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祭囃子の誘い

作者: とーこ

 

 夏の夜の事だった。



 とっくに太陽は沈んでいるといのに、部屋の中で逃げられずにいる熱気にうなされた僕は、家から十分はかかる最寄りのコンビニへと自転車を走らせた。

 節電とは真逆の存在である二十四時間営業のこの建物のクーラーは、十分の間に出てしまった汗を引っ込ませる。帰ったらシャワーを浴びないといけないな。肌も髪もベタベタしていた。

 暑さは容赦なく食欲を奪う。スーパーのものよりも小さいカゴに、コーラとソーダ味の飴を入れた。

 糖分と熱量カロリーはとっているので大丈夫だとは思う。

 ホッとスナックの一本ぐらいなら食べられる気がしたが、中を照らすオレンジ色のライトは消えていて、ケースの中には何も入っていない。すでに清掃を終えてしまってるらしい。

 他に欲しいものもなかった。レジ横にある大福をなんとなく買ってしまった。

 眠たそうな店員に代金を渡す、天国の様に快適な店内を出るのは嫌だったが、いつまでもここにいれば迷惑になってしまう。

 最近では自動に切り替わりつつある手動のドアを押した。熱気がむわり、と僕を襲う。

 じわりじわり、汗が出てきた気がする。



 まだ自宅にはつかない。

 まだまだ先である。

 僕が自転車を止めたのは、民家も街灯もない、真っ暗な林の道に入った時だった。

 LEDとはいえ、お情け程度の灯りから外れた闇の中に、ぼんやりと何かが浮かんでいた。

 もちろん、それだけならば僕はペダルをこぎ続けていただろう。ブレーキを引いたのは、風の音に混じって笛の音が聞こえてきたのだ。

 だから順番で言えば、笛の音が聞こえて、車輪を止めて辺りを見渡したら闇の中に浮かぶものを見つけたのである。

 それはぼんやりと光を放つ、大晦日にみた狐火をもっとさみしくしたようだった。

 聞こえてくるのは笛だけでなく、太鼓や細い金属の音も耳に入ってくる。それは子供の頃お祭りの時に聞いたお囃子に似ていた。

 もう、随分お祭りには行ってない。

 そうなると、あのぼんやりと浮かぶものは提灯のように思えてきた。

 ここからではよく見えない。

 僕は誘われるように自転車を押して、提灯の灯りを目指していった。

 いくらLEDといってもお情け程度である。だから、頼りになるのは提灯の明かりと、お囃子の音。近づくほど音は大きくなる。


 そこは神社だった。

 神社がここにあるのは知っていたが、来たことはない。

 ずっと住んでいるのに不思議だ。

 木でできた鳥居をくぐると、空気がひんやりとしたものに変わる。奥へと吊るされた提灯をたどっていけば石段があった。石段を上れば社があるのだろうか。

 祭りがあるなんて聞いたことがない。あるはずがない。

 これは見てはいけないものだったのだろうか。

 提灯の明かりに気づかず、笛の音を風の音と思い、そのまま通り過ぎればよかったのだろうか。

 僕は鳥居をくぐってしまった。

 幼い頃浴衣を着て行った町のお祭りのように、気分はとても高揚している。まあ、町のお祭りなんて、九時を過ぎれば無人になるほど小さなお祭りだった。

 人々の流れが一方向になっているのを、寂しい気持ちで眺めていたのを思い出した。

 淡い光を放つ提灯の下を歩く。もちろん端っこ。真ん中は神様の通る道だと祖母が言っていた。


 石段を登りきると、社と、砂利の広場。

 狛犬と、灯篭があるだけの神社。

 着物を着て、お面を付けた子供たちが僕を遠巻きに見ている。灯篭の下では何か黒いものが僕をじっと見ていて、二匹の狛犬が、台座から下りて僕を見てはヒソヒソと話をしている。

