微妙なバランス
落ち着こう、一旦帰ろうと重い腰をあげた時、スタッフルームの扉が開いた。
「お疲れ」
入ってきたのは宮川さんだった。
しまった、あと三秒早く立ち上がるべきだった。
「お疲れさまです」と返事して、椅子に座り直す。
丁重なお断りの言葉をくれるつもりだろうか?
いいだろう、どんとこい。
唇を噛んで覚悟を決めると、さっそく宮川さんの声が降ってきた。
「榎本も感じてるだろうけど、私たちの間ってズレがあると思うのよね」
……ズレ?
あれ? なんの話だ?
「私は榎本がブス専だと思ってるし、榎本は私が面食いだと思ってるでしょ?」
あぁ、ズレってそこのことか。
確かに、俺たちの間にはズレがある。しかし今すべき話なのか、これは?
だから、と彼女は続ける。
「そのズレを、一緒に整えていけたらなって」
一緒に整えていきたい?
なんの話だ、これ。
え、待て、もしかして。
「あ、その前に、言わないといけないことがあるよね」
宮川さんがチラッと俺に視線をやり、目が合ったとわかると慌てて顔を背けた。
「私も、あんたが好き」
その一言で、俺の思考回路はぶっ飛んだ。
うそだろ、宮川さんが俺を?
イケメン好きの、あの宮川さんだぞ?
あぁ、確かに。
俺と宮川さんとの間には微妙なズレがある。バランスがとれてないというか、なんというか。
冷静になれと自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吐く。
これからのことを考えた。
今はなんだかこの溝、俺と彼女の微妙なバランスが愛おしい。
「とりあえず、昼飯食べに行きますか?」
今だから言えるけど、彼女には一生言わないけれど。
昼ご飯を食べに行こうと誘われた日の翌日から、火曜と木曜だけはコンビニか外食で昼を済ませていた。
いつ誘われても大丈夫なように。
俺はさ、ずっと前から好きだったよ。
あんたはどう、宮川さん?
話をして、少しずつ一緒に整えていこう。
二人の間にある、彼氏と彼女の微妙なバランスを。