リスタルの町③
「話がある」
ガラムが突然真剣な顔で話しかける。相手は勿論フィアである。あまりの空気の変わり様に戸惑う直時を余所に、フィアは悠然とジョッキを呷る。
「私達、まだ食事中よ?」
口元に微笑を浮かべつつも、眼が笑っていない。
「ああ、わ、悪かった。食事後に聞いてもらっていいか?」
焦った様子を滲ませたガラムが振りかえりつつ席に戻る。返るフィアの答えは無かった。
「ふむ」
「どうしたの?」
「フィアってさ……、結構有名人?」
「なんだか知らないうちにね」
うんざりした様な顔であるが、少し得意気でもある。
「おまちどぉ!」
おかわりの麦酒と料理が運ばれてきた。
「フィアさんって、フィリスティアさんだったんですねー!」
兎耳の女給が眼を輝かせながら話しかけてくる。
「マルカライ平原の決戦! ファイラン王国防衛線! 血の双刃団殲滅! 憧れますぅ!」
「昔の話よ」
「英雄譚だなー」
「あのっ! よろしければっ! 『刻印』をいただけませんでしょうかっ?」
刻印とは、神々や神霊の加護とは較べるべくもないが、与えた対象にほんの少し自分の能力との親和性をもたせ、似たような縁を持たせるのである。
風使いたるフィアの刻印をもらえば、本人に素養があれば風の精霊術を身につける切っ掛けになるかもしれないかなぁ(疑問形)? という代物である。
「ごめんね。そういうの、しないことにしてるの」
済まなさそうに断るフィア。
「いいえっ! 無理を言ったのはこちらですし! それよりご滞在の間は何でも言ってくださいね! 私、ミュレーネン・トゥーンと言います。ミュンと呼んでください!」
「しばらくの間、宜しくね。ミュン」
英雄と追っかけの会話に今度は直時が我関せずで食事を続けていた。
厨房からの声にミュンが慌てて戻っていく。フィアが苦笑いを浮かべ、直時へジョッキを軽く持ち上げた。軽く合わさる杯。―カチンッ。次に出て来た料理は直時注文の野菜料理であった。
「ミネストローネっぽいな……」
「ヒビノの国の料理?」
「いいや。他国の料理だけど、食べ物を美味しくしようと工夫すれば似たような料理になるものなんだな。和食っぽい料理に出会える可能性も期待できそうだ」
嬉しそうに料理をパクつく直時に、声を抑えながらフィアが話かける。
「さっきの虎人族の話だけど、おそらく助っ人の依頼だと思うの」
「ガラムだったっけ? 五人連れっぽかったね」
「冒険者の依頼で組んだ集団みたいね。攻守、前衛後衛のバランスが良いように見えるのに、私に声を掛けるってことは相当厄介な依頼と判断していい」
「ヤバそうな話だなぁ」
「速度と攻撃力の虎人族、タフなうえ精霊術も使うドワーフ、後衛に魔術師、そのうえ竜人族までいるのに…」
「やっぱ竜の人だったか」
竜人族。アースフィアに於いて神々にも匹敵する竜族の血を引く種族である。強靭な生命力と力、高い魔力を有する。対魔力にも優れ、生半可な人魔術で倒すことは不可能と言われている。
「で、話を聞いてからになるけど、助っ人を引き受けた場合ヒビノは留守番だからね」
玄人冒険者集団が苦戦する戦場など真っ平御免な直時は当然頷く。
「問題はその件に関わってしまった場合、滞在が伸びるってことなのよ」
「そりゃあね。厄介な依頼を片付けるなら、ある程度時間も取られるだろうからな」
「だから、冒険者ギルドで登録しなさい」
「は? 何で?」
「路銀が少なくなってきてるのよ。私は貯金があるから問題無いけど、自分の分は自分で払うのよね?」
「――勿論で御座います」
「じゃあ働いて稼ぎなさい。これも練習よ!」
「了解……」
初めての冒険がいきなり決まってしまって、不安そうだ。
「おまちどうさま! ご注文の品は以上になります」
ミュンが置いた皿を見る二人。
量としては多くはないが、数種類の野菜を一口大にぶつ切りしただけのようである。
「これがお勧め?」
フィアが顔を顰めるが、直時が制止した。フォークで白い根野菜を突き刺して口に運ぶ。
「コリコリとした歯応え。適度な塩。爽やかな香りは柑橘類の皮を削って入れてあるんだな……。しかし! なによりもこの旨味! これはコンブに違いないっ」
日本で言う浅漬けに興奮を隠せないようだ。直時はミュンに味付けを問うが、調理法はわからないと言う。旅を続けるにしても昆布の乾物は携行に便利だし、何より日本の味である。ミュンを拝み倒して、材料の情報を料理長から聞きだしてもらうことになった。ちなみに料理長はオーナーであるオットー・グノウ氏であった。
「よっしゃあ! 何としてもコンブを手に入れねば! 稼ぐぜぇ…、超稼ぐぜぇ……」
