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シーイス公国動乱⑱

何も考えずに連投します!><



 再び動き始めた戦線。アインツハルト領軍は積極的に兵を動かした。

 両翼の陸上騎兵は快速を活かし、砂埃を上げて疾走した。頭上には温存していた空中騎兵が舞っている。重装騎兵の壊乱を目にしたが、少しは安心出来る。


 両翼の陣形が翼を広げた時、見守っていた『黒剣の竜姫』と『晴嵐の魔女』が動いた。陸上騎兵の進路を扼するように占位したのだ。


 それを見て、空中騎兵が小隊ごと(四騎で菱型編隊)に上昇、攻撃の構えを見せた。

 ヒルダとフィアは、彼等を一瞥しただけで、陸上騎兵の動きだけを注視していた。


《各小隊、急降下! 機動騎兵団を援護せよ!》

 綺麗に組まれた菱型編隊が、翼を畳んで急降下。ヒルダとフィアへ矛先を向けた。

 彼等はお伽話や風聞でしか理解していなかった。竜人とエルフの圧倒的な力を。

 緒戦で手痛い損害を被ったのは小手調べ、直接指揮を取った者の判断違いであったと思い込んでいた。今まで勝ち続けて来た偉大なるカール帝国の軍が、本物の合戦で敗退するなどと、微塵も疑ってはいなかった。


 端的に言って、風を操る精霊術師に対して空中騎兵は相性が悪い。風属性に抵抗のある魔力の高い魔獣や神獣は存在するが、彼等が普人族に使役されることは無い。だからといって、一方的に負ける決まったわけではない。まず、何よりも数が違う。遮蔽物のない空中に於いての数的優位は絶対的な優位だ。全周どの方角からも攻撃が可能なのだから(飛行特性や重力加速を横へ置いても)。

 例え格上であっても、波状攻撃、持久戦で魔力切れを狙えば良い。今、奴等は個別に動いている。雪竜もいない。何騎かは落とされる事になるだろうが、必要な損害だ。一抹の不安を抱きつつも、空中騎兵の指揮官はそう思っていた。

 絶望が眼前に迫るその時までは――。


 フィアに向った空中騎兵は竜巻に呑まれ赤い欠片になった。

 ヒルダに向った空中騎兵は炎に呑まれ黒い残骸になった。


 これまでの戦争に於いて心強い味方であった空中騎兵。彼等がボロ屑となって地上に落ちていく。それを確認したカールの陸上騎兵は少なかった。疾走に移った彼等に空を見上げる余裕は無かった。


 フィアの前に進んだ騎兵達は、見たこともない巨大な竜巻に進路をやくされた。

 地を削り、大岩を巻き上げ火花を散らす大気の怒り。

 騎獣は怯え、少しでも安全な方向へと脚を向けた。騎兵達にそれを制御する意志も術も無く、愛騎に逃げ道をおもねた。


 ヒルダの方へと疾走った部隊は更に酷かった。フィアより風の威力は無かったが、ヒルダの豪風には吐息ブレスによる炎が混じっていた。

 先頭の騎獣は棹立ちになり、騎兵は振り落とされてしまった。逃げ散る騎獣を余所に、後続は落下した同僚を蹄にかけつつ、少しでも炎から逃れようと手綱を引いた。


 高空から見ていれば一目瞭然だっただろう。両翼から広げようとした翼は、自らその頭を抑えるように縮こまってしまっていた。

 左右の翼が交差する場所。それは直時の正面だった。

 必死で逃げた、自軍の機動騎兵をお互いに目視した。奇妙な連帯感で、邂逅に喜びを示そうと手を挙げた。その時、陽光が陰った。


「洗い流す――なんてことは言わない。何もかも砕き、呑み干せ」

 土の精霊達が、大小の岩塊を地表へと押し出した。水の精霊達が傍を流れる大河、更に地下水脈から大量の水を湧出させた。風の精霊達は、ゆっくりと、そして次第に激しく大気に渦を巻き、岩と水を呑み込んでいく。

 風の精霊だけで全てを空へ運ぶことは出来ない。直時の魔力と願いで、土の精霊が岩を跳ね、水の精霊は水を噴出させる。

 重力を無視して螺旋を描き、宙を駆け上がった土石流は、追い込まれた機動騎兵達のはるか頭上で上昇限界を迎えた。そして、襲う。

 直下に居た者達は、圧倒的重量に即死。残骸も残らなかった。地を抉り、それでも足りないと周囲へ激流が跳ねる。

 先ず、進軍を開始していた重装歩兵が呑まれた。汚泥に呑まれたのではない。跳ね散る岩塊群に呑まれたのだ。分厚い鎧も、防御魔術も瞬時に砕け散った。辛うじて生き残りはいたが、彼等は続く泥水に沈んだ。

 土石流は勢いを減じつつも、後続である軽装歩兵の半ばまでを呑み込んだ。岩同士がぶつかり合う轟音が止んだ。

 被害はまだ止まらなかった。流れの先は見る間に低くなったが、早さを増した泥濘でいねいは兵の脚を取り、転倒した少なくない者達が腰までもない水位で溺死した。


 アインツハルト軍の兵達は、突然の自然災害に呆然としていた。一軍が瞬く間に壊滅するなぞ、災害でしか有り得ない。それも列強諸国、最強のカール帝国軍を、だ。

 否、自然災害などではない。これは明確な殺意を自分達に向けてきたではないか。この現象を起こした張本人が確かに居たはずだ。――何処?

