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シーイス公国動乱⑰

なんとか再開することが出来ました。

今でも読んで頂いている皆様に感謝を!

失望されてしまった皆様に謝罪を……。


 シーイス公国の防御陣は、野戦指揮所を中心にほぼ円陣が敷かれていた。

 数に劣る地上軍は、土木魔術による空堀と土塁どるいを配し進撃をやくす。ただ、所々に切れ目が見受けられる。全周防御が間に合わなかった訳ではない。防御の薄い隘路あいろを作り、敵兵を誘導する腹積もりだ。

 土塁背後には弓兵、魔術兵が控え、隘路両脇に重装歩兵が長柄の武器を構えている。


 眼前の大軍相手には心許ないシーイス陣地であったが、悲壮感は欠片も無い。何故なら、迫るカール帝国アインツハルト領軍の真っ正面、最初の土塁より更に先、そこに『障壁』が急遽構築されたからだ。彼我を遮るだけの壁だが、十メートルを超す岩壁は何者をも通さないと鎮座していた。工兵の仕事ではない。直時の精霊術である。

 突出した壁上に人の姿があった。直時を含むヒルダ隊と、アルテミア王女とその護衛騎士、そして若干のシーイス兵だ。


 交渉を終えた三者は、それぞれの役割のため別れた。

 ギルサン軍務卿はシーイス全軍の指揮を執るため本陣に残り、直時達は戦うために前線へ。率いる兵のいないアルテミア王女は、戦の趨勢すうせいを見届けるためヒルダ隊へと同行を申し出たのだ。


 人と魔獣の群れ。軍勢の起こす砂煙が直時達に迫っている。

 敵軍は魚鱗陣に似た陣形だ。

 重厚な皮膚や骨格装甲を持った陸上騎獣を前面に立てている。そして、重装、軽装歩兵が続き、更に後ろへ攻勢魔術師と弓兵が配されていた。下がり気味の両翼には脚が早い魔獣の背で騎兵が突撃を待っている。

 生き残った少数の空中騎兵は偵察だろう。単騎か、ペアで高空を舞っていた。


「あれま。もう戦闘体勢を調えたみたいね。流石に時間を与え過ぎたかしら?」

「良いじゃないか。満を持した敵を破ってこそ、完全な勝利と言える。り甲斐のある強者は期待できないが……。『神器使い』でも居れば面白い闘いになるのだがな」

「フィアもヒルダ姉も油断は無し、気を引き締めて」

 直時の顔には余裕が無い。無言で近付いたフィアとヒルダが、同時に直時の後頭部をはたいた。


「何故だっ? 俺、間違ったこと言ったっ?」

 訳が分からないと、直時が抗議の声をあげる。

 ミケがクスクスと叩かれた箇所を撫でた。細い指でくしけずる。お気に入りの黒髪なのである。


「まあまあ。二人共タッチィにこう言いたかったのニャ――」

「「「お前が言うな!」」」

 綺麗な三重奏に、呆気に取られる。直時の肩から力が抜けた。

 苦笑いで立ち上がり、うーんと背筋を伸ばす。


「じゃあ、手筈通りに。気を付けてね」

「了解。ヒルダ姉とフィアは両翼の騎兵を頼む」

「主役はお前だ。しっかり励めよ?」

 直時は岩壁を蹴った。風がその身を包み、空へと運ぶ。

 フィアは少し心配そうだ。ヒルダはその背中をどんと叩いて促した。それぞれが両翼の牽制へと向かう。


「タダトキ殿の力を疑う訳ではないが、本当にひとりで行かせて良かったのか?」

 アルテミアは不安を隠せずに、居残っていたミケに訊ねた。


「接近戦にならない限り、タダトキを傷付けることすら出来ないでしょう。なにしろ攻撃が届きません」

 親しい者が傍にいないミケに、普段の口調は無い。


「着地しました。そろそろ始まりますよ」

 敵前とはいえ、随分と遠い所に降り立った直時を指さした。雪のように白い外套、その上で黒髪が映えた。




《敵陣から三騎――いえ、三名が出陣。黒髪が正面。竜姫が右翼、晴嵐が左翼へ向かう》

 偵察騎からの報告にアインツハルト領軍は色めきたった。各級指揮官の怒号と念話が飛び交い、支援魔術の魔法陣が光る。

 今度こそ不意打ちは出来ない。攻撃陣を組み、充分な戦闘準備を整えた。雪竜の姿も無く、シーイス軍は小勢だと判明している。

 真正面に一人で降り立った男。ぽつんと立つその姿は、ひどく小さく頼りなく見えた。「黒髪、何するものぞ!」士気の上がった兵達は獰猛な目付きで歯を剥きだした。


《先鋒、前へ!》

 本陣より命令の念話が発された。

 アインツハルト軍から、大きな壁が音を立てて進む。最前部に位置していた重装騎兵、その主力である。並足ながら、人の進む速度より余程早い。後続の歩兵部隊は移動補助の魔術を使用するが、少しずつ間が開く。

