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シーイス公国動乱⑪

遅くなりました。

サブタイトルが私を責める……。

収束までもう少しお付き合いください。

 グレッグ・シュレシュタインが指揮する輸送部隊は、野盗の襲撃後、足を止めて野営に入っていた。負傷した兵には治療が施され、重傷の一名以外は明日以降の行動に問題は無いとのこと。

 野盗の追跡、殲滅に出撃した討伐隊は、普人族を凌駕する身体能力に苦戦。どうにか一人を討ち取ったことで撤収した。鼻の効く騎獣もいたが、騎手が操獣手ハンドラーとして未熟であったし、日も暮れたことにより作戦の続行を断念したのだった。

 そして、その唯一の戦果が本陣近くで検分されることになった。


「賊のむくろです」

 討ち取られた獣人族が革袋から引き出された。損壊が激しいが、兎人族であることと、性別が女性であることは見分けることが出来た。


「武器も防具も装備はありきたりですが、身ごなしは冒険者でも上の下。ランクB相当であったとのことです」

「討伐隊の損害は?」

「対象が逃走に徹していたため軽微です。この者は、他を逃すため盾となったそうです」

 逃げ切れないと判断した賊の一人が反転して攻勢、討伐隊に広く浅い攻撃を加え足止め役となった。致命的な攻撃は無かったものの、死兵となった兎人族の女は仲間を宵闇の奥へと逃がすことに成功した。自らの命を対価としてである。


「他には?」

「遺留品からは何も……。しかし、本国より無視できない連絡が御座います。シーイス公国がかなりの数の獣人族を保護し、準国民の地位を与えるとのことです。報告は帝都とアインツハルト侯爵の双方から上がっており、確度は高いと思われます」

「馬鹿な! 獣人ごときを国民に?」

「だからこそです。一般国民と隔離して保護するならば、扱いは普人族以下でしょう。窮乏した末のことならば、賊の所属先も合点がいきます」

「シーイスは属国とはいえ、建前上は同盟国だ。物資の供給に協力的でもある。確たる証拠無しに攻撃は出来ん」

 グレッグは判断を保留する。背腹に敵を抱えたとは思いたくない。


「我等の任務は窮乏する我が軍への補給だ」

「では、獣人共への対応は如何に?」

「……これ以上の被害は容認出来ない。次の襲撃があれば捕捉殲滅する。臨編討伐隊は三倍に増やせ。討伐が叶わぬなら拠点を確定させるのだ。但し、越境しての攻撃は控えさせろ。シーイスからの攻撃ならば、本国に指示を仰ぐ必要がある……」

「了解いたしました」

 グレッグは当面の作戦を優先させた。兵の士気もある。例えシーイスが保護した獣人であろうと、カール帝国への攻撃には黙っているつもりはない。

 指示により護衛の兵は再編され、輸送隊の兵が少なからず護衛へと回された。襲撃への警戒を重視した結果、輸送隊の脚は遅くなった。




 離れた山肌の木々に隠れ、ある者達が輸送隊の篝火を遠目に見ていた。襲撃者達の一行である。月に照らされた体の線は丸みを帯び、殆どが女性であることを示していた。

 普人族では聴き取れない音に反応し、大きな耳がピクリと動く。

 間を置かず、いくつかの人影が現れた。真っ直ぐに数少ない男達の元へと向かう。彼等は焚き火を囲んでいた。その中心に座すのは、カール帝国宮廷魔術師、リシュナンテ・バイトリであった。


「――ひとり、足りないようだが?」

「襲撃は成功。しかし、追跡を振りきれず、レキスが残りました」

「そうか……。彼女の犠牲には胸が裂かれる思いだが、良くやってくれた」

 沈痛な面持ちで、帰った者達を労う。そして、一人がいきなり立ち上がった。第二小隊の副隊長を勤める美丈夫だ。今夜の輸送隊を襲撃した者達の『担当』である。


「レキス! 君を胸に刻み込んだ。彼女は僕の心で共に生き続ける!」

 彼の言葉に強い同意と、僅かな嫉妬が流れる。


「そして、良くぞ無事で戻って来てくれた。おかえり――」

 一転して甘い微笑を向ける。頬を赤らめ、ほうっと息を吐く部下の娘達。


(あの娘は想い人の心にずっと残る事が出来た……)

