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ハイ・シレン  作者: いそぎんちゃく
 第一ノ試練・・・教室デ・宝探シ・デス (2/31)  
16/21

【15】 お前、案外くだけたキャラしてんじゃん

 【1,赤コイン】

【直観力と推理力、これに長けてりゃやい容易。胸中秘めたる故意使い、見いだすべきはもとい甲斐】


 ※つい先ほど、『アナザー Another』作者・綾辻行人――なる文庫本を『下』の折り返し辺りまで面白く恐ろしく読ませて頂いたのですが、かなり「ヤバイな」と私の脳裏に危険信号が灯りました。というのも、こちらの作品において、とあるワンシーンでの出来事に、端的に説明してしまうと『教師が刃物で自刃する』みたいな描写が事細かに執筆されていたので、あ、偶然って怖いなと。ちなみに自分は鳴ちゃんと勅使河原が好きです。好きです。だからなんだっていう。



 コインが必ずある保証は何処にもないのだけれど、限りなく百パーセントに近しい目安はたてた。

 なので夏樹が次に移す然るべき行動は、限りなく百パーセントに近い可能性を孕んだ……月島の眠る天然の墓地(――すなわち黒板の足元である)へと赴き、答え合わせをすること。それもなるたけ押っ取り刀、くわえて隠密にである。

 片眉を折った龍治の顔からは、あまりといえばあまりにも俄かに筆記を諦めた夏樹に対する訝しがった態が見てとれた。彼は顔に出やすいタイプなのだ。しっかり困惑する片や、しっかり気を悪くした様子が見て取れる。で、夏樹の読みは正鵠を射たようで、「なにしてやがんだ。もしかしてギブアップ宣言か? それとも終わったのか?」

「いいや、違う。――はなから律儀に、ちまちま掛け算なんてしなくて良かった、俺、多分コインの場所が分かったんだよ……っつか、あ、いや。必ずしも百パーセントじゃあないんだけど、調べてみたい事があって、もしかすると――赤コインが手に入るかも」

「はぁあ?」押し殺した夏樹の発言が腑に落ちないらしく、一向に龍治の警戒態勢は解かれないままだ。

「今から、それを確かめようと思う。もしこの推理が的中していたら、比良乃の一抜けは確定だ。だけども小野寺、約束は守れよ。横合いからの掻っ攫いは許さねえからな」

「あ? あ、あぁ……。そんな気さらさらねえけどよ、はったりじゃねえんだな、赤コインが手に入るだとか、その推理とやらも、マジで言ってるんだな?」

「嘘じゃないっ」

 龍治の探りに即答し、じっと彼を見つめ、プレッシャーに圧され潰れてしまうのを瀬戸際のラインで踏ん張っているかの弱った声で、「きっと、比良乃を助けられるんだ……」と訴えたものだから、これが本心であるかそうではないのかよもや議論の余地はなく、彼から生まれた疑心も遥か彼方へ散り逝った。

「……ならどこだ、箱の中じゃないならコインはどこにあるんだ。言っておくが俺も立ち会うぜ。まさかてめえが裏切るはずねえとは思うんだが……、そこは手を組んだ以上、一応な」

「あたぼうよ、そのつもりで話してたんだ。お前はコインを見つける権利がある、いわずもがな比良乃のために」

「はっ、そこまで幼馴染大好きなのも気持ち悪ぃや」――滑稽だと言わんばかりに嫌な笑みを龍治が浮かべる。

 と、ふと。

 なんの気なしに夏樹の思考回路を駆け抜けた感想。


 それはともすれば意にも掛けない、小さな変化。

 なんてことはなく、これはもしかすると、自分と龍治の仲が深まったのではないか、といった内容であった。……って、おいおい、まさかな。

 あの龍治だぞ。黒い噂の絶えない、自主退学もせずに二年へと進級したのがほぼ奇跡としか捉えられない、先生からも生徒からも太鼓判を捺された問題児。

 彼に限って、有り得ないだろう。先に取り上げた由々しき点に目を瞑ったとしても、そもそも馬が合わないのだから、住む世界が違うのだから。

 だいいち、互いが互いを目障りこのうえなく敵対心を抱えているのだし、突き詰めれば、そうだ、偶然にも利害が一致したという関係性に過ぎないのだから。つまりは彼と、自分の、比良乃亜矢をおもんぱかったが由縁の関係性に――。たったそれだけの、一時的なよしみに――ぺらぺらの馴合いに過ぎないのだろう。

