表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイ・シレン  作者: いそぎんちゃく
 第一ノ試練・・・教室デ・宝探シ・デス (2/31)  
14/21

【13】 角逐する教室

【1,赤コイン】

【直観力と推理力、これに長けてりゃやい容易。胸中秘めたる故意使い、見いだすべきはもとい甲斐】

  

 【2,青コイン】

【差別をやめよう平等社会。命とチャンスは公平河海。それならやる気が出てきたかい】





 十数秒を費やし、巧巳は得体の知れない、完熟したトマトのように真っ赤な小箱に搭載された機能というか原理を凡そ解明した。

 だが内に潜んでいるのは不吉か災いか、はたまた是非とも欲しいコインか、閉ざされし、さながらパンドラの箱の外観からは想像もつかない。命中率そこそこのフィーリングによれば、少なくとも不吉や災いが飛び出してくることはないと思うのだが……。

 液晶画面の端に薄く浮かび上がる【解答入力】の文字を指でタッチし、ぶんと切り替わった画面に並んだ十の数字――算用数字の【0】から【9】まで、計十個のそれである――を使い、七ケタ同士の掛け算によって導いた正答を入力すれば内側からのロックが解除されるのだろう。あくまでも憶測の域を出ないお粗末な推理ではあるが、ではそれ以外にどんな使用を目的として【解答入力】のコマンドが用意されているのか、巧巳は理解に苦しんだ。そしてこれは、苦しんだ末の結論であった。

 百万の桁同士の掛け算を一字一句の間違いなく計算し、恐らくは膨大な数値となったであろう計算で導いた数字の列を一字一句の間違いなく小箱の画面へと入力する。

 さすれば箱は御開帳、中身は一人で総取りだ。

 そう――。教室内に二枚しかないであろうコインの一枚は、巧巳が手にする事になる。と、あくまでもコインが入っていればの話ではあるが、ではそれ以外に一体なにが厳重にロックされた箱の中に隠されているというのか、巧巳は理解に苦しんだ。否、コイン以外に有り得ない。

「おい、リナ! まだ用意出来ねえのかよ」と横目で莉奈子を睨みつつも、巧巳のシャープペンシルを持った右手は止まらない。ずかずかと荒い数字をルーズリーフに書き殴り、幾桁もの計算を我先にと進めていた。「だって、だって……」怒りの矛先を向けられ、戸惑った様子で莉奈子は口ごもる。


「だって……、変なんだよ、どの携帯電話も、もちろん私の携帯電話も、どれも電源が入らないのよ。ほら、押しても押しても反応がない! とんだ廃品よ!」莉奈子は半ば自棄になりスカイブルーの携帯を放った。巧巳の血流は脈々と渦を巻き、ストレスの波を荒げ、彼の理知能力を蝕む。

 これで電源の入らなかった携帯電話は四つ目だ。

 莉奈子本人の携帯をはじめ、鞄から勝手に拝借した携帯のどれをとっても電卓機能は愚か、そもそもとして電源が入らない。指先一つで片の付く電卓を利用しようとした巧巳の作戦は不発に終わったのである。「どうしてだ! 月島の野郎、どんな方法で携帯に小細工を仕掛けやがったあっ」野獣も顔負けの咆哮を上げようとも、携帯に光の灯ることはない。自分への責任を感じ、弱音を吐くまいと奮っていた莉奈子を必要以上に怯えさせただけである。「ご、ごめんなさい、タク。私、充電はしといたハズなんだけど……」

「そんな暇あったらリナも力を貸せ、さあ貸せっ、頭をよこせ! いつからそんなに要領が悪くなったんだ、えぇ?」

「やあっ、ごめんなさい、本当にごめんなさい」と、血相を変えて飛び退いた莉奈子のリアクションに気付き、巧巳は喉まで込み上げた罵詈を唇で力強く噛み砕き、声を荒げまいと感情を押し殺した。それから頬筋を綻ばせ、口を開く。「俺はな、お前を助けたい一心で必死なんだ。俺はどうなっても構わない、だけどリナだけは助けたいんだよ。だから頼む、俺に協力してくれ、な?」

