこで生きなくたっていいでしょ、他にいくらだって生き方あるでしょ!」
訳がわからない、と叫びだしそうな気分だった。刹那がどうしてそんなに捨て身なのかわからなかった。どうしてこの仕事にこだわるのか分からなかった。死んだら悲しむ人がいる。たとえば自分とか。それだけが認められる形じゃないと思う。たとえば自分が彼の存在を否定したりはしないように。
そう言いたかったのだ。希亜の思っていることが間違ってはいないと、冷静な刹那なら分かっただろう。ただ希亜は、刹那がどれだけ思い詰めているのかをわかっていなかった。
「……っもういいよ!どうせ俺なんて理解されないよ!」
ぱた、と紅い雫が零れる。頬を伝って、次から次へと落ちてくる。へっ?と希亜がたじろいだのは間違いない。
「どうせ分かんないよ、アルビノのことなんて。成績だけで評価される健常者がどれだけ羨ましいかなんて、高校受験何校面接で落とされたかなんて!どんなに頑張ったって、ベストを尽くしたって、結局この容姿に邪魔されるんだ。受け入れてくれるとこなんて限られてる。そこで頑張ろうとすれば危険だとかなんとか言われて、じゃあ俺は、俺たちは、どこに行けばいいの……!」
言葉に詰まった。すっと頭が冷えていくのを感じる。
その後に言われた言葉が、希亜に更なる追い討ちをかけた。
「希亜なら、ちょっと境遇が似てて、わかってくれるかもって、思ったのに」
泣きながら紡がれた言葉が、心に重くのし掛かる。それが常に余裕な彼から発されたという意外感やギャップが、更に何倍にも重くした。
(ああ……裏切っちゃったんだ)
期待を裏切るってこういうことか、と痛感した。すごく大きくて重要なものを失ったんだな、ということは理解できた。じゃあどこでどうすればよかったんだとか、仕方ないとか、開き直る言葉は沢山見つかるのに、そんな気分じゃない。むしろ希亜が泣きそうだった。
希亜はふと、街灯が作る三つ目の影に気づいた。影の主はこちらに近付いてきて刹那を抱き寄せると「こんばんは」と微笑む。
「君が希亜ちゃん、だよね?はじめまして、天羽永久です。弟がごめんね」
帰りが遅いからGPSで探して来たんだけど、と笑う。
刹那と違って至って普通の、いや普通よりは少し色素が薄いかもしれないが、少なくともアルビノではない茶髪の青年。しかし面影は刹那と共通するところがあり、あのおにいさんか、と希亜は身を硬くした。
だが、彼は刹那より社交的な性格らしい。優しい口調で希亜を促す。
「そっちに車置いてるから、送ってくよ。乗って?」
ありがとうごさいます、と希亜は返したつもりだったが、喉がくっついてうまく声が出なかった。
永久は、希亜の家の前まで送ってくれた。お陰で8時前には家につくことができた。
降りる間際、永久は弟をよろしくねと言った。オレじゃダメだと思う、と心の中で呟きながら、しかし体はこくんと小さく頷いていた。
助手席に座った刹那とは、目を合わせなかった。
父は常々言った。
「友達でも恋人でも、同性でも異性でもいいから、本心を分かってくれる人を作りなさい」と。
それは同時に本心を分かる人になれと言うことだと、今日何となく悟ったのだった。
****
「おかえりなさい希亜」
母はそれだけしか言わなかった。
「……ただいま」
だからそれだけ返して、希亜は自室のベッドへ倒れ込んだ。
****
〈7〉
刹那は学校に来ない。
だから希亜はずっと、謝ることも何も出来ずにいる。
梅雨入りして曇りの日が多くなっても来ない刹那に異常を感じて「何か知ってる?」と聞いてくる華流にも、何も答えられずにいた。
(刹那がこないの、多分オレのせいだよね……)
気が重い。心が押し潰されそうだ。この事をずっと考えていると、喉に何かせり上がってきて泣きそうになる。
今日も雨。あの日と同じ傘をさして、夕暮れの日と同じ道を帰る。
雨の街は暗く見える。いつもと同じようにお店の電気はついているのに、不思議だな、と毎回希亜は思う。
目の前にあの交番。
そこの明かりだけが、暗い街の中で輝いているように見えた。
(……)
少し思案。けれど、結局は衝動に従うことにした。
(……刹那のこと、聞いてみよう)
入ると、そこには先客がいた。
「……永久さん」
「あ、希亜ちゃん。奇遇だね」
奇遇、がどこか白々しい気がしたのは気のせいだろう。
ちゃん、という呼称に違和感を覚えながら永久の隣に立つ。
「君が湊希亜くんか。刹那が言う通り、結構な美人だな」
