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ハイ・シレン  作者: いそぎんちゃく
 青春の一ページ (31/31) 
5/21

【5】 問題児龍治




 この時、いつもなら(じゅん)を叱咤するであろう夏樹(なつき)が頑なに言葉を発しなかったのは、それ以上に優先すべき人物が幼馴染、亜矢(あや)の方へと姿を現したためだ。

 もとい、夏樹と亜矢が登校してくるより先に教室の隅で、一匹狼を気取るように自分の席に着席し、両の目を閉じて眠っていた小野寺(おのでら)龍治(りゅうじ)、その人である。


「ちーっす、亜矢ちゃん」胸元をだらしなく開襟させた制服の下から、校則違反である柄物シャツが覗かせているのを正そうともせず、袖捲りによって露出させた腕をぶらんと持ち上げ、開口一番、亜矢へと挨拶をする龍治。

 整髪料で髪を立たせ、強面キャラで三組では通っている夏樹が霧散するほどに、そのルックスは刺々しく、ベルトから垂らす装飾品が煌びやかだ。長時間焦点を当てていると、目が悪くなりそうである。路頭に迷うロックミュージシャンの成れの果てに、見えなくもない。

 厄介な男と同じクラスになってしまったもんだ。条件反射で、気分が悪くなる夏樹。


 活発で燦々とした空気のかえではまた違って、悪い意味で教師間の知名度が高く、また生徒間でも悪評が絶え間なく囁かれる、そんな男――それが小野寺龍治。

 どこの学校にも若気の至りに踊らされた不良はいるもので、夏樹の通う中目黒高校でそれに当たる立ち位置なのが、小野寺龍治。学校全体を見渡そうとも、問題児トップ三には確実的にランクインしてくる、たいへん対応に手を焼く生徒である。

「うげっ」と呟いて、夏樹の隣で体を縮こませる潤。彼も龍治が苦手だ。

というか、苦手だからこそ――、一学年時に熱烈な虐めを龍治から受けていたからこそ、今のN極S極の磁石のように夏樹から離れない潤は、確立していると言っても良い。


 潤は、夏樹が喧嘩に強い強者だと思っている。

 だからこそ近づいてきたのだ。

 『親友』という名目のもと、龍治と自分との間に、夏樹を介入させるように。そうして、自分の安全を確保するように。

 親友とは名ばかりの、屈強な盾として夏樹を抜擢した。

 それだけだ。


 もう僅かにでも、三恵潤が心を入れ替えようものなら、夏樹としても、気持ちよく彼に接する事が出来るのに――。

 口先だけでなく、潤が心を開いて、自分を親友だと思ってくれるなら――。或いは――。

 微塵にでもそんな希望がある限り、夏樹には、彼を見切る踏ん切りがつかない。敬遠する勇気がない。――お人好しというよりも、臆病なだけかもしれない。

「ビビんな、潤」そう言って、彼を庇うように背中の死角へと追いやり、ずいと前へ出る。それに今の龍治の狙いは、その潤ではない。

「あ……。小野寺君、おはよう」と肩を竦めて警戒する亜矢へと、龍治の関心は向いているようなのだから。渦中の人は、大事な幼馴染だ。


 いつからだろう。こうして龍治が、どうしてか接点など無に等しい亜矢へと積極的に話し掛けてくるようになったのは。


「へっへ。ちーっす、亜矢ちゃん。元気してた? ……つか、メールぐらい返信しろよ。夏休み中、ずーっと電話にも出てくれなかったじゃねえかよ。あ?」

「え、えっと……」威圧する龍治に、亜矢はおどおどと夏樹へと助けを求める。すぐさま、眉を吊り上げた夏樹が、幼馴染の戸惑う修羅場へと乱入した。

 一転、龍治の表情も曇る。

 二人は睨み合った。

 互いの鼻先が触れるのではないかと思うほどに、至近距離で敵意を飛ばし合う二人。夏樹も龍治も、明瞭な喧嘩腰だ。まず、隠す気が毛頭ない。「邪魔すんな、殺すぞ」なんて、凄まじい形相の龍治が口走るほど、隠す気の無い敵意、ひいては殺意で混沌としている。

「てめえも懲りねえな、小野寺君よお」あえて挑発する口調で、夏樹は龍治の神経を逆撫でする。ここで受け手に徹すれば、会話の主導権を強奪されてしまうからだ。


 潤は、夏樹が喧嘩に強い強者だと思っている。――その外見から、喧嘩馴れしていると高を括っている。勘違いしている。

 親友が予想するよりずっと、夏樹は非好戦的な主義なのに――。こう頼られてしまっては、好戦的で、頼もしい荒くれ者を演じるほか無いではないか。


 事実、夏樹の心臓は激しく脈打っている。龍治はどんな行動に移るのか、先が読めない。

 一学期中は嫌悪な空気を流しつつも、なあなあで直接的な衝突を避けてきた。だけど、もしかすると、この怒気が噴火寸前の龍治には、その性根を見破られているのかもしれない。と、最悪の事態まで連想する。それだけに先が読めない。マイナス思考にばかり頭を働かせてしまう。