 ここに来ては行けなかったのだろうか。

 来た道を戻ろうと、そのまま社に背を向ける。

「お参りしないで帰るの?」

 石段を降りようとしたところで何かにビニールを引っ張られた。

 恐る恐る下を向く、白い腕がビニールを引っ張っている。その白い腕をたどっていくと見えたのは赤い着物。鬼の面。

 小さな女の子だった。

 その子が、ビニールを引っ張るので僕は中に入っている飴の袋を取り出して、彼女に渡す。

「じゃあ、これお供え物」

「ありがとう、皆で食べるわ」

 鬼のお面。赤い着物に赤いお面。他の子どもたちは皆丈の短い着物を着ているのに、彼女だけ違った。

 例えるなら普段着と晴れ着。よく分からないが生地も高級そうである。

 遠巻きに見ていた子供たちが、僕をぐるりと囲む。まるでかごめかごめのように。

 彼女が袋を開けて、子供たちに飴を渡していく。人数が多かったので足りるか心配だったが、杞憂だったようだ。丁度、最後の子の手に置くと同時に袋の中は空っぽになる。

 いや、彼女の分がない。

「ごめん、後はこれしかないんだけど……」

 袋に残ったのは大福とコーラ。僕は大福を出して彼女に渡した。

 受け取った彼女は、僕の袋をじっとみて、白い指でまたビニールを掴む。

「こっちがいい、こっちの黒いのがほしい」

「コーラがいいの?」

「うん、もう神酒はあきたの」

 すっかりビニールが軽くなってしまった。ペットボトルを抱える少女は、嬉しそうにお囃子の音に合わせてくるくると回りながら社へと入っていった。

 大福も一緒に持っていかれたな。まあいいや、どうせ食欲はないんだ。

 ひらひらと風に揺れる袋を縛る。

「今のがここの神様さ」

 と、僕に話しかけてきたのは狛犬である。

「すまないね、お兄さん。姫様もアンタみたいにひょっこりやってくる人間を楽しみにしていてね」

「そうそう、昔は来る人間も多かったのに最近じゃさっぱりだ」

「昔はよく朝まで踊ったものだよ」

 どちらが阿で吽なのか僕には分からない。二匹の狛犬は決まりでもあるのか交互に話す。

「お兄さんそろそろお帰り」

「踊りも屋台も何もない祭りなんでね」

「こうやって笛と太鼓を鳴らすだけさ」

 寂しい祭りだな。灯篭の下の黒いものは僕に興味を無くしたようで、砂利の上をうろうろとしている。あれは一体何なのだろう。

「下まで送ろう」

 狛犬が僕を先導する。

 ぴょこぴょこと跳ねる狛犬を蹴飛ばしてしまいようになり、距離を置いた。

 痛いのは僕だ。

「たまに鳥居をくぐれないものがいるからね」

「そうそう、たまにね」

 石段を降り切ると最初にくぐった木の鳥居。それにもたれ掛けるように僕の自転車が置いてある。

「くぐれなかったらどうなるんだ?」

「出れないのさ」

「子供ならば姫様と遊べばいい」

「けれど、お兄さんみたいに大きければ」

 もしや、あの子供たちの中には僕のようなものもいたのではないか。

 笛の音を聞いて、ふらふらと祭囃子に誘われてしまった子供。

「大人だったら……」

「人でいることもできず」

「あやかしになることもできず」

「いつの間にか形を無くしてしまうのさ」

 灯篭の下にいた黒いものの正体が分かった気がした。

 もしかしたらあれは形を無くした人ではないだろうか。

 なら、捨ててしまったらどうなるのだろう。自らあやかしになる事を選んだら。

「それ以上考えてはいけないよ」

 僕の考えを分かっているのか、狛犬が静かに諭す。

「笛の音が聞こえたらまたおいで」



 鳥居をくぐるとむわったした熱気が肌に纏わりつく。

 もう祭囃子は聞こえてこない。




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