殺風景な事務机の向こうには、制服を着た若そうな男性がいる。彼が恐らく高山だろう。
「君は今日はどうしたんだ?何か用か」
「あ、の……刹那がなんであの仕事してるのか、知りたくて」
高山が軽く目を見張る。永久がへぇ、とでも言いたげな表情をする。
「あの日のこと、気にしてる?」
「だって……刹那が学校来ないの、オレのせい、ですよね」
永久はなるほどねぇとしきりに頷く。高山は何があったんだと不思議そうな顔だ。
「うちの刹那と希亜ちゃんが、大喧嘩してね」
「なるほど、それであいつは何か言った訳だ」
「どうせあれだよ。『どうせ俺なんか分かって貰えない』」
でしょ?と話を振られた希亜は、目を丸くして固まっていた。なんで分かるんですか、と聞くと、そりゃあ兄弟だしと笑いつつ「あいつ寂しがりだもん」と言った。
「寂しがり……?」
「自分のことちゃんと理解して、絶対に裏切らないって確信できる人が欲しいんだよ」
ぐさ、とまた希亜の心に刺さった。そういう人になって欲しいと思われていたのに、それを裏切ってしまったのだ。
希亜の発するどよんとした空気を感じとったのか否か、高山が「じゃあ、僕が知ってる事を話そう」と話題を切り替える。
「最初にあいつと出会ったのは、あの事件の時だ。今年の2月に、N高の不正入学が発覚したの、覚えてるか?」
こくりと頷く。それは希亜の記憶にも新しい。N高がこの近辺の人気高校で、自分も視野に入れていたから尚更だ。
事件は、N高の校長が恐喝されて賄賂を握らされ、点数の足りなかった暴力団の跡取り息子を無理矢理入学させなければならなくなった、というものだ。暴力団からの指示で補欠合格者も出せず、希亜の中学でも涙を呑んだ人は少なくなかった。
それの時にな、と高山は話を続ける。
「あれを摘発したの、刹那なんだ」
「……は?」
永久はどうやら知っているらしい。希亜だけが素っ頓狂な声をあげた。
「本人曰く、彼の友達の友達に、N高校長令嬢がいてな。強迫されているという現状はそこから知ったらしい。それだけならいいんだが、どうもあいつの幼馴染みの女の子が、N高が第一志望で、落ちたらしいんだ」
幼馴染みがいるのか、と希亜は口の中で呟く。
「どうやら刹那は、自分が勉強を教えていた彼女にN高補欠合格くらいの実力はあると確信していたらしい。あいつは不合格を聞いた瞬間、N高校長を脅している暴力団事務所に単身乗り込んだ」
「は?そんなこと……」
普通無理だ、と高山は首を振る。
「それであいつは、勝っちゃうんだよ。部下から銃二丁とナイフ奪って。ただ暴力団リーダーと対峙した時、自爆に巻き込まれてな。咄嗟に窓から飛び降りた刹那は怪我を負う。その時には俺達も駆けつけてたんだけど、外で縛り上げられてる部下たちと爆発に気を取られて気付かなかったんだよな、そしたらその幼馴染みが駆けつけて、あっちに友達が、って教えられたんだ。その時が初めて」
第一印象は、いろんな意味で変な奴、だったよと笑う。
「見た目より、二階から飛び降りて少し骨折しただけってことだけど」
「……全身強打とか、そういうのしないんですか」
「すると思ったよ。でもしてなかった。残念ながら一個だけ、後に残る傷害を負っちゃったんたけどな」
ちらりと永久をみると、どこか得意そうな笑みを浮かべている。永久が何か教えてあったのかもしれない。
「でも、後に残る傷害って?アルビノ以外に何かあるんですか」
「あぁ、見たことないかな?」
そう言ったのは永久。指差すのは、茶色い右の瞳。
「あいつ、紫色なんだけど」
「えっ?あ……あれ!?」
あの夜確かに見た。あの時は気にしなかったが、冷静によく考えればおかしい。遺伝子レベルで色素がないアルビノなのに、紫色ということはそこだけ色素が生成されているということだ。
「直接的な原因は謎だし、色々聞かれるから普段隠してるけど、重宝してるみたいだよ。彼らにとって色素ほど嬉しいプレゼントはないだろうから」
メラニンって偉大だな、と自分の漆黒の髪を撫でてみた。
高山は次に、「二回目は」と続ける。
「二回目は3月の初めだったかな。夜警してたら刹那が転がり出てきた。とりあえずその時あいつを追っかけてた男たちは僕が追っ払って、事情聴取のために交番に連れて帰ったんだよ。そしたらあいつ、あの日以来暴力団っぽい輩に追われてるって言ってさ。復讐の類いだと思うんだけど」
大の大人をそこまでムキにさせるんだからあいつ凄いよなある意味、と苦笑。