 続行する彼等歩兵は、重装騎兵の撃ち漏らしへの攻撃が主となるが、今回ばかりは今のところ相手はたったひとり。精霊術と重装騎兵の衝突に巻き込まれないよう距離をおいた。

 巨獣の巻き起こす砂塵に辟易としながらも、続く歩兵達は地に響く蹄の音に勝利を確信していた。


 進軍する重装騎兵へ突撃が命令された。普段の戦場であれば、敵の遠距離(弓や魔術)攻撃の直前になる――動く的に当てるのは弓であれ魔術であれ難しい。範囲攻撃の確度も下がる――のだが、今回はそれより早い。直時の精霊術を警戒してのことだろう。


 今しも吶喊に移ろうというその時、直時の足元から小さな粒が空にばら撒かれた。鳳仙花ほうせんかの種が弾けたように見えた。

 ヒューンと聞き慣れない音がした。空に出来た小さな染みは、見る間に大きくなる。実際の大きさを把握した時には全てが手遅れだった。

 初弾は先陣を切る重騎獣の鼻先に落ちた。地面が砕け、土砂が飛び散り視界を覆った。次に飛散したのは、兵の赤い血と肉と臓物だった。

 一抱えもある岩が、アインツハルト軍重装騎兵の頭上に降り注いだ。




 直時は土の精霊術で生成した岩を、次から次に風の精霊術で放り投げていた。


「せっかく開発した人魔術なのに使うなとか……。これじゃあ、ただの投石だ。命中率はそこそこ良いけどな」

 昏い視線を前方の惨劇へと向けた。風の精霊で広範囲の敵位置を把握しており、更に着弾点も都度、風で修正している。外しても至近弾で、砕け散った破片で無傷というわけにはいかない。

 着実に増える人であった残骸からは、無用とばかりに視線を外し、動く目標物。兵の乗った騎獣へと殺意を向けた。


 今回の戦では、直時が普人族ではない『神人』だと印象付ける目的がある。攻撃はあくまでも精霊術による力押し。魔改造された人魔術は禁止である。

 簡単に模倣される事は先ず無いだろうが、そもそも普人族が興した術だ。直時が『変わった普人族』であるという認識を一掃するには使わないに越したことはない。


「ほう。あの大きさの岩を食らっても動いている。重騎獣って意外と硬いもんだな」

 目を細めた直時が感嘆を漏らす。

 無傷とはいかないが、直撃し膝を突いた後も致命的な傷を負ってはいないようだ。

 分厚い外皮の三角みつつの蒼犀や、灰紋甲羅鼠(巨大なアルマジロ)、長い体毛に魔力を通わせ防御力を上げている黄縞野牛が身震いしては、体から岩の欠片を落としている。

 尤も、騎乗していた兵はそうもいかず、千切れた手だけが手綱を握っていたり、愛騎の足元に残骸となって転がっていたりする。補術兵による防御付加と騎兵による防御魔術でも、大質量の落下衝撃には耐えられなかった。

 主を無くした騎獣達は、迷うように首を巡らせたり、最後の命令を守ろうとあさっての方向へ駆けたりしていた。


 最初の突撃は完全に失敗した。

 直時の遠距離投石に出鼻を挫かれた形だ。

 間髪を置かず、第二波、第三波の騎獣が足爪で地を蹴った。戦力の逐次投入ではない。本来であれば息をつく暇もない波状攻撃は定石だ。通常の戦、普人族の軍が相手であれば――。

 しかし、彼等の敵、黒髪の男は、魔力切れの間隙を見せず、ひたすらに岩の雨を降らせた。


 判断が間違いであったとアインツハルト領軍が理解した時には、疾風怒涛、無敵を誇ったカール帝国重騎獣軍団に騎士の姿は無かった。所在なげにウロウロしている怯えた巨獣の姿だけがあった。


「報告! 重装突撃騎兵隊、突撃に失敗! 損耗八割以上!」

「馬鹿な……。アインを冠する重装騎兵が二個大隊だぞ? 雪竜がいないのにこんな短時間で……。有り得ん! シーイスの山猿共に、エルフと竜人の女二人だけだぞっ。そんな芸当が出来てたまるかっ」

