更年期の魔女は屍人たちを眠らせる
ゴリゴリ、ゴリゴリ。
薬草を擂る音が響いていた。
木々に囲まれたこじんまりとした家のドアを、青年が開けて入ってきた。
「師匠〜戻りましたよ」
入ってきたのはいかにも魔法使いといった長いローブを着た男。
だがその顔は、どこぞの貴族の当主かと思わせるほどに整って気品がある。
「また『母の命』作りですか」
「うるさい。私はこれがないと死ぬんだ」
男がのぞき込んださき、師匠と呼ばれた中年の女が、薬草を乳鉢ですり潰す作業を続けている。
『母の命』はこの魔女オリジナルの薬だ。
主に更年期障害の症状の緩和のために作られた。
自分のために作った薬だが、村のおばちゃんたちにも大好評である。
少し離れた街からも買い付けに来るほどだ。
師匠と呼ばれた女の名はピオニア。
どこの国にも属さない偉大なる大魔女、ではあるが、普通に年はとるし更年期にだってなるのである。
だって人間だもん。
そんなピオニアを、愛おしげに見つめるこの男の名はラウルス。
自称『偉大なる大魔女ピオニアの弟子』だ。
自称なのは、ピオニアの魔法に惚れ込んで、押しかけてそのまま居着いたからである。
ピオニアは弟子を取った覚えはないとずっと言っている。
だから特に何も教えていないが、ラウルスが勝手に覚えて手伝っていた。
ピオニアが作った薬を、かわりに町まで持っていったりもする。
ラウルスはピオニアよりずっと年下で、力も元気もある。
ついでに愛想もあるので、買い物するとおまけがついてくることも多い。
「そう言えば師匠、街でちょっと小耳に挟んだんだけど、国境近くの村が屍人に襲われたらしいですよ」
「はァ?屍人だって?」
粉々にした薬草を、他の材料と混ぜ合わせながら答えるが、その手は止まらない。
「どっかのバカが、禁呪にでも手を出したのかねぇ」
流れるように調合するその動きには一切の無駄がなく、美しいとすら言える。
最後の一匙をその上に…
ドンドンドンドン!!
「ギャーー!」
突然激しくドアを叩かれ、ピオニアの手が跳ねた。
匙も跳ね、乗っていた素材は散らばった。
「邪魔したのは誰だァ!!」
怒りの形相でピオニアが叫ぶと勝手にドアが勢いよく開き、その向こうにいた男たちが吹っ飛んで行くのが見えた。
ピオニアの代わりに、ラウルスがサッとドアの前に立つ。
「乱暴な訪問をするとは、どちら様でしょうか」
言葉は丁寧だが声色は冷たい。
「乱暴なのはそっちだろう!」
入口から一歩引いた位置に立っていたおかげで、ドアの攻撃をまぬがれた男が声を上げた。
ラウルスは背の高い方だが、その男の目線もほほ同じ高さであり、横幅は一回り以上大きかった。
王国の紋章が付いた騎士服を着ているので、騎士団だろうというのはすぐに推測できた。
「師匠の邪魔をしたのですから、万死に値しますよ」
ラウルスは当然のことのように答える。
「人んちの玄関で騒ぐんじゃないよ。誰だいアンタたちは」
彼に任せておくと永遠に話が進まなさそうなので、ピオニアが押しのけて前に出た。
「あなたが大魔女ピオニア殿だろうか」
訪ねながら男はピオニアを見下ろした。
よくある茶髪、瞳は赤とは少し違うカーマイン。
美人というよりは愛嬌寄りの顔。
顔だけ見れば、よくいる中年女性だった。
「そういうアンタは?」
「俺はバサイト。このオレンジニア王国の騎士団長をしている」
騎士団長だと名乗られても全く臆する様子もなく、やはり大魔女はこの女性なのだろうなとバサイトは思った。
「ふぅん。で、騎士団長サマがわざわざこんな森の奥のボロ屋まで何の用だい」
「東の国境近くの村が屍人に襲われた。その件で、あなたにお話を伺いたいので、城までご同行願いたい」
「嫌だね。めんどくさい」