「モデルガン発火させたのと空気砲で応戦してたらしいんだけど、人数増えてそろそろ限界だって言ってて。空気砲上手かったから拳銃あげたら無敵だろうなとは思ったけどそういう訳にもいかず、こっそり『県警』の腕章をあげたんだ。脅しにはなるだろうと思って」
それが二回目、というが、そこで高山は顔をしかめた。
「僕はそのつもりだったんだけど、あいつ喧嘩強いらしくて、自分を追ってきた暴力団をねじ伏せて捕まえてくるようになったんだよ。警察という名前を貸して貰ったしちょうどいいとでも思ったんだろうけど。あいつが怪我したりしない限りはこっちも助かるから、放っておいたんだけどな……」
ぼりぼりと高山は頭を掻く。言わんとしていることは希亜にも分かった。高山の言葉の続きを永久が受け、「あいつ結構単純でさ、助かるよとかありがとうとか頼りになるとか言われると、嬉しかったんだろうね」と苦笑した。
「ただでさえあの容姿と体質で、社会からは厄介者扱いだから。認められたいって意識が強いんだよな」
兄の顔だな、と思った。自分には到底踏み込めない領域の人だと感じた。彼の言葉の裏側をちゃんと理解して、今希亜の視界をすっと明瞭にした。
何にも知らないで、と言った刹那は、どんな気持ちだったのだろう。あの言葉はきっと、ただの反抗や苛立ちによる言葉では無かったのだろうと今更気付く。またひとつ、見放された気分だったかもしれない。ショックだったかもしれない。何も理解しないで持論を振りかざして、酷いことしたな、と胸が締め付けられた。
だが自分だって、あれは綺麗事で言ったつもりはないのだ。ただ本当に、刹那に怪我をして欲しくなかった。「怪我をするのは悪いこと」という固定概念によるものではなくて、本当に心の底から、極端な話をすると前の席の松野さんが骨折することより刹那が軽い捻挫をすることの方が嫌だというくらいに。
(……あれ?おかしい)
なんでこんな差が?と気が付いて自問しても、答えが出てこない。答えが出てこないことに戸惑う。逆に、答えが出てこないような疑問が浮かんだことも久し振りすぎて驚いた。
ねぇ希亜ちゃん、と永久は振り向く。
「あれのことよろしくね」
「オレ、でも、刹那のこと全然気付けなくて……」
よろしくされても、と揺らぐ金の瞳を向けると、永久は声をあげて笑う。「そりゃそうだよ」と言って、困ったような笑みを浮かべた。
「あいつ虚勢だもん。鉄壁の虚勢。普通はわかんないよ」
「えっ」
「俺はね、昔から見てるから分かるよ。だけど、普通にしてたら分かんなくて当たり前なんじゃない?それより重要なのは、あいつが感情剥き出しにして君に言い募ったこと。あれこそ珍しい」
ねぇ高山くん?と永久が話を振ると、全く予想していなかったらしい高山はたじろいで「僕は知らない」と首を振った。
「あー、ただな。刹那どっかで諦めてるような所あって危なっかしくて。そこは見ていて欲しいかな」
きまり悪そうに高山は言う。
二人を見つめて瞬きした。
(……オレだけじゃないじゃん、理解者)
心を過った微かな苛立ちの正体を、希亜はまだ知らない。
〈8〉
「……学校いかないの」
自室のドア越しに聞こえた兄の声に、刹那は「行けない」と返した。
「どうして」
「何言われてるかわかんない。また何か言われてもおかしくない醜態を、晒したから」
泣きそうになるのを必死で堪える。また一つ居場所を潰してしまった。今度こそ上手くいっていると思ったのに、つけ入る隙を見せてしまった。他人が人をどこで嫌うかなんて分からない。自分のような、人気者の皮を被った嫌われ者は、つけ入られる可能性が高い。つけ入る人達を、自分は知っている。
「希亜だっけ?あの子のこと信用してないの?」
「……好かれてればいいなとは思った。好かれてる確証はない」
彼が情報ソースにならない確信はない。信じていいか分からない。
やっぱり一人でいれば良かった、と刹那は小さく呟いた。そうすれば弱みを見せる人もいなかったのに。
馬鹿だな、と永久の声。
「つべこべ言わずに出席日数稼いでこい。留年なんて恥さらすなよ」
途中から遠ざかる声。
わかってるよ、とかすれた声で返した。
刹那が学校に戻ってきた。
すやすや眠る灰色の背中を見守りながら、希亜は溜め息をついた。
刹那に出会ってからため息の回数増えたよな、とどうでも良い統計をとって視線を戻す。
