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 加護祭に集った者達が、三々五々己の場所へと帰っていく。魔狼達もまた、己の帰るべき場所へと帰ろうとしていた。


―ヒャンッ

 思考に没頭していた直時に、仔魔狼が襲いかかる。不意を突かれた形だったので、そのまま地面に押し倒され、顔中を舐めまわされた。嬉しそうに苦笑する直時。


「(異界の人族よ。我が仔が世話になった)」

 父魔狼が話しかける。慌てて立ち上がる直時。


「こちらこそ!勝手なお願いを聞きいれていただきまして、有難うございました!」

 矛を収めてくれたことに深々と頭を下げる。


「(こちらとしても神事を血で穢すことは避けたかった。おぬしの提案は都合が良かった。我等と闘っていた人族達も同様だろう)」

「そう言ってもらえると幸いです」

「(無事我が仔が加護を授かることが出来た。目的は達した。我等はこれより仲間達の元に帰る)」

「御無事をお祈りいたします」

「(我等が無事ということは、普人族が喰い殺されるということだぞ?)」

 何処か面白げな調子で直時に訊ねる。


「自分は普人族じゃないので。知らない国の軍人よりも、この仔の無事を祈ります」

 そう言って、仔魔狼の頭を撫でる。


「(これも何かの縁だ。機会があれば訪ねて来い。我の名は『ドゥンクルハイト』北の大地の魔狼族だ)」

「タダトキ・ヒビノ。日本人です」

「(さらばだ)」

「お気を付けて」

 木々の合間に去っていく魔狼達。振り返り振り返りしていた仔魔狼の姿もすぐに消えた。


―グウ

 緊張が解けたのか、直時のお腹が大きな音を立てた。




 昨夜から何も食べていなかった直時は、とりあえず空腹を満たすことにする。周囲はまだ滴に濡れているので、竈を作るのは断念した。手近な石に座り、干し肉と干し果実を齧る。上着は枝に掛け、生活魔術『送風』で乾かしていた。


「無事、やり遂げたようだニャ」

 音も無くミケが現れる。


「遅いですよ。御蔭でヒルダさんに殺されるところでした。まさかとは思いますが、影で様子見してたとかじゃないですよね?」

 わざと疑わしそうな顔で訊ねる。


「酷いニャー!うちだって一生懸命探したんだニャ。それにタッチィーが逃げてった後に皆を探し当てて、事情説明だってちゃんとやったのニャ。フィアちゃんの怒りを鎮めたのは他でもないうちだニャ!」

「・・・・・・鎮まりましたか?」

「その後は普通だったニャ。さっきもタッチィーのクエスト完遂の遠話入れたけど、普通だったニャ」

「連絡したんですかっ?」

「臨時でPT入れてもらってるから、報告はしないとニャ」

 直時は手に持った干し肉を慌てて飲み込むと、生乾きの上着を身に付ける。


 昨日の今日である。とてもフィアの怒りが鎮まったとは思えない。時間は感情を癒すはずだと時間稼ぎに頭を回転させる。尤も、時間が感情を増幅する場合もあり、そのときは目も当てられない結果が待っている。