 高い木の上から警戒の目を周囲に配りながら、熱い想いに身を焦がす獣人族の娘がいた。少なからぬ者が同じ羨望を感じていた。


(私はリシュナンテに全てを捧げた……。私の身体も心も全てが彼のモノ……。この心の痛みさえ、……痛み? 何故だろう。大切な何かが欠けている気がする……)

 突然浮かんだ疑問に、眼の焦点が定まらなくなる。


(違うっ! これで良いの。この痛みも私の心の試練。乗り越えてこそ想いが成就する!)

 仲間の死が忘れた何かを浮上させかけたが、無理やり押し込めた。この苦しみも、痛みも、喪失感にも耐えられる事が愛の証。彼女の中で、疑問がそう変換される――。

 娘だけではない。偽の愛情に囚われた彼女達は、目の前の男のためならば何でも為してみせると、決意を新たにした。


 翌日、輸送隊の足が鈍ったことを確認したリシュナンテは、外縁の哨兵への散発的な遠距離攻撃へと切り替え、次の作戦段階への時期を図ることにした。




「あー……。何となくこんなことかもなぁーとは思ってたんだ……」

 直時は、怒りを通り越して乾いた笑いを浮かべた。


 女子供が中心である獣人達を護衛して辿り着いた入植地。ギルサン軍務卿の話では、工兵隊による設営が完了し、直ぐにでも生活可能との事だった。

 急峻な山肌から続くなだらかな斜面に、平らにならされた居住区と湧水が引かれた貯水池が、確かに出来上がってはいた。

 しかし、どこからどう見ても入植を前提とした設営ではない。短期間に必要最低限なものが設えてあるだけである。


 入植者と有志の世話役を含めて約千二百名。確かに、それだけの住居を設営するのは大事業だ。しかし、ここで任務にあたっていたのは、専門職である工兵大隊五百人である。自分達が過ごすため程度の環境整備と、二倍強の天幕を張って終わりであるなどと、直時でなくても思わないだろう。

 ノーシュタット政庁での手抜き対応を見ていなければ、とても信じられない光景だった。


「あっきれた! これで入植地のつもりなのかしら?」

 フィアが直時に同意する。ミケは念話中だ。ギルドと各獣人族への現状報告らしい。


「なるべく王府を刺激しないよう引き取られるのを先延ばしにしていたのに、最終的に残る人数が少ないとバレたのかな?」

 普人族国家の中で、獣人族を『準』国民へと迎える初の試みである。国策への妨害ととられたのかと心配する直時。


「迎えが来る人数を正確に知っているのはウチだけニャ。それに判ったところで、文句の付けようが無いのニャ。指名依頼は直接でなくギルドを通しているし、同族へと送る人数制限が無いのは確認済みニャ」

 今のところ、依頼遂行に対して、王府からは苦情のひとつも入っていない。


「結局、獣人族への確執が原因かぁ……」

 直時は深い溜息を吐いた。

 シーイス王府の意識として、普人族より魔力、身体能力が共に高い獣人族に、過剰な支援は不要であるとの認識があったことは否めない。

 それらの元凶が始母の異世界人の嫉妬で、無意識の嫌悪であるというのだから、直時としても強く責めるわけにもいかない。


(エルメイア様……。とりあえず、あなたを恨んでおくよ……)

 普人族の始父である神に心の中で愚痴る。神とはいえ、あちこちに妻や子供を作った方である。尊敬と同時に恨み事も背負ってもらわねば、釣り合いが取れないとおもった直時である。