ごめんとか何とか、言わなければならない筈なのに、寝ている刹那に声をかけられない日々が続く。もう一度溜め息をついた。
窓の外は雨。梅雨がひたひたとやって来て、最近関東地方を飲み込んだ。
金の瞳に憂いを映して、逃げるように外を眺める。
そんな希亜を紅い瞳が覗き見ていることに、彼は気付いていない。
一人で昇降口を出た。
最近刹那はすぐにどこかへ行ってしまうので、一人で帰る。
まぁ刹那が今前を歩いていたとしても、声を掛ける勇気はないのだが。
独りで帰る時ほど、二人の時を思い出してしまうのは人間の性だ。一人より二人の方が楽しいよ、なんて幼児向けアニメの訓戒が頭に浮かぶ。
ぱっと傘を開く。
土砂降りだ。
つまらない、と音もなく呟いて、のろのろと歩みを進めた。
出るのが遅かったせいか、通学路は人が少ない。どこか虚しい風景だ。
一人がこんなにつまらないのは初めてかもしれない。というか、今までこんなに人が恋しくなることがなかった。隣にいるべき人がいないというのはこんなに寂しいのか、とぼんやり考えて、彼は自分にとって隣にいるべき人になっていたのか、と漠然と理解する。
角を曲がる。
瞬間、風景が変わった。
思わず足を止める。
ただの住宅街なのに、そこに異様な人だかりができていた。
希亜の高校の生徒もいる。軽い野次馬精神で近寄って、希亜はピシッと固まった。
ブロック塀にもたれて目を閉じる、傷だらけの少年。
雨にうたれた氷の肌は溶けてしまいそうなほど危うげで、至るところから血が滲む。ひときわ目を引いたのが、真っ赤に染まったパーカーの右腕部分だった。長い銀の睫毛は痛みをこらえるように震えてさえ見えて、傷を隠すようにはらりと落ちた銀髪は希亜の鼓動を跳ねさせた。
それは、希亜が予想し得た最悪の事態、の一歩手前。
「刹那!」
人だかりを掻き分けて近づく。しっかりして、と体を揺すってみても反応が無い。
世界が暗転した。
気がした。
観衆のざわめきが遠退く。
どくんと耳元で音がする。
だから言ったのに、と叫びたい気分だ。
傘を投げ捨てて夢中で口に手を当て、息があることを確認し、携帯電話を取り出した。
(どこに連絡するんだっけ?警察?救急?この場合は――)
焦る脳内を理性で無理矢理まとめて、次の行動の選択を急ぐ。
(この場合は、まずは119)
スマホの画面に指を走らせ、耳に当てる。
(それから、高山さんに――)
プツッと小さい音がして、消防署に通じた。簡潔に用件を纏めて、質問に答えて通話を切る。心臓から喉にかけてが苦しいが、理性は暴走を押さえ込んで仕事をしてくれたらしい。野次馬の誰かが警察に電話する前に、急いで駅前の交番に電話をかけた。
この前に高山が言っていたように、刹那は「こっそり」腕章を与えられた非公式の警察官である。刹那の存在が公になるのはまずい。
刹那が倒れているんだ、と高山に伝えると、彼は声のトーンを変えて「すぐに行く」と言った。たいした距離もないし、本当にすぐ来そうだ。彼が来るまでの間に何かやることはないか、と探したが、残念ながら意識もそぞろな希亜には思い付くことができなかった。
傘を拾い、刹那が濡れないように立て掛ける。野次馬をしていた人々は、大丈夫そうだと思ったのか立ち去り始めていた。
体に雨が染み込んで寒い。少しでも温まろうと丸まった。
手持ちぶさたになってしまうと、焦燥感や不安や恐怖、希亜には形容できない様々な感情が沸き上がってくる。嫌なことにその感覚は初めてではない。
いつ感じたのか。わかりきった答えを、希亜はわざと考えようとしなかった。
こうなるのが嫌で、希亜はあの日刹那に張り合った。あの日、真っ白な刹那は輝くどころか、暗い闇に溶けてしまいそうだった。
目の前が真っ暗という言葉の意味を身を以て実感している気がする。
不安というより恐怖に似た感情が、かたかたと体を震わす。
これだけ感情が溢れるのに、明確な原因は分からずにいた。こんなに焦るのは、「気絶しているだけだろう」と安心できないのは、「あの時」と同じなのは、どうしてなのか。
わからないことがこんなにも不安なのは、何故なのか。
ああ、自分のことすらこんなに分からないのに。誰かを理解しようなんて、早かったのかな。だから刹那を止められなかったのかな。そんな風に考えて、抱えた膝に顔を埋める。
腕に力を込めて、どうしよう、と小さく呟いた。
救急車の到着と、「遅くなった!」と高山が走ってきたのは、ほぼ同時だった。高山は私服だった。交番は別の人に任せて来たらしい。