考える間もなく断られて、バサイトのこめかみにピキッと筋がうく。
「屍人を使えるほどの魔法使いは限られている」
「それではまるで、師匠を疑っているようですね?」
ピオニアが容疑者のように言われて、ラウルスが黙っているはずもなく。
また出てきた青年に、バサイトは敵意を隠すことなく睨みつける。
「先ほどからなんだ、貴様は」
「私は偉大なる大魔女ピオニアの弟子にして、ピオニア至上主義者であるラウルス」
「弟子を取った覚えはない。それになんだその至上主義とやらは」
間髪入れずピオニアのツッコミが入るが、ラウルスは全く気にした風もなく、涼しげな顔でバサイトを睨み返した。
「師匠の偉大さが分からないボンクラが難癖つけてきたら、それを片付けるのも弟子である私の役目」
「ボンクラとはなんだ貴様!」
ラウルスに煽られてすぐカッとなるバサイトに、騎士団長のクセに腹芸の一つもできないのかと内心呆れつつ、ピオニアはピン!と指先で軽く空気を弾いた。
途端、腹に重い一撃を食らったように、バサイトがよろめく。
その隙にバタンと目の前で扉が閉じた。
「無駄なことしたから汗が出てきた!ラウルス!水!」
「はい師匠!」
汗を拭きながら、ラウルスが差し出した冷たい水を飲む。
すぐ暑くなって汗が出るのも更年期の症状の一つ。
だから薬を作っていたのにあのバカどもが!
と毒づきながら、ピオニアは再び調合作業に戻ることにした。
一方のバサイトは呆然としていた。
ピオニアが軽く指を弾いたたったあれだけで。
体格もよい、騎士団長である自分がよろめくなどと。
バサイトは自他共に認める脳筋だ。
力、剣技、全身を鍛え抜いて生まれる力こそ正義だと思っている。
だから魔法使いのことは、あまり好きではない。
よくわからない魔法、というもの。
ヒョロヒョロの城の魔法使いどもが繰り出す魔法は、威力はたしかにあるが、発動までに寄ってしまえば斬れる。
戦場では後衛に置いた上、さらに周りを兵で守らねば役に立たないシロモノだ。
端的に言えば、魔法使いは役立たず、とバサイトは思っている。
なのに、気を抜いていたとは言え。
受け身を取る暇も与えず、バサイトの腹に叩き込まれたあの一撃。
「面白い」
バサイトの金の瞳に、好戦的な光が宿った。
と、いうバサイトの感情などどうでもよく、ピオニアは薬作りを続けていた。
今日はたまたま『母の命』を作っていたが、普段からちょっとした傷薬や熱冷まし、毒消しなどを作っている。
医者などいない村では、そのちょっとした薬こそが命綱だったりもする。
もちろん無償ではないが、ほかの薬よりほんの少し高いだけだ。
一般の薬師の職を奪わぬ程度に、ほそぼそと薬を作っている。
それがピオニアの日常なのだ。
「おーい」
トントン、と今度は優しくノックした。
翌日、当たり前のようにバサイトはやってきた。
「帰れ」
ラウルスは今日も容赦ないが、その程度で諦めるはずもなく。
「アンタに来てもらわないと困るんだよ。屍人相手は騎士団でも厄介だ」
屍人は文字通り、一度死んだ者が再び動き出したもの。とはいえ、生前のような意識も理性もないまま、生者を襲ってくる。
さらに厄介なのが、屍人に襲われて死ぬと、その殺された者も屍人になってしまうのだ。
その間もバサイトはノックを続け、たまにドアをガタガタさせる。
取っ手に手をかけてみるのだが、鍵か魔法でもかけてあるのか、開く気配がない。
「なんで私が行かなきゃいけないんだ」
「言っただろ、屍人の術を使えるほどの魔法使いはそういない。この辺りで出来そうな者と言ったらアンタぐらいらしいからな」
「それで私が怪しいって?たまたまわいた一体じゃないのかい」
屍鬼は魔物の一種でたまに発生する。ほとんどは腐った動物の死骸である。