 隊長であるヒルダへ工兵隊の責任者が引き継ぎをしていたが、終始、威圧的に睨まれて萎縮していた。後ろの獣人族達も白い目を向けている。

 彼等の撤収後、一転してキラキラとした期待の視線を向けられたのは直時だ。


「な、なに?」

「おじ――お兄ちゃん、また、おうち作ってくれるんだよねっ」

「おふろーっ!」

「お手洗いは水洗ですよねっ?」

「おじちゃんと言い掛けた奴は、耳ハムハム(甘噛み)の刑だ! お家は任せろい! 風呂も水洗トイレも標準装備に決まってるぜっ!」

 子供を中心に勢い良く詰め寄る獣人族。

 威勢よく返事した直時。ちびっ子相手には見栄を張らねば男が廃る。


 精霊術による治療、仮設住宅、過分な食料。そして何よりも「へんたい」の称号を得た獣人族に対する愛が在る。若干、説明し難い愛であるが、そんなこんなで信頼を獲得していたりしていた。純粋な好意は相手にも伝わり易いのだ。

 良い意味での『変な』普人族と思われた直時は、鼻息も荒く仕事に取り掛かった。




 工兵隊の撤収から暫くして、王府から役人(軍人を含む)が護衛依頼の確認のために訪れた。獣車を中心に騎兵が警護をしている。

 そして、護衛である騎兵の中に、役人の乗る獣車より堅固な護衛を周囲に配した人物があった。


「何もない故に開拓村であるだろうが、本当に僻地のようだな」

「利益を出せれば儲けものということでしょう。しかし、保護自体は本当のようです。雪竜の結界も近いですから、普人族であるなら近寄りません」

 騎獣の中心で手綱を取る一際背の高い女騎士の呟きに、傍の騎士が軽く頭を下げて答えた。

 シーイス公国の南部、国境の町リスタルから東に獣車で三日の位置である。

 深い森は昼でも薄暗く、いつ魔獣が現れるとも限らない。漸く平地かと思えば、山からの湧水が湿地を作り、繁茂した水辺の植物に隠された深みがそこかしこに口を開け、水棲魔獣が落ちてくる獲物を待っている。先発した工兵隊の目印が無ければ、進むのも困難な場所である。

 そして、雪竜の棲家である白乙女山地の南端に近い。侵入すれば問答無用で氷漬けにされると言われている。普人族にとっては禁断の土地である。


「殿下、そろそろ到着です」

「殿下は止せ。一応、お忍びだからな」

 流れる紫銀の髪と同じ毛並みである一角馬に跨る女騎士は、公式には帰国したはずのカール帝国第一王女アルテミアであった。


「……開拓、村?」

 アルテミアの疑問に答える者は無い。誰もが眼前の光景に言葉を失っていた。

 シーイスの工兵隊と、ヒルダ隊が護衛する入植者が行き来することで踏み固められた道の先に見えたのは、牧歌的な開拓村ではなかった。

 白乙女山地の雪山を背景に、高い岩壁を備える砦が聳えていたのである。


 防壁の高さはおよそ十メートル。三階立てのビルくらいだ。それが開拓地とされた場所をぐるりと囲んでいる。壁の上には、さらに高い物見櫓、小さな穴が幾つも開いた石小屋があった。外堀は注水途中で水位は低いが、水が満たされれば更に防御力は増すだろう。


「……シーイスの工兵部隊は良い仕事をするものだな」

 アルテミアの呟きに王府の役人達は激しく首を横に振った。


 呆然とする一行の耳に甲高い声が届いた。子供の声だ。物見櫓に姿が見え隠れしている。壁の内側、下へ向かって大声を上げていた。

 程なくして現れたのは、竜人族ヒルデガルド・ノインツ・ミューリッツ。依頼遂行のヒルダ隊責任者、その人である。右肩に見たこともない紅の鳥をのせている。


「依頼の確認か?」

「は、はいっ。入植地への護衛は完遂されたとのことで、参上いたしました。後は、最終的に残った者の確認と戸籍登録をするためです。依頼完遂の確認書も持参しました」

「ふむ。立ち話もなんだ。腰を下ろせる場所へ案内しよう」

 役人と騎士達をざっと一瞥したヒルダは、兜を目深に被ったアルテミアに一瞬目を止めた後、踵を返した。


 彼等に視線を注いでいたのは、見張りの子供達だけではなかった。


 防壁上を跳ね回っていた小さな獣――耳の長いいたち――が、物見櫓の屋根で足を止め、つぶらな瞳を向けていた。

 外堀の水の中には、住み着いた小型魔獣をものともせず水を切る蜥蜴とかげが、橋脚の下で窺っていた。

 防壁と同化した亀が首を伸ばして門の上から覗きこんでいた。

 扉の影から、大きな一つ目が凝視していた。

 それぞれ精霊獣のフーチ、チリ、ゲン、クロベエである。複数の警戒人魔術とともに、直時から入植地の見張りを言いつけられていたのだ。火の精霊獣であるホトリは索敵能力に難があるため、ヒルダにくっついていた。


