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真実の裏側

「実はですね。音楽の授業の帰りに白井とトイレによった時のことだったんですけどね…」


 平山と白井が入る前に3年の野球部の何人かがトイレにいて話をしていたらしい。その話というのは甲子園をかけた決勝戦の話であった。


 その決勝をピッチャーとして先発のマウンドに上がったのは白井であった。白井はショートのレギュラーとしていつもは試合に出ていた。準決勝後の練習で陣は肩を壊し、ベンチにいた。

 

 白井は中学の時には名のあるピッチャーだった。入ってきたときはピッチャー志望だったのだが、3か月後にショートへとコンバートしていた。


 もちろんピッチャーとしての素質はあった。白井本人の口からは誰もコンバートした真実は聞いたことはなかったが、陣は以前に白井から試合中にこんなことを言われたことがあった。


 2年の夏の大会のことだった。2年からエースとしてマウンドに上がっていた陣は1回戦の相手に苦しい立ち上がりを見せていた。


 先輩達3年生の最後の大会、その大会でエースを任されていた陣は感じたこともないプレッシャーを感じていた。1回戦の相手は強さ的には勝てない相手ではなかった。過去の戦績は4勝1敗。何が起きるかスポーツにおいて5回対戦して、4回勝つことはハッキリと実力の差がああると言っていい。


 そのうち陣が投げた試合は3戦2勝1敗。その1敗も陣は途中でマウンドを降り、レギュラーも途中で控えと交代してから、逆転されて負けたという内容であった。


 しかし、陣にとってはそんな1敗でさえプレッシャーに感じていた。負ければ3年生は高校野球という青春が終わってしまう。普通に投げれば勝てる相手。でも、普通ではいられなかった。


 初回から四球の連続。その後ヒットなどで失点をしてしまう。バックの守備の助けもあり、2点止まりで食い止める。


『気にするな。いつも通り行こう。』『まだ始まったばかりだぜ。次切り替えて行こう。』


 先輩達は陣に励ます声をかけるが、初回の攻撃は3者凡退。明らかに焦りや何とかしてやろうと気持ちが強く出てしまって、いつも通りのバッティングは出きていない。


 次の回も陣は苦戦する。失点こそ免れるがまだ本調子を取り戻していない。


 攻撃も4番、5番と主軸の3年が凡退に倒れる。6番に座っていたのは白井。1年でレギュラー。他の1年生はベンチにすら入っていない。


 初の大会、初打席。初球だった。


 『カーン!』


 青い空のもと、まるで球場に誰もいないかのように乾いた金属音が鳴り響いた。


『ホームラン!1年生白井ホームランです。東高校初ヒットは1年生白井のホームラン。』


『いやぁ、見事ですね。彼は初球から完全に狙っていましたね。』


『見事でしたね。解説の熊野監督。それにしても1年生で初打席の初球をホームラン。あんな思いっきり打てるようなものなんですかね?』


『どうでしょうね。私には何か今のチームに喝を入れるかのような気迫も 感じましたね。1年生でレギュラーになったことがわかりますね。きっと彼はすごいバッターになりますよ。楽しみですね。』


『そうですね。なんでも白井君は中学時代はピッチャーをやっていたそうですが、高校からショートへとコンバートしてレギュラーになったそうです。今後の成長にも注目ですね。』


 白井は湧き上がるスタンドになど目も向けずに淡々とベースを一周してベンチへと戻ってきた。


 『白井ナイスバッティン!』


 『ウィっす!』


 『少しは喜べよな。』


 『まぁ、まだ負けてますから。』


 『よし。1年の白井が打ってるんだ。おれ達も続くぞ!』


 『オー!!!』


 チーム内に活気が溢れた。しかし、陣の掛け声は一段と小さかった。


 白井はヘルメットを脱ぎ、陣の横へと座った。


 『白井ナイスバッティング。ありがとな。』


 『まだ、1点しかとってないですから。それとありがとうってなんです   か?』


 『いや…別に。』


 『先輩のために打ってるわけじゃないですから。』


 『おう。わかってるよ。』


 『陣さん。おれがなんで陣さんの後ろで守ってるかわかります?』


 陣は黙ったままだった。

 

『おれが相手のチームにいたら、エースとしてマウンドに立ってあそこで投げてますよ。そして、この試合貰ったと思って気持ちよく投げてますね。』


『でも、今はショート。マウンドの後ろにいます。なんのために守ってるかって言ったら、先輩がおれに見せてくれた夢を叶えるためですよ。』


『甲子園に行くっていうね。』


『おれだけの夢じゃないんです。先輩がこのチームにいるからこそ持てた夢なんです。もし、夢が苦痛でしかないならマウンドから降りてください。おれがいつでも投げますから。』


 陣は驚いた。いつもクールで有名な白井がこんなに熱く話すのを見たことがなかった。そして、自分は何をやっていたんだという気持ちがこみ上げてきていた。


『おまえにマウンドは譲れない。おれはここのエースとして投げてるんだ。1年のお前なんかに渡せるか。』


 陣は少し泣いているのか、照れているのか下を向いたまま白井に言った。


『だったら、マウンドに立ってください。エースとしてね。』


『おう!』


 その次の回から陣はいつもの調子を取り戻した。打線も調子を取り戻し、終わってみれば8-2で快勝。


 陣はこの時に初めてエースとしてマウンドに立てたのかもしれない。口には出さないが、この試合のマウンドを降りるときに後ろに向かって心の中で『ありがとう』と言った。

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