「(何を今更っ!)敵は一人です」

「何を言っておる?」

「立ちはだかったのは『黒髪の精霊術師』! たった一人です! 奴の精霊術で我が重装突撃騎兵隊は壊乱しました!」

 前線からの悲鳴混じりの念話をまとめ、アインツハルト侯爵へと報告した参謀の一人は、怒りさえ込めて大声で告げた。


「くっ。悉く邪魔しおって……。加護か神器か知らんが、何処の馬の骨ともわからん平民風情が! カール帝国の筆頭貴族である儂に楯突こうなどっ! 身の程をっ、身の程を知らせてやるっ」

 たるんだ頬の肉が激情で震えている。頬だけではない。顎の下や肥え太った腹も波打っていた。笑いを誘う滑稽な情景だが、このまま推移する戦局を予想し、周囲の部下達は一様に青褪めていた。

 そして、直時が『神人』であるとの情報は、アルテミアが積極的に流したにも拘わらず、アインツハルトには届いていなかった。


「侯爵様! どうかおたいらに! 空中騎兵と重装騎兵、剣と槍と盾が失われた今、後退して再編成を! 増援を!」

「うるさい! 両翼の機動騎兵は無傷だ! 重装歩兵も揃っておるわ! 儂の剣も槍も折れてはおらぬっ。残り全ての軍をもって盾と為せば良いだけよ!」

「侯爵様! アインツハルト領軍は御身の軍ですが、貴方様を慕う子も同然! 無為に失って良いわけはございませんっ。何卒、ご再考を!」

 跪き、額を地へとこすりつけながら叫ぶ一人の参謀。

 侯爵は不愉快そうに顎で示した。衛兵に両脇を抱えられ連れ出される彼には、反逆罪が適用されることになる。殴打の末、黙らされる彼を弁護する者はいなかった。とばっちりを避けたのである。ただ、ソワソワと居心地悪そうに黙していた。


「全軍前進せよ。我はアインツハルト侯爵。我が軍は、身の程をわきまえぬシーイスを、我が属領とする。これは決定事項じゃ」

 侯爵の傲然たる宣言に、一同は沈黙した。即座に反応が無いことにアインツハルトの顔が赤黒く染まる。主人が怒声を上げようとした瞬間、参謀のひとりが声を裏返して叫んだ。


「全軍前進っ。正面は重装歩兵! 支援を切らすな。両翼の機動騎兵団は迂回して後方を攻撃。目標はシーイス公国王城。予備の空中騎兵はこれに随伴。防御陣地は無視しろ。狙うは王都だ。侵入さえすればどうとでもなる。残余の空中騎兵は正面の直掩。黒髪の精霊術を可能な限り妨害するのだ」

 慌てて作戦行動を示した。居並ぶ者達はひとまず安堵の溜息を吐いた。与えられた状況では無難と思われたからだ。

 彼等の主敵はシーイス公国であり、黒髪の精霊術師や晴嵐の魔女、黒剣の竜姫では断じて無い。彼等へは最小限の足止めにとどめ、先ずは目的を果たそうとしたのだった。


 しかし、慌てて策定した案には諸々の要素が抜け落ちていた。

 雪竜の今後の動き。フィアとヒルダに手も足も出なかった事実。そして、アインツハルト侯爵の頭脳的(?)工作活動により、不可避な怒りを買ったこと等であった。




 重装騎兵を薙ぎ払った直時は、その場を動かずにアインツハルト軍を睨んでいた。居並ぶ軍勢は減ったように見えない。散乱する赤黒いナニカへは数瞬目をやっただけだ。

《小康状態? 撤退するかな?》

《かもしれん。突破力を担う重騎獣を潰したからな》

《タダトキ、ヒルダ! 動いたわよっ》

 フィアが注意を喚起した。


 高空を舞っていた空中騎兵が正面の軍、その上空へ集まった。編隊を組んでいる。

 他に後方からも空中騎兵が現れたが、こちらは左右へと別れた。両翼に布陣していた陸上騎兵へと合流するようだ。


《まだやるのかよ……》

《騎兵が転進したぞ。お前やシーイス軍を大きく避けているようだ》

《漸く私達の出番ね》

 うんざりした直時とは反対に、ヒルダとフィアは嬉しそうだ。念話でも弾んでいる様子が窺える――ようにしていた。


《そちらに追い込む。始末はお前が着けるのだぞ?》

《これで終わりね。後はタダトキと――》

《ウチの出番だニャ! タッチィんとこに向かうのニャ》

《三人とも気を付けてくれよ》

《《《お前が――》》》

 フィア、ヒルダ、ミケの念話がハモる。

《了解っ!》

 直時は慌てて念話を切った。




色々あったので、ストーリーの傾向とか変わってしまっているかもしれません(悪い方へorz)

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