「とりあえずは街に戻らないと!荷物を引き揚げて・・・。クエスト完遂の報告はリスタルのギルドですよねっ?じゃあ、大至急移動の準備を・・・」

 慌てふためく直時は、予定を前倒しにして、クエスト完遂報告を理由にリスタルまで逃げるつもりだった。


「どっこっへっ、行っくのか、なぁー?」

 白金の髪を風に靡かせて舞い降りた可憐な妖精族。満面の笑顔は大輪の花が咲いたかのような美しさであった。


 直時はこの世のものとは思えない(日本人の感覚として)美しい光景に、魅入るどころか背筋を氷柱が突き刺すような感覚に襲われた。視線はあさっての方向で泳いでいる。


「ハハハハッ。先ずはクエスト完遂の報告がありますのでリスタルに。冒険者・・・として当然の行動じゃぁないですか!」

「そうねぇ。冒険者としては当然ねぇ。ところでつい最近冒険者登録した人が、どうしてこんなところまでクエスト遂行に来てるのかしらねぇ?」

「フィアちゃん、それはギルドからの指名があったって説明したニャ?」

 見ていられなくてミケが口を挟む。


「確かノーシュタットで依頼したって聞いた気がするのよねぇ。ところでノーシュタットまではどうやって来たのかなぁ?」

「そりゃもちろんリスタルで移動魔術を購入して、それを使ってですよ?あはははは」

「魔術屋さんねぇ。移動魔術って結構高いのよねぇ。何を買ったのかしら?」

「それは一番安い『推進』に決まってるじゃぁないですか!」

「あれ?タッチィー、『地走り』使ってなかったっけかニャ?」

 悪意があるのか無いのかミケが呟く。顔を青くしながら直時が見ると、すぐバレる嘘はやめておけと窘められる。


「まあ!『地走り』?あれって金貨3枚くらいしたと思ったんだけど、短期間でどうやって稼いだのかしら!」

 着々と追い詰められていく直時だったが、不意に魔法陣を編んだ。


「我は風捲き 地を駆ける この身は疾風 『地走り』!」

 荷物を引っ掴んで雲を霞みと逃げ出した。


「風よ・・・」

 フィアの低い呟きと共に現れる竜巻。直時は知る由もないが、魔狼を阻んだカマイタチで構成された物騒な竜巻である。それが行く手を阻むように現れたのだ。


 一本を回避しても囲むように次々と出現する竜巻に、たたらを踏む直時。唯一開いていたのは後方、フィアへの方向だけだった。


 脂汗を垂らしながら振り返る直時にフィアの死刑宣告が告げられる。


「詳細説明する前に、一本いっとく?」

 直撃コースで放たれた竜巻は流石にカマイタチが混じってはいなかったが、吹き飛ばされれば肉片に早変わりである。無論、フィアは後方の竜巻は触れる前に消すつもりであったが、直時は予想外の行動に出る。


「風よ!バリア!」

 精霊にイメージを伝える。直時の前面に、大気が圧縮される。竜巻が触れた瞬間、弾け飛び消滅させた。


「なっ!」

 ミケのいる前で精霊術を使うとは思ってなかったフィアが驚きの声を上げた。


「条件反射で逃げちゃったけど、話したいことがある。聞いてくれるか?」

 フィアへの『説明』で我に返った直時が突然真面目な顔で訊く。フィアがチラとミケを見る。良いのか?と問うているのはすぐに判った。


「ミケさんの依頼にも関係あることです。あなたを信用します。同席をお願いします。それと、他のPTメンバーの方達はどうされてます?」

「祭壇撤去が終わるまで警戒に付いてるニャ・・・。コホン!警戒中です。こちらに近付かないよう誘導しますか?」

 仕事モードになったミケが直時に意図を確認する。


「それは必要ありません。彼等がこちらに来るようならすぐに判りますか?」

「PT内遠話ならフィアさんにも聞こえます。私は気配を探ることに長けておりますから、近付けば判ります」

「私も警戒の風を飛ばしておくわ」

 ミケとフィアの言葉に頷いた直時は、ヴィルヘルミーネの言葉を二人に告げて反応を見ることにした。


 フィアは直時と同じく、メイヴァーユの言葉を牽制、警告といった意味でとっていただろうし、ミケはその言葉を信じるならギルド創設に関わった神からの依頼だと言っていた。

 そして、直時は先程直接神霊の言葉を聞いたところである。人族ならざる高位の存在の意向で動く二人と話すチャンスだと思った。


「街で話すより、加護祭が終って注意する者が居ないここの方が安全でしょう。ミケさんは様子を窺ってたみたいですね。事情は聞かれましたか?」

「会話内容まで判る距離には近付けませんでした。出来れば最初から話して下さると有難いです」

「フィア、ミケさんがギルドの仕事してるってことは?」

「聞いた。でも、終了じゃないの?ヒビノの話は関係ないでしょ?」

 ミケとフィアにそれぞれ確認する直時。


「ヴィルヘルミーネ様から聞かされた話をする前に、少し前置きさせてもらいます・・・。あーーっ!面倒くさいっ!敬語無しっ!ミケさんも仕事モードじゃなくて良いからね!俺はもともと腹芸するキャラじゃないっ。二人とも信用するって決めたから、もうこれでいくっ」

 改まった空気が一気にくだけたものになる。フィアは苦笑し、ミケは眼を丸くしていた。


「前置きはそうだな・・・。二人を信用するって決めたのは俺だから、これは俺の勝手。少し違うか・・・。腹の探り合いってのが面倒になったから本音をぶつけて反応を見るってところだ。前置きでこんなこと言うってこと自体疑わしいだろうから、二人に俺を信用しろとは言わない。俺は俺の好きなようにするから、二人とも自分の都合で動いてくれればいい」

 仕事や地域社会での付き合いでなく、親しい者に接する態度に変更する直時。


「まあ、ヒビノはちょっと遠慮気味だったからそれで良いんじゃない?」

「いつもの良い子っぽいタッチィーの方が可愛いんだけどニャ。こっちの方が肩が凝らないニャ」

 女性陣には概ね好意的に取られているようだ。


「本音で話そうと思うから、俺が知る二人のことを言ってもいいか?自己紹介するならそれ以上のことは口を挟まないようにするけど?」

「ヒビノが私のことをどう思ってるかも知りたいから、あなたの口から言って良いわ」

「うちは自己紹介しとこうかニャ。ガラムっちのPT加入時に言ったように、うちはギルド付き冒険者ニャ。今はリスタル支部の使い走りみたいなことしてるニャ。理由は悪いのと良いのが半々かニャァ。良い理由は腕を買われたので、悪い理由は言いたくないニャ。今回の依頼とは別にタッチィーの調査を依頼されてるニャ。ギルド職員の反応から依頼主はギルド創設に関わったあの神だと思ってるニャ」

