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伊代ならいいよ 1

※わりと「ダーク」な内容です。

 加えて、大きな展開のない、「日常」を描いた作品です。

 それでも構わないという方のみ、お読みいただければと、思います。


 


    〇



 私はずっとある女の子と結婚したかった。


 その子は私がみつけた…というか、視界に入ったその当初から、左目に眼帯をつけていた。

 黒い眼帯で、小学校を卒業して日が遠くない私の目には、その存在が特別にうつった。

 マンガの超能力者みたいな力を、持っていそうだと、思った。

 それで”みんな”をやっつけてくれる、とも思った。


 そういう風に、好奇の目を向け続ける「私」のことを彼女はまるで意に介さなかった。

 

 べつにそうやって、無視をされるのが、気に食わなかったわけではない。

 決してそういうわけでは、ないのだけれど。…

 私には、そんな彼女を泣かせたくて、しょうがなかった時期がある。

 つねに冷静沈着なその、「仮面」、が壊れるところをみたかったから。…


 いいや、違う。

 それはほとんど言葉遊びのような理由で、本当は、私に、興味を持ってもらいたかった。

「子供は残酷だ」と耳にする。それはそうだ。

 私は! 画鋲をおいた椅子に彼女を座らせた事もある。足をはらって床に転ばせた事もある。


 私が何度、いじめても、私の前で、彼女がなみだを流したのはたった一度きりだった――


 その日も私は日直だった。

 体育が終わり、卓球台をふたつ、一人でのんびりと畳んでから、やっと教室に戻るところだった。

 突然、「とりい」、と男の怒鳴り声がきこえた。

 まわりに、誰もいないと思っていた私はびっくりして、足をとめた。

 怖いけど、でも好奇心が勝った。声がするほうに行くと、そこは体育館の裏側だった。

 その日のあたらない場所に、あの眼帯の子と、運動着のままの体育教師が、二メートルほどの距離をあけて、立っていた。


「とりい! おまえそういうやつだったんだな」


 と、体育教師がまた野太い声をだした。彼女はうつむいたまま、なにも言わない。

 私はそこで、彼女の苗字は「鳥居」なのだと思いだした。

 彼女が視界に入るたびに、私はこれまで、頭のなかで「鳥居」と呼んだことがなかったのだ。

 私は頭で「ガンタイのやつ」と呼んでいた。

 私は、体育教師の浅黒い顔をにらみつけた。

 その顔が、まっ赤になっていた。その口が、「なあ」と唾を飛ばした。鳥居さんは自分よりもずっと大きな男性から、一歩一歩、離れて、後ろへさがる。唾以外のものも飛んでいる。鳥居さんが! いったい何をしたというのか。体育教師は、もも色のかごを、手に提げて、その中から、反対の手で、卓球の球を、いくつもつかんで、鳥居さんめがけて投げていた。


「やめてあげて!」


 私は、そう、たしかにこころで叫んだ。

 声なんか出せるわけがなかった。教師の怒号は次々に飛んだ。大人がこれだけキレるなんて、鳥居さんがそれだけの事をやったのか。それでも、子供にこんな事をするのは許されないだろ。犯罪だろ。それなら私は! 止めるべきだったのだ。なのに私は、目の前の光景と、関係をもちたくなかった。もしも鳥居さんが、「友達」だったとしても……結果はなにも変わらない気さえした。

 かるい球だから当たっても平気だという考えなのか、アイツは、全力で投げていたように思う。

 白い球も、オレンジの球も、しかしどれも鳥居さんの足元の砂利ではねたり、近くの自転車置き場にふっ飛んだりして、彼女に直撃したところを、私は見ていない。関係ないけど、アイツの顔が酔った父親の顔にみえた。いや、もしあの剣幕で、当てられたら、私なら泣いていた。当たっていなくても泣いていたと思う。

 私が、その場から逃げようと身をひるがえしたときに、鳥居さんの右目と目が合った。


 それは、去り際の、数秒の、出来事なのだけれど。…

 私には鳥居さんの目が! 「見ないで」、と、これでもかと、濡れて光っているように見えた。

 

 クソ体育教師と鳥居との事件があってから、私はもう、彼女を泣かせようなんて思わなくなった。

 

 なんというか、これからさき私が、鳥居に向けて強く当たるかもしれなかった一生分を、すでに鳥居は、あの体育館裏で、受けて、それを私に見せつけてきたように感じた。

 だから鳥居には、優しくしなければと、無条件で思えた。

 私のずるさが雰囲気で伝わったのか、このごろ彼女は私の目をみてくる。



お読みいただき、ありがとうございます。

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