17 クララの断罪
その後。
別邸が使い物にならないと判明したため、アリエルとチータは本邸に異動したのだった。
アリエルには専属のメイドが何人かつけられたが、病から回復したチータもその中の一人になった。
ちなみに転移魔法は二人(もしくは二匹)しか使えないため、アリエル達は再び数日かけて馬車で移動しなければならなかった。
チータを置いて、アリエルとシャナだけで移動できないと判断したためだ。
アリエルは再び三日馬車の旅を進める事になった。
別邸を離れてから三日後。
アリエルとチータは本邸に足を踏み入れていた。
本邸は別邸とは比べ物にならない程、大きかった。
手入れも行き届いており、屋敷の外壁はピカピカだった。
近くに森があり、屋敷の前には美しい庭園があったが、植物の蔓が外壁を覆っているという事もない。
出迎えた使用人たちは礼儀正しく、アリエルに丁寧に接した。
チータと共に出迎えられたアリエルは、さっそく自分の部屋に案内された。
私室は別邸宅のものの五倍はあり、家具も内装もきちんと清掃され、壊れている所はまったくなかった。
アリエルはその衝撃を表に出さなかったがチータは違った。
一緒に部屋を確かめたチータが、「かびてたり汚れてもいない部屋なんて初めて見ました」と言った。
その言葉を聞き、アリエル達を案内した使用人がぎょっとした顔になった。
チータが、別邸宅で働く前も、あまり恵まれた環境にいなかったと分かったからだ。
アリエルはチータの言葉を聞いて、少しだけ心を痛める。
こういった時、どうやって声をかければ良いのか、アリエルには分からなかった。
荷物をといた後は、私室に食事が運ばれてきた。
シャナが一緒に食事をするかとアリエルに聞いたが、その提案を断ったためだ。
色々あって疲れているとアリエルが言えば、不満そうな表情になる事もなく、シャナは引き下がった。
恋愛感情はないが、シャナとは良い結婚相手になれそうだと、アリエルは思った。
食事をした後は、別の部屋にあるお風呂に入り、身を清めた。
温かいお湯に体を沈め、良い匂いのする石鹸で体を洗うのは、アリエルにとって心地の良いものだった。
お世話係として命じられた者達が、世話をしようとしたが、アリエルはこれも断った。
いつまでもそのままではいけないと思ったが、身の回りに急に人が増えると落ち着かないからだ。
お風呂に入った後アリエルは、これからの生活で着る服を選ばされた。
入浴前に、使用人たちに質問され、好みの素材や色を聞かれていた。
アリエルが持っている服は、どれも流行おくれでボロボロになっていたため、助かった。
淡い色のものが好みだと言うと、それに合わせて使用人達が用意した。
いくつかある内の中の一つに袖を通したアリエルは、その後シャナに呼ばれて執務室へ向かう。
「疲れているところ、すまない。君にも立ち会う権利があると思ってな」
執務室には他に人がいた。
そこには使用人服を着た50代くらいの女性が立っていたのだ。
彼女の名前はクララ。
別邸の管理を任されていた者だ。
休暇中であったが、シャナがどこにいるか見つけ出し、転移魔法で連れてきたのだった。
三日間、アリエル達が馬車旅を送ったのは、そのせいでシャナが忙しくしていたためでもあった。
クララは青ざめた顔で、シャナやアリエルを見つめている。
しかし、このままでは立場が悪くなる一方だと思ったため、クララは「何か誤解されているようです」と言った。
それをシャナが睨みつける。
「誤解とは? やるべき仕事を怠る理由について、何かそれらしい言い訳でも思いついたのか?」
「言い訳だなんて、そんな」
クララは冷や汗を流しながら、言葉を続ける。
「最近体調が悪くて、ほんの一か月ほど業務を疎かにしていただけなんですよ。どうしてか使用人たちが次々に辞めてしまっているので、お仕事が忙しくて」
ぺらぺらとしゃべり続けるクララは、シャナの顔色をうかがう。
シャナが何も言わないのを見ながら、顔色を青くし続けながらも、次の言葉を紡いでいく。
「従業員を増やしてほしいとお手紙を出したはずなのですけど、一向にお返事はこず。だから仕方がなかったのです」