 門をくぐった彼等は、またしても目を見開き足を止めた。

 目の前には小さいながらも、既に町が出来上がっていたのである。


 街路は全て石畳で、整然と整備され碁盤の目のように真っ直ぐ伸びている。街路脇には水路が設けられ、透き通った清水が流れていた。水路が大きいのは、近づいてきた冬の雪対策である。除雪した雪は水路に落として流れ水で溶かす。溶けきらない雪は炎系の魔術を使用することになる。

 水源は地下水脈で、町の北東区画にこしらえた噴水から滾々と湧き出していた。当初は井戸の予定だったが、山の万年雪が水源だからか、湧水量が多く安定していたため、噴水形式で溢れるままに使用されることになった。最後は外堀へと排出されている。

 そして、家。工兵隊が用意した幕屋ではない。充分に間を取った住居は全て石造り。煙突からは炊飯の煙が上がり、早くも人々の生活が感じられる。とても人が入ったばかりの開拓地とは思えない。

 獣車が行き来するだけの広さを持った大通りは町の中心部へと進む。そこは大きな更地となっている。政庁用地は整えられていたが、流石に建物までは無かった。


「騎獣と車獣は空き地に繋いでおいてくれ。獣舎はまだ無いのでな。確か入居者の決まってない家がこの辺にあったはずなんだが……」

 ヒルダが見回していると、空き地の区画に突然家が建った。そう、地面から生えるように見る見るうちに出来たのである。


「ん? なんか歪だな?」

 腰をぬかさんばかりに驚く一行を余所に、ヒルダが首を傾げた。確かに子供が作った粘土細工のような家である。


「――直感だけで作るなよ! 水平出して垂直方向にちゃんと建てないと!」

「ウチだって出来るだけ真っ直ぐにしたニャァ! スイヘイとかスイチョクとか知らないのニャア!」

「水平は水を張れば直ぐ判るし、垂直は紐と錘! とにかくこれに引っ掛かる部分は削ぐか盛ること!」

「ウチは水の精霊術は使えないニャ」

「そこは人魔術の『出水』でも何でも使える術はあるだろーがっ」

 ヒルダ達の耳に、直時とミケの言い争いが聞こえた。


「ミケちゃん、お手本よ」

「だあああああっ! 無駄に高い! そして、壁が薄い! 窓がでかい!」

「注文が多いわね。風が通り抜ける素敵な家じゃないっ?」

「ここは雪国っ。しかも直ぐに冬だろーが! やり直し!」

 またしても生えた瀟洒な家は、ぶーたれるフィアの声と共に地面に戻った。


「怒られてやんのー」

「だめだめだー。だめねことだめぇるふだー」

「にーちゃん、石像作ってよっ。神獣金獅子のっ」

「えっと、えっとね! わたしは雪毛兎さんっ!」

「……お前らなぁ、家が足りなかったら屋根の下で寝れんぞ?」

 子供達がわらわらと集まっていた。訪れた役人達にとっては驚愕の光景も彼等には既に日常の一コマでしかない。獣人族達も年齢が上の者は未だ馴れておらず、顔を引き攣らせていたり、目を丸くしていたりする。

 からかっていた子供達がフィアの風でお手玉された。悲鳴は直ぐに歓声に変わる。子供の適応力は素晴らしい。


「…………」

「そこの家はタダトキが作ったもののようだ。先ず休息を取るのが良いだろう」

 ヒルダは困惑を通り越して混乱している一行を促した。




 結局、使用可能な種類が増えた直時の精霊術は隠すこと無く存分に振るわれた。狙われるのは直時個人に限定されるからだ。普人族でないフィアとミケに関しては、逆に干渉が鈍るだろう。