……と、ここまでは頭の中で構築し、自分は理解したつもりだ。

 だけど、あの時。

 自分が、彼女を守るべくコイン探しに躍起になっていた時、龍治が一助しようかと手を差し伸べた時、あの時は少なくとも――胸への縄縛が幾分ゆるまった気がして、目頭が熱くなるのを感じたのだ。とすると、やはりこれは……。

「じゃあ、さっさと案内してくれよ。――どこにあるんだ」と、龍治の催促に葛藤を遮られ、このなんとも形容し難い感情は一時保留にしておこうと決め、「あぁ、こっちだ。けれども、それなりの覚悟はしておけよ」とだけ口答する。「覚悟だぁ?」

「俺の推理で正解なら……、推理? 推理じゃ言葉のあやかな。って、どっちでもいいや。――それで覚悟って意味は、俺等が月島の寝てるあそこまで、近づくってことなんだ」

「……気乗りしねえ、なんてもんじゃねえな、そりゃ」

「怖いなら待っててくれて構わないぜ」と、本当に龍治が来なかったらどうしようかと内心どぎまぎしたが、それは杞憂に終わった。かの問題児は低く唸るだけで、では待ってますとは言い出さなかった。 単身、死体に近寄るなんて真っ平ごめんである。


 夏樹は革靴を踏み鳴らし、当初からの目的である当たりをつけた場所である教室の前方、月島の死体との距離を縮めた――と、視界の端に声を掛けようとしているのか、もどかしそうに口を開閉している潤のシルエットを見つける。「あっ」と声をあげそうになった。

 うっかりしていた。

 そういえば彼に、つい先程にべもない態度で接してしまったな、と夏樹は気を揉んだ――のだが、寄り道回り道をしていたら何時まで経っても大業を成すことは出来ない。後ろ髪を引かれようとも、薄情かもしれないが、いま親友を相手に割く時間は全くといって良いほどないのである。

 刹那、目と目が合った潤から視線を外し、歩を進める。右斜め後ろから「あの、なつ――」と自分の歩行停止を求める声が発せられたが、もう振り返りはしなかった。

 教室の広さなんてたかだか知れている、間違えても広漠ではないし、どちらかといえば窮屈な小部屋としてあてがえられるだろう。十歩もなく、教卓は目と鼻の先に現れた。

 そうなると必然、惨たらしいそれも目と鼻の先に――。「うっ……」

「ひっでえ……」

 

 間近で担任の遺体を観察するのは、これが初めてになる。

 二人には、夏樹のように部屋の中央、ないしは龍治のようにやや後方から目を凝らした月島と、こうやって教壇の手前から見入るそれとでは妙なことに、さんざっぱら異なった“もの”と対面したかの感性が作用して。ほとほと“これ”が、どこぞのスプラッター映画専用に誂えられたマネキン人形に見えてきてしまうのだ。

 一部、例を挙げるなら。

 いかにもな戦慄を奏でている床一面の血しぶきは(――量に換算すると『血の海』がより的確か)本で読んだ、ふとした拍子の噂で訊いた話よりも丹赤で、薄い土色が混入している。

 黄土色ともいうのだろうか。

 違うにしても兎に角、この液状の汁を赤色、赤黒いと説明するのは強ち正しくなかったのだと遅れ馳せながら気付かされることになった。色と呼ぶには忍びない、異色の液である。正真正銘、これは月島から流れた血なのだろうか、と首を傾げられるのは、現実味が軽薄な証拠であり数少ない救いであろうか。夏樹は、まじまじと注視するのは極力控えることにしようと心に誓った。

 口角を開いた……というよりも、筋肉が死んで下顎が咬筋にぶら下がった状態の彼の開いた口からは、胸の傷口から逆流してきたのであろう体液が数本、線になってとめどなく流れている。これも血だ。月島の毛細血管こと柔い袋を満たしていた、血液である。

 眼孔でぎゅうぎゅうに凝縮した無明の目玉には、その双眸には、どんな景色が冴え渡り映っているのだろう。少なくとも自分や、龍治ではないことだけは分かった。首の骨が取り返しつかない程に損傷しているのだ、きっと二度と、彼は左斜め後ろをのぞいた方角へ鼻を向けられないことだろう。もっとも、生きていれば、の大前提つきではあるが。

 損傷度合いがぶっちぎりで高い箇所は、当然、刃渡り数十センチの出刃包丁を生やした胸部である――で、夏樹に龍治が断固として直視を拒むほど、その破壊振りは生半可なものではなく、実際問題、一切合財かつての人であった名残を失った心臓部だけは、先ほどから器用に死角へと追いやりっぱなしだ。 人間を一皮剥いたならば、よもやその人は人間としての待遇を損ない、人としての名誉を没収される――なんて、否が応でも、そう学んでしまった。――夏樹は、学ばずにはいられなかった。