「え……。タク、何を言っているの」震えながら聞き返す莉奈子に苛立ちを覚えるも、やはり巧巳は我慢。含みあるやせ我慢だ。

「何度も言わせるな、早くコインを見つけよう。全てはリナの身を守るためだ。お前は俺が最も深く愛した女だぞ。挺身しようが、この身が滅ぼうが悔いはない。さあっ」

「いや! そんなの嫌よ! タクが一緒にいない人生なんてこっちから願い下げだわ。二人で教室を出よう、コインを二枚見つけましょう、ね。――なんなら私が身を捧げてもいいわ、ええ、私は平気よ。コインを見つけたら遠慮しないで、タクがそれを使って脱出して。私はタクが生きてくれれば、それで満足なの」体の芯から伝わる震えを堪え、莉奈子は巧巳を安心させようと笑顔で彼を激励した。それから筆を執り、計算に打ち込む。全ては愛すべき巧巳を思って――。莉奈子は決して得意ではない計算問題に挑戦するのだ。

「……リナ。おうよ、莉奈子! 俺、お前と出会えて本当に幸せだよ。神様に感謝しなくっちゃな。或いは恋のキューピッドかな。くそっ、ちきしょうっ、本当に、本当に有難うございます。こんなどうしようもない俺に、女神を生き写したかのような莉奈子との出会いをプレゼントして下さり、本当に、本当に――」本当に、本当に本当に本当に、本当にちょろすぎるだろこのおんなあっ。

 巧巳は込み上げた悪態に伴い込み上げた、とても人前では披露出来ない醜く湾曲した笑みをも心中に留め、計算を続けた。

 この時、彼のコインを入手する可能性は二倍に跳ね上がった。


 巧巳と莉奈子の、相思相愛を具現化したかのような会話は全て夏樹の耳へと筒抜けであった。

 ぴたりと筆記をしていた手が動きを止める。それはノートの裏面を片手でバランスよく支え、立ち食い蕎麦をかっ込むような格好で食い入るように顔を近づけ、七ケタの筆算に全身全霊で挑戦していた彼の心境の変動を示していた。「なあ、小野寺。これでいいのかな」

膝立ちで机に突っ伏し、限界まで己が眼球と広げた紙との隙間を埋め没頭していた龍治が不機嫌な声色で返事をする。「あん? なにが」

「……いや、だからさ。仮に俺達がコインをゲットしたとして、そのまま比良乃にそれを委託したとして、それはつまり他の奴等を裏切ることになるだろう」徐々に夏樹の声は尻窄みし、「裏切る」以降のくだりに至っては耳を澄まさなければ聞き取れぬほどに消え入っていた。「それでいいのかな……」龍治が言葉を返すより先に彼はボールペンの運動を再開させる。自分から問いを投げ掛けておいて随分勝手なのだが、今このタイミングでその疑問へ配慮するだけ時間の浪費だと悟った為だ。

 万一にでも、夏樹か龍治以外の誰かが小箱の開錠に踏み切ったら元も子もないのである。

「脇道に逸れた心配してんじゃねえぞ。んな質問、今更すぎんだろ。だったらよ、村上夏樹」龍治は少し間を空け、強調を盛り込んだ口調で皮肉を交えてこう言った。「てめえは比良乃亜矢が死んでも構わねえってのか?」

「そ、そんなわけないだろう! 冗談でもそんな事を言うなっ」近隣の目線を気にかけ、小声を最大限に張った怒鳴りつけを龍治へとぶつけた。と、夏樹自身の言動の矛盾が急に情けなくなり、伏し目がちに「すまん、ちょっと気の迷いが生じたんだ」と手短に謝罪し、視線をノートへと転換させ後顧の憂いを濁した。これは俺の私利私欲を叶えんとする行動ではなく、全ては恋心を寄せる幼馴染を一刻も早く教室の外へ出したいという正義感によって自分は突き動かされているのだ――と言い聞かせながら、夏樹は覚束ない字体で白紙に黒インクを擦り込んだ。