高山が付き添いとして救急車に乗り込み、その寸前、希亜の頭をぽんと叩いた。
頑張ったな、一回休め、任せろ――
そんな意味が込められた無言のメッセージを、希亜は泣きそうな顔で受け取った。
****
「おかえりなさい希亜。……希亜?」
金の瞳を揺らす息子が、ただ事じゃない精神状態なのは、見ただけで分かった。
玄関に立ち尽くす希亜は驚いて困って泣きそうな表情で、「どうしよう」と言う。
「どうしたの?」
やってきた母の胸に顔を埋め、希亜は震える声で「おいてかないで」と呟いた。
****
〈9〉
(白……)
目を開けてまず飛び込んできたのは、白い天井。
次に見えたのが白い壁。白い布団。白いシーツ。
白い腕。白い包帯。はらりと落ちる白い髪。
白で埋め尽くされたこの空間を、知識から類推する。
(……病室?あっ)
正解だと確信した。ぱっと記憶が繋がった気がした。
(ああ、俺――)
銀行強盗をした大学生グループを、追っていたのだ。
奪った金を奪い返して、塀を飛び越える。「待てテメェ!」という罵声が、壁の向こうから聞こえてきた。
誰が待つか、と、札束の入ったリュックを抱えて走り去ろうとした、その時。
(……え?)
銃声がした。
振り向くと、自分が飛び降りた塀からライフル銃が落ちてきていた。
銃弾は自分の右腕をかすって血を噴き出させた。
落ちてきたライフルは、自分の頭へ、重く鈍い音をたてて命中した――
自分の名前を呼ぶ悲痛な声は、覚えている。
必死に119番通報し、高山に事情を話す声も微かに聞こえていた。
彼は気付いていないかも知れないが、その声は震えていて、いつもよりトーンが少し高くて、その声に刹那は場違いな安心感を得たりして、朦朧とする意識の中で、間違えた、と思ったのだ。
病室でもう一度懺悔する。
間違えたかもしれない。希亜が正しかったかもしれない。思わぬことを言われて、否定された気がして苛々して、自分が正しいと思い込みたくて自暴自棄気味に仕事をこなしたが、そこじゃない他の場所に居場所はあったのかもしれない。ちょっと社会を見すぎていたかもしれない。
たとえば、当然のように自分の厄介な体質を受け入れて、激情を以て庇ってくれた人が、いたじゃないか。
(灯台もと暗し……)
寝返りをうとうとして、
「いってぇ!?」
「ばーーか」
ちょうど入ってきた永久が、ドアの縁に寄りかかってにやりと笑った。
刹那は目を覚まし、帰って自宅で療養中だ、と高山に聞いたら、じっとしていられなかった。
聞いたのは3日前のことだ。どうも脳震盪以外は入院するほどでもなかったらしく、翌日には帰ったらしい。
ほっとしない訳がなかった。「ほっとする」どころか、胸にわだかまってずっと締め付けて思考をも占拠していたものが、漂白剤を垂らしたみたいにすっと消えた感覚がした。目の前で血肉が舞ったあのときと同じ、失ってはいけないものを失ってしまった喪失感とこの先を本能的に案じる恐怖とが混ざり合ったものが、ずっと希亜の全身を支配していたのだ。
それなのに、家を訪ねたりはできていない。住所は永久に教えて貰ったし、行くことはできるのだが、怖くて行けなかった。結果じっとしていたに等しい。今日も一人で学校から帰ってきてしまった。
梅雨は明けに向かって進行中。今日は久々の晴れだ。
机に置いた希亜のスマートフォンが震える。バイブレーションのリズムが、メールを受信したのだと教えてくれた。
ベッドに寝転がって悶々としていた希亜は、のろのろとスマホを手に取った。広告メールを全て拒否している希亜のスマホにラインでなくメールなんて、最近なかなか無かった事例だ。
ガラケーの友達かな、と送信元を確認する。
スマホを落としそうになった。
『天羽刹那』
どくんと跳ねる鼓動。湿気を帯びる掌。競り上がってくる何か。タップしようとして震える指。
(落ち着け、オレ……大丈夫、いつも通りに。よし、まずは)
ふぅ、と息をはいて呼吸を整える。
「……脱獄iPhone(最新型)使ってる奴が、なんでメールなんだ」
前に学校でとんでもなく凝ったホーム画面を自慢された。
よし、文句はつけた。さぁ、開くのみだ。
せーのっ、と意気込んで、タップ。
折り畳まれた手紙を開くようなエフェクトの後、文面が表示される。
『天の川見に来ない?』
突拍子もない内容だった。なんで今?と視線を逸らした先のデジタル時計は、7月7日17時32分。
(七夕……?)
