16 シャナの断罪
新しい場所で眠りについたアリエルだが、夜中に何度か目覚めていた。
夜になると外を徘徊している狼の鳴き声が煩かったからだ。
後は単純に床が固いという理由と、室内が埃とかび臭いという理由もある。
目覚めるたびにアリエルは、きちんとシャナと話をしようと決意したのだった。
翌日の朝、シャナが転移魔法で別邸がやってきた
使用人達が慌てた様子で廊下を行きかう。
寝起きのアリエルは騒ぎに気付き、急いで身支度を整えた後、玄関ホールへと向かった。
目的地にたどり着くと、怪訝な顔をしながら忙しそうな使用人達を眺めるシャナがいた。
シャナは邸宅の惨状にも目を剥け、表情を顰めている。
そんなシャナにアリエルが声をかける。
「おはようございます、シャナ様」
「ああ、おはよう。目の下に隈ができているようだが。よく眠れなかったのか?」
アリエルの顔を見たシャナが問いかける。
その様子に人を嘲笑するような色は含まれない。
アリエルは今の自分をとりまく状況は、彼の仕業ではないと悟ったが、それはそれ、これはこれとして恨みを込めた視線を向ける。
「この屋敷の内部を周って、最後に私の部屋を見てみればすぐ分かりますよ」
「そうさせてもらおう」
首を傾げたシャナは、この邸宅がどれほど酷い惨状なのか気づいていない。
玄関に入ってくるまでに外観を見ていたシャナだが、考え事をしていたため、邸宅の酷さに気づかなかったのだ。
アリエルはため息をつきながら、歩き出したシャナの後ろについていく。
ちなみにチータは病み上がりであるため、部屋で休んでいる。
寝起きの時に一度部屋に来たが、アリエルが送り返していた。
シャナはしばらく邸宅の中を歩きまわるが、さすがに様子がおかしい事に気が付いた。
「管理が行き届いていないようだな」
「お風呂の水道管も破損しているようで、水しかでませんでした」
「……それは、申し訳ない」
変人とはいえ、体を清める事の重要性は分かっているらしく、シャナはアリエルに謝罪してきた。
そんな一幕がありつつも、小一時間ほどかけて邸宅の中を歩き終わったシャナは、険しい表情で使用人達に集まるように命令した。
同時刻。
王都の貴族街の一画にて。
よく整備された区画の一つに、大きな屋敷が立っていた。
その屋敷は、ジュリアス・ハウルフィードという男性のものだ。
彼は、20代前半という若さだが、これまでに数々の功績を立てた魔法使いである。
ウェーブのかかった薄紫の髪に、血の様な赤い瞳が特徴的だ。
体格は一般男性よりやや筋肉質で、高身長だった。
顔立ちがよく整っているため、社交界では多くの女性の心を掴んでいる。
しかし、そんなジュリアスはつい先日結婚していた。
相手はアリル・ティアホープ。
誰からも好かれる、心優しい人物として社交界で有名な少女だ。
ジュリアスとアリルが出会ったのは、1年前の事。
授業の後、イケメン三人衆と共に町で買い物をしていたアリルが、盗っ人に財布を盗まれた。
その時、ジュリアスが取り返した事がきっかけで、交流が始まったのだ。
アリルにすぐに惹かれたジュリアスは、婚約の申し出を行った。
多くのライバルがいる可能性やすでに婚約が決まっている可能性も考えていたが、結果は今の通りだった。
ジュリアスは人生の中で一番の幸運を使い果たしたと考えている。
貴族社会では、しがらみに縛られた結婚が多いため、純粋に思い合って結婚するケースは少ない。
多くの者が、本当の恋心を胸に秘めて、涙をのみながら家のために好きでもない者と結婚生活を送り始める。
そのため、意中の相手と結婚できたジュリアスは、幸運を使い果たした反動でこれから不幸な事が起こるかもしれないなと考えていた。
そんなジュリアスがいる場所は、執務室だ。
ジュリアスは優れた魔法使いとして、王の悩み事を解決するため特殊な部隊の団長として働いている。