「そんで、コインはどこだっての。……まさかとは思うが、月島(これ)が隠し持ってたってオチじゃねえよな?」さらりと先生を『これ』扱いした龍治へ、唇を舌でちょろと湿らせた夏樹が自虐気味に笑って、「ご明察」

「――あぁ!?」

 月島のそれと釣り合わぬ上擦った音色が、龍治の口から流された。

 どうやら口を衝いて出た茶々だったようで、彼は夏樹からの予想外の切り返しにそれ相応のオーバーな反応をみせたのだ。と、月島の胸を横目に生唾を飲んだ。見るからに手をつけるのを躊躇っている様子だ。――無理もない、夏樹も同様であった。……だからこそ。

「『胸ポケット』。この試練、先生の胸ポケットにコインはある……と思う」

「はあ? だから、どうしてそうなるんだよ……。じゃあなにか、この、おびただしい血の溜まり場に腕を突き込めってのか、ははっ、笑えねーよ。――なら言っておくが、ぜでもひでも俺は」と、ここで龍治の弁明を途上でさえぎって、夏樹はいった。

「みなまで言うな。……俺にやらせろ、っていうかやらせてくれ、頼む」

「んあぁ?」

 二度目の、語尾を不自然に上ずらせた問題児。眉を顰め、鋭角的な目尻を殊更に力強く細める。

「んで、代わりといっちゃあアレだけど、小野寺にやってほしいのはさ、その……えっと、非常に、気恥ずかしい依頼でさ」

「あん?」

 三度目の、重量感と威圧感に富んだ相槌。

 言いあぐねる夏樹はしばらく語句を慎重に選んでいたようだが、あの、その、つまり……と歯切れの悪い、曖昧な己に嫌気が差したのか、あるいは浪費する時を案じたのか、不退転の決意に踏み切り、彼は「――この期に及んで尻込みしてる俺を、後押しして欲しいんだ」と、屈腰で笑う膝頭を両手で押さえつつ、視線は床に落としたまま恥を忍んだふうにいった。――というか実際、かなり恥ずかしかった。正直、顔から今にも火柱が轟々と立ち上がりそうだと自覚していたぐらいだ。

「ん?」と金色の髪に爪をたて、龍治は腑に落ちない顔をして掻き毟った。

「後押しって、つまりアレか。『頑張れー』みたいな『負けるなー』みたいな、あれが欲しいのか?」

「……ああ」

「――はっ。お安い御用だ」

 意外にも恬淡とした声色で一つ返事をした龍治は、一言。

「――お前、案外くだけたキャラしてんじゃん」

 皮肉を交えるわけでもなく、威嚇するわけでもなく、終止差異のない非常に冷え切った後押しを……というか、どことなく意図的に感情を抑圧したような、しかし朗々とした大層な滑舌でそういった。

 かくして龍治は、背を向ける夏樹の肩をぽんっと気持ち強めに押し、文字通り後押しをしてみせる。と、傾いた体幹と比例して突き動かされた夏樹の右足が血だらけの教壇を踏み、ぴちゃりと軽い音が鳴った。思いの外すべりそうだ、と懸念する。

 すぅ……。

 背後で龍治の自嘲気味に酸素を供給する様子が、なんとなく雰囲気で感じた。

――よし、村上夏樹、心して訊けよ。

「……あぁ……ああ」

 

 彼の表情を確認することは出来ないが、だが、肩に手を添えて後押しの言葉を口にする龍治のそれは、夏樹の覚悟を決するのに十分な動力源となるだろう……ただ荒々しいだけの不良のイメージとは丸きり相反した、余念がないというか、丈夫な筋金が込められた語り口調であった。

 そして――。

「比良乃のこと、任せたぜ」

「ああ、任せとけ」

 馳せる思いを一身に背負い(小野寺龍治と自分、二人分である)、意を決した夏樹は体勢を幾分か低くして、壁に凭れて硬直した先生の鮮血が散漫している教壇に体重を片足分あずけ、ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……小刻みに揺れる腕への細心の注意を払って、徐々に間接部位を伸ばして、死体の胸ポケットへと親指と中指、二本のそれをさながらピンセットの運びで挿入した。
















 赤コインの隠し場所は月島の胸ポケット!? 次回、急転!!



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