「その屍人、この国の人間じゃなかったんだ。恐らく隣国の人間だ」
それが本当なら、近くの村を襲わず、わざわざ国境を越えてこちらに来たことになる。
板越しに話を聞いて、ピオニアはドアを開けた。
「城には行かない。その村に案内しな」
「いや、城に来てもらわないと…」
「城に屍人がいるのかい?」
「いや、いないが」
「なら私が行く必要はないだろ。疑う奴らは勝手にさせておけばいい」
「しかしこれは王命で…」
バサイトがそう言いかけた瞬間、ピオニアのカーマインの目が薔薇色の光を放ち、バライトの金の目を射抜いた。
「私に命令する気かい」
どの国にも、どの王にも忠誠を誓っていない魔女。
彼女に王命など効かぬだろう、と言った魔法使い部隊の団長の言葉を思い出した。
そしてさっさと鞄に荷物を詰め、準備を済ませたピオニアを、バサイトは件の村まで案内せざるを得なかった。
「もちろん私も同行しましすよ。師匠のお世話をしなければなりませんからね」
当然の顔をして、ラウルスも加わる。
城まで連れていくつもりで用意していた馬車にピオニアとラウルスを乗せ、その周りを騎士団が囲んで向かうこととなった。
団員の一人は、予定変更を城に知らせるため戻らせた。
馬車の中、ピオニアが不機嫌そうにつぶやく。
「暑い…だるい…」
スッと馬車内の温度が下がった。
「いかがですか?師匠」
「ちょっと風もちょうだい」
ピオニアが心地よくなるように、温度を下げ風を送るのはラウルスの役目。
もちろんピオニア本人もできるのだが、いかんせんめんどくさいので、ラウルスに任せていた。
師匠のお世話は私の仕事!と、ラウルスも楽しそうにやってるし。
そうやって馬車に揺られること丸2日、国境に近くなってきた頃、それまで馬車内でダラダラしていたピオニアが身体を起こした。
ラウルスも窓越しに鋭い視線を走らせる。
先に村に走らせていた騎士の一人が、慌てた様子で戻ってきた。
「屍人が、それも複数現れたそうです!」
「被害は!」
「村人が2人犠牲に。それとこの地の騎士団がすでに駆けつけたのですが苦戦しているようです」
報告を聞き、バサイトは馬車のドアを開けた。
ひんやりとした空気がバサイトの顔を撫でる。
「俺は一足先に行ってここの騎士団と合流する。アンタらは村へ行ってくれ」
ピオニアはフッと口の端を上げた。
「私に一緒に戦えとは言わないのかい?」
「アンタに命令する権限は俺にはない。それに、魔法使いの護衛に割く人員はないからな」
そう言い終わるやいなやドアを閉め、バサイトは馬を走らせていった。
「護衛が必要だとは、見くびられたものですね」
呆れたようにラウルスが肩をすくめた。
「騎士団で対応できるならそれに越したことはないさ」
特に気分を害した風もなく、ピオニアはそのまま同じ速度で馬車を向かわせた。
一方部下を引き連れ村に到着したバサイトは、ここの領主の騎士団と合流した。
「王国騎士団団長のバサイトだ!俺と部下も討伐に加わろう」
「なんと!王国騎士団のそれも団長殿がなぜこちらに」
現地の部隊長は当然驚いた。
「屍人の件でちょうどこちらへ向かっている途中に知らせを聞いてな。現況はどうなっている?」
話を聞くと、最初に現れたのは3体。村人が襲われ、そちらはまだ屍人化していないが、遺体はそのままだ。
村は近くに大きな森があり、そこから出てきたのだという。
屍人3体のうち、1体は倒したが、2体が森の中へ逃げた。
「他にまだいる可能性は」
「あります。森の中まではまだ捜索できていないので」
もう夜も近い。森に入るには危険すぎる時間帯だった。
屍人はただやみくもに斬っても倒せない。
頭部を破壊するか、胴体と切離すかしないと動きを止めないのだ。
魔法を使うなら炎で焼き切るしかない。
