プロローグ キスを邪魔したのはトカレフ
ト、タタン!
岬カレンは、密輸入された武器の運び屋で、時々自分自身でもそれを使う仕事をする。要は、犯罪者、テロリストだった。
ダァァン!ガツッ!
そんな彼女が、恋をしていた。
ダァァン!キュン!ダァァン!バリンッ!
そして今は、銃撃戦の只中だった。
ト、タタン!ト、タタン!
ダブルタップ、二連射で放たれる9ミリパラベラムの炸裂音が、住宅街の夜空に響き渡る。
見える敵を撃ち、見えなければフラッシュライトで照らし、遮蔽物の少なさに苛立ちながらも移動しながら撃つ。そこで、彼女の拳銃が弾切れになり、ホールドオープン。
「まずいな・・・」
慣れた様子で車を遮蔽物にしてマガジンを取り換える。が、動きに反して内心は焦りに焦っていた。その原因は、近くの電柱の影に転がっていた。いや、正確には足を高くして傷の止血を行っている。
カレンと、止血をしている男、金谷セイジは、ちょっと前にコイビトになった。と、言える。その辺りには面倒な事情があるのだが、二人は先ほどまでキスの真っ最中だった。
再開を約束する、その日の別れのキス。
恋人同士としては当然のその行動に割り込んできたのは、不粋も不粋な、中国がコピーした劣化品ともいえるトカレフの銃弾だった。
牽制射撃を返しながら、足を撃たれたセイジを電柱の影に押し込み応急処置を施そうとしたが、相手の銃撃が激しく、カレンは少し離れた車の影に後退するほかなかった。
それでも激しく応戦し、ここまでに二人を倒したが、相手は怯む様子もない。宵闇の中、何人いるかすら不明だが、銃声からすれば、まだまだ複数の敵がいることは疑い用もない。
繰り返し盾にしている彼女の愛車、トヨタ・セリカは、ガラスの一枚も残っておらず、ボディも穴だらけだった。貫通力のあるトカレフとはいえ、拳銃弾にエンジンブロックがやられるとは思えないが、ガソリンタンクに穴が開き、火花で引火するという最悪の展開もありえる。
セイジに近づこうとした敵を撃ち、これで三人目。
さすがに銃声が少し弱まったところで、一か八か、飛び出して彼を救い出そうとしたが、やはり無謀だった。
ダァァン!
夜空に響く銃声を聞いた頃には、彼女は地面に倒れ伏していた。
右腹部に焼けるような感触、どうやらまともに銃弾をくらったらしい。落ちていた銃を拾い、必死に反撃をしながら、車の影に戻る。
傷の痛みと、朦朧とする意識に抗いながら、銃を撃ち続けると、スコールのような反撃が返って来た。
さすがにタイヤの影に隠れる。
傷口を抑えながら地面に転がっていたが、気づけば妙に静かになっていた。
恐る恐る車の影から覗くと、そこには敵の姿も、セイジの姿も無かった。
「やられた・・・」
敵の目的は、始めから彼の拉致だったのだろう。彼が足を撃たれたのも、死ににくい、体の下の方を狙われたからに違いない。
その場にへたり込みたかったが、時間が惜しかった。今は殺されていなくても、用済みとなれば口封じという危険性もなくはない。
すっかり血に染まってしまったニットを脱ぎ、包帯代わりに腹部を縛り付ける。
愛車のセリカは鍵もかけていなければエンジンも切っていなかった。運転席のドアを開けようとして、右手の拳銃に違和感を覚えて見てみると、全弾を撃ち尽くしてホールドオープンしていた。暴発の心配もないので助手席に放り投げるが、これから敵襲があれば対抗手段がなくなったともいえる。
後部座席に転がしてあったパーカーを羽織り、エマージェンシーキットの抗生物質と痛み止めを飲んで、一応シートベルトを締めてから車を出す。
銃槍、発熱、そして鎮痛剤で朦朧としながらハンドルを握るカレンだが、なんとか目的地に向かって車を進める。そこが見えた瞬間、安心した彼女はブレーキを踏んだが少し遅かった。止まり切れず、ハンドル操作も覚束なくなった彼女の車は、ブロック塀に突っ込み、派手に破壊する。
家主に申し訳ないなと思いながらも、これでインターホンを押さずとも気づいてもらえそうだった。
そう、安心したところで、彼女の意識は途絶えた。