息を荒げる直時の脳天に、落ち着けとばかりにフィアのチョップが落とされた。
「まあ、やる気が出てなによりだわ。それじゃ向こうの話に付き合うとしましょうか。ヒビノはどうする?」
「俺は話を聞いても仕方無い。役に立てることもないだろうから、部屋で本でも読んでるよ。買ったけどまだ読んでないからなー」
「あの異世界の本ね。わかった。じゃあ、私だけで話を聞いてくるわ。ヒビノの世界の文字も習ってみたいところだけど、時間があるときにお願いするわね」
「りょーかい。んじゃまた後でー」
食事の会計を済ませて、フィアはガラム達のテーブルへ、直時は自室へと別れる。部屋に戻った直時は鞄の文庫本を開くも、すぐにテーブルへと置く。
「事実は小説よりも奇なり。――だな」
開け放たれた窓から見える異世界の夜の賑わいを眺めた。ほどよい酔いに身を任せ、荷物から取り出した煙管を燻らせる。
「今日ぐらいは、なーんもしなくていいや」
驚きの連続だった数日を振り返り、暢気な様子ながらもこれからの身の振り方を考える。
フィアを待つ直時の思考は千々に乱れながらも、表情は穏やかであった。
ガラム達の待つテーブルへと腰を下ろしたフィアは、まず名乗りを受ける。
「憶えていてくれているか判らないが、今この隊のリーダーをしているガラム・ガーリヤだ」
席に着いたフィアに改めて名乗る虎人族の青年。髪は黄と黒の縞模様。瞳は金色である。
「ラーナ・ガーリヤ。ガラムの妹です」
同じく虎人族の娘が名乗る。こちらは銀と黒の髪で、瞳は青い。身長はフィアより一〇センチほど高い。
「僕はリシュナンテ・バイトリ。魔術師です。以後お見知り置き下さい」
普人族の優男である。金髪碧眼で優雅な立ち居振る舞いは何処ぞの貴族かと思わせるが、軽薄そうな口元の笑みがフィアの印象と直時の主観を一致させた。つまりは女たらし。
「ダン・ベルケンじゃ」
ぶっきら棒であるが、同じ妖精族としてフィアには親近感を持っているようだ。
「ヒルデガルド・ノインツ・ミューリッツ。宜しく頼む」
薄い微笑を刻む竜人族の女性。白髪紅眼で耳はエルフのように尖っている。額と頬、首が鱗に覆われている。
「フィリスティア・メイ・ファーンよ」
全員の紹介を受けてフィアも応じた。
「聞かせてもらえるかしら?」
リーダーであるガラムへと話の水を向ける。頷いたガラムは話し出す。
「見ての通り俺達はギルドの依頼遂行のために組んだ。高額な報酬だったし、依頼内容の敵性魔獣が魔狼だというんで伝手を最大限頼った。集まったのは考え得る最高の面子だったと自負していたんだが……」
依頼内容はリスタルより北東へ十日の森の中、リメレンの泉に最近住み着いたという魔狼の排除だった。
リメレンの泉では五年に一度、水の神霊であるヴィルヘルミーネが加護を与えるために顕現する神事が行われる。今年がその年なのだが、何故か魔狼が泉の周辺を徘徊し始めたというので、シーイス公国から討伐依頼が出ていたのである。
魔狼は高い知能と攻撃力を持ち、特に素早さと魔術防御に秀でている。普人族であれば大隊規模の騎士団でも蹴散らされてしまうだろう。そこで、高い戦闘能力をもつ冒険者の精鋭に白羽の矢が立ったようだ。
「この面子なら魔狼であろうと問題無いと思っていたんだが、念のため偵察を行った。その結果、全部で五頭の魔狼を確認したんだ」
下手に刺激すれば、小国のシーイス公国が滅びることもある。
「番と子供……。だったのね?」
「その通りだ。成獣が二頭に、仔が三頭。ギルドに報告したところ、殲滅じゃなくても良いから追い払えと来た。戦う方としては変わらないけどな」
いかつい顔で苦笑しつつジョッキを呷る。ガラム持ちの酒ということでフィアもジョッキを傾けながら先を促す。
「俺達としては魔狼を殺したい訳じゃない。子供もいることだしな。まあ、こちらが圧倒的な力を見せつけてやれば、神事の間リメレンの泉を離れてくれるだろうと思っている。その見せつける圧倒的な戦力のために力を貸してもらいたい」
「加護祭は確か十日後だったわね。追い払ったとしたら、神事の護衛もあるのかしら?」
「ああ。その通りだ」
撃退だけでなく、事後のフォローも入っている依頼にフィアは好感を持った。
「目的は神霊の加護祭が恙なく終ること。魔狼撃退はその手段。殲滅は条件には無い。ということで問題無い?」
「その通りだ。どうだろうか? 力を貸してもらえないか?」
「いいわ。その話、受けましょう」
「有難う! 感謝する!」
フィアの承諾を得たガラムは肩の荷が下りたとばかりに安堵した。
次回より諸事情のため更新が不定期になります。
しかし、思うように話が進まない・・・。