遺体が屍人化するのを防ぐには光魔法による浄化が必要だが、そもそも光魔法を使える者は国内にもほとんどいないのが現状だ。
ひとまず村人を村の中央に集め、村の外周には篝火を立てて囲んだ。
村人たちから少し離れたところにピオニアとラウルスが立っていた。
「臭うねぇ、何体いるんだか」
腐臭に似た、腐った魔法の気配を2人は感知して顔をしかめる。
「屍人が出たぞー!」
その声に騎士たちが走る。
ゆらゆらと身体を揺らしながら歩み寄る屍人に、バサイトが飛び出し大剣を振り下ろした。
「ふんっ!」
屍人が頭から真っ二つに割れる。
続いて近くにいたもう一体の頭と胴体を切り離した。
「これで全部か?」
バサイトが辺りを見渡したとき。
「団長!新たな屍人が!」
部下の声に森の方を見ると、黒々した森の闇から、屍人たちが何体も出てくるのが見えた。
「バカな、群れだと?!」
篝火を焚いているとは言え、夜の闇の中で戦うのは分が悪い。
万が一騎士の誰かが倒されることがあれば、次はその騎士が敵となる。
周囲の状況を見つつ、バサイトは大剣を振るった。
「ほぅ、なかなかやるじゃないか」
戦いの場から離れた後方、しかしピオニアにははっきり見えているようだ。
面白いものを見つけたように、ピオニアが言うのを不満げな顔でラウルスが聞く。
そして何か言いかけて、2人の目つきが変わった。
「これはまた随分と強い個体のようだ。よい屍人になる」
しわがれた男の声が、屍人たちのわく闇の奥から響いた。
闇に紛れて高速で伸びてきた鎖を、バサイトは跳んでかわす。
着地するとすかさず次の鎖が飛び、次々とかわし続けるバサイト。
「腕力だけでなく素早さもあるか」
闇に輪郭を溶かすように、黒いローブの人間が立っていた。
「貴様が屍人を操っているのか!」
バサイトが怒鳴り声とともに黒衣の魔法使いとの距離を詰める…が、再び鎖が襲いかかり横に跳ぶ。
どうやら鎖は魔法で作られたものらしく、どこから飛んでくるのか軌道が読めない。
「魔法使いのくせに近づけねぇ」
チッと舌打ちして剣を構え直すバサイトを、黒衣の魔法使いは愉快そうに耳障りな笑い声を立てた。
「防護壁も同時にできぬその辺の魔法使いと一緒にされては困る」
男が手にした杖の先、はめ込まれた石がチカリと光る。
複数の鎖が足元の影から飛び出し、バサイトに四方から襲いかかった。
キィーーーン!
硬質な音とともに鎖が弾かれ霧散した。
バサイトの前に一瞬浮かび上がった光の壁。
「魔法使いがいたか」
男とバサイトの視線が向いた先、ピオニアが立っていた。
「どこのバカが禁呪に手を出したかと思ったが。死人で軍隊ごっこかい?趣味が悪いねぇ」
「貴様、ピオニアか?」
男の声にわずかに動揺が走った。
「私を知ってるのかい?アンタは誰だったかね」
「儂はガレオン!偉大なる暗黒魔法使いガレオンだ!」
ピオニアに煽られて、ガレオンと名乗った黒衣の魔法使いは声を張り上げる。
「ピオニア、貴様その国の味方になったのか」
フードに隠れて顔は見えないが、その奥に、昏く地獄の炎のような青い光が、チロチロと揺らめいているのが見えた。
「この国の味方になったんじゃない。理を乱したアンタの敵になったんだよ」
ピオニアはその手に持った杖を掲げた。
リィーーーーーーン
ガラスの鈴のような澄んだ音が辺りを支配した。
ピオニアの魔法は音楽だ。
その杖の先に嵌め込まれたのは、研ぎ澄まされたダイヤモンド。
それが煌めき光を放ち、散った光は瞬きながら光の線となり空間に精密な模様を描いていく。
「させるかっ!」
ガレオンがそれを阻害しようと暗黒の鎖を放ち、バサイトはピオニアを守ろうと地を蹴った。
しかし鎖はピオニアに届くことなく霧散する。