「分かればいいんだ。半端に同情すると、いざって時に困るのはてめえの方なんだからな」龍治が釘を刺し、再び二者の元から言語の類である音は消滅した。

 がり……、がり……、がり……。

 紙とペンとの接触音だけが反芻する。――その時である。これまで目立った働きをしていなかった男の声が宣言なく、予告なく虚を突いた形で吐出された。「速報だっ、みんな、僕に注目してくれ」

 掃除用具を収納するロッカーから、莉奈子が赤い小箱を発見した際にも取り乱さず、日頃から交流のあった友人(伊井幸作、斉藤美野助が彼の両脇を固めるように陣取っている)と徒党を組んでコインを片っ端から捜索していた恭介のそれであった。


 夏樹はすっかり恭介の動向のチェックを怠っており、宛ら彼は蚊帳の外といった感じであったのに、彼の饒舌な喋りはそれを良しとしなかった。

「つい先刻、僕は友人の力添えあって遅れ馳せながらも、スチール棚の雑貨収納スペースに隠蔽されていた小箱を知見するに至った。正四角形を六つ繋いだ立方体のものだ、重量は中々にあるっ」と恬淡に振る舞って委員長は語る。その手には弁当箱を慎重に扱うような手つきで、もしくはテレビドラマの刑事が時限爆弾でも抱えたような姿勢で、一つの平らな固形物がぎすぎすとした威圧感を吹かせていた。 夏樹の良く知る赤いそれではなく、恭介の運ぶそれは輪を掛けて薄気味悪い――腐敗臭漂いそうな、青色である。

 ぶるり……。

 夏樹は身震いする。

 背骨は易々と弾かれ、二の腕は羽を毟られたかの如き鳥肌が無数に隆起した。


 幼少のころ誰にだったか、人間の体内には十二指腸の生命維持活動を補助する摩訶不思議な小人が何人も何人も、仲睦まじく穏和な生活を営んでいるのだと訊かされた事がある。

 でもそれは、海老の尻尾を食べ残す子供に「尻尾を捨てると海老のお化けが夜中にやってくるぞ」と脅し、食物をしっかり幅広く噛食させ、好き嫌いの概念を失くすといった大昔からの教育指導が派生となるフィクションの話と同系統であって、幼いながらに夏樹は小人の存在をすんなり信じ込んでいたわけではなかった。が、心臓を早鐘のように雑に鳴らしたり、胃袋を圧縮して混濁した体液を食道へと逆流させているのは、意地悪な小人の仕業ではないのかと思えてしまう。腹筋を裂いて外界へと放り出してやりたい気分だ。と、カッカッと頭に血が上った自分を宥め、恭介の言葉を待った。無論、つらつら掛け算を続行して。

「そしてここからは、僕と、僕の友人等によるイフの推測ではあるのだが……この箱はコインを保管するもの、ではなくとも、何かしら重要な意味を持ったキーアイテムであるのだと主張するっ」矢継ぎ早に、痩せ形のインテリゲンチャ美野助が「真にもって奇怪な状況下ではありますが、混沌を照らす光は黒板にありありと描かれていますっ」と豪語した。自然と黒板に幾人もの視線は集う。その横で恭介は偶像崇拝さながら青い箱を高らかに掲げ、彼が三組の学生へと見せたかったそれを――液晶画面に妖しく写る見慣れた文字を公開した。


 青い箱も赤い箱宜しく、つまりは同じ普通の立方体。特筆すべき違いはない。「ん? あれ?」――なんて、落ち着きが無い龍治ならうっかり見落としかけた、看過し難い部分を夏樹は認知する。

