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ハイ・シレン  作者: いそぎんちゃく
 青春の一ページ (31/31) 
4/21

【4】 異心伝心




 縦並びに五つ、横並びに五つの、計二十五席。

 それに窓際のみ縦並び六つの席があって、計三十一席。三十一人分の生徒が授業を受ける準備を周到させるのに、申し分ない量だ。ぴったりだ。

 村上夏樹の席は、この中でも凡そ中心と呼べる位置に用意されていた。前から三席、廊下側からも三席の場所である。彼はこの席を気に入っている。変に教師の視線が飛び交う前列や後列、ないしは端っこより、居眠りをしてもバレない盲点となっているためだ。

 そんな根幹から邪な思惑で張り巡らされた席に――教卓から三席分、廊下から数えて三席目、窓際から数えて四席目の、夏樹の席に、『親友』が腰掛けていた。

 怪訝な顔つきで、夏樹は歩み寄る。

 挨拶代わりに、購買で購入したのであろうパンを頬張る親友の背中へと、夏樹は声を掛けた。「よお、(じゅん)。――どけよ」

「……えっへへ」絵に描いたようなもやし体形である三恵(みえ)(じゅん)は愛想笑いを浮かべ、手持ちのパンへとがぶりつく。こちらの要求を聞く気はさらさら無いようだった。


「はやく」三度目は無いぞと言わんばかりのドスを利かせた夏樹の声。

「はい」途端に、身の危険を察知した潤は夏樹の席を離れ、隣りの席へと移り座った。そしてその席に、比良乃(ひらの)亜矢(あや)が歩み寄り、「三恵君、そこ退いてくれる?」と一言。

「えっへへ……」また薄ら笑いで誤魔化そうとする潤に、夏樹が「ジュンっ」と強めの語調で発破をかける。発火物に慄いた子猫のように、潤はそそくさと退散した。

 補足しておくと、彼のルックスは子猫というか、鼠寄りである。

 出っ歯が特徴的だ。


 こうして夏樹と亜矢は、奇妙にもクジ引きで隣り同士を引き当てた運命的な席へと、無事に腰を下ろす。人肌の温もりで若干生暖かいのは我慢だ。

 二人横並びになった席の隣に、食べかけのパンを大事そうに握りしめた潤も座る。厳密には、教卓に対して右から亜矢、夏樹、潤、という順番で席は据え置きされているために、夏樹と、親友の潤はこれまた奇妙にも隣同士である。極々平凡な三羽烏だ。

 その親友は残りの朝食を口に頬張り飲み込むと、ニヤリと笑みを溢した。


「軽いコミュニケーションに腹を立たせんなよぉ。俺と夏樹の仲じゃねえかぁ」蛇足的に語尾を引き延ばした独特の語り口調で、親友へと謝罪兼弁解をする潤。

 夏樹は顔を顰めた。「おお、こわっ。今学期も冗談が通じないなあ夏樹は。もしかして亜矢ちゃんと喧嘩でもした?」

「そんなんじゃねえよ。……名前は出せねえが、とある俺の親友が新学期を超えて少しは『慎み』やら『慮り』やら、対人技術を覚えたのかと期待していれば、それに輪を掛けて症状が悪化していて、大きく大きくうんざりしただけだ」

「あっはは、なにソイツ、うっぜーな。クラス中から嫌われるタイプじゃあーん。……。……それ、俺のこと?」

「大正解だ。察しが良い所だけは好きだぜ、親友」落ち込む親友の肩に手をぽんと乗せ、夏樹は体を反転させる。亜矢へと対峙した。「それにしても、皆はそれほど気にしていないみたいだな、あれ」

 夏樹が言うアレとは、数人の男達が屯しているドアの補強工事のことだ。


「まさか爆発するとは思えないけど、というか思いたくないけど、私は不安だよ……。なんていうか、気持ちが悪い」


 常に前向きな振舞いを見せる亜矢だけに、得体の知れない工事を身近で肌に感じ取り怯える様子が、とても痛々しい。夏樹は胸が疼く。比良乃の悲しい顔など見たくない。そう思えた。

「プラス思考に考えてみよう」と、潤の対応とは打って変わり、物腰の柔らかい態度で夏樹は語り掛ける。「大丈夫。ここは平穏の約束された学校だぞ。きっとドアが何かの拍子に外れたか、なにかしただけだ。タイミング悪く、新学期早々に誰かが蹴り壊したとか」

「ちょっと待ちねぃ。工事の件なら、俺の方が詳しいぞぉ」ここで潤が、夏樹と亜矢の会話に割って入る。得意気な顔つきで、指を立てた。


「本当か、潤。教えてくれよ」そう言って身を乗り出した夏樹の眼前へと立てた指を運び、左右にちっちっち、と揺らした。「今日の昼食、驕ってくれたらな」との、条件付きであった。