頭上の魔法陣とは別、彼女の身体をぐるりと囲むように、光の鎖が3重に回転していた。
ピオニアもまた、防護壁で己を守りながら魔法陣を展開しているのだ。
3重の光の鎖に護られた彼女は、普段とはまるで違う神々しい空気さえ纏わせて、その杖を優雅に振る。
正確で精密に描かれていく魔法陣。
あまりにも整った魔法は、美しい調べを奏でる。
彼女の魔法を見た者は、そのあまりの美しさに心奪われる。
かつてのラウルスのように。
バサイトもまた、その壮絶に美しく強い光に魂を奪われ、ただ立ち尽くして見つめていた。
「バカな…あれだけの魔法をこんな短時間で…」
ガレオンが茫然とつぶやく。
完成した魔法陣は一際大きくなり花火のように弾け、光が雨のように辺りに降りそそいだ。
ぱたり、と一体の屍人が地に倒れる。
ぱたり、ぱたり。
屍人たちから力が抜け、ただの骸に戻っていく。
常ならば焼き尽くさねば倒せぬ屍人のその身から、支配する闇魔法だけを浄化し消し去ってゆく。
これだけの広範囲で浄化など、聖女でもできる者はいないだろう。
敗北を悟ったガレオンが逃げようと踵を返した瞬間、その足元が凍りついた。
「師匠の足元にも及びませんが、私も足止めくらいはできるんですよ」
ラウルスがニッコリと微笑み、彼の杖に嵌め込まれたバイカラーのサファイアから、氷が縄のようになってガレオンの身体を拘束した。
「小僧ッ儂のガードを」
近寄ってきたピオニアが、ガレオンに向けて人差し指を立て、すいっと横に線を描くと、ガレオンを拘束する氷の縄の上に、光の文字が線のように浮かび上がった。
「魔封じを追加っと」
そしてバサイトの腕をポンと叩く。
「あとはアンタらに任せたよ。私は村に戻って寝かせてもらう」
先ほどまでの緊張感が嘘のように、軽く欠伸をしながら歩いていくピオニアの後ろを、いそいそとついていくラウルス。
バサイトはただ呆気にとられて見送ることしかできなかった。
「で、ガレオンは魔封じを何重にも施した、魔法使いの塔の牢獄に入れられた。取り調べも騎士団と魔法使い両方立ち会いのもと行う予定だ」
グビグビと茶を飲みながら、バサイトが事件の後始末を報告してきた。
「あんなおっさんのことはどうでもいいんですけどね、どうしてあなたがまたここにいるんですか」
敵意を全く隠すことなくラウルスが言う。
「このお菓子美味しいからまあいいよ」
ピオニアは、バサイトの手土産の菓子が気に入ったらしく、珍しく寛容だ。
「気に入ってくれてよかった!女性を訪ねる手土産は何がいいか部下に相談したんだ」
ハッハッハ、と豪快に笑う。
「報告に、わざわざ騎士団長様がいらっしゃる必要はないと思いますが?」
嫌味ったらしく返すラウルスは無視して、バサイトは真顔になった。
「アンタに惚れた。ピオニア」
「「は?」」
「バサイト・ドルメル。33歳、ドルメル伯爵家の三男で婚約者も恋人もなし!家を継ぐ予定はないがどうだ?」
短く刈り上げた赤みの強い金髪を揺らすバサイトは、ラウルスとはまた違う系統の美形だ。
だが、ピオニアはまるで本気にした風もなく、シッシッと手を振った。
「若造がおばちゃんをからかうんじゃないよ。とっとと帰りな」
「ハッハッハ!俺は本気だぞ。また来る。ではな!」
追い払うようにバサイトを送り出して、ラウルスはため息をついた。
ピオニアの、あの魔法陣を見つめるバサイトの顔を見て、こうなる予感はしたのだ。
だが彼とて、ピオニアの魔法に魂を奪われ、今は彼女自身を含めたそのすべてを崇拝している。
彼女の隣を譲る気はない。
「体が重い…休むわ」
ごろんとソファに横になったピオニアにブランケットをかけ、ラウルスはお茶とお菓子の後片付けを始めた。
森の奥の魔女の家の、いつも通りの日常だった。