 一方で改造した建築系人魔術は秘匿された。魔法陣を正確に編むことが出来れば、誰にでも使用可能となる。それ故、技術獲得への競争はかつての招致合戦より激化すると予想されたからだ。


 大地を材料とする改造人魔術は、実のところかなりの種類が完成していた。ソヨカゼ住民が自分達の手でリフォーム出来るよう配慮したのと、なによりも拡張を続ける地下都市『暗護の城』で、土の精霊術師の負担を減らすことが出来るように、夜の王クニクラドより依頼されていたからである。


 従来の『石化』はブロック大止まりで、それを組むことで石造りの建物を作っていた。密度はそれほどではなく、使用は住宅止まりだった。城や砦等の巨大建築物は天然石を切り出して組み上げるのが一般的だ。

 しかし、改造された建築人魔術は、花崗岩並に堅牢な石材である。更に床や壁、柱等のブロックより大きい部品に特化させた。重量問題は人魔術『浮遊』を改造。無効化する重量をレベル毎に大きくした。消費魔力は増えるが、普人族以外ならば問題無いだろう。

 ある程度の大きな部品を作るのは、直時がパネル工法を参考にしたからだ。一律の部品を組み合わせることで、短期間に大きな建築物を作ろうとの目論見だ。測量という概念が一般的でないため、生成される規格品は多人数での仕事効率を劇的に上げるはずである。