「……おいおい親友。お前もしかして、親友の財布に肖ろうって魂胆なのか?」

「情報との等価交換だよ親友。ま、夏樹が嫌だっていうならそれまでで、この商談は破棄するってえ方向で――」

「なら破棄だ。お前との関係性もこれまでだったな。至極残念だよ、潤」

「ちょっと待ってくださいっ」自分の発言に被せるように放った夏樹の別れの宣言に、おたおたと狼狽える潤は、あっさりと餌に食いついた。

 

 いくら潤がクラスの嫌われ者だからとはいえ、夏樹は彼に対し、やや冷淡が過ぎる対応な気もする。 だがそれには訳があり、その所以あって夏樹は潤を粗末に扱うのだ。

 

 その所以――。

 その理由は、潤が頻繁に、縋るように口にする『親友』の二文字にあって――。

 もう僅かにでも、三恵潤が心を入れ替えようものなら、夏樹としても、気持ちよく彼に接する事が出来るのに――。と、幾度となく思いめぐらせ、終結、いつも未練がましく、夏樹の方が潤を切り離せずにいる。腹が立とうが苛立とうが、潤の事を突き離せない関係。

 アンバランスに大きく揺れる、不安定な極細の綱を渡っている気分である。


「俺の知ってる範囲では、例のドアの工事ってなぁ……」

 潤は舌を捲し立て、流暢な口振りで語り始めた。「まず第一に、俺達のクラスだけじゃねえってこと。隣りの二組や、優等生で固められてる一組でさえ、例外なくドアの工事は施されてた。変だよな。それも、同時刻に。つまりは新学期の今日、沢山の生徒が登校してくるか来ないかぐらいの、ギリギリの時間にだ」

「ほお?」有難い情報提供へ、素直に耳を傾ける夏樹。

「だけど夏樹と亜矢ちゃんが教室に入ってきた数分前かな、入れ違うようにして一、二組の工事は終わってた。三組だけ工事を始める時間が、ちょい遅かったからね。ほら、月島先生って、時間にルーズな部分あるじゃん」


 中目黒高校は毎年、成績優秀者のみを収集した特進クラスなる著名の大学入学を念頭に置いた、エリートクラスが作成されている。ずばり一組が、それであった。

 それにしてもと、夏樹は意外に思う。

 うちの三組だけの特例工事かと思えば、違った。

 一組、二組にも同じものが設置されていたとは。ますます頭が混乱する。となると、北校舎の二年生、一組、二組、三組のみならず、南校舎の四組、五組、六組も工事が施された可能性が、無きにしも非ずだ。いや、それどころか一年生、三年生もなのか。下手すると職員室も――。

 一体全体、なんの目的で――。

 意味があって――。


 当て推量を列挙する夏樹の耳に、説明を続ける潤の声が飛び込んでくる。ハッとして、顔を上げた。「訊いてるのか? 夏樹ぃ」と訊ねる潤の顔が、夏樹の視界一杯に写っていた。その額を、ぐいと指で押し返す。


「そうなると、学年全体で大規模なリフォームとか……。でもそれなら、何かしら校内放送とか、手紙の伝達とかが……」ぶつぶつと、自問自答する亜矢。

 夏樹と類似する仮説に辿り着き、新しく生じた疑問の解消に勤しんでいるようだ。

 邪魔したら悪いかなと、幼馴染には声を掛けず、夏樹は潤へと続きを促した。「それで、教師陣はなんて?」 しかし、潤の答えはさっぱりとしたもので、「さあね」の一点張りである。


「さあねって……。それ以外で、なにか役立ちそうな情報はないか? 思い当たる節は?」

「知らねーよ。つい昨日まで家でゴロゴロと自堕落な生活を営んでいた俺が、知ってるわきゃないでしょーがぁ。……ん? 待てよ」ひょっこりと何かを思いついたようで、潤が演技を交えた身振りで首を傾げる。

 やがて右の拳で左の掌を軽く叩き、「そうだっ」と爛漫な笑顔をみせた。

「学校くる途中、駅の階段で、遊んでそうなチャラチャラした女の下着が見えた。――淡い紫だ」と、親指を突き立てる潤。

 夏樹が、とてつもなく誇らしげな潤の表情に苛立ちを覚えたのは、言うまでもない。












 洋画での面白黒人キャラの生存率は異常。のらりくらりと凶弾を交わして、結果ひっそりと生還するパターンが多い。

 私はそう思う。

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