すっかり忘れていた。気にしてすらいなかったのだが。
どこに?と返信。
すぐそこ、と返ってくる。
だからどこ、と打っている間に、『今日月も綺麗だよ、外見てみ?』と送られてきた。
打ったメールを送信しながら、ベランダへ続く窓を開ける。
(へぇ、確かに月綺麗――)
「…………」
「久し振り」
月の綺麗さより驚くべきものがそこにいた。
「……どこから来たの?」
「そこに排水パイプがあります」
ついと指差されたベランダ横の壁。成る程登り棒の要領か、と思わず納得してしまった。
月光を反射して光る髪を夜風に舞わせる彼は、随分と楽しそうだ。そのいつもと変わりない様子にほっとする。
「……何しに来たの?」
「星見」
「嘘つけ。それだったらオレんちじゃなくていいでしょ」
まーね、と言う彼はベランダの手すりに腰かけたまま空を見上げる。
「希亜が交番に来たって聞いて、俺も色々考えたんだよ――」
7月7日16時42分。刹那は自室から窓の外を見ていた。
腕の痛みはだいぶ治まった。自由に動かせるくらいにはなったが、傷痕は残っている。頭に関しては特に損傷がなかったので、その培った頭脳も健在だ。
病室で暇を持て余していた刹那は、希亜について思考を巡らせていた。彼の言動は少しおかしいと、常々思っていた。それは気が狂っているとかそういう類いのものではなく、行動原理が二つに分かれてそれぞれ対極を司っているかのような、不和感だ。
いくつか例を挙げてみたりもした。例えば4月。彼は捕まっているのに一切抵抗せず、諦観しているように見えた。なのにあの夜、捨て身は良くないと訴えた。両方本気なのはわかっている。
例えば6月。彼の父親の話を聞いたとき、大して堪えていないような顔で喋っていたのに、こないだ、刹那が倒れていた時には随分動揺した様子だった。
そこから彼の心理をずっと考えて、考えて、やっとひとつ、答えを弾き出した。
それが正解なら、彼は今非常に脆く、刹那よりも遥かに強がりで、きっと苦しんでいる。いや、苦しくは感じていないかもしれない。苦しいはずだ。
今すぐにでも答え合わせをしたい所だが、刹那が倒れる以前の二人の雰囲気を考えると気軽に呼べる間柄ではなかった。
そこで思い付いたのが七夕。多少こじつけの建前だがこういうものは行動した者勝ちだ。
(今日、腕も調子いいし)
そうと決まれば即行動。永久に声を掛けて外に出る。
昔は紫外線の少ない夜だけが刹那の行動時間だった。夜風が懐かしい。それだけでなんとなくテンションが上がった。
(スマホのプロフィールに住所入ってた気がする。あとはまぁ電話するかなんかすれば辿り着けそう)
ちょっとした冒険気分で歩き出した。まずは駅へ。電車で希亜の町へ。隣の駅なんだから迷っても帰ってこれる筈。
色んな意味で冒険だ。希亜が自分の事をどう思ってるか、事態が好転してくれるか。アルビノも性格も、敵を作りやすいというのはわかっている。だから例え刹那が望んでも彼が応えてくれるとは限らないと、痛いほど分かっていた。
受け入れて貰えないなら、自分は遠くから「きあ」である彼を守るだけ。今まで彼に手を出そうとした者を排除してきたように。
冒険気分に覚悟を上乗せして、刹那は希亜の家を目指した。
「――と言うわけで、ここを突き止めたって訳」
ベランダの手すりに腰掛けながら、刹那はわざとらしく身ぶり手振りこの家を特定した経緯を語った。
どうして家わかったの?と聞いたオレが馬鹿だったのかな、と希亜は考える。よく考えれば不可能ではないはずだ。質問を切り替えよう。
「どうしてここに来たの?」
純粋な疑問の感情だけを乗せてそう尋ねた。
「……オレ、君に、酷いことしたと思ってるんだけど」
「俺もあの時イラついたけど、そろそろ冷静になったさ」
ばつの悪そうな表情で彼は言う。それはまだ許されてはいないってことなのか?と内心審議する。
「俺は君を守る立場な訳だし」
「それ、前にも言ってたけど、どういうことなの?」
「え、高山さんから聞いてないの?」
刹那は驚いたというか、ショックを受けたような目をした。どっから説明するかな、と頭を掻く刹那に、高山からどこまで聞いたのかを説明する。刹那は「ああ、なら話早いや」と希亜の方を向いて、「その俺の幼馴染みな」と話始めた。