 そこまで弄り倒した人魔術を使用しなかった理由は以下の通りである。

 保護された獣人族へ『転写』すれば、ただでさえ利用する気配が濃厚なシーイス公国が、彼等を酷使する可能性があったこと。

 普及していない時点での特異な技術は、シーイス公国以外にも狙われること。

 魔法陣の改造技術は、発見者である直時を特定されないよう広めるつもりであったこと。

 等である。


 精霊術に関して、当初は自重していたものの、ノーシュタット政庁でキレた直時が存分に奮ってしまったため、今更隠しても仕方が無くなったという経緯もある。

 じゃあ、とことん見せつけてやろうとなった訳だが、面白そうにしていたヒルダとフィアへ、ミケが自分達も『力』を隠さず使うべきだと提案したのである。


「――タッチィは、どうせこれからも色々とやらかして悪目立ちするニャ。なら、周りにいるウチらも一筋縄ではいかないと見せつけておくべきニャ」

「私はもとより普人族ごときに遅れを取るつもりなぞ無いがな」

「ヒルダ、油断は禁物よ。特に神器使いは――」

 ミケの言葉を流そうとするヒルダに、フィアが低い声で言った。右手で左腕を握り締めた。炎剣使いとの対戦で、フィアには失ったモノと得たモノがある。


「ふむ。タダトキと深い関係である我々が、危険な存在だと知らしめれば良いのか?」

「ヒルダはもとから危ない人じゃない」

「晴嵐の魔女が言うか?」

「うにゃー。タッチィが可哀想になってきたニャ。ここはウチが癒し役ということで……」

 綺麗に話をまとめたつもりのミケ。フィアとヒルダに頬を引っ張られたのは自業自得というものだろう。


 ――と、いう経緯があった。




 ヒルダがシーイスの役人一行を招き入れた家は、区画ごとに作られた集会所だった。ある程度の集団を束ねる自治会が必要と考えた直時の発案である。


 子供達と戯れながら仕事をしていた(?)、直時とフィアとミケも念話で呼ばれて顔を揃えている。


《あのでかい女騎士って、カールの王女じゃなかったか?》

《公式には護衛の騎士ということらしいぞ》

《獣人族の準国民化への偵察? 牽制かしら?》

《タッチィの検分かもしれないニャ》

 対座しているヒルダの背後に立つ三人にも速攻で身バレしているアルテミア。彼等は念話で推測を重ねている。


「現況を拝見するに、『入植地への護衛依頼』と『保護獣人族の受け入れ先斡旋』は完遂されたと判断致します。確認の書類はこちらです」

「前に見たより変更箇所が多いな」

 差し出された獣皮紙を一読するヒルダ。


「依頼前に御尽力頂いた分を報酬に上乗せさせております。また、変更に関しては冒険者ギルドにも認可をもらっております」

「今の情勢を鑑みればこんなものだろうな。まぁ、増える分には文句など無い」

 ヒルダが皮肉気に言った。

 ノーシュタット政庁へ持ち込んだ食料や、治癒術の施術を考えれば多少報酬が上がったところで相場以下である。

 カール帝国へ物資の供給を優先しなければならないとは言え、一国の指名依頼の報酬としてはみすぼらしい。


(たったこれだけの報酬で要塞都市まで手に入るとはな……。冒険者の仕事も侮れん……)

 お忍びであるアルテミア王女は、確認書の内容を後ろから覗き見ていた。

 カール帝国では、帝室からの指名依頼など考えられない。雑用ひとつとっても、貴族達が王族に取り入るための材料にしてしまうからである。

 王女は小国ならではの柔軟な対応に感心していた。


「つきましては、残る依頼である『国境線の上空偵察』に着手して欲しいのです」

「ヴァロア王国との国境だったな。そちらの空中騎兵に同行すれば良かったのだったな?」

「はい。依頼書はこちらに――。御一読下さい」

 ヒルダは新たな獣皮紙を受け取った。


「ふむ。期限は十日間。飛行経路はヴァロア王国との国境。北灰洋まで? カール領ではないか。なになに? 示威行動に対する攻撃があった場合、反撃は一任する?」

 ヴァロアとの休戦条約やら通商条約やらは公式発表だったが、付随する詳細な情報がカール帝国側へ筒抜けになるのは如何なものかという配慮で、飛行経路の変更には言及されなかった。


「攻撃が想定されているのだな? 反撃に問題はないのだな?」

「いやいやいやっ! ヒルダ姉さん、少しは自重しようよっ。せめて嫌がらせ程度で――」

 諌める直時も、白烏竜の一件があるため微妙に過激である。


「それはそうと、護衛と斡旋の依頼だが、こちらとしては中途だと思っている。作業は暫く続行するつもりだが、依頼完遂で良いのか?」

「これ以上何をされるのかは判りませんが、依頼の必要条件は満たしていると判断致します。むしろ、以降の事については依頼と無関係ということで報酬は出せません」

 軍務卿ならばそうは言わないであろうが、末端の役人では自己裁量の範囲は狭い。


「うむ。それで構わない。まあ、ギルドからの世話人やらと同じと思ってくれて良い」

 直時達が肯くのを確認したヒルダは、シーイスの役人へと肯いた。


「では、偵察依頼は明日からお願い致します。迎えの空中騎兵は、この開拓地へと回します。我が国の誇る、千華ちが雪隊です」

 胸を張るシーイス人。雪を冠する隊には雪竜が配されている。白乙女山地へ人族を踏み込ませない約定の対価である。若竜でしかないが、単騎では普人族が使役する騎獣で太刀打ち出来る種はいない。


「了解した。この依頼には私があたる。宜しく頼む」

 ヒルダが請け負った。

 ヒルダ隊で事前に決まっていたことだ。受け入れ先への取り次ぎがミケ、入植地の住環境整備と治癒の継続が直時とフィア。雑務が苦手なヒルダは、食用魔獣を狩るくらいしか出来ない。護衛といっても、要塞のように防備を整えた現在、差し当たって必要ではない。


 最大戦力と見做されていたヒルダ。彼女が予定通り外遊へ出たため、カール帝国内の不穏な動きは加速することになる。

 しかし、その計画が混迷するであろうと予測する人物がいた。


(これだけの砦を短時日で造る黒髪の精霊術師『リスタルの悪夢』。風の精霊術師フィリスティア・メイ・ファーン『晴嵐の魔女』。そして、あの猫人族までもが精霊術師とはな……。早々に見切って公王の動向を見張るつもりが、ここを離れる訳にいかなくなったか……)

 騎士に扮したアルテミア王女は、入植地に留まる決意をした。


動け! 動けぇ!

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