「それが本当なら、こちらにも非はあるだろうな」
シャナの言葉を聞いたクララは、光明を見つけたとばかりに顔色を明るくする。
しかし、シャナは冷たい声で言い放った。
「しかし、あの邸宅の近隣の町や村を訪ねて、手紙を扱う者全てに聞いてまわったが、君が言うような手紙が出された記録はなかったぞ」
シャナは敵と定めたものには容赦しない人間だった。
アリエルはシャナの意外な面を見て、驚く。
シャナの言葉を聞いたクララはその場に膝を落として、絶望した。
アリエルは不思議に思う。
先ほど言ったような言い訳が本当に通ると思っているのなら、どうしてこんな人間が使用人頭になれたのだろうと思わずにはいられなかった。
「こんなことになるなら、アリルの話に耳を貸さなければよかった」
クララが呪いを吐くように、呟く。
「あの女、アリルのせいで」
その言葉を聞いた時にアリエルは腑に落ちた。
アリエルに視線を向けてシャナは、「どうやらまだ聞かなければならない事があるようだな」と言う。
同時刻。
馬車に揺れながら、どこかの街道を移動していたアリルは、窓の外を見つめていた。
「アリエルは今頃何をしてるのかしら。惨めな生活を送っているといいけど」
ため息を吐く彼女は、退屈そうな様子だった。
同じ馬車に乗っている20代の男性が、アリエルに質問した。
その男性は特に目立つところのない、普通の人間だ。
すれ違ってもすぐに顔を忘れるような、特徴の薄い顔の男性だった。
「どうしたアリエル。何か悩みでもあるのか?」
「ううん。何でもないわ」
「そうか」
その男性は、頬を赤くし、アリルの手を握りながら話しかける。
「ようやく君と新しい場所で幸せな家庭を築けるね。親が決めた望まない結婚なんかで君が犠牲になる必要はないんだ。これからは僕が君を幸せにしてみせるよ」
その男は、何もかもありふれた面しかもっていなかったが、恋した相手に対する執着や行動力だけは、普通以上だった。
そのせいで、アリルに目を付けられ、利用される事になった。
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
駆け落ちだと知らされている御者は、使命感に満ちた顔で馬車を街道を進めていく。
そんな馬車は国境へ向かっていた。
アリル達を隣国へ向かわせるためだ。
その国とリムスター王国は冷戦状態にあり、不安定な関係にある。
しかし、アリルは何の心配もいらないと考えていた。
なぜなら、隣国にはアリルの知り合いが待っているからだ。
学園に通っている間、身分を隠して通学している者が何人かいたため、その人間を頼るつもりだった。
その後は、今隣にいる男は用済みなので処分する予定だった。
「私、これからの生活がとっても楽しみだわ」
「ああ、僕もだよ」
馬車はトラブルもなく順調に進んでいく、内部にいる二人の思惑がすれ違っている事を知らずに。
執務室にて、アリエルはシャナと少し話をした。
その内容は、結婚に関するものだ。
互いに互いの害になる事はせず、相手の意志を尊重し、必要な時は手助けする。
そういう約束を交わした。
約束を破った時は離婚になる。
それは世間一般の結婚とは違うものだったが、アリエルとシャナにとっては不幸な物ではなかった。
その後私室に戻ったアリエルは考え事をする。
アリルはどうやってか知らないが、クララと交流していた。
それで、アリエルにいや柄をするためにお金を渡していたのだった。
別邸の管理が杜撰だったのは、すべてクララのせいだったが、アリエルに対しての嫌がらせはアリルが噛んでいたのだ。
アリエルは頭が痛い思いだった。
クララは当然、解雇され、業務をこなさなかった事を理由に牢へ入れられた。
帰属の屋敷での契約違反。
世間での目は冷たく、彼女の将来は暗いものだった。
従業員の管理が鳴っていない事で、シャナはアリエルに頭を下げた。
しかしアリエルも身内が迷惑をかけたという事で、頭を下げざるを得なかった。
この件については互いに迷惑をかけあったという事で、決着していた。