 ミケは自分の能力については隠しておきたいようだ。闇の精霊術には触れなかった。フィアと直時の関係から知られることは十二分に判るだろうが、敢えて言わないことで直時の対応を見るつもりだろう。


「ミケさんは俺が風の精霊術を使えるのは知ってる。あと、魔法陣改造も把握してると思う」

 フィアに自分に関わる部分だけを捕捉する直時。


「フィアは風の神霊『メイヴァーユ』様からのお目付け役。これだけじゃ判らないだろうからこれからそれを説明する」

 ミケに言う直時にフィアが少し焦ったような表情を見せるが、直時の決心は変わらない。


「改めて名乗らせてもらう。俺の名前は『日比野ひびの 直時ただとき』。地球と言う星の上、数多あまたある国々のひとつ、日本国の国民だ。生まれも育ちも日本人。この世界アースフィアにたまたま迷い込んできた異世界の人間だ」

 主にミケに向かっての説明だ。漢字で地面に自分の名前を指で書いた時にはフィアも興味深げだった。


 初めはミケに対しての説明からだった。


 この世界に迷い込んだ経緯、風の神霊メイヴァーユとの出会い。元の世界に戻れないこと。魔力も魔術もない世界のこと。そんな自分が魔力(正確には魔力に変換可能な大きな力)だけは膨大に保有していること。それをメイヴァーユに戒められたこと。自重のため、目立たない暮らしを求めたこと。リスタルが初めての町だったこと。不安から魔術改造してクエストに臨んだこと・・・。


「まあそんな感じでリスタルまで来たんだけどね。メイヴァーユ様の監視役だと思ってたフィアが結構簡単に眼を離してくれるし、ちょっとはしゃいでたらミケさんに眼を付けられたというわけ。ああ、眼を付けたのは依頼主か。じゃああれは問題無かったのかな?」

「問題ありまくりよっ!初心者は町の周辺で薬草集めでしょうがっ!群生地とか欲張らないってーの!」

 ミケに説明していた直時にフィアが突然怒り出す。


「でもギルドで転写された知識にあるってことは初心者情報ってことだろ?」

「タッチィー・・・※なかったかニャ?」

 ミケの言葉に脳内検索する直時。


「あ。群生地は狩りがメイン。薬草は帰り道にどうぞ・・・って!初心者情報じゃねー!」

 採取の効率を重視したために見逃していた情報だった。自分の迂闊さに頭を抱える直時。フィアとミケは溜息を吐きながら顔を見合わせた。


「じゃあ、今からヴィルヘルミーネ様から聞いたことを・・・」

 気を取り直した直時はつい先程のやり取りを語る。仔魔狼の可愛さも織り交ぜたのは言うまでも無かった。


「・・・じゃあメイヴァーユ様は、異世界人のヒビノがアースフィアを混乱させることを戒めたわけじゃないってこと?」

 フィアが直時に訊ねる。少し声が低いのは疑っているのだろうか。


「それは俺には判断できないな。むしろこちらが聞きたい。フィアはメイヴァーユ様の加護持ちなんだろ?神託を得るとか、祈りを捧げると応えてくれるとかないのか?」

 メイヴァーユの真意を確かめたいのは直時の方である。コンタクトがとれればはっきりする。今回の依頼もヴィルヘルミーネの加護を持った冒険者からの情報ということは、何らかの連絡手段があるのだろうと直時は思っていた。


「加護持ちだと言っても、一方通行なのよ。御言葉が頂けるのは相手次第ね」

 フィアの表情が曇る。


「ふむ。神域の神々は地上に興味を持っているってことは、常時覗いているのかな?」

 直時は二人に訊ねる。


「興味を持ってる神は見てるかニャ?」

「メイヴァーユ様は穏やかな方だからゆっくりしてらっしゃるだろうな・・・」

 二人の言葉に考え込む直時。


(見てる神は見てる。神同士交流があるのはヴィルヘルミーネ様から予測できる。そしてメイヴァーユ様とはそこそこ親密だと見た。神域で話題ってことは帰還後も見てる可能性はある。釣ってみるか)

 試す価値はあるかと直時は大きな声で二人に言う。


「メイヴァーユ様の神託が来たら確かめられるんだけどなぁ!どうやったらいいのかなぁ!何も言ってくれないなら、像を作ってみようかなぁ!初めてお逢いした姿を忠実に再現した像を大量生産して広めればメイヴァーユ様の御威光を広げた功績で御声を聞かせてもらえるかもなあ!あの透け透け衣装を再現できれば飛ぶように売れるだろうなぁ?」

 直時の脳内フォルダには鮮明な画像が保存されている。聞こえていたら儲け物と大声で不遜なことを言う。


 途端にフィアが膝を折る。眼を閉じ瞑想しているかのようだ。時折聞こえる相槌に、直時は目論見が達成したことを確信した。


(しかし・・・。こんなことで神の声とか安くないか?)

 満足感とは別に虚脱感に襲われる直時であった。




戦闘書きたかったけど自重しますた。

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