「希愛って名前なんだよ。どうも人質をとって俺の弱み握ろうとか考え出したらしくて。でもあいつら、きあって響きしか知らないのな。性別も容姿も漢字も名字もしらねぇの」
ははあ、と希亜は心の中で手を打った。彼らには希愛を特定する情報がほぼないのだ。それなら同じ高校の希亜が狙われるのも道理。
「だからきあに手を出そうとした奴は片っ端から潰す。それが俺の当面の仕事」
潰す、と希亜は口の中で呟いた。
「……それ、オレのせいで、刹那がまた怪我するかも知れないってこと?」
へ?と紅い瞳が瞬き。
「あー……する、かもしれないけど……別に」
「別にじゃないよ!」
「うわっ、落ちるって」
掴み掛かった希亜に押されてバランスを崩しそうになった刹那が、慌てて手すりを掴み直す。それが危険行為だと気づいた希亜もぱっと手を離したが、それでも瞳に宿した強い光は消さなかった。
「オレはいいから、刹那はそんな目に合わないで」
「へぇ、そんなに俺が心配?」
にやりと刹那は笑った。皮肉だっただろうが、皮肉にユーモアで答えられるほど希亜に余裕はない。
「うん」
「……即答でイエスとは思って無かったよ」
結果的に刹那の虚をつくという珍しいことに成功したが、それは別に今じゃなくてもよかった。呆れるような顔をした刹那を見て「あっなんかまずいことした」と思った時には、後の祭りというやつだ。
刹那は「まぁ大丈夫だよ」と呆れ顔から苦笑に変える。何が、と首を傾げた希亜は、告げられた言葉に固まった。
「俺が死んでも、きっと希亜は平気でいるから」
そんなに冷たい事を言っただろうか、それともやっぱり許してくれていないのか。「そんなことないよ?」と返した声が少し震えて、自分の精神状態を改めて把握する。
「お父さんのことあんまり気にしてないみたいに」
「それは、」
揺らいだ金の瞳。それを見た刹那が少し慌てた表情をした。
「え、そんな思い詰めた顔しないでよ。責めてるんじゃないよ?寧ろ心配なんだけど」
「心配?何が」
「ああ……わかった、簡潔に言う」
俺が悪かった、とでも言いたげなため息。馬鹿にされたような気がしたが気がしただけということにしておく。
あのさぁ、と前髪を軽く払って
「こんなに短期間でそこまで冷静になれるのはおかしいって、わかってる?」
刹那は眉根を寄せた。「もう、またあんたは」と叱る母親のような雰囲気だ。
「いや、それは、ただオレが」
「君は特別じゃないよ。俺を助けたときすごい悲痛な声してたし」
「えっ聞こえてたの?」
「まぁそれは置いといて」
刹那の口が楽しそうに歪んだ。別に変なことは言っていない筈だが、なんだか恥ずかしい。
それから刹那は急に真顔に戻った。希亜の瞳を覗き込んで、ねぇ、と静かに言う。
「自分は大丈夫だって思ってない?」
「オレは大丈夫だよ?」
「……ふうん」
あれ、と思った。その軽い相槌が、やけに冷たく聞こえた。
「じゃあさぁ」
ふっと刹那の顔が離れる。ふわっと夜風に銀髪が舞った。
彼はくるりと華麗に体勢を変える。
――ベランダの外側に足を垂らす形へ。
え?と、希亜の思考は一瞬ついて行かなかった。
(何?こんなの落ちちゃ……)
にこり、と優しく彼は笑う。
「俺、決めてたんだ。もしわかって貰えなかったら飛び降りるって」
「待って、なんでっ?」
「ほら、また骨折くらいで済むかも。ま、あれは運が良かったんだけど」
手すりを掴んだまま、彼は出来る限り腰を浮かす。冗談じゃないんだよとでも言いたげな、悲しい笑みを此方に向けて。
「待ってっ、刹那」
「じゃあ……希亜」
ふっと。風が吹いた。星が瞬いた。銀が輝いた。紅い瞳が笑った。
手すりから、白くて細い手が、するりと離れ
「やめて……おいてかないでっ……!!」
一人にしないで。こんな場所に置いていかないで。もう失いたくない。大切なものに手が届かなくなるのは嫌だ。闇に溶けてしまわないで。
とん、と。
彼は方向転換して、ベランダに降り立った。
口の両端を吊り上げる刹那は、「ほら、大丈夫じゃない」と得意気だ。