 青い小箱の画面に生じた文字は七ケタの算用数字でなければ、これを応用した計算問題でもなかった。それよりもっと身近で馴染みのある文字で、古代中国が発祥の地と云い伝えられている画数の問題で非常に堅苦しく、片や同日に数え切れぬ回数も目にしているほど社会形成に普及している文字――そう、『漢字』が書かれていたのである。

 目を細めてもはっきりとは見えないが、中心に空白のマスが一つあり、その四方をかの漢字が四つ、ぼやけながらに包囲していた。と、即座に夏樹は察しがついた。赤い箱が計算問題なら、じゃあ青い箱は……。

「中には気付いた人も居るだろう! 赤い箱は計算問題、そしてこの青い箱は漢字(・・)問題。とどのつまりパズルっ、漢字パズル! 中央のスペースに漢字を一文字あてがえ、四方のどの漢字と組み合わせても意味の取れる二字熟語にする、使い古されたタイプのパズルが、青い箱には誂えられていたっ」と、夏樹の立てた予想に反することない恭介の見解が述べられる。「これが解ければ、頑なに密閉されている青い小箱も、中身を曝け出さないわけにはいかないだろう。そこでだ、漢字に強い文系の方々には、是非ともその雄大な知恵をもってこのパズルに挑んで頂きたい所存なのだ」恭介が黒板を指さし、【青コイン】と白チョークで書き殴られた下の文章を読ませる。「これはずばり、漢字パズルのちゅうを解くヒントだっ」

「そう、その通り」美野助が恭介の出番を奪う。「この一見しては不可解なだけである文を解読し、答えを導き、箱に入力する。さあさあ、我こそはと意気込む勇者は教室の中央へと移動して下さいっ」

 息がぴったり合った絶妙な言葉の掛け合いに、掛け算を放棄していた生徒が、はたまた漢字に強い生徒が、恭介と美野助、そして影の薄い幸作の待つ教室の中心へと足を運ぶ。この統率力には目を見張るものがあった。

 門倉恭介。

 幾許かの冷静さを取り戻した彼の手腕にかかればこその大衆の扇動である。

 なにも軽い気持ちや好奇心で、学級委員長の座に居座り続けているのではないのだ。

「どうする。俺等も行ってみるか?」龍治の提案に、夏樹は首を横に振った。

「いいや。俺もお前も秀でて漢字に強いわけじゃないし、だったら先に唾を付けておいた計算(こっち)に精を出した方が賢明だ」

「ああ、そうか。そうだな」龍治も異議を唱えることはなかった。八つ当たり目的の反感を買うのでは、と一瞬不安になっていた夏樹は胸を撫で下ろす。――だがしかし、それよりも気懸りなのが、ここに来て厄介な頭角を現した恭介一派のことである。青コインのみならず、赤い箱の問題にも首を突っ込んで来なければ良いのだが……。

 まさか、こんな焦りに駆られようとは思わなかった。あの真面目で、勉強家で、裏表のない門倉恭介の完備されたリーダーシップに我が身を、いや、それよりも愛おしい幼馴染の身を脅かされることになるなんて……。

 ならびに夏樹はひっそり感じていた。

 一つの、最低最悪の可能性に、平常心を足蹴にされていた。

 その靄の根源とは、巧巳に寄り添い、ひっきりなしに莉奈子からの配慮を熱烈に受けている赤い小箱にある。――本当に、あれに赤コインは入っているのだろうか。

 

 ぞくり。

 夏樹の背中に巣食う性根の腐った小人が、凍てつく粒子を彼の背筋に注いだ。






 とある作品に触発され、会話文でのやり取りを全面的に押し出した作風を心掛けてみました。多少なりとも読み易くなったのではないかと自負しております。

 世界観が陰惨なだけに執筆している私も、ふとした時に「この著作者ほんっと趣味悪いな」とドン引きしてしまうことがちらほら……。なので、次回からはほんの少しだけ笑える要素(と表現すると些か不謹慎な気もしますが)を足して突っ走ろうかなと腹積もりしているのですが、どうでしょうか。よろしければ感想の欄に意見として書き込みして頂けると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