 彼等はすぐにそれを見つけた。


 悠然と宙に浮く黒髪の男。遠くて表情は判らない。近くに居た者達は皆死んだ。そう、近付いた者達は皆死んだのだ。生き残ったのは、遠くに居た者達だけ。


「近づけば、――殺される」

 誰かが呟いた。囁き程度だったそれが周囲へ波及する。圧倒的恐怖の対象として。


「近付けば……。は、離れないと!」

「来るっ。こっちに来る!」

「い、いやだ! 死にたくない!」

 ゆっくりと宙を進む直時に、死を直感した幾人かの兵達。武器を放り出して逃げる彼等を、止めるべき上官も恐怖に硬直していた。軍としての統制が崩壊するのは一瞬だった。


「こ、こらっ! 持ち場に戻れっ。隊列を崩すな! 敵前逃亡は極刑だっ!」

 一部、我に返った士官もいたが、必死の形相で逃げる兵に殴り飛ばされ、続く人波に踏み潰された。そして、殆どの士官も雪崩を打って逃亡する兵達と行動を同じくした。事後の罪科よりも目の前の死を回避することが生き物としての本能だった。




 アインツハルト領軍は決して無能だった訳ではない。領主が軍事的知識を持たなかったとしても、それを補う臣下がいた。事実、奇襲であった空中戦の後も、下がる士気をなんとか維持し、行軍陣形から攻撃陣形へ、そして、陣形変化にその指示を忠実にこなしてみせた士官と兵達。

 ただ、彼等はあまりにも普人族同士の戦に馴れていた。他種族相手でも、精々が少数の獣人族の集落を蹂躙する程度の戦である。僻地に住まう力強き少数種族(竜人族、妖精族、魔人族他等)との戦闘経験が無かっただけである。



 戦いの推移はどうであったか? 決戦を挑んだアインツハルト領軍は、魚鱗陣形に布陣した。一応、直時達の少数精鋭部隊に警戒したためだ。それに防御陣とはいえ、数の暴力がある。シーイス公国軍を相手にするなら、そのまま進軍しても充分蹂躙出来るとの考えであった。

 対陣してからは直時達が突出した。軍勢相手ではなく、小勢と言うのも馬鹿らしい、個体の的である。しかし、奇襲とはいえ大損害を被った相手だ。全力で攻撃あるのみと、蜂矢陣形へと変わる。

 結果的に突撃直後、重騎獣は壊乱し、その切っ先は潰された。

 次いで、両翼を広げ、重装歩兵を正面に押し出そうとした鶴翼陣。前衛が進む前に両翼がフィアとヒルダに追い立てられ頭を覆ってしまった。歩兵部隊はたたらを踏んでいる。そこへ直時の災害級精霊術が放たれた。

 機動部隊である軽騎兵は全滅し、主力である歩兵もほぼ壊滅。逃亡する主力前衛に中衛である攻撃魔術兵や弓兵は大混乱。後衛の補術兵や従兵も身動きが出来ない。これ以上の軍事行動は撤退以外に考えられなかった。

 ただ、軍を動かす人材に命令を下す人物。領主が無能であり、しかも戦地まで同道していたことがアインツハルト領軍にとっての悲劇であった。


「撤退だとっ? 貴様っ、我が軍が、栄光有るアインを冠する儂の軍が負けたとでも言うのかっ!」

「い、いえっ。侯爵様、我軍は健在です! ただ、一旦退いて再編せねば、損害が増えるためで――せ、戦術的にてった――転進して」

「黙れ黙れ黙れっ! 王者の戦いとは前進あるのみじゃ! 後退する兵共は敵前逃亡罪! 殺せ殺せ殺せぇ!」

 追従することで存命を計った参謀達も、流石に絶句した。固まってしまった軍首脳に伝令兵があたふたと面々へ視線を移す。

 何も指示が無いまま、アインツハルト侯爵の怒声が再度繰り返され、平伏した伝令兵は侯爵の言をそのまま各部隊指揮官へと伝えた。友軍から友軍へ友軍のための殺戮命令だった。

 本陣を守る近衛部隊の指揮のもと、主力を担う歩兵(ガチで戦う兵士)へ魔術と矢が降り注いだが、接近し過ぎていたため同士討ちが多数、さらに精神的に切れていた歩兵部隊の反撃を受けて貴重な魔術兵達が死んでいった。どこぞの世界の督戦兵のようにはいかなかったようである。




粗は後で考えよう……。

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― 新着の感想 ―
久しぶりに、読み返しをさせていただきました。 今、いろんななろうの作品が、書籍化したり、アニメ化したりしておりますが、この作品のアニメが見れたらなぁと読み返しながら思いました。 良作は何度読んでも楽し…
[一言] 冴木忍さんを彷彿させるストーリー展開を堪能させていただきました。 時代の趨勢なのか、近年、この様な作品に巡り会う事も無かったので、楽しく拝見させていただいたことに感謝を申し上げます。 惜しむ…
[一言] 壁│ω・)<せめて生存確認だけでも・・・      気が向けば更新してくれると信じてお待ちしております。
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