「おっ泣いた。そんなに怖かった?」
「え?へ?せつな……?」
「君があんまりにも本性を見せないから、ちょっとした賭けを二つした」
ちょっとした、にツッコめる冷静さはない。賭け?と気の抜けた声で聞き返すだけだ。
「俺は仮説をたててたんだ。希亜ってもしかして、大丈夫だと思い込んでるだけなんじゃないかって。あんまりにも辛くて苦しくてどうしていいか分かんないから気にしてないフリして、それがフリじゃなくなるように自分騙してるのかもなって。本当はもしかして結構な依存型なんじゃないの?って。もしそうだったら、いつ壊れてもおかしくないから」
で、そうだった訳だ、と刹那はにやりとする。
「そうなの……かな……?」
「え、あー、俺が思ったより重症だった?」
ガシガシ頭を掻いて、だってそうだろと彼は言う。
「おかしいじゃん、お父さん気にしなくて俺を気にするって、明らかに。つまり、自分の拠り所になりそうな人を失うと巨大なダメージを受けるから、受けないようにしたり感じないようにしたりしてて、なんならいなくなった拠り所のいる場所に行けるし死んでもいいや、になるんだろ。時々見せる独占欲みたいな顔もそれかな。てことは希亜、お母さんは?余計依存してるか、あるいは……失った時のダメージ軽減のために、突き放してる?」
金眼が、満月のように丸くなる。
フラッシュバックする記憶。関係ないでしょとあしらう昨日の自分。目を輝かせてあのね!と話しかける幼い自分。
目から鱗が落ちる、の意味を、今知った気がした。
「……そうかも、知れない……」
自分で感じた不思議が、ぱちぱちぱちっと音を立てて嵌まった感覚があった。
(あぁ……オレ……もうちょっと強いと思ってた)
つつ、と頬を伝うものを拭う。顔をあげると、刹那はふわっと、粉雪が舞うみたいな笑顔を浮かべた。
「大丈夫、ここにいるよ」
父は常々言った。
「友達でも恋人でも、同性でも異性でもいいから、本心を分かってくれる人を作りなさい」と。
〈10〉
いってきます、と玄関を出る。
母のいってらっしゃいという声が、新鮮なものとして耳に届いた。
駅へ向かって、いつもより2本早い電車へ乗り込む。2分待てば次の駅だ。
灰色フードが乗ってくる。紅と目が合う。
「おはよう刹那」
「おはよ。この夏日いつ終わると思う?」
「……一ヶ月は無理だよ……」
窓の外は青空が流れる。まだ日差しが弱い時間だが、綺麗な天色が広がっている。
その景色を横目に見ながら、いつもこの時間なの?と非難の色をこめて刹那に言う。
「日が強くなったら自殺行為だよ。てか君機嫌悪いね低血圧?」
んー、とドアにもたれる。隣で刹那も、こちらは純粋に眠そうにもたれた。
そういえば、と隣を見る。ん?と瞬きする刹那。
「昨日の、二つ目の賭けってなんだったの?」
「へ?賭け……あー、賭けね。過ぎた話は置いといて」
「置いとかない。粘る」
えぇ?と嫌そうな声。ここで引き下がったりはしない。食い下がる。
「あれはそのー……その」
フードの下で視線を逸らしたのがわかった。
「俺嫌われてないかなって確認しただけで……」
フェードアウトしていって口ごもる刹那だったが、希亜は見事にしっかり聞き取った。確認というのが軽いものではなく、どちらかと言うと確信を得るための鎌掛けだということまで理解した。
学校の最寄り駅へ着く。他の学生もまだいない時間帯、がら空きの改札口を抜けた先で、まぶし、とぼやく刹那に希亜はくるりと振り返った。
「刹那」
悪戯な笑みを小さく浮かべて。金の瞳は楽しげに輝かせて。
「オレはここにいるよ」
これからも。君の隣に。
暫しフリーズしていた刹那が、しばらくして「うわ」とリアクションを起こす。
「なにこれはっず……」
「君って照れ屋だよね」
学校へ向かって歩き出す。
期末テストはまた勉強会やりたいなとか、今後の計画をたてながら。
梅雨明けの空は透き通って、爽やかな風が二人の髪を揺らした。
****
「おかえりなさい希亜」
「ただいま。……ねぇ、母さん」
なぁに、とキッチンから顔を出す母。
「うちに友達呼んでもいい?」
驚いた顔で、彼女は固まった。
それから、にこりと優しく笑った。