「………」数十秒ほど、夏樹は不愉快な顔つきを保持しつつガンを飛ばし、震える内心をおくびに出さないよう努めていた。

 ただ黙って、龍治の壮絶な眼力に張り合っていた。


 と、「すこぶる威勢がいいね、お互いに」と言い放ち、ひょっこりと、夏樹の背後から鷹迫(たかさこ)かえでが顔を覗かせる。和やかではない場と相反し、溌剌としている。

 だが予想外の彼女の参戦は、龍治の口から「げっ……」という音を発せさせると共に、夏樹の胸を撫で下ろさせた。それどころか非力な亜矢と潤の顔も、ぱっと晴れやかになる。

 かえでを、まるで戦場の最前線に支給された強力な火器のように有り難く、頼りになるといった目線で讃えた。当のかえでは、その意に気付いていないようだが。


「喧嘩も青春の一環かもはしれないけどさ、傍観者側からすれば無味乾燥以上に、見てて寒いんだよね。だからさ、小野寺。私からの立案なんだけどさ……」決してかえでは、脅迫する声色でも物腰でもない。しかし龍治は、怯んでいた。「なんだよ……」彼女の凛とした風格と、誤魔化しのない一貫性をもった主張に適した、返す言葉が見つからないのだ。

 龍治のように威嚇するわけでもなければ、夏樹のように反骨精神を曝け出すわけでもない。

 かえでのそれは、直向きでストレートな、お願いだ。


 反論の余地が無いとは、まさにこの事である。

「ここは村上の顔も立てて、引き分けって形で手を打とうよ」との提案を拒否する選択肢が龍治にあるはずもなく、彼は窓際の、前から四番目の自分の席へと踵を返す。道中、首だけを夏樹に向けて、ギロリと一睨みした。だが彼が自席に着くまで、逆襲の狼煙を上げる事はなかった。

 十割かえでの手柄で、交渉は成立だ。


 かえでという女子生徒は――本当に強い人間である。

 夏樹はそう思う。


 高校一年生の時に皆勤賞を受賞したという、周知からのお墨付きの健康面。

 生徒と教師から好かれる剽軽な性格。

 それらの他に、今のような場面でも臆せず前へと出て、ごたごたの解消へと全面的に慢心する所から、つくづく人柄の良さが滲み出ている。「はー。一件落着っ」と、ふざけた調子で笑っているのも、皆をリラックスさせる為の配慮なのだろう。


 極端な話、自分の幼馴染が亜矢ではなく、なにかの間違いで、かえでと入れ替わったなら――。

 亜矢より先に、かえでと出会っていたなら――。


 そんなIFの世界を想像しようとも、それでも自分の片思いは、村上夏樹の抱く比良乃亜矢への恋心は揺るがないのかと問われれば、きっと自分は回答を渋ることだろう。苦汁を積んだ挙句、どう転ぶか分かったもんじゃない。

 だけど運命かな、かえではあくまでも友達の一人に過ぎない。幼少時代から肩を並べて歩いてきた亜矢と、天秤に乗せて量ることは出来ない。というか、してはいけない。失礼にも程がある。

 かえでから視線を外し、夏樹は激しく頭を横に振った。

「大丈夫だったか、比良乃」そうして、幼馴染へと話し掛ける。


「私は大丈夫……。カエちゃん、夏樹君、ごめんなさいっ。私のせいで、変なことに巻き込んでしまって」悲しそうな亜矢の顔を見ると、夏樹の胸も自然と痛む。擁護したくなる。「気にすんなよ」優しい声を掛けたくなる。

「実質、守ってくれたのは鷹迫だけどな」かえでを見習って、夏樹もわざと砕けた調子で笑顔を浮かべる。はっはっはっと、かえでも猛々しく笑っていた。

 

 潤も唇を歪曲させ、出っ歯をむきだす。「さすが、持つべきモノは親友だよな、夏樹っ!! これからも宜しく頼むぜっ、へへっ」夏樹の表情から、笑顔が消失した。

 その高い鼻を摘まんでひん曲げると、潤は豚の鳴き声みたいな悲鳴を、ブホッと上げる。

 彼は人を盾にして生きるのを、止める気はないようだ。















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