最近、王都で国の情報を隣国に流すスパイの存在が話題に上がっているため、その対処で忙しくしていた。
その忙しさは、同じ屋敷で暮らしているにもかかわらず、アリルと一切顔を合わせない日が何日も続く程だった。
最後にアリルにあったのは、五日前だったなとジュリアスは思い出す。
このままではストレスで効率が悪くなりそうだと思った彼は、仕事を中断してアリルに会おうと考えた。
うきうきとした足取りで執務室を出ようとするのだが、すぐに彼の表情は驚愕に彩られる。
なぜなら、執務室にやってきた使用人が、アリルが行方不明であると伝えてきたからだ。
場面は変わり、シャナは一つの部屋に使用人たちを集めていた。
その数は、記録にあるよりだいぶ少ない。
シャナはその数の不一致に推測を立てる。
「知らされている数より、人が随分と少ないな。屋敷の物を盗んで夜逃げした者でもいるのか?」
集められた使用人たちは、真っ青な顔で黙り込んだまま、答えない。
ちなみに、療養中のチータはこの場にはいなかった。
「屋敷の管理がこうも杜撰だとは思わなかった。僕の目が届かないのを良い事に好き勝手してくれたようだな」
シャナが使用人を睨みつけると、彼らは震え上がった。
「何か理由があるというのなら、弁解してもらおうか」
シャナが一人一人の顔を見つめて、問いかける。
すると、最初に言葉を発したのは婚約者であるアリエルだった。
「シャナ様、チータの処罰は軽くしていただけないでしょうか? 彼女はつい最近こちらで働き始めたばかりと聞きました。それに、誰もやろうとしなかった案内をこなしてくれましたので」
アリエルはさらに、自分を案内するために無理をしたせいで、チータの病気が重くなったかもしれないと伝える。
「だから、悪い話は聞かせたくありません」
その事実は、この件には関係ないことだが、利用できるものは利用するつもりだった。
それを聞いたシャナは、アリエルの言葉を聞く事にした。
「そうか。分かった。罰を全て失くすわけにはいかないが考慮はしよう」
すると、集められた使用人たちが先ほどまで黙っていたのが嘘のように話し始めた。
言葉の選び方次第では、自分も罰を少なくしてもらえると考えたからだ。
しかしその内容は、シャナの耳を汚すような言い訳ばかりだ。
「使用人頭のクララ様に命令されていたんです!」
「こんなに管理を怠るつもりはなかったんです!」
「どうかお許しください! これからは一生懸命働きますので!」
シャナは並んだ門達の中に、クララという人物がいない事に気が付いた。
クララは、使用人をまとめる50代ほどの女性だ。
地味な顔つきをした人物だが、使用人の詳細を書いた資料では、優秀だと書かれていた。
そんなクララは、今日は休暇という事で、邸宅にはいなかった。
ひとまず、シャナは目の前の者達への処分を言い渡す。
「また詳しく調べさせてもらうが、お前達はおそらく全員クビになる。本来なら管理を怠った結果、傷んだ箇所の賠償金を請求する所だが、手間が面倒だから免除してやる。分かったら解散しろ。処分が決まるまでは何もするな。分かったな」
使用人達は挽回する機会も奪われたと悟り、愕然とした顔で移動していく。
そのまま彼らはこの世の終わりのような表情で部屋を出ていった。
使用人達が全員いなくなったのを見て、シャナがアリエルに頭を下げた。
アリエルの上擦った声が降ってくる。
「頭を上げてください」
「いや、きちんと謝罪しなければならない事だ。本当に申し訳なかった。俺の気が済まない」
「……分かりました、あなたの謝罪を受け入れます」
思うところがあるアリエルだったが、シャナを許した。
頭を上げたシャナは、これからの事に思いをはせる。
アリエルに、やらなければならないお詫びの行動が二つに増えてしまったと。
「この埋め合わせは後日必ず」
「シャナ様は奇人なのに律儀な方なんですね」
色々抜けている所はあるが、アリエルはシャナを嫌いにはなれなかった。




